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第55話 初夏

 街に差す陽光は日を追うに連れて、時折暑いと感じるほど、暖かくなっていく。ボクは普段と変わりない生活を送っていた。

 それは薬屋で薬学を学びながら、シグノアさんと鍛錬を積む毎日だ。腕を上手く使えないので立ち回りを大きく変える必要があるのが難点である。薬屋が休みの日はヨープスさんの元へ行って、スープ屋の手伝いをしていた。


 あえて言うなら、滞在証の更新をしたことぐらいだろうか。以前は役所に入っただけでトラウマが蘇り気絶してしまったが、今回は流石に街の生活にも慣れてすんなりと終わった。

 去年役所にいた役員の男性は居なくなっていた。彼の顔を見て気絶したのだから、それはよく覚えている。申し訳ないことをしたと思っているので、いたら謝罪でもしようと思っていた。しかしその人は人事異動で今は中央にいるらしい。

 彼はジーン・ヌイと言い、聞けば中々のお偉いさんだそうだ。なんでも名字を持つというのはそれだけで価値があることらしい。神に連なる者だけが名字を持ち、神の血を引く証なのだとか。

 神に連なる者はその身に強力な御力を宿すという。だからこそ、その多くは教会や騎士の上層部でその御力を振るうらしい。

 奇しくも自分が神の血を引いていることを知り、自分が処刑された理由にも納得がいった。神の血を引くはずの人間から忌み子が出たと知れば、箱庭が驚きに包まれるどころか神の血筋そのものに疑念を抱かれてしまう。

 そうした家系から強い御力を持った子が生まれない場合、分家の子供や養子を秘密裏に取り、神の血の後継者として祭り上げられるらしい。ただし、養子も神の血を引いている訳では無いので、事情を知っている内部からは疎まれる存在だ。

 これは噂話だが、ジーンさんは養子として迎えられた子供らしい。ジーンさんは以前から中央の教会の空気に合わないと言っていたらしく、中央に戻ることが決まった時は随分嫌がったそうだ。忌み子ほど嫌われるものではないと思うが、それでも肩身が狭いに違いない。


 ボクは薬屋から休みを貰ったので、いつものようにヨープスさんの元へ向かった。ヨープスさんはいつもと同じように明るい挨拶をしてくれる。ボクも気持ちよくヨープスさんに挨拶を返した。

 ヨープスさんはお金が十分に溜まったので、店舗としてスープ屋を構える予定らしい。もちろん、スープだけ売るわけにはいかないので、パンなどのサイドメニューを設けるそうだ。今までもパンは頼めば貰えたが、店舗を持つに伴ってしっかり宣伝する方針らしい。

 気軽さを残すためにも持ち帰りは続けるらしく、マリーさんと協力してやっていくそうだ。リルちゃんはまだ幼いが、しばらくすれば看板娘となるだろう。


「マリーさん、ドジしないといいですけどね」

「接客くらいならミスすることない、はずだ。まぁ、なんとかなる!」


 どうやらお店は中央で開くらしく、これから気軽に会えなくなると思うと寂しくなる。しかし夏の間まではこっちにいるそうだ。それまでにヨープスさんたちともっと交流を深めたい。


「もうすぐリルの誕生日でな、良ければ誕生日会に来てくれないか? お別れ会も兼ねて」


 リルちゃんの誕生日が夏の半ばということもあり、ヨープスさんの提案がとてもありがたかった。ヨープスさん一家は、ガーリィさんやシグノアさんを除けば、唯一の知り合いである。


「もちろん行かせてもらいます」


 今日は早めにスープが売り切れたので解散するも、夕食までにしばらく時間がある。せっかくなので誕生日にリルちゃんに渡すプレゼントを探すことにした。飲食店が並ぶ通りから移動して、日用品が売られている通りへ向かった。

 とはいうものの、何が好きなのか全くわからない。幼少期の自分を参考にしようにも、まともな生活を送っていない。あの頃は何よりも両親の温もりが欲しかった。今となっては不可能なものだと嫌でもわかってしまったが。

 その点、リルちゃんは両親からたくさんの愛を注がれていると思う。家の中の雰囲気が暖かくて、外側の人間であるボクですら心地よかった。様々な表情を見せるリルちゃんを見ていると、とても暖かい気持ちになれる。

 あてもなく通りを歩いていた時、ふとある人形と目があった。それは特別精巧に作られているわけでも、美しいわけでもない。しかしその人形に人の温かさを感じたのだ。

 近づいてよく見てみると、布に綿を詰めた手作り感満載の人形だった。それは二頭身くらいでデフォルメされていて可愛らしい。展示机の上の小さな椅子に、男の子と女の子が仲良く座っている。

 もちろん二頭身の人形がきちんと椅子に座れるわけもなく、短い足で申し訳程度に腰を掛けている。それがまた愛おしさを感じさせた。

 最初はなんとなく気になったから見てみたが、ボクの心は既にこの人形に強く惹かれている。女の子の人形の髪色が、リルちゃんと同じ栗色というのも気に入った理由の一つだ。ちなみに男の子の髪色は藍色で、ボクの髪色とは少し違うが色味が似ているのも嬉しい。

 値札を見ると思っていたよりも高価で驚いたが、特にお金の使い道もないので気にせずに購入した。すると店員さんが気を利かせてプレゼント用の包装を施してくれた。ボクは包装紙に巻かれた人形を抱えながら薬屋へ帰った。

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