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daphune ~ずっと続くように~

 自らの命が惜しくない者なんていない。

 誰だって死ぬのは怖いはずだ。

 それは生物の生存本能であり、生き物として当たり前のこと。

 だからこそ、人は求める。

 不死というものを。

 永遠の命を。

 自我の継続を。

 多くの人間がそれを求め、夢を見た。

 屍人、僵尸、フランケンシュタイン。多くの実験がされ、そのことごとくが失敗に終わった。

 人間は生まれ、そして死ぬ。

 その理から外れることは、出来ない。

 そう作られているから。それが「人間」なのだから。

 

 しかし、その理から外れた者たちは確かに存在している。



 その者たちはこう呼ばれている———「魔法使い」と。





 その日、魔法使いのもとには一人の老人が訪れていた。

「いらっしゃい。ずいぶんな大物が来たものだね」

「ほう、わしのことを知っておるのか。こんな辺鄙な森に居る魔法使いでも、外のことに疎いというわけでは無いらしいの」

 その老人は、年の割には腰は曲がっておらず、しっかりと自分の足で立っていた。

 服の上からでも筋肉が分かるくらいには鍛えこまれた身体をしており、戦場に立てば、一騎当千の働きをしそうなほど強そうだ。

 豪華な装飾の付いた、明らかに権力者だというのが分かる恰好をしている。

 この老人は軍人であった。それも国のトップスリーに入るほどの大物。

 五年前の大戦で多くの戦場を練り歩き、そこら中に血花を咲かせた男。

 指揮官としても、一人の戦士としても優秀な英雄だ。

「そんな『不死身の闘神』様は、何をお望みなのかな?」

「随分と古いあだ名を知っておるのお。むずがゆいから止めとくれ」

 老人はバツの悪そうに頭を搔きながら部屋の奥に入り、そこにあった椅子に勝手に座る。

 勝手する老人に何かを言うわけでもなく、魔法使いはその対面に座った。

「茶は出ないのかの?」

「アポなしで訪れて、その上に茶を要求とはね」

「魔法使いなんじゃから、魔法でパパっとテキトーにすればよかろうて」

 老人はいたずらっぽく笑って言う。

「魔法は君たちが思っているほど、何でも出来る訳じゃないよ」

「なんじゃ、夢が無いのお」

「そういうものなんだよ」

 残念そうにする老人を横目に魔法使いは呟く。

「ネラリア」

 すると魔法使いの後ろの薄暗いところからギイィとゆっくり扉の開く音がする。

 ゆっくりと小さい人影が近づいてきて、裾の長いメイド服を着たブロンドの少女が現れる。

 その手にはお盆を持っていて、その上にティーカップが置かれていた。

 静かに音を立てることなくその二つを老人と魔法使いの前に置くとブロンドの少女は部屋を出る。

 老人がカップの中を覗くと、そこには普段目にする紅茶とかではない黄緑色の液体が入っていた。

「なんじゃこれは?」

 初めて目にするものに老人は訝しんで魔法使いに問う。

「これは南にある国のお茶だよ。海を渡った先で嗜まれているものだから、君たちは初めて見るだろうけど」

「ほう、そうなのか……って、海の向こうだと?」

聞き逃せない単語に老人は魔法使いを見るが、魔法使いはそれ以上答える気はないというように目を閉じそのお茶を優雅に飲む。

「気になるなら連れて行ってあげてもいいけど、ここに来た目的は別じゃないのかな?」

 魔法使いのその言葉を聞いて老人はそうだったと思い出したような表情をした。

出されたお茶を一気に呷り、カップを机に置くと魔法使いを改めて見据える。

さっきまでと違う空気が流れ、老人は過去を思い出すような目をして話始める。

「昔のわしは、ただの一兵卒だった。地位も能力も無く、言われるがままに戦っていた」

「……昔話じゃなくて、何を叶えて欲しいかが聞きたいのだけれど」

「若い者は堪え性が無くてかなわん。老人の無駄話くらい付き合え」

「僕は君より長い時間を過ごしてるんだけどね」

「そうなのか? そうは見えんが……」

「これでも僕は『魔法使い』だから。まあ、そんなことより、続けてどうぞ」

「ふむ……まあ、よかろう」

 仕切り直すように老人は「こほん」と咳払いを一つ。

「戦って、戦って、戦って。いつ死んでもいいと思いながら戦い続けて。そして今日まで生き続けている。多くの人間の首を刎ね、肉を裂き、骨を潰し、血だまりを踏み、多くを奪い、数多を奪われてきた」

