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彼女がずっと欲しかったもの  作者: 黄昏と泡沫
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有り余る地上の憂鬱とその喜び

 日曜日の冬の公園。真山と芽衣の2人は公園で遊んでいた。二歳の子どもは地面でもとにかく何でも好奇心で触ろうとする。赤く冷えた芽衣の両手を温めるが、すぐにまた公園内を駆け出して、両手は再度冷えるを繰り返す。流石に寒さにギブアップした真山は、芽衣を抱っこして家に歩いて帰る。

 ハキハキと宇宙語も混ざりながらも、芽衣は目に付く物を指さす。二人は寄り道はしないが、久しぶりの二人だけの時間を楽しみながら、家へと帰った。

 帰宅すると美沙が少し不機嫌に待っていた。二人だけで公園に行ったことを怒っているようだ。正確には怒った後という方が正しく、沙絵があまりにしつこく駄々をこねる美沙に怒ったことで、美沙は尚更真山に会いたかった。絶対に怒らないパパの方が良いと、行動で示していた。

 ちょうど二人が帰ってきたタイミングで夕飯の支度を終えた沙絵は、無言で風呂の支度へ向かう。廊下で美沙と芽衣と戯れる真山。パパとお風呂に入る、と二人は大はしゃぎ。沙絵は「だからこうなるから今日は行かないでって言ったのに」と、捨て台詞を吐いた。

 真山には二人の声がうるさくて、沙絵の声は届かない。沙絵が風呂の掃除をしようとすると、真山が子供二人を抱きかかえて脱衣所に入ってきた。

 「昨日掃除しておいてあげたよ」

 真山のその言い方に、沙絵は「先に言っておけよ」と、小さく呟いた。濡れた手足がヒンヤリと冷たく、怒りの熱を高める。  

 今日も美沙が風邪気味だったので、公園には二人で出かけたことも、沙絵には相談がなかった。体調が戻った美沙は物事の順序よりも公園でパパと遊びたいが勝り、子供だから悪気はないことは分かっていたが、沙絵は八つ当たりのように美沙に怒ってしまっていたのだ。

 事あるごとに真山への怒りは、子供たちに向けてしまう。沙絵は怒ってから、自分のしたことの間違いに気付いて反省するが、収めようのない感情の行きどころは自分でもコントロールができないでいた。

 風呂の浴槽につかる三人は歌を歌いながら、楽しいを分かち合う。除け者は自分なのか、と沙絵は思った。遊びも料理も、自分じゃなくて真山がやったほうが子供たちは喜ぶ。芽衣の産後から、頭の中で囁く声がどんどんと大きくなっている。

 「パパ、次は美沙と公園に行くんだよ。絶対だよ。約束!」

 指切りを無理やり美沙にされる真山。芽衣もよく分かってはいないが指切りに加わる。美沙は風呂上がりのドライヤーで髪の毛を乾かすことが大嫌いだったが、芽衣が全く動じずにドライヤーを受け入れるものだから、お姉ちゃんとして負けてはいられなかった。

 2人の髪の毛を乾かして夕飯を食べるが、話しているのは沙絵以外の三人だった。芽衣がわざと食べこぼすことも、全く注意をしない真山。怒る役割だけ自分に押しつけて、優しいパパを勝ち取っていることがわからないのか。沙絵の中でカチッと、何かが消えた。

 食後も二人の寝かしつけは真山が自然と担っていた。真山は沙絵の発するサインに全く気付いてはいなかった。ここ最近会話が減ったが、何かのキッカケで戻ると信じていたのだ。 

 本を読む代わりに真山は映画の話を二人に聞かせる。あまり面白くない話でも、二人は心地よかった。そして自然と瞼を閉じていく。真山は同時に眠りについた2人を眺める。

 そっくりな顔に、まだまだ幼い身体。順番に二人の頭をなでる。反応はないが、わずかに口元が微笑んだ気がした。真山は子どもたちの部屋を出て、リビングで子どもたちが散らかしたおもちゃを片付ける。クレヨンで描かれたミラクルバーガーココアのレシピを壁に動物の形のシールを使って貼りなおす。

 沙絵は先に寝室に行っており、真山もリビングの明かりを消して、寝室に向かった。

 ベッドで背を向けて寝ている沙絵。アラームを設定して、真山は明日何か話をしようと思い、特に何もないまま就寝についた。

 翌朝、5時に起床した真山は一人で仕事支度をする。冬の朝はリビングも冷え切っており、三人のために暖房もしっかりつけておく。今日は早朝から出社して、溜まった業務を片付けて早く帰宅したかった。子どもたちと妻と一分一秒でも共に過ごしたい。真山は子ども部屋をいつものようにドアを開けて、二人の寝顔を確認する。芽衣の毛布がはだけており、真山は掛け直し、小声で行ってきますと、つぶやく。

 すると気配に気づいてか、美沙の目が開いた。大きな欠伸とともに目をこする。

 「まだ寝てていいよ。今日は早く帰ってくるからね」

 真山は美沙の乱れた髪の毛を指で整える。美沙はうつろな表情で頷いた。

 「パパ大好きだよ。いってっしゃい」

 「パパも美沙のこと大好きだよ。行ってきます」

 頭をポンポンと二回撫でて真山は部屋を出た。いつもの月曜日。いつもの冬の薄暗い朝の通勤路。防寒着を増やしても、すき間から冷えていく身体。そして毎日の満員電車。会社に到着し、誰もいないオフィスで黙々とパソコンと向き合う。この2日で溜まりに溜まった取引先との連絡をメールで片付ける。

 上司から追加で全く関わりのないクレーム処理を頼まれ、電話対応に追われ気分が落ち込むが、家でただいまを言ってくれる存在を思い出して奮起する。昼から予定していた部下との同行も終えて、クレーム処理は結局先方に会って謝罪と説明する必要となり、帰路につけたのは結局21時を過ぎていた。

 沙絵に度々メールで今日は遅くなると伝えていたが、返事は返ってきていなかった。

 家に到着して玄関を開けると、即違和感を感じた。電気はついておらず、無音と暗闇が真山を迎える。リビングに入っても、電気はついておらず、家の中には誰もいなかった。真山は焦ることはなかった。きっと実家に遊びに行って、子供たちが帰るのが嫌だと言って泊まることになったのだろう。月に一度はあることだった。真山はシャワーを浴びて、夕食を軽く済まし、沙絵から返事がいまだにきていないことにも心配せずにベッドに横になって就寝した。

 しかし、次の日も三人は帰ってくることはなかった。さすがに慌てた真山はすぐに沙絵に電話をかけるが、つながらない。慌てが焦りに変わり、義母に電話をかける。すると電話はすぐにつながったが、待っていたのは衝撃的な言葉であった。

 真山の心が崩れ落ちた。

 「離婚」というデスワード。真山の中にこれまでの自分の父親としての行いが、フラッシュバックする。何がいけなかったのか、何か悪いことをしたのか。確かに会話は減ってはいたが、不貞行為などしていないし、良い父親になりたい一心で頑張ってきたつもりであった。

 どこかで話し合うべきだったのか。先延ばしにしてきたのは事実であったが、離婚まで至るほどのことには到底思えない真山であった。

 子供たちはどうなる。いや、きっと話し合えればお互いにまだ理解して元通りになるに違いない。

 真山は沙絵にメールを送った。長文で自分の否を考えれる形で書いて、きっとこれをみれば沙絵は自分の過ちと早とちりに気付いてすぐに連絡を返してくれるに違いない。

 真山はその日一睡もできなかった。恐怖で心臓が高鳴り続けていた。

 

 

 

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