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第1話 東の魔女と見習い魔女


 トリニア王国東部にあるガナン伯爵領には『東の魔女が住む森』がある。


 森の名称はいくつかあるのだが、ここでは東魔女の森としておこう。


 森の奥にはその名の通り、魔女が住んでいる。


 木造の小さな家、家の隣には小さな薬草畑。裏手に大きな大樹が聳え立っていること以外はあまりにも普通の家だ。


 しかし、家の中では黒いトンガリ帽子を被った女性がグツグツと煮だった怪しげな鍋の中身をかき混ぜている――なんて怪しいイメージとは真逆。


 魔女が住む家の傍からは、意外にも小さな女の子の声が聞こえてくる。


「えへ。見て、テオ。この黄金カブト、昨日のより大きくない?」


 むふんと胸を張りながらも、小さな手で掴んだ黄金色のカブトムシを見せつける幼女。


 金髪のおさげが特徴的で、自信たっぷりな態度はいかにもヤンチャそう。


 育ての親が縫ったワンピースを着こなす幼女の名はリリベルという。


「わぁ~。ほんとだ。おっき~」


 カブトムシを誇らしげに見せる幼女に対し、目をキラキラさせながら頷くのは犬の精霊。


 ぴんとした耳に短足。ぷりんとした大きなお尻と短い尻尾。赤茶と白の毛並みを持つ犬の精霊――テオの瞳には黄金色のカブトムシが映る。


「リリベルは虫取りが上手いねぇ」


「えへへ。でしょ!」


 物心ついた頃から共にいる相棒、テオから褒められたリリベルは既に張っている胸を更に反らせた。


「その調子で魔女の技も得意になればいいのに」


「えー! ししょーの授業退屈なんだもんっ」


「ちゃんと覚えないと立派な魔女になれないよっ」


 彼女とテオの会話から察せられる通り、リリベルは『見習い魔女』だ。


「テオだって授業の合間は暇でしょ? 私と虫取りしてる方が楽しくない?」


「僕は君のお守りをしてるの。お兄ちゃんだからね」


 テオは「わふん」と犬っぽいため息を吐きながら呆れる様子を見せる。


 御覧の通り、犬の精霊であるテオは彼女の使い魔というわけではなく、あくまでも家族であり()なのだ。


 本人がそう宣言しているので間違いない。


「だからほら、大きなカブトを捕まえたんだし。今日は家に戻ろう? そろそろ、ヴァレンシアが怒る頃合いだよ?」


 テオが「早く戻ろう」と促すも、まだ幼いリリベルは遊び足りない。


 イヤイヤとテオの催促を否定していると――家のドアが開いた。


「リリベル! そろそろ授業の時間だよっ!」


 家の中から姿を現したのは、灰色の髪を三つ編みにして細いメガネを掛けた老婆だった。


 本人が年齢を語らないので正確なところは不明だが、恐らくは八十代。


 昔は男共の目を釘付けにしていたという栗色の毛は灰色に変わってしまっているが、まだまだ背は曲がっていないし、着ている服も怪しげな黒いローブじゃなく普通の服にエプロン姿だ。


 彼女こそ、東の魔女と呼ばれている女性――ヴァレンシア。


 先代から全ての技術を受け継ぎ、同国内に住む魔女達から一目置かれる存在。


 特に彼女の作った薬は霊薬とすら囁かれており、魔女界隈の中でも薬師系統に長けたスペシャリスト的な存在である。


「まーたカブトかっ!」


 ただ、エプロン姿の彼女が腰に手を当てながらリリベルを見下ろす姿は、どう見ても祖母と孫の関係にしか見えない。


 しかし、二人は血が繋がっていない。


 二人の出会いは森の中から始まったからだ。


 八年前、ヴァレンシアが薬草採取に森の中を歩いていた際、捨てられていた赤子――リリベルを見つけたのだ。


 当時のヴァレンシアは「獣の餌になっていなかったのが不思議だった」と仲間に語ったことがある。


 同時に「直感的に育てなければいけないと思った」とも。


 そんな経緯もあって、リリベルはヴァレンシアから名前を授かり育てられてきた。


「えー! 授業つまんない! しかも、今日は魔法文字の練習でしょ!?」


 今ではすっかり反抗的な可愛い見習い魔女だ。


「ふーん。授業をちゃんと受けたら街で買ったクッキーを出してやろうと思ったんだがね。お前さんはいらないか」


 ニヤリと笑ったヴァレンシアはエプロンのポケットから一枚のクッキーを取り出す。


 バター味の美味しいやつ。それを二本の指で挟みながら、リリベルに見せつけるのだ。


「く、くっきー……」


 リリベルの幼い目はクッキーに釘付けである。


 小さな口からは涎まで漏れてしまい、指の間で暴れていた黄金カブトが逃げ出しても気付かないくらい釘付けだ。


「ひゃっひゃっひゃっ! そうかい、そうかい! お前さんはいらないんだねぇ!!」


 その愛らしい姿を見たせいか、ヴァレンシアはいつもの調子でリリベルを挑発し始める。


 彼女は指で挟んでいたクッキーをバリバリと食べ始め、ゴクンと飲み込んだ後で「家にある物も全部食べちゃおうねえ!」とわざとらしく宣言するのだ。


「や、やる! 授業する! だから、私もクッキー!」


「ほう、そうかい。なら家の中に入って準備しな!」


「うん!」


 ドタドタと家の中に入っていくリリベルを見送るヴァレンシアとテオ。

 

