第17話 英雄の資質
リリベル達は遂に南部入口付近までやって来た。
このまま街道を南下すると大きな川と橋が見えてくるはずだ。
川を渡れば南部入りを果たすことになるのだが、問題は例の魔獣騒動。
現在地はレッドグリズリーが目撃されたと言われている地点であるのだが……。
「あれ?」
馬車を護衛するアレス達は大きな川を捉えたのだが。
「ねぇ、橋の前に人が集まってない?」
しかし、レダが指摘した通り、大きな橋の入口には人がたむろしているように見える。
たむろしている人達は一様に背を向けており、その背中を見るに傭兵と騎士が入り混じっているようだが。
「何かあったのかな? 橋が崩れたとか?」
「まさか。あの橋は石で出来ているから崩れる心配はないはずだ」
ここ最近で大雨が発生し、川の流れに負けそうなどという情報もなかった。
となると、彼らは何をしているのだろうか?
一行が首を傾げながら進んで行くと、その理由が判明する。
「グオオオオオッ!!」
例の魔獣だ。
南部入口で人を襲い続けているというレッドグリズリーが橋のど真ん中で吼えていた。
「えええ! 何あれ!? どういう状況!?」
トリニア王国東部魔獣界において頂点に君臨するレッドグリズリー。その体長は二メートル半を超える個体がほとんどだ。
更には変異した爪は動物の熊よりも鋭利になっており、刺すも良し斬り裂くも良しの万能性が向上。鋭利な爪の攻撃は人間達なんぞ簡単に殺してしまう。
しかし、レッドグリズリーの恐ろしさは攻撃力だけじゃない。
一番恐ろしいのは魔獣化した際に獲得した圧倒的な『治癒力』にある。
レッドグリズリーは脅威の回復能力を持っており、槍で突かれた傷跡も一日経てば完治してしまう。
つまり、レットグリズリー側からすれば、即死さえしなければ生き残れる可能性が高いのだ。
それを知っているのか、レッドグリズリーは重症を負う前に逃亡する傾向にある。
大きな体と鋭利な爪でその場をとにかく引っ掻き回し、被害を広げたらスタコラサッサと逃げてしまう。
備わっている能力も脅威的だが、その能力を活かすことを知っている頭脳も厄介。
そんな厄介な魔獣が橋のど真ん中で暴れ回っているのだ。
レダが困惑する声を上げるのも無理はない。
「ちょっと俺が聞いてくるよ!」
アレスは一人先行して橋へ近付いて行く。
そこで状況を見守っていた傭兵に事情を問うてみた。
「騎士が橋まで追い詰めたらしくて。そのまま川に落とそうとしたみたいなんだが、逆に騎士が落ちちまったんだ」
橋の上まで魔獣を追い込んだものの、追い込んだ騎士達は逆に川へ落とされてしまったという。
「川に落ちた騎士は?」
「さぁ? 今頃は魚の餌になってんじゃねえか?」
川に落ちた騎士達はレッドグリズリーの一撃を喰らったらしく、落ちてから姿が見えないらしい。
川の流れもそこそこ早いことから、既に遠くへ流されてしまったのだろうか。
「とにかく、十分前くらいから睨めっこ状態だ」
橋の両側では騎士達が剣と盾を構えているが、覚悟が決まらず動けない――と傭兵は小さな声で言いながら肩を竦めた。
とはいえ、この傭兵も「行け」と言われたら躊躇うだろう。
なんたって相手は「来るなら殺す」と言わんばかりのポーズを取る熊の魔獣なのだから。
「しばらくは通れねえかもな」
「なるほど。ありがとう」
事情を聞いたアレスは皆のいる場所へ戻って行き、副団長ハイネに状況を伝えた。
「なるほど……。しかし、一匹なのですか? 二匹出没すると聞いていましたが」
ハイネが疑問を口にすると、アレス達が頷く。
「たぶん、もう一匹は別行動中なんじゃないですかね?」
「このまま時間を浪費していたら片割れが戻って来る可能性もある。早めに橋を渡ってしまいたいな」
アレス、カミ爺の順で意見を述べた。
そして、早く渡ってしまいたいという意見にはハイネも大きく同意した。
となると、この状況を最速で打破できるのは誰か。
「リリベル君に任せるか」
カミ爺は最速の方法を提案するが――
「いや、ここは俺が相手するよ」
「アレスが?」
「あんな恐ろしい魔獣の相手をリリベルちゃんに任せるわけにはいかないし」
アレスは既にリリベルの強さを把握している。
魔女魔法がいかに強力かも知っている。
それでも尚、彼は自分がやると言った。
「ガナン伯爵領最強の魔獣も狩っておきたいし」
正義感故でもあり、同時に自身の腕を磨きたいという欲求の両方が彼をそうさせるのだろう。
「分かった。しかし、危なさそうなら援護するからな? 川に落とされでもしたら敵わん」
「うん」
どんどんと進んで行く話に出遅れたハイネは少々心配そうな表情を見せるが、それでも彼らに任せた方が良いと考えたのだろう。
というわけで、アレスはリリベル達に「熊狩りしてくる」と言って再び橋へ。
「すまない、膠着状態ならうちが始末させてくれ」
最初に活躍するのはハイネだ。
クレシュア家の紋章をペイントした鎧を纏っているハイネの言葉ならば、現場に居合わせている騎士達も無視はできない。
彼の願いに従った騎士達は素直に場を明け渡し、馬を降りたアレスは橋の入口へと移動した。
「さぁ、やってやろうじゃないか」
剣を抜き、一歩、二歩と橋へと進んで行く。
