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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
15/25

逆転


 真山の空白は時間が解決することはなかった。

 夜寝るときに不意に込み上げてくる悲しさは、蓄積していく子供たちへの一方通行の気持ちと共に大きくなっていくだけだった。何のために生きているのか。何のために働いているのか。子供たちは自分のことをこうしている間に忘れていく。

 ランドセルを観るだけで、想像が止まらなくなる。二人の誕生日が近づくと、より一層子供たちの残像が目の前に現れる。夜は少し泣いてからでないと眠れない。葉奈の前では泣けないので、車に一人で乗って嗚咽するほど泣いてしまう時もあった。

 自分の家にたまに帰るが、子供部屋には辛くて入れない。葉奈は一人で苦しんでいる姿を見ていられなくなっていた。どうにかして子どもたちに会わせて上げれないだろうか。真山が離婚して4年が経過していた。

 葉奈は言いくるめて真山の家の鍵を借りて家に訪れた。初めて部屋に訪れた。片付けられているが、生活感だけが残っている部屋。しかし持ち主が減った家には、奇妙な居心地の悪さがあった。隅々引き出しや、戸棚の中を確認していく。目的の必ずあるはずのものは、寝室の引き出しにしまってあった。写真のアルバム。全てで10冊見つかった。

 数字が巻頭に書かれており、1から順番に中を確認していく。結婚前の真山と沙絵の写真だ。こんなに仲睦まじい普通のカップルの結末を知っているゆえに、この二人の笑顔が本当の笑顔ではない気がしてしまう。諸悪の根源の沙絵のソロの写真はクシャクシャにしてしまいたくなる。3冊目から子供達がメインの写真が写る。不意に親バカな真山を見て、クスリと笑みがこぼれた。

 10冊目にようやく現在と近い二人の顔写真が出てくる。スマホで写真を何枚か撮り、葉奈は元通り片付けて家を出た。この女の子を絶対に見つけてみせる。葉奈は既に子供たちの通っているであろう小学校をいくつか選別していた。実家からはすでに別の場所に住処を移していることは知っている。実家に自分が行っても、門前払いされるだけ。葉奈は仕事が始まる夕方まで、学校の前で車で待機して写真の子供が通るのを待った。女一人学校の前で待機していても、迎えのお母さんと思われるだけで、思う存分探すことができる。1つ目の小学校は通いつめて二週間写真の子たちは居なかった。2つ目の学校はピンと来る似た子がいたが、確信は持てなかった。4年前の写真は判断が難しい。

 そして3つ目の学校で、確実にこの子だという女の子を見つけた。隣で歩くのは間違いなく妹である。年齢的にも間違いなかった。子供たちの跡をつけて行く。小学校低学年の帰り道は長い。真山の子供は葉奈が見ても天使のように可愛かった。こんな可愛い2人を真山から奪い遠ざけるなんて、残酷なことを平気でできる沙絵への憎悪が増す。訴えることのできないこの今のこの日本への呆れ。葉奈は2人を見ているという立場から、見守るという立場に変わっていた。

 家かと思われるマンションに2人が入る。葉奈はついに家の特定に成功した。住所を記録して、少し待機を続けた。これで真山も娘たちと再会することができる。今すぐに報告してあげようかと思った次の瞬間、現実の更なる酷さを思い知る。

 着替えた二人とともにマンションから出てきたのは沙絵と、見知らぬ男だった。男は子供たちと手をつなぎ、傍目には父親にしか見えない。子供たちの接し方は父親へ対する挙動であった。

 葉奈は真山のことで泣いたことはなかった。完全に理解してはいなかった。初めて真山の悲しみの一部に触れてしまった。これを真山が見たら、真山は死んでしまう。溢れてくる涙は、しばらく止めることができなかった。自分はこれまでどおり真山に接することができるだろうか。

 幸せな家庭、それをまざまざと見てしまった。ここに来るべきでは無かった。あの子供たちは悪くない。あの女がすべて悪い。そしてあの男は真山のことを知っているのか。はっきり言って、真山と比べて背も低く見た目も悪い。

 葉奈は出勤の時間になり、店へと向かった。この店に来る男性の大半は妻子持ちだ。不倫を当たり前にしている人も居れば、女性にすぐセクハラをする人が大概だ。そんな醜態の塊のような男ですら、子供と当たり前のように生活をしている。不条理だ。

 仕事が終わり、送迎車で家に送ってもらう。真山は先に寝ていた。葉奈は風呂に入り、スキンケアを済ませてベットに入る。真山の横にピッタリとくっつくと、今日一日のことが頭をよぎり、泣いてはいけないと我慢をするが、唇を噛んでも鼻をすすっても、止めれるのは声だけであった。息をハァァっと吸うともう駄目であった。

 我慢虚しく泣いてしまった。なんでこんなに悲しいのか。子供と親が一緒にいれない。死別とは違う、あるべきものがそこにはない悲しさ。葉奈は真山の身体を抱きしめた。真山はそれで目が覚めた。

 なぜ泣いてるか分からないが、真山は葉奈の頭を撫でることしかできなかった。頭を撫でると、蘇る子供たちの頭を撫でれたあの日々。

 美沙と芽衣もいつか大人になって泣いてしまう日も来るのだろうか。

 真山は葉奈が泣き止むまで、頭を撫で続けた。その間、頭に浮かぶのは目の前の恋人ではなく、2人の子供たちの姿だった。

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