 魔法使いは頬杖を突きながら静かに老人の話に耳を傾ける。

「多くの戦友を看取り、その度に『自分もすぐにそっちに行く』と言っておった。しかし、こうして生き残り続け、遂にはこんな地位にまでたどり着いた」

 遠くを眺めるようにして老人は続ける。

「権力を持ち、面倒なことも増えたが、それと同時に大事なものも増えた。妻に子供、残りの時間では使えきれない金。新しい趣味も出来た。ガーデニングというな」

「戦神が草木の手入れをしているなんて。良い趣味だね」

「まあの。戦場だけでは知り得なかった多くのことを知り、良き余生じゃとわしも思う。じゃがの、衰えを感じる日々に、新しい楽しさを知っていく毎日に、命が惜しくなってしもうた。戦いで多くの命を散らしてきた、このわしがじゃ」

「……つまるところ、君の願いは」

「ああ、わしは死にたくない。『不死』にして欲しいんじゃ」

 老人は自らの力ではどうにも出来ない願いを口にした。

 人の身では過ぎたるものを。

 老人の願いを聞き届け、魔法使いはもう一度言う。

「ネラリア」

 その音が紡がれると同時にブロンドの少女は現れる。

 今度はゴシック調のドレスを身に纏い、その手には鈍色の杖を持って。

 魔法使いの隣に、静かに、舞い降りたかのように。

 超常的な姿の現し方をしたブロンドの少女に、老人は驚き後ずさりつつもすぐさま戦闘態勢になった。

「ふむ、老兵といえどもさすがに『闘神』と言われただけはある。常在戦場だね」

「お、驚かせんでくれ……」

 軽い感じで「悪いね」と魔法使いは謝罪の言葉を述べた後、少女から杖を受け取る。

 杖を手渡した後、少女は机の上の空になったティーカップを二つともをどこからか取り出したお盆に乗せ、さっきと同じように部屋を出た。

「失礼するよ」

 そう言って立ち上がり、魔法使いは老人に杖を向ける。

「なんか、想像よりヌルっと始まるの……」

 大層な儀式でもするんじゃないかと思っていた老人は思わずこぼす。

「君たち人間は、魔法に夢を見すぎなんだよ」

 そう言いながら魔法使いは、集中するように目を閉じる。

 老人は警戒を解き、魔法使いの行動を受け入れるように体の力を抜く。

 木々の騒めきも、通り抜ける風も無くなり、その空間が静寂に包まれる。

 何も起こらないのかと老人が魔法使いに顔を向けた時、老人は視界がぼやけブラックアウトし、体の力も必要以上に抜ける。

 倒れこみそうになるが、老人はすぐに意識を取り戻すと、倒れないように足に力を込めて、体のバランスを保つ。

「……今ので、おわりなのか?」

 頭を押さえなら老人は魔法使いを見る。

 魔法使いは変わりなく、涼しい顔をして老人を見ていた。

「ああ、これでもう、君は死ねなくなった」

「いまいち実感が湧かないのお……」

「生きていけば、嫌でも分かることになる」

「そうか……」

 老人は体の感覚を確かめるように手を握りなおしたり、足を動かし床を踏む感触を確かめたりした。

 どこかしこも変わった様子は無く、眉を潜めて魔法使いを見た。

 老人は動揺した。

 何故なら、魔法使いが自分のことを憐みの含んだ悲しそうな目で見ていたから。

 意味が分からない。だが、その何とも言えない憐憫の表情に老人は言葉が出てこなかった。

 その意味も不明のまま老人は、少しだけ言葉を交わした後、「ありがとう」と言ってから魔法使いの家を後にした。

 家を出る前、最後に魔法使いは老人に言った。

「願いは叶えた。その結果が君の望んだ物である事を、願っているよ」

