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一人の死者と幾千の魂  作者: ぷろけー


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第88話 肉塊

「こっちよ」




 ヴェリドはサーノティアの案内に従って教会の中に入っていく。サーノティアが向かったのは教会の地下だった。そこでは街中で見た人工魔獣が檻に囚われている。


 教会の地下とは思えないほど強烈な腐臭に、ヴェリドは思わず顔をしかめた。サーノティアはその匂いに慣れているのか、気にする様子はない。檻の中の魔獣たちは気が触れているのか、地面にのたうちまわり、自らの肉体を食らっていた。


 これは外から捕らえてきたものなどではなく、作られたものだ。ヴェリドにそう確信させるのに時間は掛からなかった。時折魔獣が檻の外にいて襲いかかってきたが、そのたびにヴェリドは申し訳なさそうに剣を振るった。




 奥に進むにつれ、腐臭は強くなり、魔獣の数は減っていった。そして教会の地下の最奥と思われる場所に生物のような物陰がぽつりと存在した。


 人か獣か分からぬ風貌のそれはヴェリドとサーノティアの方へ頭を向ける。それは今まで見てきた魔物たちと同じように全身の肉がむき出しになっていて、怪物と呼ぶ他ない。やはりというべきか、怪物には顔がなかった。顔と呼ぶべき場所にある眼窩の僅かな窪みだけが怪物の顔だった。


 ふと空虚な窪みとヴェリドの蒼い輝きが交差する。教会に入った時から聞こえていた声が一段と大きくなり、怪物は幾人もの怨嗟を重ねたような叫び声をあげる。




――クロウを許すな!


――殺せ!


――殺せ!


――殺せ!


――殺せ!


――殺せ!


――俺を一つに! やつから奪い返せ!




 アークが多く集まれば集まるほど、その自我も強くなる。これほど強力な自我を形成するにはどれだけのアークが集まっているのだろうか。


 ヴェリドもカーター墓地で多くのアークと結びついたとは言え、一人でアークを集めるには限界がある。ヴェリドの直感では自身が持つアークよりも、怪物が持つアークの方が大きいように感じた。




「呆けてるんじゃないわよ!」




 サーノティアの声でヴェリドは我に返った。怪物から伸びる肉塊がヴェリドたちに襲いかかる。ヴェリドが後退し肉塊を躱わすと、肉塊が叩きつけられた衝撃で地面が揺れた。サーノティアが骨剣を怪物の肉塊に突き刺すも、骨剣は肉塊に呑まれて消えていった。


 ヴェリドも怪物本体に向けて魔剣を撃ち出す。怪物は素早く肉の触手を生やし、刃に振れぬように魔剣をはたき落とした。サーノティアは鋭く研いだ骨剣で自らの小指を切り落とし、肉塊に向かって投げつける。怪物はそれを避けるそぶりも見せなかった。彼女の小指は肉塊に飲まれ、すぐに見えなくなってしまう。




「あれに飲まれたら終わりだと思った方が良いわ。飲まれた後の感覚がない」




 新たに生えてきた指を見せるように、サーノティアは腕をふらふらと振った。そうする間にも怪物は肉の触手を伸ばし、地面や檻など辺りにあるもの全てを食らっている。


 怪物がそれらを取り込むたびに怪物の体積は大きくなり、肉の鞭も強固なものになっていく。唯一ヴェリドが生み出した魔剣は怪物に飲み込まれず、地面に捨て置かれていた。ヴェリドは再び魔剣を生み出し投げると、同じように肉塊の鞭で弾かれる。




「サーノティア! これを!」




 ヴェリドは魔剣を作り出しサーノティアのすぐそばに撃ち出した。肉塊は今まで骨剣などには反応しなかったが、ヴェリドの魔剣にだけ過剰に反応し魔剣を打ち払おうとする。しかしサーノティアは肉塊よりも先にヴェリドの魔剣を掴みとった。


 サーノティアが肩口から腕をちぎり後方に投げ捨て、蒼藍の魔剣を片手に肉塊の本体である怪物に接近しようとする。怪物は動きを封じるために、サーノティアの足を絡め取ろうと肉を伸ばす。距離があるうちは躱せていたものの、接敵するにつれて徐々に肉鞭がサーノティアをかすめ始める。


 そして


ついにサーノティアが肉鞭に捕らえられてしまった。肉がサーノティアの足に絡みつき、次第にその触手を胴体へと伸ばしていく。




「気色悪いのよ!」




 サーノティアは蒼藍の魔剣で自らの足もろとも肉塊を貫いた。サーノティアはその一撃に確かな手応えを感じた。そして蒼藍の魔剣が持つ力の意味に気がつく。


 サーノティアはカプティルの街に入ってから今まで、何でもないような表情を貫いていたが、初めて苦悶の表情を浮かべた。サーノティアは腰周りから下を爆破し、上半身だけで怪物の正面に飛び出る。彼女は一瞬後には消える命に残された最後の力で、蒼藍の魔剣を肉塊に突き刺しその身を爆ぜさせた。


 肉塊は声を幾重にも重ねたような叫び声を教会の地下に響かせる。その衝撃は天井に伝わり、天井がひび割れ始めた。




 ヴェリドは耳をつんざく叫び声に思わず耳を塞いだ。しかしその声は耳を塞いでも小さくなることはなかった。その叫びはアークと結びついた者の魂の叫びであった。それは意味のない叫びとアークの声が大半を占めている。しかしその中に混じる小さな声が聞こえた。




――寒い。


――怖い。


――腹減った。




――私を殺して




 それはアークと結びついた者の願いだった。アークを宿して死から再生した者たちは二度目を生きる間もなく殺されていった。


 貧しき村で凍死した者、凌辱され死した者、餓死した者。


 彼らは教会の騎士たちによって殺され、アークとして一つに統合された。その一部がヴェリドの中に流れ込んでくる。




 ヴェリドの眼窩の奥の闇。灯された蒼を覆い隠すように、闇がヴェリドの顔を覆った。

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