第23話 次の街へ
「う~ん……」
クレシュア家で一夜明かしたリリベルは、苦しそうな声を出しながらも目を覚ました。
恐らく体に何かが巻き付くような感覚を感じて目を覚ましたのだろう。
その正体は横で眠るニーナだ。
お揃いの花柄パジャマを身に纏うニーナは、リリベルを抱き枕の如く抱きしめてスヤスヤと眠っている。
いや、むしろ獲物を逃がさんとする蛇のような抱き着き方と言った方が正しいだろうか?
「テオ~」
「なぁに?」
既に起きていたテオはベッドの下からひょこりと顔を出す。
「ニーナを起こして。師匠を起こすみたいに」
「うん」
ベッドの上に飛び乗ったテオはリリベルの体の上を歩き、そしてニーナの体へと渡って行く。
狙いを定め……ぼふん!
テオはニーナの顔の上でお座りして、ぽっこりお腹を擦り付けるように動くのだ。
「ふが?」
若干の息苦しさを感じたのか、あるいは昨晩の温泉で威力が向上したモフモフ具合を感じたせいか、とにかくニーナは目を覚ましたようで。
「何ですの……。このもふもふ」
しかし、次はテオを抱きしめてもふもふすはすはと彼の毛並みを堪能し始める。
「ニーナ、起きた?」
「ええ」
完全に目を覚ましたニーナに「おはよう」と告げるリリベル。
ニーナも朝の挨拶を返すが……。
「朝が来てしまいましたのね」
一夜明けた本日、リリベルは次の領地へと旅立つ予定だ。
その日が訪れてしまったことに、ニーナは残念で仕方ないのだろう。
「お腹減った」
「朝食を食べましょうか」
まだニーナの表情は晴れないが、お気楽な様子を見せるリリベルに文句は言えない。
「出発前に元気をつけないといけませんものね」
寂しいけれど、ちゃんと送り出す。
リリベルの目的を尊重するニーナは、きちんと準備させてあげようと決めたようだ。
◇ ◇
朝食後、リリベルは出発の準備を行っていた。
「これも必要ですわ」
「水と食料は多めに! 旅の基本だよ!」
「うーむ。お金は十分か? これだけじゃ足りないんじゃないか?」
「テオ君のジャーキーは詰めた? 最低でも十日分は詰めないと。日持ちするんだからいいでしょ!?」
いや、むしろ準備させられていると言った方が正しいのかもしれない。
リリベル愛用のリュックに『必要な物』と称したお菓子をぎゅうぎゅうと詰めていくニーナ。
その隙間に水の入った水筒と食料を入れた革袋を突っ込むアレス。
カミ爺はリリベル愛用の財布を開けて、その中に二つ折りにした紙幣を突っ込んでいく。
最後に食堂から登場したレダはテオ用のジャーキーがこんもり入った革袋を掲げて。
当の本人であるリリベルとテオは、ぎゅうぎゅう詰めになっていくリュックを前に膝を抱えている状態である。
「リリベル殿、次はジルモア領へ向かうのでよろしいのかな?」
そう問うたのはニーナの祖父であるジョンだ。
「うん。ジルモア領でお祭りをやるって聞いたの。そこに滅茶苦茶美味しいお菓子――シュークリームがあるって聞いたわ」
リリベルはすっごく真剣な表情で言った。
重大な事実を告げるくらい真剣な表情で。
「ああ、シュークリームか。前にそんなお菓子が作られたと聞いたな」
「お爺様、うちでも作れませんか? 帰りに寄ってくれるリリベルに食べさせてあげたいんですの」
孫の提案にジョンは「ならば、料理長へ伝えてこい」と彼女を促した。
ニーナもニーナで走って厨房へ向かっていく。
彼女は本気でシュークリームをご馳走する気なようだ。
「行きはウチが手配した馬車に乗って行って下され。一番良い馬車を手配しますぞ」
「わぁ! 本当!? お爺ちゃん、ありがとう!」
「なんの、なんの」
リリベルの笑顔を見たジョンは満面の笑みを浮かべてメイドに指示を出す。
手配した馬車はすぐに家の前まで来てくれるようだ。
「ところで、リリベル君。出発前に少しいいかな?」
「ん? なぁに?」
パンパンのパンになったリュックを回収したリリベルを呼び止めたのはカミ爺だ。
「いくつか魔法をエンチャントしてくれんかね?」
「エンチャントを? いいわよ! どんなのが良いの?」
「魔力を流すと小さな種火が出るやつがいいのだが」
