第12話 ガナン伯爵領第二街
空が茜色に染まり始めた頃、リリベル達は目的地である第二街へと到着した。
「結構人がいるのねぇ~」
街の入口には長蛇の列が出来ていた。
彼らも夕方までに到着しようと急いで来た人達なのだろうが、それにしても列の長さは異常だ。
第三街どころか、領主街よりも待機している人の数が多い。
「南部からも人が来るからね」
南に続く街道を指差しながら言ったのはレダだ。
「ガナン伯爵領第二街は南部に向かうための玄関口になっているからね。ガナン伯爵領内の人達だけじゃなく、南部から北上してきた人達もこの街に立ち寄るのよ」
同時に東部と南部を繋ぐ最大の物流拠点でもある。
街の北側に建設された倉庫の数は領内随一であり、領内で生産された小麦の三十パーセントがこの街へ運ばれる。
一旦納められた小麦は各商会に分配され、小麦を受け取った商会は運送商会を経由して南部へと出荷するのだ。
「南部でも小麦の栽培は行われているけど、東部ほどじゃないからね」
逆に南部からは酪農品や魚の干物などが出荷されるので、お互いに足りない物を補っている良い関係性と言えるだろう。
「南部から入って来た物がまず辿り着くのがここ。ということは、美味しい魚料理が食べられる!」
レダは目を輝かせながら言った。
どうやら彼女は魚料理が好きらしい。
「今夜は魚料理を食べるわよね!? 出発前にそう決めたものね!?」
「分かっているよ。でも、その前に傭兵組合で精算しちゃおう」
「ついでに依頼も見ておきたい」
魚料理に心躍らせるレダであったが、アレスとカミ爺の順で制止されてしまった。
「リリベルちゃんも一緒にどう? 美味しい魚料理を出すお店を知っているの」
「一緒に行くわ。私も魚料理を食べてみたいし」
相変わらず撫でられ続けて昇天しそうなテオを一瞥しつつ、リリベルはレダの提案に頷いた。
そこから三十分ほど待ち、リリベル達はようやく街の中へ。
「これだけ待たされると違法入場したくなる輩の気持ちを分からんではないな」
「牢屋では寝たくないなぁ」
カミ爺とアレスの文句が漏れるが、一行は街の中心部へと向かって行く。
中心にある円形広場の東側には傭兵組合があり、アレス達は建物の前で馬を停止させた。
「レダは馬を見てて。リリベルちゃんはどうする?」
「私も建物の中に入ってみたいわ」
初めて立ち寄る傭兵組合がどんな場所なのか、リリベルは興味津々に頷いた。
「んじゃ、いってら~」
馬の番を担当するレダはテオを離さず、馬上でもふもふしながらリリベル達を見送る。
見送られたリリベルはアレスを先頭に傭兵組合の中へと入っていくと――
「へぇ~。中はこんな感じなのねぇ~」
傭兵組合の中は実にシンプルだ。
長いカウンターは四つの窓口に仕切られており、仕事を受けようとしている傭兵達が各窓口で受付嬢と話し合っていた。
壁には巨大な掲示板があり、そこには大量の付箋や紙が乱雑に貼り付けられている。
「傭兵ってどうやってお金を稼ぐの? 魔獣を倒すだけ?」
リリベルは周囲をキョロキョロと見回しながら問うと、隣に立つアレスが掲示板を指差した。
「あの掲示板に貼り付けられているのは第二街の住民や、街の周囲に点在する村から届いた依頼なんだ。自分に合った依頼を見つけて受けるのも一つの手段だね」
他にはリリベルが言った通り、単純に魔獣を討伐すること。
傭兵の中には街と街を繋ぐ街道を何往復もして、街道周辺に出没する魔獣を倒して回る者達もいるらしい。
「魔獣を倒したら討伐した証を持ち込むんだ」
討伐の証として認められるのは魔獣の心臓と対象となる魔獣の特徴、この二つがセットになってなければならない。
持ち込む『特徴』の部分は魔獣毎に決まっているらしく、ボーンディアであれば角を一部切り取って傭兵組合へと提出する。
そして、魔獣のランクに応じて報酬が出る仕組みだ。
報酬額に関しては現地の傭兵組合が独自に決めることとなっており、その地で人を多く困らせている種ほど高額になるようだ。
「どの種が高額かって情報も掲示板に貼り出されるんだ」