 その言葉の真意は老人には伝わらない。

 魔法が真に「魔法」でないことは、「魔法使い」にしか分からないのだから。






 ある街の領主は病気に罹っていた。

 それは段々と身体が動かなくなっていくものだった。

 足先から、指先から、じわじわと、少しずつ、石みたいになっていく。

 他の何処にも類を見ない奇病だ。

 街中、国中探しても、同じ症状のものがない。

 謎しかない病だ。

 しかもそれは父親も罹っていた。その祖父も曾祖父も、もっと前から。

 一族が必ず罹っていた病だという。

 時間が経つにつれ、手足はピクリともしなくなり、遂には喉すら振るえなくなり、そのまま石像のようになって死ぬ。

 あるものが言った。

 これは「呪い」であると。

 百年以上も前の大戦が行われていた時代、そこで武功を立て今代まで続く地位を築き上げた初代様。そんな初代様が殺した人々の怨念が、今もこの家の者を呪っている、と。

 とんだ馬鹿げた話だ。

 しかし、死ぬのは怖い。

 父の死にざまを見て、自分もこうなってしまうのかと恐怖した。

 朝起きる度に、自分の手足はまだ動くのか、恐る恐る確かめる毎日。

 どうにかしたかった。


 まずは医者に診せた。

 分からないと言われた。


 大金を叩いて聖職者を呼んだ。

 どうしようもないと言われた。更には「神に祈れば救われます」などとほざいいた。

 足蹴にして門の外へ叩き出してやった。


 胡散臭いと思いつつも、呪術師にも見せた。

 出来ることは無いと突っぱねられた。

 腹が立ったので、投獄してやった。


 思いつく限りを尽くした。死なないために。

 恥を忍んで頭も下げたし、地面に額を擦り付けたこともあった。

 でもどれもダメだった。

 自分の命運を思い、諦めかけていた。

 その噂が耳に入ったのは偶々だった。

 屋敷の侍従たちの世間話。

 偶然耳に入ったそれに、少しだけ希望を見出した。

「ある村にある森の奥、そこには魔法使いが住んでいて、そこに行けば何でも願いを叶えてくれるらしい」というもの。

 それが本当なら、それしか手が無いとも思った。

 こんな下らない噂話。そんな「魔法」に一塁の望みをかけるほど、領主は追い詰められていた。

 その時が刻一刻と迫って来ていたから。

 もうすでに、領主の左腕はほとんど使い物にならなくなっていたのだ。

「じい、早く行くぞ」

 小さい頃から仕えてくれている忠臣を連れたって、領主は馬車に乗り込む。

 急がないと自分が石になってしまうのだから。

 一抹の希望と不安を胸に、領主は邸宅を飛び出した。



 眠れない夜を三日ほどやり過ごし彼らはその森へたどり着く。

 森には手の入った道など無く、頑張らないと奥まで進めないくらい鬱蒼と草木が生い茂っている。

「これでは馬車は使えんな」

 当然馬車が通れる道など無く、ここから先は自らの身体で行くしかない。

 領主は馬車を降りると周りの者に指示を出す。

「ここから先は自らの足で行く。五人ほど同行を許可する。その他は近くの村で待機だ」

 威風堂々とした領主の号令に全ての者が背筋を伸ばし、びしっとと敬礼をする。

 少数精鋭を編成し、森の中へ出発する。

 二名の護衛が先頭に立ち、草木を退けて道を拓く。

 真ん中に領主が立ち、残りがその後ろを追従した。

 森の中は不気味なほど薄暗く、静かだ。

 少しも動物に遭わず、鳥たちの鳴き声すらも無い。

 その森の中には、彼らの土を踏む音と、草木の揺れる音ぐらいしか聞こえなかった。

