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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
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沙絵の日常

 美沙が高校を卒業した。立派に育てきったのか、沙絵の中で達成感は皆無であった。母と娘たちとの会話は減り、週末になると娘たちは元旦那の家に泊まりに行く事が増えた。なぜ今更父親ヅラで娘たちと接するのか。沙絵のストレスが増えていく一方。ここまで娘たちを育て上げた自分への復讐なのか。確かに会わせなかったことは申し訳ないという気持ちはある。しかし、子供二人を女手一つで育てるのに、余裕は微塵もなくあっという間に時間が過ぎていった。

 ミラクルバーガーへの就職は元通りの形となり、美沙はタレント事業部で4月から働き始めた。来週にはテレビに出演することも決まっており、わが子が急に親離れをしていく様に理解が追いついていかない。

 そもそもタレント事業をなぜ否定したのか。沙絵自身も理由がうまく表現できなかった。そもそもなぜ進学しないのか。母子家庭であることを悲観させたくない一心で働き詰めて、親子の時間もしっかりと作ってきたつもりだった。沙絵は台所の換気扇の下でイライラのあまりタバコを立て続けに吸い続けていた。

 真山に娘の存在をテレビ越しに見せたくなかったのか。娘が芸能タレントとして世に出ることに心配があったのか。初めてあの子が自らの強い意志で動くことに、親としてどうしていいかわからなかったのか。

 美沙は真山のことを少し覚えていたから、愛着が戻ることは納得できたが、芽衣も尻尾を振るように今では真山シンパシーになっている。すべてあの今度再婚するという夜職の女の手際の良さに違いない。

 沙絵はタバコの火を消して、街へと出掛けた。頭の中ではずっと真山と娘達が仲良くなっていることへのヘイトがグルグル回る。離婚してから二年後に出会った田渕に相談しようにも、田渕はあえて何も語ろうとはしない。真山に対して田渕が罪悪感を抱いていることを知らない沙絵。今となっては真山の立ち振舞すべてが悪に見える。

 そんな時だった。美沙からメッセージが届いた。来週の土曜日の朝10時22分から、新日テレビを見てほしいと書かれている。そして続けてメッセージが届く。あの家でパパと見てほしい。

 沙絵は即答で嫌だと返事をした。なぜ、あの忌々しい家に行かなければならないのか。娘のテレビでの晴れ姿は見たい。しかし、なぜ真山と見なければならないのか。想像しただけでも虫酸が走る。

 その次の土曜日の朝、沙絵はあの家に向かっていた。嫌で仕方がない、なのになぜ自分の足はあの場所に向かっているのか。娘との関係をこれ以上こじらせたくない。そして、真山と一度話をしなければならない。

 話すべき機会を後々にしてきたのは確かに自分である。責められるのも分かっている。自分も責めてしまう。離婚協議の面会の約束を破ったことは、沙絵自身も真山に対して申し訳なさが少しだけあった。3人で生きていくことがどれだけ大変だったか。オーバーワークと育児と家事で、2人が小学校に上がるまではそれどころではない日々。

 沙絵は10時少し過ぎにあの家に到着した。美沙を連れ帰った日以来。もう二度と来ることはないと思って、すでに二回目の訪問。インターホンを押す手がなかなか上がらない。

 娘を取り戻す。3人の生活をもう一度取り戻すんだ。沙絵は鋼の心にドラを叩き、インターホンを押した。すぐに玄関の鍵が開き、少しだけ開いた玄関のドアのすき間から真山が顔を出す。間を取り持って連絡していた美沙。真山も沙絵と同じことを美沙から言われていたのだ。

 二人は無言のままリビングで過ごす。久しぶりに見た室内の様子は、昔のまま何も変わっていなかった。沙絵は自分が選んだ家具達を見て、虚しさを感じていた。購入したときは未来に希望と喜びしか無かった。それを崩した自分の選択も、すべてはこの目の前の男のせい。

 真山は無言で湯呑みを沙絵の机に置いた。テレビの音だけが空間を進む。話すこともないまま、時間は刻一刻と過ぎていく。10時15分。美沙が一瞬映るミラクルバーガーのCMがTVに流れる。この一瞬映る美少女は誰だ!?と、ネットでは大騒ぎになっていた。美沙の他にも3人のタレントがいるが、1番華があって目立つのは美沙であった。

 娘がTVのCMに出ていること。それを真山と見ている。テレビのワイドショーでは、CMのあの話題のミラバお姉さんに密着インタビーと、画面に大きく書かれている。美沙が見てほしいのは、このあとに流れるインタビュー動画のことらしい。