アレスが指差した場所には『報酬一覧』と書かれた紙が貼られており、リリベルも討伐したことがあるボーンディアは一頭につき一万トーア。
最高金額はレッドグリズリーの十万トーアである。
「あの鹿を倒して一万!」
その価格にリリベルは驚きの声を上げてしまった。
「ボーンディアは魔獣の中では弱い部類に入るけど、危険な魔獣には変わらないからね」
アレスは小さな声で「一万は安い」と言った。
ボーンディアは数が多くて厄介な魔獣であるが、同時にそれを狩る傭兵の数も多い。
現状では変異数と討伐数のつり合いがとれているのか、価格的にはあまり美味しくないというのが傭兵達の本音みたいだ。
「レッドグリズリーは?」
「こっちは逆に止めた方がいいね。村が襲われているような状態ならまだしも、自発的に狩るには危険すぎる相手だ。リスクが高すぎるよ」
首を振るアレスだったが、その横にいるカミ爺は小さな声で「魔女様なら余裕だろうがね」と呟いた。
「さて、俺は精算してくるね。リリベルちゃんはカミ爺と待ってて」
「うん」
アレスは討伐の証が入った革袋を片手に窓口へ。
その間、リリベルは掲示板を眺めながらカミ爺へと質問を投げかける。
「お金を稼ぐには魔獣を倒した方がいいのかしら?」
「うーむ……。リリベル君が見習い魔女だとしても、あまり勧めたくはないなぁ」
カミ爺としては若すぎるリリベルを血みどろの傭兵界隈に引き込みたくはないのだろう。
「でも、旅費は必要だわ。お菓子を買うお金も欲しいの」
そう言いつつも、リリベルは「商売しようとしたが騎士に怒られた」と明かす。
「商売? 何か売ろうとしたのかね?」
「ええ。これを売ろうとしたの」
リリベルは既に効果の切れた光る石をカミ爺へ手渡す。
「これは……。エンチャントされた石かね?」
さすがはカミ爺。
平べったい石に描かれた文字を見ただけでリリベルの主力商品を見抜いたようだ。
「そうよ。ぴかぴか光るのよ」
リリベルは「ランタンの代わりにもなるのよ!」とアピールするが、すぐにシュンと肩を落としてしまう。
「でもね、商売するには許可証が必要だって。商人組合で税金も払う必要があるって言われたわ」
彼女は断念した理由に「なんだか難しそう」と挙げた。
「確かに難しいね。しかも、商人の世界は傭兵界隈よりも血みどろで恐ろしい」
商人という人種は時に剣よりも鋭い武器を持ち出し、金の代わりに命を奪っていく連中だと。
カミ爺は眉間に深い皺を寄せながらそう言った。
「商人の世界に足を踏み入れるくらいなら、魔獣を討伐した方がよっぽど生き残れるだろうね」
「そこまで怖いの?」
「ああ、怖いよ。やつらの中には金の亡者どころか、金の悪魔になった者もいる」
カミ爺の恐ろしい話を聞いたリリベルは「うーん」と悩み始めてしまった。
「お待たせ」
すると、アレスが精算から戻ってくる。
「うう~ん」
「どうしたの?」
アレスは腕を組んで悩むリリベルの顔を覗き込むと、それに気付いたリリベルは「ひゃあ!」と声を上げる。
「お、お金を稼ぐ方法を探してて。魔獣を倒して稼ごうかと考えていたの」
頬を赤くしたリリベルが悩みを明かすと、アレスは眉間に皺を寄せた。
「君みたいな子が魔獣を倒して金を稼ぐのは……。俺はあまりお勧めできないな」
アレスは続けて「魔獣なんかに関わらず、安全な場所で暮らして欲しい」と言いながら彼女の頭に手を伸ばす。
「どこか街で暮らして、商会の売り子なんてどう? お菓子屋さんとかさ」
お菓子好きなリリベルを想ってか、アレスはそう提案しながら彼女の頭を撫でる。
「お菓子屋さんかぁ~。アレスも買いに来てくれる?」
「ああ、もちろん」
「それもありかも~」
常連化したアレスの姿を想像したのか、リリベルは「ひひひっ」と笑う。
「さて、ご飯を食べに行こう?」
「うんっ」
リリベルはアレスの横に並びつつ、ニコニコ笑顔のまま傭兵組合を出て行く。
「うーむ、エンチャント……。魔女技術か……」
その後ろに続くカミ爺は、リリベルから受け取った石を眺めながら小さく頷くのだった。