 薄暗い上に植物ばかりが視界を防ぎ先が見えない。

 前も後ろも見通せないので、どのくらい進んだのか、あとどれくらい進めばいいのか分からない。

 不思議と彼らは誰一人として会話をせず、張り詰めた緊張感の続く中、歩み続けた。

 護衛たちも疲れ始め、肩で息をしだしたころ。

 そろそろ休憩をしなければと領主が思案していた時。

「あ! 森が、開けました!」

 前を歩いていた内の一人が声を上げる。

 下を見ていた視線を上げ、前を向く。

 確かに眼前を塞いでいた木々たちが無い。

 焦る心をグッと堪え、歩くスピードを早歩き程度に収めながら森を抜けた。

 開けたところには一軒家が一つ。

 おそらくここが噂の場所。

 領主は思わず息を呑む。

 自分の命運がかかっていることを今まで以上に意識した。

 さっきまで気にならなかった鼓動がやけにうるさく感じる。

 そっと目を閉じ、深呼吸をする。

 少しだけ落ち着いたのを感じてから、彼は家の扉の前まで近づいた。

「急な来訪失礼する! 私は、リーゴルド領領主の……」

 そう彼が名乗ろうとした時、独りでにその扉は開いた。

 まるで手招いているように。

 開いた先には誰も立っておらず、人影もない。

 家の中は森の中よりも薄暗く、まるで深淵が口を開いているかのようにも思えた。

「今日はずいぶんと沢山のお客さんが来たね」

 暗闇の奥から声がした。

 機械音声のように淡々としている男の声。急な来訪者を歓迎しているのか、それとも好ましく思っていないのか、何も声から汲み取ることが出来ない。

 中に入れず立ち尽くしていると、すぐにその青年は姿を見せた。

 古ぼけた本を片手に、随分とラフな格好をしていた。

「ああ、これだと雰囲気が出ないか」

 何かを思い出したように青年が言い、親指と人差し指を合わせて空間を弾く。

 ぱちんという軽い音がした瞬間、闇が纏わりつくようにして、彼の着ている物が光さえも吞み込んでしまいそうな黒いローブへと変わる。

 一瞬のことだったがそれだけで分かる。

 他に説明も言葉も要らなかった。

「魔法、使い……」

「そうだよ」

 なんてことない当たり前のように、誇ることも無く、淡々と目の前の青年は言う。

「いらっしゃい。叶えて欲しい願いがあるものだけ、入って来なさい」

 そう言って魔法使いは奥の部屋に入っていった。



「君だけ、で良かったのかな?」

 その場には魔法使いと領主の二人だけが居た。

 対面で座り、机の真ん中に置かれた蠟燭の明かりだけが二人を照らす。

「ああ、私の願いを叶えて貰いに来た。他はただの心配性の付き添いたちだ」

 そう言って、領主は背を伸ばし改まって魔法使いに向き直す。

「私は、リーゴルド領主の……」

 名乗ろうとしたところ、ガラガラガラと、近くのドアが開いた音で邪魔をされる。

 音のした方に目を向けるとそこにはぶち模様の入った黒猫のような服を着たブロンドの少女が居た。なかなか見慣れない服だ。

 その少女はお盆と二つのティーカップを持ってきたようで、目の前に静かに置くと、小さく頭を下げてから部屋を出た。

 カップに注がれていたのは黄緑のもの。この国ではあまりお目に掛かれない代物だった。

「これは、緑茶か。第二大陸のものがこんなところで飲めるとはな」

「知ってるんだ?」

「当たり前だ、なんてったって、私の先祖が一番最初にこちらに持ち帰ってきたものだからな。当然、飲んだこともある」

「小さいときに一度きりだがな」と付け加え領主は緑茶を口にした。

