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第99話 皇帝領の戦後処理

 法王は帝国全土に書簡を送り、皇帝陛下の崩御と選帝侯会議の開催を告げた。各国の王に発言権はないが傍聴は自由で、法王庁へ来るなら歓迎する旨のお達しである。

 そのため会議の開催までには結構な日数を要し、フローラ軍はホームである首都ヘレンツィアに帰国していた。身の安全という意味でクラウスとマリエラも一緒、プハルツも領事館へ戻らずに付いて来たのはまあお察し。


 悪しき三人の選帝侯は、もちろんその資格を剥奪された。お前らもうクビだと、法王が三行半みくだりはんの書簡を送りつけたらしい。三行半とは本来離縁状を指すが、内容を三行と四行目の半分まで書く古い習慣から来ている。

 このため会議に先立ちラビス王国のガーリス王と、ネーデル王国のレインズ王を、選帝侯とするため近く法王が招へいするだろう。ガーリス王がプハルツの父であり、その時はフローラが音速飛行で迎えに行く手筈になっている。


「ミハエル候の本軍はヘルマン王国へ入ったそうです、フローラさま。もうすぐ父君と再開できますわね」

「父上の帰還はすっごく嬉しいのだけどね、アンナ。でも私はやることがいっぱいあって、目が回りそうだわ」

「クラウス候とグレイデルさまにゲルハルト卿、そして桂林の結婚式ですものね」

「もうひと組、追加になるかもよ」

「マリエラ候とプハルツ王子でしょうか」


 ここはアウグスタ城、女王陛下の執務室。

 会ってまだ間もないと言うに、アンナの勘は鋭いなとフローラは苦笑する。お目出度い事はいくらでもと、当のメイド長はすまし顔で紅茶をすすり、準備のし甲斐がありますわと俄然やる気を出してたりして。


 けれどフローラが忙しいのはそれだけじゃない、戦後処理に手間がかかっているのだ。皇帝領は予定通り、ネーデル王国に併合された。それは良いのだが兵員不足でレインズ王は、傭兵を雇い補う必要があった。加えて物価高を何とかしないと双方が疲弊し、共倒れになってしまう恐れもある。


「物価対策に何か妙案はないかしら、ケイオス」

「インフレには良い場合と悪い場合があります、フローラさま。国民の収入が上がり物価も上昇するのは、健全なインフレと言えましょう」

「ふむ」

「旧皇帝領は軍事徴用による物資の枯渇が原因ですから、悪い方のインフレですね。国民の収入は変わらないのに、物価だけが上がってしまいましたから」

「ふむふむ」

「ですから食料に関してだけ、一時的に支援すれば元に戻るかと。ただし……」

「何か問題があるの?」

「便乗値上げをする輩や、買い占める輩がどうしても出ます」


 それでは物価が下がらず意味が無いため、国が介入して取り締まる必要があるとケイオスは言う。ゲッペルス隊とザンギ一党に自警団の出番ねと、フローラは頭の中で組み立てる。レインズ王にも厳罰に処す旨の、お触れを出してもらいましょうと。


「あとは大国ひとつ分の食料をどこから調達するか……頭が痛いわ」

「あの、フローラさま」

「なあに? 桂林」


 控えていた三人娘が、ミン王国へ行きませんかと口を揃えた。なんでもミン王国は有事に備え、三年分の米と麦を備蓄してるんだそうで。今年は国内どこも豊作で余裕があるらしく、一年分の備蓄を安く放出してもらったらと言うのだ。


「どうかしら、ケイオス」

「私は賛成です、アンナさまはいかがでしょう」

「ミン王国の王朝と、顔を繋いでおくのも悪くないですわね。行ってらした方がよろしいかと、フローラさま」


 善は急げで桂林の実家、宋一族の本家へ書簡を認めたフローラ。

 内容は曹貞潤(そうていじゅん)王に面会できるよう、うまく取り計らって欲しいというもの。どうやって届けるかと言えば、開いた転移の門に伝書鳩を通すという技を使う。門を開いたままにしておけば、返事を携えた鳩さんが戻って来る。新しく考案した書簡の即時配達、よく考え出すもんだと、みんな感心しきり。


