葉奈の日常
クリスマス当日。葉奈は夕方まで店で年賀状を書いていた。今日から10日間お店は休みになる。そしてクラブのママという立場も、もう終わりにしたいと思っていた。昼職に移り、今のマンションから普通のマンションに引っ越しをする。
真山が娘と再会したことで、一区切り自分の人生も選択し直すタイミングにたどり着いた。そして、自分の存在意義がわからなくなっていた。彼に一番必要だったのは、二人の娘。もちろん再会することを願っていたし、そのためになら自己犠牲もいとわない気持ちであった。
店を出て郵便ポストに年賀状の束を入れ、家へと帰る。真山が既に帰ってきており、ローストチキンとマッシュポテトを作ってくれていた。部屋にクリスマスの香りが漂う。
「いつものケーキ、ホールで買ったんだけど、二人も食べれるかな」
真山は楽しそうに支度を続ける。結局クリスマスのコンサートは美沙と芽衣の2人で行くことになり、コンサート終わりにここに来る予定だった。加えて強引に美沙の友人も葉奈に会いたいということで、バイト終わりにやってくる。
「賑やかなクリスマスなんて久しぶりね。去年は、、、私が仕事だったから、マヤマヤ1人だったもんね」
「そうだったなぁ。でも、次の日お祝いしたじゃん」
真山と葉奈の会話が止まった。台所の蛇口から出るシャワーがフライパンの油を流す音。気まずさではなく、2人はドキッとしていた。葉奈は真山の背後に回り、優しく抱きしめた。
後ろからの抱擁が久しかった真山は、蛇口を止めてタオルで手を拭いた。こうして密着する頻度は減ってきていたが、二回目の人生が始まったような真山には、甘えやすくなっていた。
「仕事辞めよっかな」
背中に顔を擦り寄せながら葉奈は低い声で呟いた。
「じゃあ、結婚しよっか」
予想外の真山の返答に葉奈は言葉を失った。結婚願望は無かった。望めないと思っていた。自分が愛した男性にも必要ないはずだった。
「本気、、、?」
真山は向きを変えて、二人は濃厚なキスをした。葉奈の背中と尻を手でまさぐり、二人はそのまま行為を進める。
「バツイチ子持ちだけど、葉奈がいたからあの娘達にも会えたんだ。本当にありがとう」
「うん、、、」
葉奈はブワッと込み上げる感情を押し殺しながら、真山の唇から離れなかった。目を閉じながら、葉奈は真山の首の後ろに手を回す。若者に戻れる瞬間。息継ぎの合間に、真山はポケットに手を入れてある物を取り出した。それを葉奈に見せて、真山は真剣な顔でこう告げた。
「結婚してください」
いつから準備していたのか。掌に乗った箱をカパッと開くと、小さなダイヤが輝く指輪が入っていた。婚約指輪を真山が買ったのは、つい一昨日のことだった。そして、クリスマスの今日渡すことだけ決めていた。
葉奈は仕事柄、これまでありとあらゆる物をもらってきた。ブランド物の50万近くするバッグや、この真山が準備した婚約指輪よりも高級なアクセサリーも貰ったことがある。
今まで貰った物の中で、一番嬉しいもの。葉奈は少女の心を思い出し、先ほどまで押し殺していた感情は蓋から溢れ出す鍋のように、瞼からこぼれた。
「はい。よろしくお願いします」
涙を指で拭う葉奈。真山は指輪を左手の薬指にそっとつけた。人生2度目のプロポーズ。断られることはないと真山はわかっていたが、安堵感と多幸感のブレンドにホッと笑みがこぼれた。
すると、玄関の方からドアが開く音がした。美沙達がコンサートを終えて帰ってきたのだ。衣服が乱れていた二人は慌てて見繕いを直す。
「メリクリー」
コンサートグッズをカバンに詰めた美沙と芽衣の二人が、大きな声とともにリビングに入ってきた。楽しんでいたテンションのまま、テーブルに飾られたクリスマスの食事を見て更に喜ぶ。
「すごーい、めっちゃクリスマスじゃん!」
