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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
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約束の先へ

 高校3年生になった美沙。真山は自分の正体を明かすキッカケを探していた。その時に美沙を驚かせてしまうだろう。でもきっとあの子なら、理解してくれる。自分の孤独や喪失を美沙は消化して、親子としての関係を再構築できると信じていた。

 タレント活動の話は前橋から聞かされ、父親としては複雑な気持ちになったが、美沙が望むのであれば拒む理由は一つもなかった。しかし、本人からの拒否でその話は頓挫となってしまい、真山はどことなく美沙がタレント活動を望んでいるのを感じていた。きっとあの悪魔がダメだと言ったに違いないと、分かっていたからだ。

 前橋から住所を聞いていたが、もし仮に悪魔に見つかったとき、この今にも千切れそうな繋がりまで断ち切られてしまう恐れがあった。  

 真山には他にも会わなければならない人物がいる。妹の芽衣だ。美沙の後をつけて家を調べることもできたが、会いたくない人物にも鉢合わせてしまうリスクがあった。沙絵とは音沙汰がなくなって、養育費だけを払い続けているだけ。今日こそは何かキッカケをこちらから作らなければと、仕事の後始末をしていると、上司の部長が真山に声をかけてきた。

 「真山、ごめん! 社長との飯の約束伝えるの忘れてた! 今日これから大丈夫かな?」

 真山は困ってしまった。社長と部長との食事会。断るわけにはいかなかった。今が19時少し前。早く終わればタクシーで直行すれば、美沙のいる時間には間に合うはず。真山は「はい、いけます!」と、快い返事をしたが、内心は焦っていた。

 会社の近くの居酒屋の個室で社長と部長にビールをついで、真山も薄いグラスのビールを飲み干す。仕事の今後の話は真山に大きく掛かっていると、有り難いことを言ってくれているが、刻一刻と過ぎる時間に真山はソワソワしていた。20時半を過ぎてもなかなか飲み会が終わる気配がない。 

 意を決して、真山は二人の話を遮って物申した。

 「すいません。自分、どうしても行かないと行けない場所があるんです」

 部長は慌てて真山のことを抑制しようとした。社長の前で帰りたいなど、勤務態度も会社貢献も素晴らしい真山であったとしても縦社会として言語道断であったからだ。部長の止めに更に社長が割って入る。

 「真山くん、飲みの場も仕事というのは今の時代には古くさいかもしれないけど、どういう理由なのかな?」

 真山は美沙の顔を思い浮かべた。そして真山は二人に美沙のことを話した。口下手なはずが、娘の話は流暢に出てくる。それを聞いた二人は快く真山を美沙のもとに向かわせた。社長は財布から一万円札を出して、「これで絶対に間に合ってくれ」と、真山に渡した。真山は大きく礼を言い、走って店を後にした。

 美沙に会いたい。父親だと告げなくてもいいから、そばに少しでもいたい。タクシーで店に到着したのは美沙の退勤ギリギリだった。店に飛び込んで入り、息を切らせてカウンターの美沙のもとにたどり着いた。

前橋から「おせぇぞ」と、口パクで言われる。そして美沙のいつもの笑顔を見て、真山は思った。

 次こそ、自分が父親だと名乗ろう。ビールの後味が残る口に、ハイカロリーなハンバーガーを食べながら、真山に迷いはなかった。

 その翌週、真山は仕事を切り上げて店に向かった。上手く伝えられない時のために、手紙もしたためて胸ポケットにしまってある。準備は万端であったが、思いもよらぬ遭遇をしてしまう。

 いつものように美沙の待つカウンターに行くと、背後から芽衣がやってきたのだ。13年ぶりに芽衣の姿を目の当たりにし、真山は硬直した。髪の毛は派手だが、立派な高校生に成長している。最後に会ったときは2歳。真山は息の仕方を忘れて、こみ上げてくる感情を必死に抑えた。 