「それにしても、しばらくはこの状態なんですね」

「あはは、大目に見てやってケイオス」


 窓の外に視線を向けるケイオスに、参っちゃいましたとフローラは頭に手をやる。

ミリアとリシュル、アンナと三人娘が、予測はしてましたとくすくす笑う。鋭気を養うようにと一旦解散したフローラ軍だが、お屋敷で用事を済ませた兵士らが戻って来たのだ。

 前もそうであったがアウグスタ城の正門前に、野営テントを広げてバカンスを楽しむという全くもうこやつらは。特に古参兵は家督を息子に譲っているから、お屋敷に戻ってもやることが無いのであろう。


「結局のところ兵站チームも必要になって、キリアさまが招集をかけたのよね、リシュル」

「ご飯を用意しなきゃいけないものね、ミリア。職人チームは調理器具の宿題が残ってるし、お針子チームも結婚式に向けた衣装製作の仕事があるしで」


 ケバブとディアスは城の鍛冶工房に籠もっており、みんな職業病ねと笑い合う執務室の面々である。まあ仕事熱心なのは良いことと、アンナがチョコレートケーキを頬張った。


 そこへ窓の外を六頭のワイバーンが、のっそのっそと通り過ぎて行った。当初は執事団もメイドたちも増えてると驚いたもんだが、何でも食べるから生ごみが出なくて重宝してるっぽい。

 キリアと三人娘の買い出しはもっぱら空中移動となり、市場では名物となりつつある。荷馬車よりも積載量が多く、主人を守る忠実な護衛であることも大きい。そして何よりも、小っちゃい子供に好かれるこの不思議。


「繁殖させても大丈夫なのですか? フローラさま」

「神界の大天使がね、アンナ」

「ええ」

「苦情を言ってこなければって、大魔王さまが」

「それって責任の一端を押し付けられてる気が」


 そこなのよねーと、フローラが眉を八の字にする。でも騎乗して乗り回し飛び回っていれば、情が移るというもの。今さら返せと言われたって、嫌ですと三人娘は断固拒否の構え。まあ大天使が来たらその時に考えましょうと、フローラはティーカップに手を伸ばす。


 ところでレインズ王に資金提供はなさるのですかと、ケイオスは国家予算の資料を取り出した。フローラとしてはグリジア王国と同様、無利子で資金提供をしても良いと考えている。必要とあらば精霊界の崖へ、金鉱を拾いに行けば良いだけだから。


 けれどレインズ王が欲しているのは、大国であった新領地をカバーする軍団なのだ。 傭兵に頼らず軍事的に支援する方法をと、フローラは頭をフル回転させる。そして何か思いついたのか、ぽんと手を打った。


「父上がお戻りになったら本軍の兵士を一部、平和維持軍として派遣するのはどうかしら、ケイオス」

「成る程その手がありましたか、費用対効果で最も効率が良いですね」


 ローレン王国軍は職業軍人の集団であり、戦争があろうと無かろうと、俸給は変わらない。食料と装備に困らない編成で出兵させれば、傭兵を雇うよりも遥かに安上がり。フローラ軍と同じく千名規模とし、定期的に瞬間転移で食材調達の応援をすればいい。

 ならばそれで行きましょうと、ケイオスは国家予算の書類を引っこめた。けっこうな歳出を覚悟していたようで、彼は彼なりに頭を悩ませていたのだろう。なんせ結婚式が目白押し、シュバイツが皇帝になればお祝いするし、フローラと結婚すればそれこそ盛大にと。


