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第31話 家族に囚われた者

 ヴァンの両親は彼が三歳の時、突然彼のもとから姿を消した。彼は孤児院に引き取られ、そこでしっかりと愛を感じて育っていた。そこでは自分と同じ境遇の者やそうでない者、たくさんの出自の子どもたちが仲良くしていた。

 そんな彼が両親や家族というものに執着するようになったのは、孤児院の仲間が家族と再会したときからだった。仲間が家族と再会した時、自分の心の中になにか引っかかるものを感じた。

 ヴァンは孤児院で確かに愛情を貰って育っている。しかし彼らが再会に涙を滲ませ抱き合っているのを見て、彼の心はさざめき立った。不安や恐怖ではないが、不可解な気持ちが生まれたのだ。

 その場では心に感じた引っかかりの正体はわからなかった。彼は感じた心の引っかかりを解消すべく、色々なことをしてみることにした。

 友達と抱擁を交わしてみると、心が落ち着いて優しい気持ちになったが何かが違う。里親に引き取られ久しく会っていない友人と再会するも、懐かしい気持ちにはなったがやはり違う。

 色々試してみて、考えた末にたどり着いた答えは血縁だった。彼は血の繋がりは他者の繋がりとは一線を画すなにかがあると考えた。

 しかし両親の所在は不明で、生きているか死んでいるかすらわからない。ふと、彼の頭に一つの考えがよぎる。両親は自分との関係を切るために自分を捨てたかもしれないと。もしそうであれば血の繋がりはあれど、信頼という繋がりはない。

 ヴァンは捨てられた可能性に悲しくなった。だが何にせよ両親の所在がわからないので、彼が両親と再会することは不可能に近かった。ヴァンは胸にしこりを残していたが、消極的ではあるもののその結論に納得していた。

 仲間が家族と再会したのを見て、ヴァンは家族というものに憧れを持っていた。心に引っかかるものはあるけれども、現状の生活に幸せを感じているのだからそれで良いと。


 そんなときにヴァンの前にクロウが現れた。クロウは孤児院に赴き、里親候補としてヴァンを呼び出した。クロウはヴァンの心を知ってか知らずか、彼の心の中で眠っていた想いを掻き立てるように言葉を発した。


「もし俺がお前の両親について知っているとしたら、お前はどうする?」


 初対面の人間から言われたその言葉は普通なら取り合うこともないだろう。その言葉はヴァンの小さな火種に引火し、大きく燃えようとしていた。諦めていた家族という形に手を伸ばせると知った彼は、心が孕む熱に従って話を聞くことにした。

 この時、ヴァンの中にはクロウの言葉を疑う気持ちは微塵も無く、信じたいものを信じるという簡単な考えが頭の中にあった。冷静な思考など、甘美な熱の前ではあまりに無力だった。


「最初に、お前の両親はヴァンを捨てたわけじゃない。ヴァンとお前の両親はとある人間によってその関係を引き裂かれたんだよ。そいつはお前の両親を誘拐して、言葉にするのすら残酷なことをした。それによってお前の両親はひどい姿になってしまった」


 クロウはヴァンの心を煽るように語りかける。話の中身が真実であるかはクロウにとって大事なことではない。大事なのはありふれた現実を元にして劇的な物語を語ること。しかし必要であれば物語を騙ることだってした。

 自分が両親に捨てられたわけではないと聞いてヴァンは安堵した。もし自分が捨てられていたら、再会する以前に彼らに拒絶されているのだから。しかし次の話を耳にするとその安堵も一時的なものだと気づく。


「つい最近の話だ、お前の両親がついに殺されてしまった。あまりにひどい姿だった。どうしたらあれほど惨い殺し方ができるのだろうと思ったほどだ。俺は色々な死体を見てきたが、あれほどのはなかなかお目にかかれないぜ」


 両親は既に殺されていたのだ。ヴァンが欲していた家族は存在しなかったものではなく、奪われたものだと知った。それならどうするか。大切な家族の命を奪われたのなら殺したヤツにも同様の罰が下るべきだ。

 心に焚べられた言葉はヴァンの中で激しい熱と化した。燃えるような激情がヴァンの全ての思考を焼き尽くす。

 ヴァンの胸を支配する怒りは人の域を超え、ヴァンは怒りと復讐に囚われた魔人と化す。そしてヴァンは家族を殺した人間に対して復讐することを心に決めた。

 その後、ヴァンはクロウに連れられて両親の遺体の元へ訪れた。

 それはヴァンの記憶とは大きく異なるものの、直感的にそれが両親だと気づくことができた。その死体は土に汚れ、腐敗が始まっていた。ヴァンは人から大きく外れた両親を強く抱きしめる。その抱擁に耐えきれず、両親の身体は崩れてしまった。

 ヴァンは両親とは生きた状態で再会することはできなかった。しかし死んでしまった両親との抱擁で、再び家族になることができた。ヴァンがあの日感じた心のざわめきもそれ以降きっぱり静かになった。


「残念だが、ヴァンの両親は見たとおりだ。これからお前はどうしたい?」

「……殺す」

「誰を殺すんだ?」

「父さんたちをこんなふうにしたやつを殺す!」


 残念という言葉に一欠片の感情も入れずにクロウはヴァンに問いかけた。選ばせるようで決まりきった答えを、あえてヴァンの口から宣言させる。それは自らの意思で復讐の道を選んだと錯覚させるために。

 両親の死をその目で確かめたヴァンは強い復讐心を抱く。復讐心で弾けてしまいそうな彼にクロウはさらなる言葉をかけた。


「そんなお前に朗報だ。お前の両親を殺した、復讐すべき相手の名前を教えてやるよ――」


 クロウはヴァンの耳元へ近づき、顔を覆う仮面の口元をずらして小さくその名前を囁く。


「――ヴェリド、お前が復讐すべき男の名はヴェリドだ」


 その瞬間、ヴァンの脳にヴェリドの名が刻まれる。それは深く、忘れることのない絶対の悪として刻まれた。


 クロウは虚実を織り交ぜて言葉を紡いだ。ヴァンの両親が誘拐されたことは嘘であり、真実は彼が三歳のときに両親から捨てられたのだ。それならクロウが話した真実は、本当の真実なのであろうか。

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