 子供の頃口にした時と違い、渋みの少なく味わい深い。思っていたのよりも美味しい緑茶に領主は舌鼓を打つ。

「なんと! 昔飲んだやつは、こんなに美味しくなかったぞ!」

「やり方があるんだ。美味しくお茶を出すやり方がね」

「それは是非にも教えてもらいたいものだ」

「それが君のお願いならば、すぐにでも教えてあげるよ」

 そう魔法使いが作ったような笑みを浮かべて言うと、領主はティーカップを口元から離した。

 気持ちを入れ替えるように一呼吸おいてから領主は言い始める。

「私の名前は」

「いいよ」

 名乗ろうとするもまたも止められる。

「名乗らなくていい。君がどこの誰だとかは、関係ないしどうでもいいことだ。君は、僕に何を願うのか。それを口にすればいい」

 そんな魔法使いの言葉に少しだけ領主は不満そうな顔をするが、すぐに切り替え魔法使いを見る。

「願いはただ一つ。私の病を治してほしい。それだけだ」

 そう言って領主は動かない自分の左手を机の上に置く。

「見ての通りだ。段々と体が動かなくなっていくもので、医者に診せても何が原因でどうしたらいいのか分からないと言われた。もう魔法ぐらいしか頼るものがないのだ……」

「無理だね」

 言葉を言い終える前に魔法使いが食い気味で吐いたのは、領主が一番聞きたくなかった言葉だった。

「……すまない、聞き間違えか?」

 領主は反射的にそう口にした。

 信じられないという表情で俯いた。目の前が真っ暗になった気分だった。

「君の願いは履行出来ない」

 念押しするように魔法使いは言った。

「何故だっ……!」

 領主は机に拳を叩きつけ、飛び掛かって魔法使いの胸ぐらをつかむ。

 衝撃に耐えられなかったのか、元々脆かったのか、机は音を立てて壊れた。

「流石はあの英雄の家系なだけはあるね」

「そんなことはどうでもいい!」

 今にも殴り倒しそうな雰囲気で領主は魔法使いのことを睨みつけるが、魔法使いが臆した様子は無く、冷めた目で領主を見ていた。

 何をされても興味のなさそうなその眼を領主は不気味に思い、視線をおろすとそのまま掴んでいた襟元を離した。

「ふむ」

 そんな無礼すらどうでもいいという風に魔法使いは服のしわを戻すと椅子に腰を掛ける。

 それに続くように領主が椅子に座ったのを見てから、今度は壊れた机の方に視線を向ける。

 するとすぐさま時が巻き戻るように机は元の形に戻る。

 その光景は、目の前にいる存在が間違いなく魔法使いであることを示している。

 それなのに何故自分の願いは叶えてもらえないのか。領主は誰が見ても怒っていると分かるような態度で机に肘をつき、細めた目で魔法使いを見た。

「まずは……そうだな、何故、君の願いは叶えられないのか、かな」

「……なぜだ」

 魔法使いはちょうどいい温度になったお茶で喉を潤す。

「ぼくら魔法使いが出来ることは、『現実を魔法で捻じ曲げる』ことだ。この世界の正しい在り方を、理を、魔法という力で書き換えるんだ」

「それで?」

「出来ないことを出来るようにしたり、在るはずの無いものを作ったり。基本的には何でも出来る」

「なら、私のこの運命を変える事だって出来るはずだろ?」

「まあ、そうだね」

「なら、なぜだ?」

 怒りを抑えきれないのか、領主は人差し指でトントンと机を叩く。

「そんな魔法にも出来ないことがあってね。それは、『既に捻じ曲がった現実に更に魔法をかけることは出来ない』ということ。正確に言うなら『すごく難しい』なんだけど、基本的には出来ないようなものなんだ」

