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第75話 狂気の炎

「アンディを殺してくれ」


 瞬間、ヴェリドの表情が凍りついた。


「ど、どうしてそんなことを?」

「君も気づいているだろう? アンディは普通じゃない。正確にはアンディとペペの二人だがね」


 ナーデンは落ち着きを乱すこと無く話を続ける。


「アンディはあの日、確かに死んだのだよ。僕はこの目で息子が死んでいるのを確認したのだから。それがこうして生きているように見えるのは奇妙な話だろう?」


 ナーデンの言葉を聞いて、ヴェリドの脳裏にはアークの存在がよぎった。アークの欠片があれば死の淵へ落ちてしまった者でさえ蘇ることができる。しかしアンディが8歳の頃の話であるから、アークの欠片が流出したタイミングとはズレてしまう。


「ペペはアンディを愛していた。当時は子供のじゃれ合いくらいにしか思っていなかったそれが、ここまで歪んだ大きな愛だとは気づかなかったのだ。アンディの死を受け入れられなかったペペは自らの魔力によってアンディの亡霊を創り出した。創り出してしまった」


 ヴェリドの表情は、ナーデンの口から殺しという言葉を聞いたときの緊張から、別種のこわばりへと移っていく。

 殺しとは真逆の概念、死者の再誕。アークの欠片による死者蘇生は完全に死から生への道へと回帰するのに対し、ぺぺのそれは不完全だった。


「アンディの亡霊、先程君たちに挨拶してきたアンディがまさにそれだよ。あれは自我を持っていない。ペペがあれをアンディとして振る舞うように全部操っているんだ。まさしく過去に囚われた魔人だよ」


 ペペの魔力によって生み出されたそれはアンディの遺灰によって形成されている。そこにアンディの魂は宿っておらず、アンディの振る舞いはペペによるただの人形遊びに過ぎないのだと、ナーデンは語った。

 ヴェリドはナーデンの話を聞き終えて、苦い表情を見せる。ペペの現状が心の状態として健全ではないことは確かである。しかしだからといって全くの他人が口出しして良いものではない。魔人が魔人たる理由など真っ当であることのほうが珍しいのだから。

 仮にアンディを殺すということになれば、それは同時にペペを殺すことになる。アンディを殺すことは躊躇いがあるが、実行できない訳では無い。しかし生に取り残されたペペを死へ導くということになれば、ヴェリドはナーデンの条件に否と突き返すだろう。

 


「ナーデンさん自身がアンディの亡霊を殺そうと思ったことはないんですか?」


 ヴェリドは脳をさいなむ葛藤の中で、沈黙の間を埋めるための言葉を落とす。するとナーデンは震えた声で笑い声を漏らし始めた。先程までの落ち着いた雰囲気は消え、ナーデンの表情に有り余る激情が流れ込んでくる。

 ナーデンは片手で頭を抱え、俯いている。睨みつけるように視線だけをヴェリドに向けた。


「あぁ……あぁ! もちろんあるさ! 何度この手で殺してやろうと思ったことか! 泥人形が我が子の真似事をしているのが不愉快でしょうがない。亡霊を殺すのは簡単だ、ペペを殺してしまえばそれまでだ、あれはぺぺの魔力で出来ているのだから魔人が死ねばその魔力も消える。簡単な道理さ。あぁ、言葉にすれば簡単なものだ。無防備な娘の細い首に手をかけて絞めてしまえばたやすく殺せるだろう。実際何度あの首に手を掛けたことか、一度や二度の話ではない。本当に幾度となく、だ。だが現実はどうだ? ペペは死んでおらず、アンディの躯をした化け物が息子のふりをしている。僕には殺せなかったんだ。殺せるわけがない。私に残されたのはアンディとルミエールが死んだという事実、そして悲しみに暮れ狂気に浸かるぺぺだけだ。どうしてそんな娘の命を奪うことができる? 確かに血は繋がっていないかもしれない。血縁を家族と呼ぶのなら家族ではないのかも知れない。だがね、僕がペペを思う気持ちに嘘はない。家族が死んだという事実を乗り越えて、僕は今を生きると決めたんだ。唯一残されたペペを殺してしまえば何が残る? お前に分かるか、首に手をかけた時の手のひらに脈打つ鼓動の感覚が、首元の体温の熱さが、それが自らの手で失われようとしている絶望が」


 ナーデンは身に余る激情を心のままに吐き出した。そこには激しい怒りがあった。自らの手で殺すなどという選択肢を出してきた少年に悪意はなかった。しかし沈黙を埋めるための投げかけにしてはその選択肢は致命的なミスであった。

 ヴェリドに置き換えてみれば、まさにリルリットとアークの関係そのものだろう。リルリットの中のアークの欠片は欲しい。しかしそれを得るためには大切なリルリットを殺す必要がある。それを深く知りもしない人間に、自らの手でリルリットを殺してしまえば良いなどと吐かすのだ。ナーデンの気が狂いそうになるのも致し方がない。


 ヴェリドはナーデンの激情を目の当たりにし、言葉を失う。その様を見て、やはり彼も魔人であると改めて実感する。温厚そうに見えていたナーデンも、身体のうちには溢れ出るほどの狂気の炎を秘めていたのだ。


「顔、怖いよ? リル、笑顔のほうが好き」


 リルリットは感情に囚われたナーデンの服の裾をつかみ、彼の顔を覗き込んだ。ナーデンはリルリットを振り払おうと頭を抱えていた手を振り上げる。そこでナーデンは初めてリルリットの表情を見た。

 幼い少女は複雑な顔をしていた。それは本当のアンディよりも幼い少女が見せていいものではない。様々な感情がないまぜになった視線に、振り上げられた腕は力なく降ろされた。ナーデンの深呼吸する音が数回続いた。


「……すまないね。条件は変わらない。君たちの方でよく考えてみてくれ」


 ナーデンは二人に先に戻ってほしいと告げる。二人の姿が見えなくなった後、ナーデンは日陰から青い空を仰いだ。


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