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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
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 真山はスマホの着信音で目が覚めた。重たい頭と抜け切らないアルコール。スマホの電話を出ようにも操作が間に合わずに、着信は鳴り止んだ。確認すると前橋と葉奈から着信履歴が残っている。真山は頭を掻きむしり、ベッドから足を降ろした。空の缶ビールに足が当たり転がっていく。足元には缶ビールが何本も並んでいる。酒を飲まないと死んでしまいそうで、昨日の昼から記憶がなくなるまで飲み続けていた。

 今度は言われたくないことを一番言われたくない人物から言われてしまった。美沙なら理解してくれると思っていた。でも彼女の心の声は違っていた。大きな声で否定をされると、父性がレベル4で止まっている真山には、きつすぎた。

 真山は新しいビールを飲み口を開け、グッと飲み干す。酒ののどごしを終えたため息が吐き出される。完全にゲームオーバーだ。真山はこの家を売りに出して、すべてを無に返す覚悟を決めた。最後のひとときをこの残酷な空間ごと、とことん味わい尽くす。

 土日はあっという間に終わり、二日酔いのまま月曜の仕事に向かった。酒の匂いが残る真山に周囲は心配をした。ヒゲも剃っておらず、まばらに伸びている。やさぐれた姿に輝きを失った瞳。真山はスマホの充電をしておらず、仕事の用途で必要なためデスクで充電ケーブルにつないだ。前橋と葉奈と母親から着信があったようだ。 

 真山は昼休憩に母親に電話をして、年末年始には帰ることを約束させられた。仕事が終わりスーパーで酒とツマミだけを大量に買い込む。有料の袋は重くて持つ指が痛いほどだった。真山はすっかり暗くなった空を見上げてゆっくり歩いた。

 今ごろあの子達はどうしているだろうか。美沙はきっと叱られて、より一層自分のことを嫌いになっただろう。芽衣もそれを見て、同じような気持ちを抱いているのであろう。散々描いてきた予想図は、甘かった。こうなることは予期できて防げたはずだった。

 この一方通行の気持ちは永遠に終わることは無い。家の中に入るも、いつもの無音が返事をするだけ。

 部屋の電気をつけて真山は早速缶ビールを開けてソファーに座った。業者を手配して部屋の中のものを片付けて貰うしかない。子供たちのおもちゃも全ての思い出とともに捨ててしまおう。それが一番身を軽くする。真山は2本目、3本目とビールをあけていく。

 このソファで美沙の踊りを何百時間見ただろうか。残像が部屋の中を動き回る。音も再現されて、美沙と芽衣が部屋の隅から隅を行き来する。次第に自分の膝の上やソファーの横まで、くっついてきて、パパにしか見せない笑顔を見せる。もう絶対に会えない笑顔。


 「消えてくれよ。頼むからもう」

 頭を掻きむしっても、手で顔を隠しても聞こえ続ける子どもたちの愉快な声。振り払っても、違う角度からまた現れては、自分の腕にすがり寄る。どうしてこんな辛い思いを父親なのに、し続けなきゃならないのか。

 「パパ、大好きだよ」

 残像の美沙がこうして今もあの頃で止まったまま、こうして現れ続ける。真山は残像を見れなくなった。涙で目が霞んでしまい、テーブルの缶ビールもうまく持てない。

 「パパ、泣かないで」

 残像の美沙は優しく頭を撫でてくれる。

 「パパだって泣くんだよ。つらいし、こんなの嫌だし、もう無理なんだよ」

 泣き言は止まらない。累積した悲しみは美沙との再会で少しずつ浄化されてはいたが、真山の暗闇はそれでは補えないほどに大きかった。

 「会いたいだけなんだ。二人に。美沙と芽衣ちゃんに。笑ってても怒ってても泣いててもいいから、会って話したいだけなんだ」

 会いたいだけだった。今もそれは変わらない。一緒に住めないなら、一日でも、それが無理なら一瞬でも。真山はむせなら大粒の涙をポロポロ流した。

 「じゅうぶん頑張ったよ。ずっと一人で。そばにいれなくてごめんね」

 頭を撫でている美沙の手は温かく、そして優しく実在的な確かにそこにある感触だった。真山はふっと顔を上げて涙を手で拭う。そこには美沙が立っていた。残像から13年成長した。現在の美沙だ。

 「みさ、、、ごめんな。嘘ついて、、、本当にごめんなさい」

 本物と残像の見分けは、真山には一目瞭然だった。真山はソファから立ち上がり頭を下げた。頭を下げ続けないと泣き顔をずっと晒し続けてしまう。足元にポタポタと涙の跡が増えていく。

 「私も酷いこと言ってごめん、、、パパのこと何もわかってなかった。ママと芽衣の3人で頑張ってきたのに、ここでパパのこと受け入れたら、ママを裏切ってしまう気がして」

 美沙はもう泣かないと決めていた。ここに至るまでに知った色んな過去の出来事と真山の苦悩。すべてを完璧に理解したつもりはないが。はっきりと今すべきことは分かっていた。

 「パパ、顔上げて」

 「ごめんなぁ、つらい思いをさせて」

 「ほら、パパ、顔あげて」

 執拗に言われ真山は涙腺を閉じれない。なんとか顔を上がると、美沙が駆け寄ってきた。手を広げ、真山の肩にも満たない身長と軽い体重をぶつけて、真山を抱きしめた。

 真山は咄嗟のこと過ぎて、固まってしまった。美沙は真山の胸元に頬を添えて、ずっと言いたかった言葉を告げた。

 「ただいま。パパ」

 真山の中のモヤモヤしていたものが光一閃を浴びて消え去った。この子ならきっとわかってくれる。こういう直感だったのか。真山の固まっていた身体が娘の体温でほどかれていく。そしてゆっくりと我が子を抱きしめ返した。

 「おかえり。美沙」

 神の悪戯なのか、人間の起こせる際々の奇跡なのか。親子はまた巡り会えた。こうして父と娘が抱きしめ合うことは今後殆ど無いであろう。真山は幸せだと今ハッキリと感じる。自分が世界で一番幸せだ。美沙は真山の厚みのある身体から、安らぎと弱さを感じ取る。自分が離れてはいけない。

 2人は抱擁を辞めると気まずく距離を取った。

 「パパ、お酒臭い」

 美沙はクスクス笑いながら、散らかった缶を拾い集める。

 「ごめん、まさか来るとは思わなくて」

 真山は恥ずかしくて、急いで床を片付けていく。二人の初めての共同作業は部屋の片付けから始まった。

 

 離婚後に子供と引き離される親は、年々増えている。

 別居婚のまま、子供と会うことを妨げられる人も多い。


 暴力やモラルハラスメントとは無縁の、普通の親でさえも、子供と会えない状況に今も苦悩している。



 子供と会えない報われない人たちへ、この物語を捧げる。









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読んでいただきありがとうございました。

後日談まとめも現在執筆中なので、

そちらもよろしくお願いいたします。



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