 二人は顔を見合わせると「まだまだ子供だね」と笑う。


「ところでヴァレンシア。僕には街で買ったジャーキーを出してくれるんだよね?」

 

「何言っているんだい。お前さん、昨日で全部食っちまったじゃないか」


 ヴァレンシアは「明日の分が無くなるよ、と昨日言っただろう?」と。


「あー! そうだった! どうしよう!?」


「あの子からクッキーを分けてもらいな。厳しい交渉になるだろうがね」


 ヴァレンシアは「ひゃひゃひゃ!」と笑いながらドアを閉めた。


 ――これが東魔女の森で暮らす三人の日常。


 血が繋がらずとも愛があって、師弟という関係でも親子みたいで。


 そして、そんな二人の傍に付き添う一匹の犬精霊が送る温かい日常。


 しかし、そんな日常もずっとは続かない。


 何故なら人は歳を取るからだ。


 魔女という存在であっても「人」であることには変わりなく、歳を取ることで終わりを迎えるからだ。



◇ ◇



 八年後、リリベルが十六歳になった年の春――その時はやって来た。


「……リリベル」


「……なぁに、師匠」


 ベッドで寝たきりになってしまった魔女ヴァレンシアは小さな声で弟子を呼んだ。


 十六歳に成長して、金色の髪もサイドテールに纏められるほど長くなって、キッチンに立つ際も足場を必要としないくらい背も伸びた。


 黄金カブト取りなんてしなくなったけど、まだまだ幼い時と変わらないくらいヤンチャで元気に笑う見習い魔女。


「……リリベル、私は、お前が心配だよ」


 あの世へ行く寸前、片足突っ込んだ状態であっても弟子が心配だとヴァレンシアは言う。


「僕も心配」


 同じく相棒である犬の精霊も。


 ベッドに前脚を置きながら横目で見習い魔女を見つめ、その視線をヴァレンシアに戻しながら言葉を続ける。


「ヴァレンシア、まだ逝くのは止めない?」


 テオは「くぅん」と鳴きながらヴァレンシアの腕をペロリと舐める。


 しかし、彼女は口角を上げて小さく笑い声を漏らす。


「……馬鹿、言うんじゃないよ。人にはタイミングってもんが、あるのさ」


 私の場合は今だ、と彼女は言った。


 そして、最後に愛弟子へ言葉を残す。


「……リリベル。私がいなくなっても、泣くんじゃないよ。あんたの傍には、テオがいる」


 偉大なる魔女は自身が召喚した犬の精霊を優しく撫でた。


「テオ、リリベルを……。頼むよ」


「うん。ヴァレンシア、僕に任せて」


 そして、再びその手は愛弟子の指に触れる。


「私が、いなくなっても……。立派に、自立した生活を、送りなさい……。前に話した、約束を、ちゃんと……」


 この言葉を最後に魔女ヴァレンシアは旅立った。


「師匠……」


 育ての親であり、魔女としての師匠である女性の言葉を受け取ったリリベル。


 彼女は安らかに眠る親の手を撫でながらも、涙は流さなかった。


 生前の言いつけ通り、彼女を家の裏に聳え立つ大樹の根本へ埋葬しても。


 魔女ヴァレンシアと刻まれた小さな墓標を立てても、リリベルは涙を流さなかった。


「リリベル」


 その背中を見たテオの表情は悲し気で、彼は頭をぐりぐりとリリベルの足に擦り付ける。


「テオ、私は泣かないよ」


 慰めてくれるテオの体を抱きしめる時も、彼女は決して泣かなかった。



 ◇ ◇



 家の中は三日ほど暗い雰囲気が漂っていたが、四日目を迎えた朝にはその雰囲気が霧散する。


 これまで笑みを見せなかったリリベルだったが、この日は朝から笑顔を見せたからだろう。


「師匠が死んじゃったのは悲しいけど、ずっと悲しんでいても仕方ないもんね」


「うん。そうだね」


「それにこれ以上悲しんでいたら、死んだ師匠が枕元に出て怒ってきそう」


「ヴァレンシアならやりかねないね」


 心配していたであろうテオもホッと一安心といったところで、一人と一匹はこれからのことについて話し合い始めた。


「これからどうしようね?」


 テーブルの下で足をぷらぷらさせながらも、リリベルはパンに齧りつく。


「リリベルはどうしたいの?」


 一方、朝食はヘルシーにキメたい派であるテオは半玉状態のキャベツに齧りつく。


「うーん……。師匠は自立した生活を送りなさいって言ってたよね」


「そうだね」


 ここで一人と一匹は同時に首を傾げた。


 自立した生活ってなんだ? と。


「一人で生きていける人間を自立している、と言うんだろうね」


「えー、一人は寂しいじゃない?」