「だから何なんだ?」

「君のそれがただの病気だったら、君の願いはすぐに叶ったよって話」

「は?」

 意味が分からず領主は聞き返す。

「病気じゃ、ない?」

 その情報を処理しきれず魔法使いの言葉を繰り返してしまう。

 少しだけ頭の中を整理してから領主は口を開いた。

「……これが病魔じゃないなら、何だと言うのだ」

「知りたい?」

「……」

 そう領主に問う魔法使いは相も変わらず無表情だ。

 しかし、真実を知らないわけにはいかなかった。

 領主はゆっくりと首を縦に振る。

「うん。じゃあ、行こうか」

 魔法使いがそう口にした。その時にはもう二人が座っているのは魔法使いの家の中では無かった。

「なっ!?」

 何が起こったのか分からず領主は立ち上がり、忙しなく首を動かして周りを見渡す。

 そこは庭園だった。

 薄明るい月光に照らされ、さまざまな種類の花が、思い思いの色を咲かせている。

 手入れはされていないようで、伸びきって道を塞いでいたり、不均等な形で密集していたりと酷い有様だ。

 だが、領主にとってここはなんだか懐かしい感じのする場所だった。

「こっち」

 魔法使いが立ち上がって、先導して歩く。

 気軽に立ち入ることが出来なさそうなほどの複雑な道を進む。

 何度も来たことがありそうなほどの迷いのない足取りで魔法使いはどんどん歩いていく。

 置いて行かれないように早足でついていきながら、その風景を領主は観察していた。

 段々と奥に進むにつれ、何だか見覚えがあるように感じる。

 そしてそれは確信に変わった。

 何故なら、着いた先にはよく知るものがあったから。

 初代リーゴルド領領主 イデルバ・リーゴルドの像が。

「……なぜここに?」

 そんな領主の呟きは聞こえなかったのか、魔法使いは何も答えず像に近寄る。

 無感情な目を向けたまま、魔法使いは言った。

「久々だね」

 それは墓に向かって投げかけるような、懐かしみの入った声色では無かった。

 それはまるで目の前に本人が居るかのようだった。

 目の前のものはただの像、そのはずなのに。

「変わりはないね」

「いったい、どういう……」

 訳が分からず固まっていると、魔法使いは領主に向き直る。

 ずっと変わらない表情のはずなのに、どこか恐怖を感じる。

 何か触れてはいけない禁忌に片足を突っ込んでいる気分だ。

「これが、君が病気だと思っているもの。それの原因だよ」

 そう言って像を魔法使いは指す。

「……何が何やら、だ。ど、どういうことだ? 何でここを知っている? 一体何が原因で何故そうなっているんだ? それになぜ貴方はその像に声を掛ける?」

尽きない疑問にパンクしそうになる頭を抱えて領主は言う。

 そんな彼を気遣う事無く魔法使いは話始める。

「君のその身体に起こっているものは、言うなれば呪いのようなものだよ」

「呪い? 呪術師にも見せたが、呪いなんかじゃ無いと……」

「呪いの『ようなもの』だよ。分かりやすくする為に便宜上今はそう呼んでるだけ。魔法使いが関わっているものは、人間程度じゃどうすることも出来ないからね」

「じゃあ結局、これは何だというのだ!」

 右腕で左腕を抱えながら領主は問う。

「彼が魔法を使って人の理から外れたせい。言わば神に背いた罰、と言ったところかな」

 その言葉は信心深くない彼でもショックを受けるのに十分なものだった。

 謂れなき罪を背負わされ、理不尽な呪いを受けていたなんて、寝耳に水もいいところだろう。

「……いったい、初代様は何をあなたに願ったんだ?」

「死なないことを、『不死』になること」

「–——確かにそれは、大きな代償を伴いそうだな……」

 多くの人間が、何となく夢見てしまう『不死』と言うもの。

 それは間違いなく、神が定めた世界の理に真っ向から背くようなものである。

「なら、初代様はまだ何処かに生きているということなのか?」

「まあ、ね。……この状態を『生きている』と仮定するかは、人によって意見が分かれるところかもだけれど」

「……どこにいらっしゃるか、知っているのか?」

「うん」

「何処なんだ?」

「君の目の前だよ」

「……」

 目の前、そこにあるのは当然、初代領主の像だ。

 堂々たる精悍な顔つきで深々と椅子に座っている。

 触ってみても表面は滑らかな石でしかない。

 鼓動も息遣いも、血の巡りさえも、生きていると感じられるようなものは何一つとして見つからない。

 この景色が見えているのか、何を考えているのか。これが本当に人間であるのかも分からない。

「意識はあるよ。……といっても、もうすでに狂ってしまって何も分からないだろうけど」

 百年もない寿命しかない生物が、百年以上もただ一人で、変わらない風景を見続ける。

 むしろ、おかしくならない方が不自然だろう。

 どんな英雄であろうと、動かない体で、何もできないで、ずっと同じ場所に縛られていたら崩壊する。

 もうこの中にある魂は、目の前の情景を知覚することは出来ても、何も感じないし、何も分からない。

 人によっては、この状態を「死んでいる」とする者もいるだろう。

 領主は目の前にあるモノに、言葉が出なかった。

「……」

「彼に有る不死性が、血脈と言う繋がりを通して君たち血族に影響を及ぼしている。彼が居る限り、君の、君たち一族のそれはどうしようもないんだ」

 淡々と説明が続けられるが、領主はとうに情報過多でまともに聞いていられる状態ではなかった。

 


