第16話 ニーナ・クレシュア
貴族令嬢ニーナ・クレシュアの護衛依頼がスタートし、一行は南部に向かって出発した。
アレス達は各自馬に乗り、護衛する騎士達と共に馬車を囲みながら進む。
一方、リリベルとテオは護衛対象であるニーナが乗るキャビンへ同席していた。
「まぁ。テオ様は犬の精霊なのですね」
そう言ってテオを膝の上に乗せ、ひたすら撫で続けるのはニーナの侍女であるマルカだ。
彼女は大の犬好きらしく、愛らしくも凛々しい賢い犬たるテオに対し、開いているのか開いていないのかわからない糸目で熱視線を送る。
キャビンの窓に視線を向けると丁度外にはレダが並走していて、撫でられるテオとマルカへヤバい視線を送っているのだが、見なかったことにした方がいいだろう。
「そうなの。私の家族なのよ?」
「素晴らしい家族ですね」
マルカはニコリと微笑むが、対面に座るニーナは会話に参加せず。
彼女は窓の外に視線を送り続けるだけ。
「…………」
その姿を見たリリベルは何を思ったのか、リュックの中に保管しておいたお菓子を取り出す。
「食べる?」
第二街で買ったクッキーを差し出すリリベルに対し、ニーナは一瞥してから……。
「結構ですわ」
と、ため息とセットに一言返す。
「え!? いらないの!?」
リリベルは大袈裟と思えるくらい大きく背を仰け反らせて驚く。
心底断る理由が分からない。お菓子を勧められて受け取らない理由が全くどこにも見当たらないし、考えられない! と言わんばかりのリアクションである。
しかし、お菓子大好きリリベルにとっては本当に、ほんっっとうに信じられなかったのだろう。
「え!? 本当にいらないの!? サクサクだよ!? サックサクのクッキーだよ!?」
「け、結構ですわ……」
リリベルの圧倒的な熱量に押されてしまうニーナ。
「えー!? 嘘でしょ!? じゃあ、これは!?」
次に取り出したるは今朝に購入したばかりのチョコレートクッキーである。
大陸南にある国から輸入したというカカオをチョコレートへ現地加工し、それをふんだんに塗布した一枚千トーアもする高級クッキー。
甘党であるカミ爺が「高いけど是非食べた方が良い」と絶賛していた、リリベルにとっての宝物だ。
リリベル専用お菓子袋の中に二枚しかない、チョコでテカテカな宝物クッキーをニーナへ差し出すが――
「け、結構です」
なんとこれも拒否!
「ゲェーッ!?」
もはや、リリベルは言葉にもできない!
彼女は視線をクッキーとニーナの顔に行ったり来たりさせて、同時に涎をダラダラと垂らしながら、大きく見開いた目で「本当にいらないの!?」と訴え続ける。
「ど、どうぞ。私に構わず食べて下さいまし……」
「えー!? いいの!? いいのかなぁ!? 独り占めしちゃうけど!?」
ニーナに遠慮するような口ぶちだが、彼女の口とクッキーはゆっくりと近付いていく。
そして、パク! サクッ!
「ん~♡」
高級クッキーを口にしたリリベルの顔には満面の笑みが浮かぶ。
それは見ているだけでも「美味しそう」と感じてしまう、実にお菓子大好き見習い魔女らしい笑顔だった。
「お、美味しい?」
「メチャウマだよ! カミ爺が絶対買うべきって言ってただけはあるね!」
ここまで絶賛した上、更に「美味しそうな顔」を連発しまくっているからか、リリベルを見つめるニーナは自然と唾を飲み込んでしまう。
「あの……。やっぱり、一口だけ頂いても?」
ニーナも本当は最初から食べたかったのかもしれない。
だけど、何か理由があって拒否していたのだろう。
リリベルの熱量が、彼女が持つお菓子への愛情がニーナの心を突き動かしたのだ。
「ふーん、食べたいんだ?」
ニヤリと笑ったリリベルは新しいクッキーを取り出し、半分に割って――
「…………」
綺麗に半分とはならなかった。片方のクッキーは少々小さい。
リリベルは両手のクッキーを見比べつつも、対面に座るニーナの顔を覗き込むように窺う。
「はい」
「…………」
ニーナの掌に置かれたクッキーは小さい方だった!
お菓子の欲望に負けたリリベルの小賢しい選択だ!
ただ、ニーナもニーナで欲しいと言った手前文句は言えないようで。
大人しく小さなクッキーを一口で食べた。
「どう? 美味しい?」
「美味しいですわ。チョコってどうしてこんなに美味しいのでしょう?」
丁寧に口元を隠しながら咀嚼するニーナはチョコの素晴らしさを語りつつも、その視線は残っているリリベルのクッキーへ向けられる。
「もっと欲しい?」
「ええ」
「お菓子好き?」
「お菓子好きですわ。お父様とお母様からあまり食べるなと注意されていますが、本当は毎日食べたいですわ」
遂にニーナの本音が出た。
「私もっ!」
彼女の本音に同意するリリベルは満面の笑みを浮かべる。
そのリアクションを見たニーナは「ふふ」と小さく笑ってしまった。
「お菓子って笑っちゃうくらい美味しいよね?」
見当違いの答えを口にするリリベルだったが、ニーナは笑みを絶やさないまま「そうですわね」と頷く。
「だから、もうちょっと下さいまし」
「……………」
ニーナの要求に対し、リリベルは眉間に皺を寄せながら手元へ視線を落とした。
◇ ◇
お菓子を巡ってすっかり仲良くなったリリベルとニーナ。
二人は共に持っていたお菓子をシェアするお菓子パーティーを開催し始めた。
「へぇ~。リリベルって見習い魔女ですのね。やっぱり魔法が得意ですの?」
アレス達と違い、ニーナがリリベルの素性を大人しく受け入れてしまっているのは箱入り娘だからだろうか?
