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第40話 反転、されど変わらず

 ガーリィは感情の高ぶりに身を任せて男に飛びかかるが、直線的なその動きは男にとって御力を使うまでもなかった。男は身のこなしだけでガーリィを躱してニヤニヤとした目をガーリィに向けた。


「話せと言ったり、やめろと言ったり、オジサン困っちゃうよ……。次はオジサンが質問の番だね?」

「黙れ!」


 ガーリィは持てる全てを使い、目の前の男を殺すことを決めた。ガーリィは手頃な石を拾い、予備動作なしに打ち出した。その速さは到底人の目に見えるものではなかった。男は飛んできた石に反応することすらできずに頭部に被弾する。

 しかし男の姿は頭が吹き飛んだだけでそれ以外に変わりはない。男の傷口から血が流れることはなく、白いモヤに覆われている。ガーリィが男だと思っていたそれはこれまた男の御力によって作り出した霞による偽物であった。

 ガーリィは男の霞をかき消すために周囲を氷点下を大きく下る温度に反転させる。突然の温度変化により、ガーリィの魔力が及ぶ範囲全体で空気中の水分が水滴となる。視界が白い霞に覆われてしまうが、これまたガーリィの反転の魔力によって存在しない状態に書き換えてしまう。

 反転の基準となるのはガーリィ自身。彼女が基準を定めてそれに対して反転させる。先のことであれば水が凍る気温を基準に、また存在するものを存在しないという対極に反転させたのだ。

 広域にわたる魔力の行使と無茶な反転によってガーリィの精神は大きく疲弊してしまうが、ガーリィの目には戦意がありありと浮かんでいる。ガーリィを戦いに駆り立てるのは彼女が持つ幼少期の強い感情だ。

 貧民街という場所にそぐわない格好をした騎士たちが我が物顔で闊歩する姿がガーリィの脳裏に焼き付いて離れない。彼女と騎士の間には絶対に越えられない壁があった。ガーリィの魔力はその絶対の壁を壊すための力であり想いであった。


 ガーリィの魔力によって作られた極寒の世界にはあるべきはずの男の姿がなかった。男をあぶり出すための策だったが、精神を大きく疲弊させただけで現状は何も変わらなかった。


「ガーリィちゃん、冷静になろうよ。こんだけ寒いんだから、少し頭を冷やしたら?」


 男の姿は見えないが、男の声だけが鮮明に聞こえてくる。ガーリィは男の声がした方に石を打ち出すも何も起きない。その様子をどこからか見ている男の乾いた笑いがガーリィの耳に入った。


「良い力を持っているんだから使う側がしっかりしなきゃ。正面から戦おうと思ったらオジサンなんてイチコロだからねぇ。良ければオジサンが手とり足取り教えてあげるよ?」


 男の声、言葉、態度、その全てがガーリィの神経を逆なでする。できることなら男を今すぐに殺してしまいたかったが、男の位置を捕捉することができない。それは激しい怒りによって視野が狭くなっていることも原因の一つだろう。普段なら気づくであろう黒い鴉の視線にすら気づけなかった。

 ガーリィは男の姿を見ることがないまま、ただ立っているだけの時間だけが過ぎていく。


「おぉ! あの子が無事に竜を倒したみたいだねぇ。ということで、オジサンのお仕事は終わり。お別れは寂しいけど、帰るねぇ」

「帰らせると思ってるのか?」

「やめてよぉ、オジサンだって本当はガーリィちゃんとお話したいんだよ? でも仕事だからさ」

「ふざけるのも大概にしろよ」

「それじゃあ、バイバーイ」


 男はガーリィの前に霞で手を作り、その手をゆっくりと振った。すぐに霞は細かな氷の粒となって土に積もる。ガーリィは何もできなかった苛立ちを晴らすように地面を蹴りつけた。

 自身が魔力を獲得するほどの想いを持ってなお、騎士を名乗る男に何もできなかった。魔力を持って、仲間ができて、貧民街の頃から変わることができたと思っていたが、本質は何も変わっていなかった。


※×※×※


 ボクはリヴェルとの戦いの後薬屋に戻ろうとしたが、ガーリィさんの姿がどこにもなかった。ガーリィさんを放置したまま帰るわけにもいかないので、ガーリィさんを探すことにした。アークの記憶にあったことが色々気になるが、それ以上に疲れてしまったので早く寝たい。

 辺りを適当に歩いていると、異様な空気を放っている場所を見つけた。そこの空気は息が詰まるほど乾き冷えていた。今は冬なので寒いのは当たり前なのだが、それにしても異常だった。

 ボクの身体は疲労感から先に進むことを拒んでいたが、意を決して進むことにする。その空間のいたるところに戦闘をしたと思われる痕跡があった。それは木にめり込んだ石であったり、えぐれてむき出しになっていた地面であった。


「ガーリィさん! やっと見つけましたよ」

「……ヴェリドか」


 ガーリィさんは俯きながら、こちらを見ることなくわずかに口を開いた。ボクはガーリィさんの様子が普段とは違うことを察していた。だからこそボクは声の調子を少し上げて話しかける。


「こんなところで何して――」

「すまない、一人にしてくれないか?」


 しかし、ボクの言葉はあまりにも冷たい一言で遮られてしまう。申し訳ばかりの謝罪がより一層苦しさを感じさせた。その後に続く言葉は冷たいというよりも優しさを感じないという方が的確であるような気がした。


「……はい」


 そんな彼女に続く言葉をボクはかけることができない。色々なモヤモヤした感情がボクの胸の中をいっぱいにしてしまう。


「何も変われなかった……」


 別れ際、彼女の小さな悲鳴が確かに空気を揺らした。

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