 いつも心地よかった風が何故だかやけに冷たく感じる。

 少しだけ身震いをして、領主は魔法使いを見た。

 何をするでもなくただこちらを人形のようにじーっと見ていた魔法使いとすぐに目が合う。

「これは、どうにか出来るものなのか?」

 領主は何も分からないまま問うた。

「答えは変わらないよ」

領主は、「そうだろうな」と言うように溜息を吐く。

だが魔法使いは「でも……」と続けた。

「この呪いを君で終わらせることは出来る」

「……何?」

いちいち回りくどい言葉、だが、彼のための提案であることは感じられる。

「要するに、君の子孫たちが同じ苦しみを味わわなくていいようにはできるってこと」

「そ、それは本当か!」

 望んでいたものでは無いにしろ、それは確かに一つの解決方法であった。

 求めていたものとは違っても、確かにそれは、領主にとって一つの希望で、未来のある話であった。

 表情を回復させ、真剣な顔つきで魔法使いを見た。

「本当に、それは出来るんだな?」

「君がそれを願うならば」

 変わらない淡白な返しだが、頼もしくも感じられる言葉だった。

「せっかくだし、君には方法を選ばせてあげよう」

「方法?」

「そう、やり方は幾つかあるんだ」

「どんなのだ?」

「一つは、段々と影響を薄くしていくやり方。時間はかかるけど、一番確実。向こう百年もすれば、完全に影響はなくなると思う」

「時間がかかるのか」

 百年と言う単位は人間にとっては軽いものでは無いのだろう。領主は少し難しそうな顔をする。

「二つ目は時間は掛からない。君でこの呪いを断ち切るやり方。ただし、君自身に強い負荷が掛かると思う。何が起こるか分からないし、僕は正直お勧めしない。でも君の子供たちから、もう影響はなくなると思ってもらって構わない」