「フローラ、セネラデが来たぜ」

「あら嬉しい、お通ししてシュバイツ」

「いやもう後ろにいるんだ」

「元気そうじゃのう、フローラよ」


 ミリアとリシュルが椅子を引き、どうぞこちらにと二人に席を勧める。桂林がお茶っ葉を取り替え、ティーポットにお湯を注いだ。明雫と樹里が美味しいですよと、チョコレートケーキを並べていく。名誉市民の神獣さま、気心は知れているのでようこそウエルカムってね。


「皆も達者で何より、首尾は上々のようじゃな、フローラ」

「実はそうでもないのよセネラデ、戦後処理が色々と大変で」

「新たな千年王国を築くのじゃ、そのくらいは甘受せんとな」


 そう言ってセネラデは小袋を取り出し、テーブルにじゃらりと広げた。年代もののコインで、また沈没船から集めてきたのだろう。さてはこの人、前に交換したローレン硬貨が乏しくなってきたのだな。


「またお願いできんじゃろうか、金貨が良いと思い見繕ってきたぞよ」

「おいおいこれって……」

「どうかしたの? シュバイツ」

「初代皇帝ヤコブ・フォン・カイザーの肖像、こっちは聖ブリジットの肖像、どっちも記念金貨じゃないか? 何世紀も前の」

「うっそ!」


 法王庁の大聖堂にあった肖像画と、同じだわとメイド達が頷き合う。

 失礼しますねとケイオスが、金貨のひとつを手に取った。金の重さは銀のほぼ倍でずっしり重く、持てば商人でないケイオスにも分かる。


「純度の高い金貨ですね、加えて歴史の重みというプレミアム。オークションにかけたら見物かもしれませんよ、フローラさま」

「おおう、法王庁に持ってって、オークション開催してもらおう」


 法王庁で開かれるオークションは、出所不明でも品物は確かと定評がある。コレクターの大商人や王侯貴族が、よい値を付けてくれるかもしれない。取りあえず重量比率でローレン金貨と両替し、オークションで出た利益は後でご相談という話しに。


「ちょっといいかしら、肝心なことをお忘れですわよ」

「何か問題がありますでしょうか、アンナさま」

「胡椒や唐辛子を買うのに金貨を出されたら、市場の店主たちがお釣りに困りますでしょう、ケイオス」


 あいやそうだったと、顔を見合わせるフローラとシュバイツ。軍団の食材調達でも金貨を使う事は滅多になく、大抵は大銀貨と銀貨で済みますと、三人娘もうんうん頷いている。金貨を銀貨に替えたらすごい量となり、背負うようですよとアンナはくすりと笑った。


「セネラデは胡椒と唐辛子の他に、どんな使い方を?」

「酒場での飲食くらいじゃぞ、アンナよ。三食はこの城で済むしな」


 アンナはふむと頷き、衛兵にキリアをお連れするよう頼んだ。両替所へ持って行くと手数料を取られてしまうから、もっと良い方法がありますと言うのだ。


「フローラさま、セネラデをですね」

「うん」

「商業ギルド(組合)の」

「うんうん」

「組合員にしてしまえば良いのです」

「うんうんう……はい?」

「名誉市民ですし、キリア・グラーマンの紹介であれば即決でしょう」

「それでそれで」

「商業ギルドは組合員に、運転資金の融資も行なっています。金貨をギルドに全部預けて、必要な分を銀貨で引き出せばよろしいかと」


 その手があったかと、みんながぱちぱち手を叩く。セネラデだけが、よく分かっていないようだが。これだけの金貨を預けたら、利息で元本は中々減らないでしょうねと、ケイオスがによによしている。


「必要ならば宝石なんかも拾ってくるぞよ、アンナ」

「あらいいですわね、セネラデ。宝石商で売却すれば、首都ヘレンツィアで指折りのお金持ちになれるかも」


 宝石は食えんがなと言いながら、セネラデはチョコレートケーキをひょいぱく。金は天下の回りもの、フローラのように執着しない人のところへ、お金は集まるのかもしれない。

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