『グヲオオ……!』
対するレッドグリズリーは両手を挙げ、おぞましい声で威嚇。
「フッ!」
先に仕掛けたのはアレスだ。
自分がやりたいと宣言した通り、積極的に動き出す。
彼は一気に距離を詰めると、まずは小手調べの一撃とばかりに軽く剣を振った。
その一撃に反応したレッドグリズリーは腕で剣を受け止め、もう一方の腕をアレスへ叩きつけんとばかりに振り落とす。
「おっと」
だが、アレスも回避。
両者仕切り直しといったところだが、ここで特殊性を見せたのはアレスの方だ。
「オオッ!」
雄叫びを上げながらも、アレスは強く地面を蹴って走り出す。
最初の一歩は人並みだったが、二歩目から驚異的なスピードを叩き出したのだ。
まさしく「ギュン」という効果音が似合うほどの超スピードを見せ、そのままレッドグリズリーの背後へ回ってしまう。
「あれは! 英雄の資質か!?」
驚くハイネが口にした『英雄の資質』とは、この世界に生きる人の中で稀に現れる才能のようなものだ。
その名の通り、英雄に成り得る才能を持つ人間を指す言葉でもある。
――数百年前、大陸の南では大規模な魔獣の氾濫が発生。
大陸南に位置していた国々は悉く滅ぼされ、魔獣達の侵攻は大陸中央にまで迫ろうとしていたのだが、その氾濫を食い止めた一人の英雄がいた。
英雄は凄まじい身体能力を有しており、先ほどのアレスを越える稲妻の如きスピードを持っていた。
更には鋼をも叩き潰してしまう超パワー。それにどんな攻撃も受け止めてしまう胆力。
とにかく、人間離れした力を発揮して魔獣共をほぼ一人で殲滅してしまったのである。
この伝説的な英雄の偉業から、似たような才能を持つ人間を『英雄の資質を持つ者』として称されるようになったのだ。
そして、アレスのような人間は、いつか本物の英雄に成り得るのではと期待されているのだが……。
「彼のような人間がどうして傭兵に? 英雄の資質を持つ者は王都騎士団にスカウトされると思うのですが」
アレスのような人間は希少だ。
現在、トリニア王国で認知されている『英雄の資質を持つ者』はアレスを含めて十名ほど。
そのうち八人は王都騎士団に属している。
魔女ほど希少とは言わないが、普通の人間よりも身体能力において数倍優れているという点ではだいぶ珍しい人間と言えるだろう。
「まぁ、色々あったようで」
カミ爺は理由を知っているようだが口にはしなかった。
ハイネには「彼自身に聞いてくれ」と言わんばかりに目で訴える。
「はぁぁぁっ!」
と、彼らが話し合っている間にアレスが最後の一撃を決めそうだ。
何度も背中を斬りつけられたレッドグリズリーは四つん這いになりながらも、その大きな口を開けてアレスに迫る。
対するアレスは魔獣の攻撃に恐れず突っ込んで行き、最後の一撃は口の中に剣を突っ込むという大胆な攻撃。
アレスによる突きの一撃は口から頭部を破壊し、レッドグリズリーは剣を咥えるような形で橋の上に沈む。
「ふぅぅぅ……」
アレスが額に浮かんだ汗を拭うと、背後と正面から歓声が上がった。
「おお、すげえな!」
「何だったんだ、あの動き!?」
傭兵や騎士達から驚きの声も混じりつつ、アレスは照れ臭そうに「どうも」と会釈を繰り返す。
「よくやった。ワシはあまり見ていなかったが」
「見ててくれよ」
カミ爺と軽いやり取りをしつつも、アレスは騎士や傭兵と共にレッドグリズリーを橋の上からどかす作業へ入る。
その後、討伐した証を手に再び戻って来た。
「……まさか、英雄の資質持ちだとは。王都騎士団にスカウトされなかったのかね?」
「されましたし、元騎士団の人間です」
ハイネの質問に対し、アレスは苦笑いを浮かべて返す。
「どうして傭兵なんかに? 騎士団にいた方がずっと稼げるんじゃないか?」
実際、領地騎士団の副団長であるハイネでさえ、そこらの傭兵よりもずっと多く稼いでいる。
これはクレシュア家が結構な金持ちという背景もあるが、それでもハイネの家族――五人家族と二人の両親が何の不便もなく、時には贅沢な食事をすることも可能なほど給金は良い。
物も人も金も集まる王都、王族の住まう都で創設された騎士団ならもっと給金は高い。
「まぁ……。何というか、自分はお金にあまり興味はありませんでしたし……。色々ありまして」
最終的には誤魔化したが、とにかくアレスにとって騎士団とは必死にしがみつくほどのものではなかった様子。
「そうか。それは勿体ないな」
ハイネはそう返しつつも、何か察したような表情を一瞬だけ見せた。
「とにかく、急ぎましょうか。夜までには街へ到着したいですし」
「そうだな。お嬢様達へ知らせに行こう」
脅威が排除されたことにより、リリベル達を乗せた馬車も進行を再開。
馬車は護衛されながら橋へと進んで行くのだが、その際に倒されたレッドグリズリーを窓越しに見たリリベル達は――
「わぁ~。あんなおっきな魔獣を倒しちゃうなんてキュンじゃない?」
「きゅ、キュン?」
リリベルの言動に困惑するニーナは、ある意味しっかり貴族令嬢らしい教育を施されていると言える。
実に女の子らしい? 会話を繰り広げつつも、一行は予定通り夕方前にショア伯爵領領主街へ辿り着いた。