 真山が再び自分たちの人生に戻ってきていなければ、娘のCMデビューも120%喜べたはずだ。

 「不思議だね」

 不意に口を開いたのは真山だった。優しい口調で、テレビを見つめている。

 「そうね。不思議」

 生理的に受け付けない真山の声。なぜここまでネガティブな反応に針が振れるのか。美沙と真山が再会してからというもの、ここまで人を毛嫌いしている自分が拙く思えた。

 「再婚するんでしょ。おめでとう」

 そして、次のステージへも進む前夫。それも歯痒い。9月に挙式を挙げることも、新婚旅行にはハワイと沖縄に行くことも全て芽衣から聞いていた。

 「ありがとう。式には2人ともどうしても来たいって言ってる」

 「いいじゃない。どうぞ幸せに」

 嫌味な言葉が言いたくないのに出てくる。幸せを奪ったのはどちらだったのか。他人の幸福は喜べるが、今の真山は他人と家族の狭間の存在。早くインタビューを見て早くここから逃げ去りたい。無性にタバコが吸いたくなる口に、沙絵はお茶を一口含む。

 TVの画面に再びミラクルバーガーのCMが流れる。CMに美沙が一瞬映り、CMが開けると番組のコーナーが始まった。ミラバのお姉さんは全員で四人。今日から一日一人ずつ番組でミニコーナーの時間に取り上げられる。最初に取り上げられるのが美沙であった。

 番組の女子アナウンサーがミラバのお店に入ると、カウンターに美沙が笑顔で立っている。可愛いエクボとともに、頭を下げて「いらっしゃいませ」と言い、頭を上げると、ミラクルスマイルと美沙の名前の上にキャッチコピーがテロップされている。

 アナウンサーの質問に美沙は、少し緊張しながらも、堂々と返答していく。好きなバーガーから、今後の活動まで、完全にプロモーション動画であった。

 真山と沙絵は娘の立ち振舞が見ていて心配であったが、徐々に安心して見れるようになっていた。

 アナウンサーが最後の質問をする。

 「美沙さん、最後に何かテレビをご覧の皆さんに、メッセージなどありましたらお聞かせください」

 カメラのアングルは切り替わり、美沙が正面からカメラ目線で答える。

 「はい! ミラバのお姉さんの美沙です。これから、ミラバの魅力を、是非皆様お一人でも多くの方にお伝えできるように、精神誠意頑張ります。あと、、、」

 真山はここに沙絵が来た意味を、この時に理解した。美沙が一度目を伏せて、再びカメラを見る。この一瞬ですべてを感じだった。

 「私をずっと応援してくれたパパ。そしてこんなわがままで、自分勝手な私をここまで育ててくれた大好きな世界一のママ。本当にありがとう」

 違う。違う。自分勝手なのは美沙じゃない。自分の方だ。もっと我慢していれば、もっと広い心があの時あれば、美沙も芽衣も我慢を強いられる生活をさせなかったはず。

 沙絵は口もとを手で塞いだ。泣くなと言われても、我慢などできるはずがなかった。もっと話すことがたくさんある。世界一可愛い娘。娘のためだったら、何でもできた。赤子のときは夜泣きも多くて、ミルクも全然飲んでくれなくて、体調もすぐに壊していたあの小さな子が、こんなに立派になってくれた。

 ここまで女手一つで頑張ってこれたのは美沙がいてくれたからだ。

 堪えずに出た涙が一粒一粒落ちる時、家族の思い出が回想される。3人で過ごした日々、そして最後に思い出すのは、まさにこの場所で真山を含めて4人で楽しく過ごした日々であった。

 沙絵は真山に謝らなければならないと痛感した。沙絵がプライドを捨てて、真山に謝ろうとした時だった。先に言葉を発したのは真山であった。足を崩して、真山は土下座の姿勢になる。

 「あの子たちを立派に育ててくれて、本当にありがとう、、、本当にありがとう」

 涙声で真山はゆっくりと頭を下げた。

 「私、、、あなたに酷いこと、、、」

 子供達が教えてくれた。子供に必要なのは親、そして親に必要なのは子供。不浄だった空白の時間は変えれないが、この瞬間からは変えていけるのだ。

 沙絵はその日の帰路、首から上が軽くなったような感覚であった。

 すぐには無理だが、いつか何処かで、自分も殻を一つ壊していこう。そして大切なことを思い出した。

 美沙と芽衣の父親が、あの人で良かったと。 

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