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第72話 シリオンについて

 中年の男、ナーデンは手に持ったティーセットをヴェリドたちの前に置き、正面のソファに腰を下ろした。


「あぁお嬢さん、熱くなってるから注意して」

「うん」


 少しの間沈黙の後、ナーデンは付け加えて言った。ヴェリドがなにか口籠っているのを見たペペはため息をついて横から口を出す。


「……気づいているだろうけど、ここにいるのは魔人だけよ。気にする必要はないわ」

「あぁ、なるほど。少年、いや青年か? ともかく二人だけというのはどうにも奇妙だと思った。教会の仕事じゃないなら固くする必要もない」

「ごめん、オレは疲れたから部屋で休むよ」

「あぁ、お疲れ、アンディ」

「それじゃあわたしも部屋に戻るわ。ここにいても仕方ないもの」


 ナーデンは敬語を使っていたときよりも一段低い声で二人と話し始めた。きっと先程までは教会の仕事の時に使う声で、元々はテンション低めの声なのだろう。

 ヴェリドはペペの言葉を聞いて、その場にいる人の顔を見回す。トボトボ自分の部屋に戻るアンディとペペの後ろ姿を眺めながら、ヴェリドは意を決して話し始めた。


「……とある人たちについて知りたいんです。その人たちはフェアスの生まれで、もしかしたらここに痕跡があるかも知れないと思って」

「それで、その彼らの名前は? 僕にできることなら協力しよう。同じ魔人のよしみだ」


 ヴェリドはナーデンと落ち着いた様子で言葉を交わす。ナーデンの声の調子や振る舞いからは、端々から彼の知性を感じれる。魔人はどこかが壊れているからこそ魔人である。しかしナーデンの様子は魔人のそれとはかけ離れたものだった。


「アークとシリオンです」

「アークとシリオンだね?」


 ヴェリドがそう答えると、ナーデンは確認するように繰り返してから立ち上がり、すぐ隣にある本棚を探し始めた。そこにはカーター墓地に眠る人々について記された資料が並んでいる。ヴェリドはあまりに乱雑に並んだ資料たちを見て、今日中にアークとシリオンの名前が見つかるのか不安になる。


「……あぁ、そういえば君たちの名前を聞いていなかったね。名前は?」

「ヴェリドです」

「リルはリルリットなの!」

「元気なお嬢さんだ」


 ナーデンが資料を探している間、部屋の中は静かだった。ナーデンは何かを思い出したかのように小さく声を零し、二人に背を向けたまま問いかけた。リルリットの元気な声を聞いて、ナーデンは先程の問いよりも明るい声で言葉を返す。ヴェリドからはその表情は見えないが、きっと朗らかな顔をしているのだろう。

 どのような規則で並んでいるのかは分からないが、ナーデンは五分もしないうちに手に資料を持って、再びソファに腰を掛けた。


「アークについての資料は見つからなかったが、シリオンについての資料は見つかった。と言っても大したことは書いていないが。没年と墓の位置、それと家族構成くらいだよ。その家族も竜災に巻き込まれて亡くなっている」


 ヴェリドはナーデンから渡された資料に目を通してみるが、言われた通りのことしか書いていない。親族でもないのに資料を見せても良いものかなどと思ったが、これなら見せたところで何かが変わるわけでもない。

 大方目を通したところでヴェリドの中に一つの疑問が湧いた。


「シリオンの墓ってどうしてこんなに大きいんですか?」

「あぁ、共同墓地だからだよ。彼女の詳しい事情は分からないが、貧しかったら自然とそうなる」

「リルが死んじゃったらどうなるの?」


 静かに話を聞いていたリルリットがポツリと呟いた。幼い彼女の口から死後の話が出てきたことにヴェリドは驚いた。少し遅れてリルリットは怖がっているのだと思った。

 二人はいつ死ぬかも分からないような危うい生活をしているのだ。流浪の魔人など死に向かうようなものである。


「死んだらそれでおしまいだ。魔人は皆ろくでもない死を迎える。永く生きたのも、すぐに死んだのも、変わりはしない。魔人は過去と今が全てだ。そこに未来はない」

「……」

「その歳で魔人だなんて、よほどひどい人生を送ったものだね。良い死に方ができることを願っているよ」

「ナーデンさんは……なんでもないです」


 ヴェリドはふと口を開いたが、言葉の頭で口を閉ざした。魔人に個人的なことを聞くのはご法度であると脳裏によぎったからだ。衝動的に出た言葉の続きを問うのは魔人にはふさわしくない。


「まだ若いね。君たちはまだ年相応の年数しか生きていないみたいだ。お嬢さんはもう少し歳を重ねていそうだが。かくいう僕も見た目通りの歳しかいきてないのだけどね」

「……それってどういうことですか?」

「話すと長くなるし、もうじき日が暮れる。今日は泊まっていくと良い。明日、シリオンの墓参りのついでに良ければ話させてもらうよ」

「よろしくお願いします」

「ついておいで」


 ヴェリドはナーデンの提案にありがたく乗ることにする。疑いの念はあるものの、泊まるところがないのも事実であり、落ち着いたところで休みたいというのが正直なところだった。それになぜだか分からないが、この人なら信じても良いと思えた。


 ヴェリドとリルリットはナーデンに案内され、ナーデンの後ろを横並びで歩く。ペペはその後ろ姿をこっそりと見つめていた。

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