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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
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てのひら


 母親との気まずさを残したまま期末試験前の最後の金曜日を迎えた。来週からあの男子生徒も停学解除となる。期末試験日程表が配られたが、美沙はろくに確認もせずに鞄に直した。今日は大事な楽しみな金曜日だ。通学鞄と菓子折りの入った紙袋とセーターが入った紙袋を引っ提げてアルバイト先へ向かう。

 店の事務所に到着し、いつも通り着替えを終えてカウンターに向かう。前橋と一週間ぶりに対面した。先に前橋から話しかけてきたが、先週の件については何も触れてこなかった。生徒の家に前橋が行ったことについて、美沙は確認しようにも、いつもの半分おふざけな事を言う前橋に聞く雰囲気が作れなかった。

 そうこうしているうちに時刻は20時半になり、真山がやってきた。美沙は嬉しさを隠せずに、いつもと違うタイミングで頭を下げた。

 「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」

 美沙はいつもと変わらず笑顔で話す。

 「店内で。いつもの」

 真山はいつもと変わらず素っ気ない。

 「かしこまりました。ご一緒にアップルパイもいかがですか?」

 「じゃあ。それも」

 注文が終わり真山はスマホを触りながらカウンターの横で待つ。美沙はトレーにコーヒーフレッシュを置いて準備をじめていく。美沙が準備をする間、真山と前橋は一度目が合う。真山は頷くと、前橋は店の中に入っていった。

 準備が終わり、商品を真山が受け取る。その受け取った左手の指輪がカウンターの照明に反射して、光沢を鳴らす。二階に真山が上がっていくのを見届けていると、前橋がやってきた。 

 「あの常連さん、多分過去から来たんだよ」

 意味不明な前橋の言葉に、美沙は「はいはい」と受け流す。すると次に結衣が店に入ってきた。前橋は早速、結衣の今日の見た目を褒めちぎり、スカウトするが秒で断られる。美沙に敬礼ポーズをして、結衣は颯爽と二階へ駆け上がっていった。真山が帰らないように食い止めてくれる役割。見た感じ、やる気たっぷりなことは間違いない。

 二人が何を話しているか気になりつつも、美沙は残り時間もしっかりと働いた。急ぎ着替えて鏡で入念に身だしなみを整える。そして二階席に行くと、真山と結衣が対面して座っていた。美沙は紙袋をギュッと握りしめて、二人の側に行く。結衣が「おつかれさまー」と言うと、真山は振り向いて頭を下げる。美沙も真山に頭を下げ、ツバをゴクッとのみ込んだ。 

 「先週はありがとうございました。これ、つまらないものですが!」

 美沙は真山に紙袋を差し出した。

 「いえ、自分はそんな」

 真山はもちろん受け取ろうとはしない。大したことはしていないと、心遣いに感謝を表す。

 「受け取ってくださいよー。美沙もほら、こういうときは強引に渡すの!」

 ほぼ結衣の強硬姿勢で紙袋は真山の手に持たれることとなった。美沙は結衣の強さに目を輝かせて感謝する。

 「じゃあ、自分はこれで」

 真山が気まずそうに席を立つと、結衣はニッと笑って援護射撃を続けた。

 「私たちも今から帰るんで、寒いから送ってもらえますか?」

 「さすがに悪いよ。あの、私たち大丈夫なんで、お気付かないなく」

 美沙は流石に申し訳なくなり、援護射撃を取り下げようとしたが、ここも強行突破に成功したのは結衣であった。2週に渡り、真山の例の赤い車に乗ることとなった。結衣は散々ダサいと言っていたくせに、「めっちゃカッコイイですね!」などと、口が相変わらず上手い。これはこれで内心嬉しいが、少し申し訳なさも残る。結衣は左の後部座席に座り、自宅の住所を真山に言う。真山はたじろぐものの、カーナビに結衣の住所を入力して、車は発進した。