魔法使いが「もう一つは……」と言いかけるが領主はそれを遮って言った。

「二つ目だ。それで構わない」

 力強い、もう決心したような領主の言葉。

「本当に良いのかい?」

 その決意を試すように聞き返す。

「構わない。自分の後がもう苦しまなくて済むようになるのなら」

「僕はオススメしないよ」

「自分はもう既にこうなっているんだ。何が起こっても今更だ」

 捻じ曲がりそうにない領主の心意気を感じ、魔法使いはそれ以上の問答は止めた。

冷えた空気を吸って、「ふう……」と一息吐くと、魔法使いは呟いた。

「ネラリア」

 それと同時にそれは現れる。

 それは先程、お茶を持ってきてくれた少女だった。

 さっきとは別の装いで、雰囲気はがらりと変わっている。

 ゴシック調のドレスとブロンドの髪が空気抵抗を受けてふわりとはためく。

 そして魔法使いの上に落ちてくると、お姫様抱っこの要領で、魔法使いは少女を受け止めた。

「今日は随分と派手な登場だね」

 そんなことを言いながら、魔法使いはその少女を足をしっかり地面につけるようにしてから、ゆっくりとおろす。

 杖を受取ると、少女を撫でる。そして領主に向き直る。

 領主は何が起きても受け止める気持ちで、目を閉じグッと体に力を込める。

 何とも言えぬ緊張から、固唾を呑む。

 魔法使いが杖を振るう。

 軽く風を切る音が鳴った。

 それが終わると魔法使いはまた「ふう……」と呼吸を漏らす。

 何も始まっているようには感じられないのに、もう終わったかのような魔法使いの息遣いに意味が分からず領主は目を開ける。

「何が………………っと」

 その瞬間、眩暈がしたかのように視界が眩み、倒れそうになる。

 しかし、何とか足を動かして倒れないようにバランスを保った。

 さっきまで何も無かったはずなのに起きた眩暈に、自分に何かがすでに起こったということを理解し、領主は魔法使いを見る。

「もう、終わりか?」

「うん」

 家事を終わらせたかのように軽い返事に、少し疑ってしまいそうになるが、そこは堪えて何も言わなかった。

「じゃあ、戻ろうか」

 領主の返事を待たずして、風景は一瞬で変化する。

 元の薄暗い部屋だ。

 たった数時間ほどの出来事なのに何日も立っているかのような気分だった。

 悩みに、一応のケリがついた。実感はないがそのことに領主はほっと一息、胸を撫でおろした。

「お茶、まだ飲むかい?」

 マイペースなそんな魔法使いの言葉に領主はちょっと笑みを零す。

「いや、いい。目的は、別の形ではあるが果たした。それにこれでも領主なんでな、早く戻らないと、どんどん仕事が溜まっていってしまう」

 そう言って領主は魔法使いに背を向ける。

「助かった。ありがとう」

魔法使いの言葉は聞かずに領主は行ってしまう。

その顔はとても満足げだった。

 嬉しそうな護衛たちと共に領主が森に戻っていく背を魔法使いは窓辺から静かに眺めていた。

「君にはもう時間が残されていないかもって、伝えそびれちゃったな……」

 まあ、もう関わる事のない人間のことだ。そう切り替え、魔法使いはお茶を飲んだ。



 次の日にはもう領主が動かなくなっているなんて、魔法使いには関係の無いことだ。

 未来の為に願った者には、明日すらも与えられなかった事なんて。



 魔法使いが方法の提案の途中で言いかけた「もう一つ」

 それは、「初代領主の像を壊す」というものだった。

 不死のせいでビクともせず、どんな手段でも壊れそうにない像だが、一つだけ壊す方法がある。

 それは勿論、「魔法」を使うというもの。

 影響を与えているものが無くなれば、当然その影響は無くなる。

 そんな簡単なことだった。

 ここで一つ疑問が出てくるとすれば、「彼は死なないのではないのか」というものだろう。

 実は彼は、本当の意味での「不死」には成れていなかった。

 彼が本来寿命を全うするはずだったその日、どんどんと死んでいく彼の身体に反して、掛かった魔法が彼を生かそうとする。その結果、体を動かせない代わりに、必要最低限の生命維持が出来る身体となった。

 身体は壊れないよう石のようになり、ある意味での「不死」が完成した。

 しかし、それは人間にとって永遠とも言える長い時間を過ごせる身体になっただけで、真の意味で「不死」では無かった。

 身体が無くなれば、人間としての生命維持が出来なくなれば、彼は死ぬ。

「君は、僕たちみたいな理の外の人間には成れなかった」

 これが、彼が望んだ結果であるか無いかは、もう確かめようのない事。

 もしかしたら終わらせてあげることは彼にとっては救いとなるかもしれない。

 しかし、それが実行されることは無いだろう。

「もうこれ以上、僕の手で誰かの命を奪うなんて、したくないからね」

 だから、「像を壊す」という方法を言うのは最後にしたのだ。

 人の命を、人生を、簡単に壊せる。

 だから魔法はあまり使いたくないと思っている。

 しかし彼は「魔法使い」だ。

 その呪いのような逃れられない役目を、もう背負っている。

 トントンと肩を叩かれ後ろを振り返る。

 そこにはブロンドの少女がティーカップを持ってきてくれていた。

 手渡されたカップの中には真っ黒なドブのような液体が入っていた。

「ありがと。いただきます」

 鼻に近づけると上品な香りが漂ってくる。

 ゆっくりと傾け、少しずつ喉に通す。

「……上手くいかないなぁ」

 眠気覚ましには十分すぎるほどの苦みに目を閉じて呟く。

「もっと美味しくなる方法を探そうか」

 ブロンドの少女にそう言って、頭にポンポンと手を置く。

 人形みたいな少女と数秒見つめ合った後、魔法使いは台所へ向かった。

 ゆっくり探していこう

 この飲み物の美味しい淹れ方も

 どうせ時間に、限りなんて無いのだから。





 いま、めのまえにだれかがいた


 なつかしいような、ちかしいようなそんざい

 ひさびさのかんかく

 それでおきた

 そのせいでおきた

 このじごくに

 この、なにもないせかいに

 

 たすけて



 たすけて


  おねがい


         だれか


おわらせて






 だれか


   ころして


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