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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
14/25

赤い車と空の青

 食事が喉を通らなくなった。

 真山は胃薬をコーヒーで流し込む。三人が出ていって一週間。相談料30分5,000円の弁護士に今後の流れの説明を受けていたが、真山は現実の厳しさに落ち込んでいた。

 ありもしないモラルハラスメントや、暴力の疑惑。味方になってくれるはずの弁護士でさえも、真山の人間性を完全には信用してはくれていない。離婚条件の話だけが先走っていく。沙絵の言い分がまかり通る不条理さ。

 向こうの言い分は、妻であることに疲れた原因は真山にあって、価値観の違いと軽率な言動の積み重ねで、夫婦生活の限界を感じて、実家に逃げたとのことだった。

 なぜ向こうが勝手に怒って勝手に出ていき、自分が子供たちに会えないという罰を与えられないといけないのか。

 互いの主張は激しく罵り合うように、溝は深まるばかりであった。憎しみと子供たちへの愛が真山を駆り立てていく。

 理不尽に怒りの感情が隠せない真山は執拗に沙絵に連絡を続ける。義母にも間を取り持ってもらえると思っていたが、完全に沙絵側の話しか信じていない。子供主体で話を続けて、親権は向こう側に譲り、養育費と月一回の面会で着地するしか無いと弁護士から言われるが、ふざけた話であった。

 「俺が何したって言うんだよ。子供たちに会いたいんです。一緒に過ごしたいんです。なんで、なんで、、、」

 悪者の立場に立たされる。子供たちに今すぐ会いたい。もう1週間も会っていない。きっと自分に会いたくて泣いて悲しんでいる。真山の涙交じりの言葉に、弁護士は困った顔をした。公平に対応すべき弁護士として失格である。

 「それがですね。お子様たちも沙絵さんと一緒に過ごしたいと言っておりまして」

 「嘘です! 向こうがそう言ってるだけで、そんなこと言うわけがありません!」

 真山は立ち上がって、机を叩いて怒鳴っていた。そして、子供たちに無理やりにでも会わなければ、埒が明かないと思わされる。弁護士からは、話がまとまるまで、接近しないように注意を受けたが、我が子に会うことに制約が掛かるなど、鬼畜の所業である。

 真山は急ぎ車で沙絵の実家に行った。インターホンを何度も鳴らし、施錠されたドアをガチャガチャと開けようとするが、音沙汰な無い。横からリビングの窓へまわるが、カーテンが閉め切っておられ、中の様子は見ることができない。

 待ち伏せして一時間ほど待機していると、真山のもとに警察が二人やってきた。職務質問ではなく、通報を受けてやってきたのだ。通報したのは沙絵であった。真山は警察に事の詳細を話そうとするが、言いなだめられるだけ。真山は家の中に沙絵がいると確信して、中に強引に入ろうとするが、警官に阻止される。あの中に2人もいるはずだ。きっと自分が迎えに来たことに喜んでいるが、沙絵に自分と同じように阻害されているはず。

 しつこい警官を押し払ってドアを叩いて子供達の名前を呼ぶ。応援に駆けつけた警官も加わり、真山は両側から掴まれてドアから剥がされた。

 嫌だ。ここにいるのに、すぐ近くにいるのに、なぜ会えないのか。 

 野次馬に集まる近隣の人々。コソコソと話し声が聞こえる。真山は抵抗を続けるが、体力の限界に負けてパトカーに乗せられた。犯罪者のような扱いに、怒りと憎悪と悲しみの合わせ技が次々精神をえぐっていく。

 子どもたちに会えない。父親じゃなかったのか。つい1週間前まであった日常が、夢のことのように思えた。真山の生活は荒れていった。酒と薬を飲まないと眠れないようになった。頭の中に子供たちの姿と声がずっといる。子供たちの残像が常に目の前を行き交う。真山は離婚届に判を押すことを断固拒否し続けた。子供部屋で横になり、一人で泣き続けた。大好きだったおもちゃとぬいぐるみを子どもたちの代わりだと思い抱きしめながら眠る。悪夢と悪夢より酷い現実。真山のメンタルは壊れた。唯一の味方は友人と親のみ。裁判を起こして親権を奪うことにするが、どの弁護士も親権を勝ち取るのは困難だという。真山は子供たち会えるなら、どんな条件でも仕方がないと背に腹を変えて、条件である月に一度の面会のために離婚に同意した。

 しかし、面会の約束は果たされることはなかった。面会を一方的にスルーしても、相手が裁かれることもなければ、こちらができることはなかった。面会の約束を破られたので、養育費に関しては再度調整できると言われたが、子供たちへの関わりが完全に消えることが怖いので、真山は養育費を払い続けた。

 電話をかけても向こうは無視を続ける。気がおかしくなる。子供たちに会いたい。車で子供たちが行きそうな場所を巡るが、そこに待ってるのは虚しさだけだった。

 道を歩いてても部屋にいても、子供たちが遊ぶ光景が消えることはなかった。一緒に通った公園と駄菓子屋。初めて美沙と喧嘩したスーパーのお菓子売り場。記憶が思い返されるたびに、色濃くなっていく。

 朝目覚めると、このつらい現実に頭がおかしくなる。過呼吸の症状で、まともに立っていることができない。こみ上げてくる悲しさがにさらに酒の量が増えていく。同僚に連れられて飲みに行くと、記憶がなくなるまで酒を飲み続けた。とにかく酔うと子供たちのことが頭から離れた。

 町中で親子をみるだけで、真山は泣いてしまうようになった。2人と歳も近い子供をみると、生きることが辛くなった。父親が5歳くらいの女の子と遊んでいる場面を見ると、自分が不幸すぎて涙が溢れてくる。

 「美沙ちゃん、、、会いたいよ」

 真山はとある飲み屋で酔いつぶれてそう呟いていた。ここの店の葉奈という女の子は優しく話を聞いてくれる。メールも店に関係なくやりとりが続いていた。葉奈は真山を心配して、食事やお出かけに連れ出してくれていた。恋愛感情は無いが、真山と葉奈の関係は次第に濃くなっていった。友達の感覚に近かった。いつも誘いは葉奈から一方的に来るので、断る理由がない真山は毎度誘いを受ける。次第に葉奈の家に行くことが増えて、お酒を飲む頻度も減ってきていた。お店には行かなくなり、仕事帰りは葉奈の家行く。合鍵を貰ってからは、家には帰らなくなった。真山が帰っても葉奈は店があるので基本居らず、週末に顔を合わせる程度であった。

 付き合ってはいないが、とある晩の性行為中に葉奈の口から自分たちの関係を聞かれると、真山は「恋人」と答え、そこからは真剣なお付き合いとなった。

 真山が常に子供たちのことを考えていると知っていた葉奈は、何かできることはないかと動いては見るものの、離婚後に子供に会えない父親がたくさんいることを知っていく。真山が悪い人間でないことを知っているが故に、敵対心を抱く相手は沙絵であった。

 葉奈は身分を隠して、沙絵に近付く構図を企てた。それを真山に伝えたが、真山は駄目だと首を縦に振ることはなかった。

 真山は車を売り、新しく買い替えることにした。あの家と車には、思い出が詰まりすぎていた。カーディーラーを葉奈とめぐって、葉奈の気に入った車を購入した。赤い車は少し抵抗があったが、喜ぶ葉奈を見ていたかった。

 そしてその車で2人で色んな場所に出かけた。どんな場所に行っても、真山は子供たちのことを考える。きっとこの同じ空の下で、今も元気に生きている。

 子どもたちに会えなくなって2年が経過していた。

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