 結衣はドヤ顔を美沙に見せつける。結衣の喋りは止まらず、今日のアルバイトの話をいつもの調子で美沙に話す。時折、真山にも話題を振るが返事は一言だけ。

 「真山さんって笑ったりするんですか?」

 そして失礼なことも平気で聞いてしまう。

 「はい。たまに」

 「えー、見てみたいなぁ、笑っているところ」

 結衣の喋りに真山はハッとした顔になり、赤信号でゆっくり止まるはずが、強くブレーキを踏んで車内が揺れた。落ち着いた運転が、乱れた瞬間だった。

 「どうして、名前を、、、」  

 真山はなぜ自分の名を結衣が知っているのか、驚いていたのだ。結衣は、うっかりしてしまったと、下唇を甘く噛む。

 「前に名刺落としたときに見たんです。それで名前を」

 結衣の説明に合点が行ったのか、真山は少し動揺していた。

 「あんまり他所では名前は言わないでくださいね」

 信号が変わり、車は走り出す。結衣が耳元で、美沙も真山の名前を呼ぶように勧められるが、首を横に振る。助手席に置かれた紙袋がチラッと美沙の視界に入っており、それだけで良かった。結衣の家のマンションの下に車は到着する。

 車を降りた2人。結衣は「ありがとうございました」と、手を振りながら言う。美沙は頭を下げて車が発進するのを見届けた。寒い寒いと急ぎ建物の中に入る。

 「うまく渡せたじゃん。よかったよかった」

 結衣も目的が果たせたことと、何よりも美沙が喜んでいることで安心していた。部屋に入り、結衣の母と妹に挨拶をして、二人は風呂に入る。結衣の手によって美沙の膝から、カットバンが剥がされた。

 風呂から上がり、結衣は防寒着を着てベランダに出る。美沙も結衣の違う防寒着を借りてベランダに出た。結衣はポケットからタバコの箱を取り出して、タバコを一本取り出してライターで火をつけた。

 居酒屋で客が忘れたタバコを持って帰ってきて、ベランダで喫煙する。

 「あー、今日も頑張ったなぁ」

 「おっさんみたいだよ」

 美沙も結衣にすすめられて一口だけ吸ったことがあったが、むせてしまってそれ以降は結衣もすすめることはなかった。結衣が吐き出すタバコの煙が、夜空に駆けて消えていく。寒空の下のこの時間は、大人未満子供以上の2人の背伸びの時であった。来週からの期末試験の勉強をどうするか。卒業してからどうするか。真面目な会話が続く。

 「結衣は不安とかないの?」

 「あるよ。そりゃ。声優なんて成功するの1握りだし、なりたい人はめっちゃ増えてるし。演技の才能もないしさ」

 夜な夜な一人の時間に、滑舌の練習やセリフの勉強などもやってはいるものの、結衣には漠然としすぎた将来へのもがき方がわからなかった。 

 「大丈夫だよ。可愛いしスタイルも私よりいいし、でも上の人にも噛みつきそうだから心配は心配だけど」

 「そりゃ、猫かぶるよ。学校に通って現実を叩きつけられて、、、その時は就職して、美沙と二人でユーチューブでも撮ってバズるしかないかな」

 「いやだよー。私、パソコンとか何もできないよー」

 そんな話をしてる間に、時刻は0時を回りベッドに横になる。ほんのり残るタバコのにおい。テストに出そうな問題を美沙が考えて、それに結衣が答えているうちに、二人は自然と眠りに落ちた。

 結衣は寝相が悪く、美沙の身体を触りまくる。抱き枕のように扱われるが、それが美沙には心地よかった。

 土日の2日間は勉強に勤しみ、同じタイミングで試験があるはずの芽衣はあきらめてお菓子を食べながらリビングでテレビ三昧していた。成績が悪かろうが、美沙の将来には何も変わりは無い。

 日曜の夜、部屋で黙々と勉強をしていると、沙絵がココアを作って持ってきてくれた。マシュマロが溶けて入っており、お腹も満たされる。沙絵とは以前、気まずさが残っている。ここ2日の会話も菓子折りを無事に渡せたことを伝えただけだ。

 「あんまり無理しちゃだめよ。ま、美沙なら大丈夫か」

 「良い点数取るとみんなが褒めてくれるからね」

 昔から褒められるのが好きだった。いいことをすると褒めてもらえる。勉強を頑張っても褒めてくれる。頭を撫でられることが昔から大好きで、子供の頃は撫でてもらうために、進んで掃除や片付けや芽衣の世話などに取り組んだ。 

 美沙は勉強を切り上げて、ベットに転がった。

 真山にもし頭を撫でてもらえたら、心底嬉しいだろう。そんな想像をしながら美沙は目を閉じた。机に置かれたココアは一口も飲まれないまま、冷めてしまっていた。

 

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