 そんなリリベルの反応にテオは「そうだね」と悲しそうな顔で頷く。


「とにかく、大人みたいにしっかりと生きていけるようにするんじゃないかな?」


 そんな顔を隠すようにシャクシャクとキャベツを食べたテオは、再び顔を上げてから首を傾げた。


「……大人のような生活」


 ここでリリベルの脳裏に電流走る!


「大人みたいに自立した生活を送るってことは、好きな時にお菓子を食べていいってことよね!?」


 十六歳になった彼女であるが、未だ自由にお菓子を食べられない身であった。


 お菓子を食べるには街まで買いに行かなければならないのは当然だが、寝たきりのヴァレンシアに隠れてお菓子を食べようとしても、何故かヴァレンシアの部屋から「お菓子を食べる気だね?」と察知されていたからだ。


 見てもいないのに、扉も閉めているのに何故かバレる。


 そんな状況が続いていたが……。


 しかし、今の彼女に制限など無い。 


 むしろ、亡くなった師匠から「自立しろ」とさえ言い残されているのだ。


 生前の言葉を免罪符とする、あの世へ行ったヴァレンシアも驚きの発想力を発揮する。


「自立すればお菓子パーティーが開けるわっ!」


 ヴァレンシアが存命の頃は絶対に出来なかったお菓子パーティーさえも開催できる身。


 今の私は無敵だ。


 そう言わんばかりの態度である。


「もう、本当にリリベルはいつまで経っても子供だね。お菓子パーティーって」


 賢くオトナな犬の精霊、テオはわふっと呆れるように笑う。


「でも、テオも高級骨っこやジャーキーを好きなだけ食べれるわよね?」


 リリベルに言われた途端、テオの体がビクリと静止する。


 そして、骨っこやジャーキーに埋もれた生活を想像したようで。


「……自立、いいね」


 賢くオトナなはずの精霊はダラダラと涎を垂らしながら言った。


「あとは、あとは……。本の中にあるような素敵な生活っ! お城みたいな家に住んで、素敵な王子様とケッコンするの!」


 十六歳になったリリベルは恋愛にも敏感な年頃だ。


 特に街の本屋で購入した恋愛小説の中で描かれるような、キラキラでピカピカな恋愛に憧れる年頃である。


「…………」


 目をキラキラさせながら夢見るリリベルをじっと見つめるテオ。


 彼の表情には「それは難しいんじゃないかな」と書かれているが、口にしないだけ良いお兄ちゃんなのかもしれない。


「あとはヴァレンシアとの約束も果たさないとね」


「ああ、南の魔女に会いに行く件ね?」


 自立した生活を送ることも大事だが、ヴァレンシアが生前に残した約束も果たさなければならない。


 ヴァレンシアとの約束とは、同国内の南に住む『南の魔女』へ会いに行くこと。


 会ってヴァレンシアの死を伝えることだ。


「南の魔女に会って事情を伝えれば力になってくれるって言ってたよね?」


「うん。ヴァレンシアは南の魔女とは仲が良かったからね」


 困ったら南の魔女を頼りなさい、と彼女も言っていた。


 恐らくは自身の死が近いことを悟り、友人である南の魔女に何かを託したのかもしれない。


「じゃあ、街に行ってお菓子を買いに行きましょ。ついでに南の魔女にも会いに行きましょ?」


「逆だよ! 南の魔女に会いに行くのが本命!」


 こうして一人と一匹は当面の予定が立った。


 まずはいくつか街を経由しながら南へ向かい、南の魔女にヴァレンシアの死を伝えること。


 そして、大人っぽい自立した生活を送ることだ。


 あと道中でお菓子を食べることも忘れちゃいけない。


「そういえばさ、私ってまだ見習いのままじゃない?」


「……あっ」


 ヴァレンシアはリリベルを「お前は一人前の魔女だっ!」と宣言せずに逝ってしまった。


 魔女の掟として、一人前として認められるには師匠となった本人の言葉が必要である。


「そのあたりも南の魔女に聞く必要がありそうだね」


「そっか~」


 こうして見習い魔女リリベルと相棒の犬精霊テオによる、キラキラでピカピカでお菓子と骨っことジャーキーが食べ放題な自立した生活を目指す――


 いや、南の魔女へ会いに行く小さな旅が始まる!


読んで下さりありがとうございます。

現状書き終えている部分までは夜の十時頃に毎日投稿します。


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作者のモチベがみなぎります。

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