 なぜか謝る美沙に頭を下げて、いつものようにトレーを受け取る。心拍の上昇と、地に足がつかない異様な感覚。真山は気がつくといつもの定位置に座っていた。そのすぐ近くに、机に上半身を伏せるように行儀の悪い座り方でスマホを触る芽衣がいた。

 真山は平常心を装うが、心臓はバクバクであった。その時、店内のBGMを飛び越えて真山の耳にぐぅぅっ、とお腹が鳴る音が聞こえた。反射的に音の方に顔が行く。だらしない姿勢を正して、芽衣が恥ずかしそうに顔を赤らめている。真山はとっさに芽衣に自分のハンバーガーとポテトをトレーごと渡していた。

 娘が腹をすかせているのに、動かない親はいないだろう。芽衣は「えっ!? いいですいいです!」と、トレーを返すが、真山は「冷めないうちに食べて」と、言い残してその場を去った。

 階段を降りて店を出て、また駐車場の柱のもとで座り崩れた。

 「芽衣ちゃん、、、あんな大きくなって」

 冬の駐車場は地面も底冷えしている。真山が涙を流し終わる頃には身体が身震いするほど冷え切っていた。帰ろうと立ち上がると、店から元気な会話と共に美沙と芽衣が出てきた。

 真山は身を隠して、二人の姿を目で追った。夜の歩道だというのに、そこだけ月明かりが照らして輝いている。あの二人と手を繋いで歩いた日々。仕事の帰りと共に玄関に駆け寄ってくる二人。ベッドで真山の話を聞きながら、眠りにつく二人。

 まだ仲良く二人で過ごしているこの瞬間、自分が知らない間にもたくさんの苦境を乗り越えてきたであろう。真山は腕で涙を拭い、2人の姿が見えなくなるまで見届けると、反対方向に歩き出した。

 次の週、真山は美沙のバイト終わりに話しかけることにした。覚悟は決まっていた。客席で美沙からもらったカードを眺めながら、店を出て車の中で美沙のバイトが終わるのを待つ。不思議と緊張はしなかった。芽衣にも会えたことで、思いの区切りができていた。

 時間が21時を跨ぎ、真山は車を降りて美沙が出てくるのを待った。すると一人の制服を着た男の子が、ブツブツ独り言を言いながら真山の横を通り過ぎる。そして、あの日の美沙が襲われる場面を目撃した。急いで男子生徒を美沙から引き離して、地面に押し倒したところで、アドレナリンが出るわけでもなく、男子生徒を冷静に本気で懲らしめようとしてしまった。警察に通報すべきなのか、対処方法が分からない。自分の正体を言うなら今なのか。それよりも今は怯えて震える美沙の方が心配だ。男子生徒の名前と住所をスマホで撮影しておく。

 美沙は普段から異性に狙われているのか。心配が連鎖していく。襲われて怖がる美沙を車で送り届ける時も、何を話していいか分からない。何よりも、今自分の正体を言うことは避けなければならない。今日の美沙には伝えてはいけない。真山は美沙を送り届けてから、すぐに前橋に電話をした。事の経緯を説明し、男子生徒の家に直行した。既に男子生徒の両親は息子の異変に気付いており、真山からも事の全てを伝えた。前橋の名前を借りて、正義を実行する。

 俺の娘に乱暴を働く人間は、許さない。真山は両親を脅し気味に強く叱りつけた。警察沙汰にしてもいいと。男子生徒と2人きりで話をさせてもらう時間をもらい、真山は怒りを全開放をして詰め寄った。自分が居なければ、美沙は傷物にされていたかもしれない。

 真山は男子生徒の人生をどうすれば壊せるか、自然とわかっていた。

 これで美沙がミラクルバーガーを辞めたらどうなるのか。あの時間をこんな中身のないクソのようなガキに消されるわけにはいかない。

 翌日に停学処分となったことを知る。お灸は据えられたであろう。

 真山はこれでようやく美沙に自分の正体が告げれる時が来たと思った。

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