「わかった。えーっと」
リリベルはパンパンのパンになったリュックへ手を突っ込み、器用に中からリリベル厳選コレクションである平べったい石を取り出した。
「いくつ必要?」
「三つくらいくれるかな? 研究に使いたいからね」
「うん、ちょっと待ってね」
またしても器用にリュックの中から筆と染料を取り出すと、平べったい石にさらさらっと文字を描いていく。
時間にして数分だが、それを目撃するカミ爺の眼差しは真剣そのもの。
「……そんな複雑な文字をいとも簡単に描いてしまうのだからな。君は本当に恐ろしいよ」
「ん? なぁに?」
「いや、何でもないよ」
カミ爺の呟きに首を傾げるリリベルは、更にサラサラと文字を描いてエンチャントを完了させる。
「はい、完成!」
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
エンチャントを完成させたところで、メイドがリビングにやって来た。
どうやら手配した馬車が到着したらしい。
皆、リリベルの後に続いて玄関へと向かう。
馬車を前にしたリリベルは笑顔で振り返り――
「みんな、ここまでありがとう!」
彼女の言葉を前に皆が笑顔を浮かべるが、ニーナだけはやはり寂しいのか笑顔がぎこちない。
そんな彼女にリリベルは近付いて、彼女の手をぎゅっと握る。
「ニーナ、お菓子食べさせてくれありがとう! お土産買って戻ってくるからね!」
「ええ……。絶対に戻って来て下さいまし。私達は……。私達はお友達なんだからっ」
抱き着いてきたニーナを受け止めたリリベルは「おとと」とたたらを踏む。
だが、しっかりと抱きしめ返したリリベルはニーナの耳元で「ずっとお友達だよ」と囁いた。
「じゃあ、行くね! アレス達もありがとう! また会ったらお菓子食べようね~!」
「ああ、約束だ!」
「リリベルちゃんもテオ君も気を付けてね!」
「道中、気を付けて。悪い大人には付いて行かないようにな!」
三人から別れの言葉を受け取り、リリベルとテオは馬車に乗り込んだ。
「ばいばーい! またね!」
馬車が走り出すも、キャビンの窓を開けたリリベルは最後の最後まで手を振り続ける。
「絶対! 絶対に戻ってきて! 約束ですのよ!」
ニーナも馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
「…………」
馬車が敷地から出て行ったあとも、ニーナはしばらくその場から動けなかった。
「……よしっ」
だが、振り返った彼女の顔には決意の表情がある。
「アレスさん、次の依頼をお願いしてもよろしくて?」
「次の依頼?」
「ええ。私に戦い方と英雄の資質について教えて下さいまし」
ニーナのお願いはアレスにとっても意外だったようだが、その後ろにいた祖父のジョンにとっても驚きの内容だったようだ。
「私は魔法が使えませんわ。それは貴族令嬢として弱みになる。お爺様が懸念するのも理解しておりますわ」
彼女の言葉にジョンは少しだけ顔を俯かせる。
「ですが! 私には英雄の資質がありますわ! これを磨けば並みの貴族令嬢以上に価値が出るはず!」
魔法は使えない。
だが、数百人に一人、あるいは数千人に一人しか持ちえない特別な力がある。
「これを使いこなせるようになれば、真の貴族令嬢に私はなれるでしょう! そして!」
ニーナは敷地の先――リリベルが出て行った家の門を指差す。
「いつか、私がリリベルを助けることもできる! 私は真の貴族令嬢となる以上に、お友達を助けられる力が欲しいんですのっ!」
道中、彼女は助けられてばかりだった。
同年代の友人に助けられてばかりでは、心の底から『お友達』とは言えない。
リリベルと正真正銘のお友達となるべく、対等な関係になるために――
「私は、強くなりますわっ!」
友を見送ったこの日が彼女にとっての第一歩。
英雄になれるかどうか、否。
リリベルと対等なる者になれるかどうかの第一歩。
「……分かった。全力で協力しよう!」
アレスが手を差し出すと、ニーナはその手をがっちり握り返した。
友との別れを経て、彼女もまた未来に向かって一歩踏み出すのだ。




