表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人の死者と幾千の魂  作者: ぷろけー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/96

第81話 今、過去

 大樹が焼け落ち、箱庭の防壁は穿たれた。瓦礫の隙間からは魔獣が溢れかえっている。その魔獣たちをものともせず、巨大な竜は姿を現した。


 その竜は全身に紫を帯びた鱗を纏っている。箱庭の外の薄暗い風景に溶け込むようなその鱗には光がない。光を全て吸収するその姿は生命の頂点の更に上、魂を収集する死神のようだった。




 魂が舞う墓場と死神の竜。竜がここに現れたのは必然だった。竜は瓦礫を踏みつけ、眼下の小さき者たちを睥睨する。千差万別の魂がある中で、特に異質な魂の存在を確認した。


 それは澄んだ魂を中心に、いくつもの魂が寄り添うように共生している。中には魂の欠片もあった。魂がこれだけ複雑に絡み合っていれば、中心となる魂が穢れに染まっていることのほうが自然である。しかし核となる魂は表面こそ穢れているものの、浄きを保ったまま穢れを含む魂を許容していた。


 核となる魂の自我は完全ではないものの、竜の視線を引くには十分だった。それはかつてのアークが竜の興味を引いたのと同じことだった。そしてヴェリドがこの竜を討たねばならないのも、かつてと同じであった。


 これは必然によって導かれた、かつての竜災の再現である。




「ナーデンさん! 大丈夫ですか!?」


「保って数分だ! それより策はあるのか!?」




 竜の威圧的な視線を受けながら、ヴェリドは必死に考える。かつての竜災ではクロウの瘴気で頭をひねり落とした。ヴェリドにそれほどの瘴気を操ることはできない。アークの記憶になにか手がかりがないかを必死に探すが、めぼしいものは見つからない。


 竜の脅威こそあれど、自分一人でそれに抗う術はあるのだろうか。そんな弱気な考えがヴェリドの中に浮かび、そして一つの策を見つけた。




「なんとかします! それまで耐えてください!」


「……さすがだな」




 ナーデンはヴェリドの返答に苦しげな笑みを浮かべ、竜を睨む。ナーデンは苦しげな笑みのまま誰にも聞かれぬ言葉を呟いた。ナーデンの呟きはヴェリドには聞こえなかったが、それは確かに戦う決意の言葉だった。その呟きに呼応するように灰は激流と化し、大いなる竜に襲いかかる。


 ナーデンが操る灰は二百年の歴史を持つ。しかしその灰の重さは眼前の竜にとって脅威ではない。千年前、民衆を脅かした巨木から枝分かれして生まれた存在こそ竜である。竜の亡骸が燃えて灰になったものがナーデンが操る灰であり、竜に打ち勝つ道理はない。


 しかし、竜がその灰を無視できる訳でも無い。ナーデンが操る灰には竜が大樹と化して流れた時間の重さに加えて彼の感情の重さが乗っている。その重さは竜とて無視できるものではないのだ。


 ナーデンの背後には彼が守りたいモノがあった。背後でぺぺは自らの無力さに表情を歪めていた。ぺぺと過ごした教会は激しく倒壊していて原型を留めていない。それでもナーデンは文字通り必死になって灰を操った。


 竜が咆哮を上げれば灰の波はたやすく破られる。その身を揺すれば竜を拘束する灰の鎖は振りほどかれた。竜の無機質な瞳がナーデンを写せば、次の瞬間にはナーデンがいた空間はえぐり取られている。


 ナーデンだけの力では一分も持たなかっただろう。ナーデンが持ちこたえられているのはぺぺが生み出す闇泥人形のおかげだった。数多の人形と感覚を共有しているぺぺが竜の攻撃を予知すると、泥人形たちはナーデンに情報を伝達した。情報の伝達が間に合わない時には、泥人形たちは身を挺してナーデンを守った。


 その活躍はナーデンの操る灰よりも地味なものかもしれない。しかし、泥人形の存在がなければナーデンは未だに立ち続けることはできなかった。そしてナーデンは、戦いの中で闇泥人形がただの人形ではないことにも気づいてしまった。


 あの時のアンディを殺してほしいという言葉に嘘はなかった。しかしアンディの存在を感じてしまった今、安堵と苦しみがナーデンの中に渦巻いていた。ナーデンの中にはアンディの死を祈りながらそれでも平穏を願ってしまう心があった。どうか死なないでほしいと思うのは偽りなのだろうか。




 ぺぺはアンディの存在がすり減ることを感じながら、闇泥人形を作ることをやめない。それを止めてしまえば、大切なものが全て終わってしまう気がしたからだ。


 だが、ぺぺの魔力の本質がその思考を許さなかった。ぺぺの魔力は過去の想い人の存在を創り出すものだ。過去を重んじる魔力はぺぺが大切な人を置いて逃げるために使われることを許さなかった。


 ぺぺは残りわずかなアンディの全てを振り絞り、ひとりの闇泥人形を創り出す。大切な家族を守るために。




 ナーデンの魔力は今を生きるための力だ。鮮やかで悲惨な過去を燃やし尽くし、全てをモノクロの灰へと変えた。その灰の上にナーデンは立っている。


 しかしナーデンの灰はそれでは説明できないほどの熱量を孕んでいた。決別したはずの過去が今になって再び顔を覗かせている。ぺぺが創り出したアンディは本物であると確信を持って、ナーデンは竜に挑む。灰の波が再び竜に押し寄せ、その身を縛る。


 とうの昔に燃え尽きたはずの過去が再び熱を持って蠢く。




 白黒の灰にあの日の紅炎が爆ぜる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