現に隣に座るマルカは「信じられない」といった表情を見せているが。
「そーよ。見習い魔女なの。魔法もメッチャ得意!」
リリベルはニーナからもらったレーズン入りのクッキーを片手にむふんと胸を張る。
そんな彼女のリアクションに対し、ニーナは干しブドウの入った瓶を片手に大きなため息を吐いた。
「羨ましいですわね」
「羨ましい? どうして?」
あむあむとクッキーを口にするリリベルが首を傾げる。
「私、魔法が使えませんの」
「魔法が使えない?」
「ええ。全く以て魔法が使えませんの」
曰く、ニーナは『魔力を練れない』らしい。
この世の魔法使いが魔法を発動させるプロセスとして、最初に行うのは『魔力を練る』ことだ。
体内にある魔力を練り、エネルギー化させる行為。あるいは活性化させる行為である。
これを行った後、魔法使いは術式と呼ばれる魔法のテンプレートを魔力で描く。
以前、カミ爺がファイアーボールを撃つ際に発生させた赤い魔法陣が『テンプレート』と呼ばれる術式である。
魔女と違い、魔法使いは『魔力を練る』『テンプレートを描く』という二つの工程を踏まないと魔法を行使できないのだが、ニーナはそもそも最初の段階で躓いているという。
「どうしても魔力が練られなくて……。家庭教師からは魔力が無いんじゃ? とまで言われてしまいましたわ」
ニーナの父親は何人もの家庭教師を雇い、彼女の欠点を克服させようとしたらしい。
しかし、結果はどれも惨敗。
魔力を練る工程には術者自らの魔力を感じ取らねばならないのだが、ニーナは内に秘める魔力を感じ取れないという。
感じ取れないということは、魔力がそもそも無いのではないか? と推察する家庭教師もいたようだ。
結局、彼女は王立魔法学園の入学試験一週間前まで魔法を一度も行使できず。
「魔法が使えないのに魔法を教える学園に行くの?」
「うちは代々、魔法使いの家系ですのよ。それに魔法を使える女子は嫁ぐのに有利ですの」
優秀な魔法使いが生まれたら、それだけで色々と武器になる。
そう考える貴族達は親の魔法適正に目を向けがちだ。
「お父様やお母様はあまり気にするなと言ってくれますが、お爺様が……」
ひと昔前の人間、ニーナの祖父は「貴族令嬢たるもの、魔法を使えてナンボ」みたいな価値観を絶対視しているらしい。
ニーナが魔法を使えないことに対し、両親はほぼ諦めているのだが祖父が全く諦めてくれないという状況。
そんな状況で入学試験を受けることになり、王都へ向かったのだが――
「あのまま試験会場へ向かえばお嬢様が自ら恥を晒すだけでした。事前に検査を受けて良かったと思いますよ」
王都に到着したニーナは恥を晒す覚悟で試験を受けようとしていた。
魔法を教えてくれる学園に魔法が使えない子が試験を受けにくるのだ。どう見ても「笑い物」にしかならない。
だが、ニーナは会場で笑い物になれば「祖父も諦めてくれるだろう」と考えていた。
しかし、それを良しとしないマルカは学園に事前検査を申し入れたという。
「事前検査?」
「入学試験を受けるに相応しいか、事前に自身の力量を学園の講師に見てもらいますの」
そこでニーナとマルカは魔法が使えない旨を正直に告白し、どうにか魔力を練る方法は無いかと講師に方法を乞うたのだ。
だが、こちらも惨敗。
最終的にはムキになった学園側がお偉いさんまで引っ張りだしてニーナの『魔力練れない問題』に取り組んだのだが、数十名の講師やお偉いさんが唸っても解決できず。
結果として突き付けられたのは「魔力無し」という烙印だったそう。
「魔力無し?」
その発言に対し、テオはニーナの匂いをクンクンと嗅ぐ。
「魔力、あるよ?」
「え!?」
賢い犬精霊の見立てによると、ニーナの体内には魔力があるという。
しかし、魔力が練れない。
それはどういうことなのだろうか?
「…………?」
ニーナとマルカが見習い魔女に視線を向けると、クッキーを片手に「わかりましぇん」とばかりに肩を竦めた。
「リリベルに聞いても無駄だよ。この子は最初から理論とかを吹っ飛ばして感覚でやってるから。この子が魔法を使うのは息を吸うのと同じなんだよ」
聞いちゃいけないし、一緒にしてもいけない。
テオはそう言ってため息を吐いた。
「君から魔力の匂いはするけど、それでも魔力が練れないってことは……。何か条件があるのかもね?」
「条件? テオ様、それは何でしょう?」
藁にも縋る勢いで問うのは侍女のマルカの方だった。
しかし、テオは「う~ん」とあまりいい返事を返せず。
「僕は精霊だからね。魔女のことには詳しいんだけど、魔法使いについてはあまり詳しくないんだ」
しかし、テオは鼻先で窓の外を指す。
「外にいるカミ爺なら詳しいかもよ? 素直に明かせば力になってくれるかも」
代わりの専門家がいるじゃないか、と彼は指摘したのだ。