芽衣はカバンと上着のダウンをソファーに置いて、スマホで早速撮影を始める。美沙は「コンサート楽しかったよ! ありがとうございます」と、真山と葉奈に礼を言う。そして葉奈の左手を確認して、指輪がはめられていることに気付き、真山に目線でサインを送った。真山はコクリと頷く。
「ははーん。美沙ちゃんに相談してたのね」
そのやりとりを見て、葉奈は二人の企みを知る。
「何がー!? 何がー!?」
一人だけ何も知らない芽衣は、3人だけ共有している事柄があることに気づいて、大袈裟に騒ぎ始める。
「ほら。葉奈さんの左手」
美沙からヒントを与えられ、芽衣は葉奈の左手を覗き込むように確認する。薬指の指輪を見て「ああああ!」と、わかりやすく驚く。葉奈は指を伸ばした左手を顔の高さに上げて2人にちゃんと見せる。
「プロポーズされちゃいました」
幸せが溢れる葉奈の笑顔を見て、美沙と芽衣は拍手をして祝った。スマホで芽衣が写真を撮ろうとするので、真山は照れながら、葉奈の肩に手をかけて写真撮影に応じる。
「おめでとうございます。パパ、いつプロポーズしたの?」
美沙は真山の横に近寄り、インタビューを始めた。
「ありがとう。えっと、5分前かな」
「ついさっきじゃん!?」
芽衣がすかさずツッコミを入れて、4人のクリスマスパーティーが始まった。コンサートがとても良かった話から、芽衣が明日美容院に行って黒染めをして、清純派美少女になろうとしていること。そのきっかけが葉奈にしてもらったメイクが周りから好評だったこと。他愛もない話と共に食事が進んでいく。
結衣が30分ほどして遅れてやってきた。取り分けていたチキンを食べてる最中に、葉奈の指輪に気付いてチキンを吹き出す。大いに楽しいクリスマス。とにかく結衣と葉奈と芽衣の三人が騒ぎに騒ぐ。
真山がトイレに席を外し、ガールズトークが盛り上がっていく。話題は葉奈の結婚について。特に結衣の獅子奮迅の質問攻めは、流石の葉奈も返答に困る場面もあり、それを見て美沙は腹を抱えて笑った。
そして真山がトイレから戻ってくると、まさかのサンタクロースの格好をしていた。赤い帽子に白い付け髭。安物のコスプレでは無く、しっかりとした完成度のサンタクロースだった。白い袋もしっかりと携えている。
「、、、メリークリスマス」
恥ずかしいので真山はボソッと呟いた。
「テンション低っ」
結衣はそこは頑張って大きな声で言ってくれよと言わんばかりに、すかさず思った事を言う。
「はーい。それじゃあプレゼントタイム」
葉奈は椅子から立ち上がり、真山は袋を広げて中身を葉奈に見てもらう。3人分のプレゼントを一昨日、真山は準備していた。プレゼント購入も大事であったが、メインは婚約指輪を受け取りに行くためであった。プレゼントがあることを知らない3人は素直に驚き、子供心にワクワクしていた。そしてその中で、1人グッと胸を掴まれる人物がいた。
「覚えてる。これ」
芽衣は同じ光景を思い出した。初めて見たサンタクロースをこの場所で見たこと。結衣から美沙と順番に包み紙に入ったプレゼントを貰い、芽衣の番がきた。真山は「メリークリスマス。芽衣」と、プレゼントを渡す。芽衣はプレゼントを受け取り、温かな気持ちになった。
覚えていないということを悪い事と思っていたが、そうじゃないことを学んだ瞬間だった。
葉奈は芽衣が一つ大人になったことを感じて、いとしくなり頭を撫でた。
「えー、芽衣だけずるいー。私もなでなでほしい!」
「はーい。次は美沙ちゃんね」
「えー、じゃあ私も!」
真山は空になった白い袋を畳んで、大きくなってもクリスマスは子供に戻る3人を見て、微笑ましくなった。そして3人に慕われ、順番に頭を撫でる葉奈を見て、改めて素敵な人だと思った。




