感
離婚をして11年が経過をした。
真山の生活は安定を取り戻し、娘たちのことを思い出して泣くことはほとんどなくなった。かと言って辛くなる場面は消えることはなかった。生命保険のCMや、知人友人の結婚式。真山は大泣きできなくなった代償として、大笑いもできなくなった。
葉奈がラウンジのママに昇格して、今や店を2つ切り盛りするようになっていた。葉奈曰くあと1年頑張ったら、妊活に励みたいと言われていた。真山も今年で41歳。念の為に精子凍結は済ませているが、この年齢で子供を作ることに少し抵抗があったが、葉奈の為を思えば頑張りたいところである。
忙しい葉奈は平日の夜はほとんどいないので、後輩や友人とご飯に行く頻度が増えていた。真山が離婚をしてから離れていった友人はいたが、その分、濃い関係の人間関係は続いている。
真山は地元へ足を運ぶ。大学の同級生が近くで働いており、最近一番よく会う友人だ。名前は前橋。前橋のミラクルバーガーの店は、真山の昔からの行きつけであったが、離婚をしてからはなかなか足を伸ばすことが減っていた。
子供達のことを思い出すから。理由はそれだけであった。そもそも店に行きだしたのも前橋がその店に配属されたのがキッカケで、子供を連れて通うようになった。居酒屋で二人で昔の話をする。いつも同じ話だが、それが二人には一番笑える話であった。
「最近はどうなの? あの美人さんとは」
「変わりなく。お前のところはどうなんだよ?」
「いやぁー、来週子供が泊まりに来るんだけど、もう、来たくないの丸わかり。思春期は大変だ」
前橋も一昨年に離婚し、中三の子供が月に一度泊まりに来ていたが、やることがなくて大変だった。前橋は真山の前で子供の話をすることを避けていたが、自分も離婚をしてからは気兼ねなく話すようになった。
生気が戻った友人の姿は、前向きに次の人生へ進んでいける。二人は生ビールを5杯飲んだところで、解散した。真山はほろ酔い状態で月に一度しか行かないあの家へと帰った。お掃除ロボットを一階二階に配置して、ほとんど掃除と言っても、掃除ロボットのユニットの掃除だけ。台所の水回りなどを排水させ、子ども部屋の絨毯にスーツのまま横になる。この春で美沙は高校一年生、芽衣は中学二年生。すっかり大きくなっている。恋愛や勉強はどうなっているのだろうか。SNSで子どもの名前を調べることがあったが、見つかることはなかった。
何年たっても子供たちに会いたい気持ちは変わらないが、子供たち側の会いたいという気持ちが無いことがわかってしまうことが怖かった。おそらく自分のことは完全に忘れ去っているであろう。そんな状態でも幸せに生きていてくれたらそれだけでよかった。
5月になり、ある金曜日の夕方、真山のスマホが鳴った。前橋からの着信だ。仕事中なので出ないでいたが、5回、六回と電話は掛かり続けた。緊急事態なのではと、真山はオフィスから離れて喫煙所で電話に出た。
前橋が異様なテンションで「落ち着いて聞けよ!」と、大きな声で言う。常に冷静な真山は薄く返事をした。次の瞬間、思考が止まった。前橋の言っていることが分からない。他言語で話されているのか。真山はもう一度聞き返した。
なんでこんな形で途切れていた糸が繋がるのか。神の悪戯だとしたら、突然のことすぎる。
「アルバイトの面接に、、、美沙ちゃんが来たんだ」
4歳の時の美沙が目の前に残像で現れる。スマホを持つ手の力加減がわからなくなり、電話口が顔から離れていく。
なんで前橋の店に。なんで、なんでだ。
確かに毎週通っていたが、覚えているはずがないだろう。そして、この近辺にまだ住んでいたことに驚いた。あれだけ探し回ったというのに、どうして向こうから現れるんだ。
真山は電話を切った。動悸が激しくなり、あの日のことを頭と身体が思い出していく。目の前から全てが消えたショック。完全に打ちのめされてしまった。
その日の夜、真山と前橋はミラクルバーガーの駐車場で話をした。真山の生気が失われた顔をみて、前橋は伏せておいてよかったのではと、少し反省し、今日の出来事を話す。
前橋は可愛い子が面接に来たと浮かれており、面接に来た女の子の詳細を見て違和感を覚えた。福本美沙の名前を見てもピンと来なかったが、生年月日と志望動機を見て確信した。ミラクルバーガーはアルバイト用のサイトから個人情報を入力する仕組みになっており、前もって確認するのが面倒な前橋は、印刷した情報を見ながら面接をいつもしていた。
目の前の高校生は紛れもなく真山の娘だ。書いて貰っていたが、改めて志望動機を尋ねると、「昔からミラクルバーガーがだいすきで、アルバイトするならここでしたいと思っていました」と美沙は答えた。
真山のことには触れずに、なぜこの店なのかと聞くと、「なんででしょう。学校と家の方角じゃないほうが良いかなと思いまして」と、特別理由は無さそうであったが、この店に面接で訪れて、美沙は懐かしさをどこかに感じいた。
「俺もテンパっちゃってさ。即合格って言っちゃった。来週から月水金働いてもらうことになりそう」
真山は返事ができず、額を手でかいた。前橋曰く、アイドルになれるくらい可愛いというが、当たり前の事だ。美沙は可愛いに決まっている。
そして来週ここにくれば、美沙に会える。11年ぶりに、会うことができる。死ぬほど嬉しいはずなのに、ただただ怖かった。
真山は週末、空虚な時間を過ごした。それを察した葉奈は、子供たちのことであることを確信した。聞きたいが、まだ話せない状態であることも含めて。
悩むことで増えていくのは、美沙の顔をとにかく見たいということ。真山は月曜日、仕事を仮病で休み、理容室に行き、11年ぶりに白髪染めとパーマを当てた。あの頃の自分に戻れるわけでは無いが、汚いと思われたくなかった。そして、いざ、美沙の働くミラクルバーガーへ向かった。緊張に呼応する心臓の音が大きく胸に響いていた。