第98話 サウロスの戦い
城郭都市である首都サウロスには、東西南北に門がある。市内で蜂起した自警団と聖堂騎士団が解放するのは南門だけれど、フローラは軍団を四軍に分け全ての門を攻めていた。
開戦に先立ち口上を述べようとした首脳陣だが、皇帝軍の指揮官は門から出ようとせず、城壁からフローラ達を見下ろす形となった。無礼も甚だしいが、それならそれでよろしい、こちらは武人としての礼儀を通したまで。
「こうして考えるとブラム城での籠城戦、フローラさまはご立派でしたね、隊長」
「城門から出てハモンド殿と相対し、立派に口上を述べられたからな、ヴォルフ」
皮肉の応酬でしたけどねとヴォルフは笑い、そのくらいの腹芸が出来るから頼もしいんだとゲルハルトも笑う。どのみち此度の戦で白旗は認めないと、フローラは宣言したのだ。全滅させる以上は敵兵に、騎士道精神など求めちゃいない。銅鑼が鳴らされ四軍に分かれたフローラ軍が、それぞれの門へ攻撃を開始して今に至る。
「形だけでも城壁に梯子くらいかけようか? フローラ」
「熱した油を上から注がれたら、味方に火傷を負う兵士が出るわシュバイツ」
「確かにその通りなんだが、緊張感のない攻城戦だな」
「投石器で門に岩をぶつける、城壁の上にいる敵兵を弓隊とラーニエ隊が狙い撃つ、そのくらいで丁度いいのよ」
「騎馬隊と重装兵は魔物が出た時の保険ってか」
「まあね、このままじわじわ追い込めば、ザンギが掃討して南門を開くでしょう」
体がうずうずしている相方へ、どうどう落ち着けと手綱を握る大聖女さま。敵の兵力を分散させるのが狙いだから、彼女は本気で城壁を攻略しようとは思っていない。
ズルニ派の親分ザンギによれば、敵の守備兵力は八百余り。各門に二百ずつ配置されており、南門を手薄にするのがフローラの目論見である。自警団と聖堂騎士団に対するサポートであり、南門の敵兵が他の門へ応援に行くよう、わざとのんびりまったり攻めているわけで。
暴れたい気持ちはあるがこの作戦は、軍議で皆が承認したこと。フローラの思惑通りに進めるべきと、シュバイツもちゃんと理解している。はやる気持ちを落ち着かせようと、彼は糧食チームからもらった、チーズバーガーの包みを開いて頬張った。
一斉攻勢をかけないと分かっているので、糧食チームは各陣地を回り、兵士のポケットや背嚢にぐいぐい押し込んでいくのである。ハンバーガーだけでなくホットドックやサンドイッチにおむすびと、多種多様なのは戦場だから細かいこと言うなし。
「桂林です、聞こえますか? フローラさま。南門が東門に兵を割きました、数はおよそ五十です」
「よく聞こえてるわよ、そのまま敵兵の動きを監視してね」
「キリアです、北門も東門に兵を動かしました、見たところ数は三十ですね」
「こちら東門の樹里です。シュルツ隊長は投石器を休ませる気がないみたいですね、本当に門を破壊しそうです」
「うっそ、陽動には成功したから程々にって伝えて」
「了解でーす」
手鏡を使い、各門から状況が上がって来る。
攻城戦に先立って大魔王ルシフェルからお呼びがかかり、フローラはワイバーンを五頭譲り受けていた。人間界に本来は生息しない生き物を、与えてよいものかと魔王会議でずいぶん揉めたらしい。
最終的にはルシフェルに一任され、フローラへの提供が決まったもよう。平たく言えば大天使から苦情が来ても、俺たち責任持ちまっせーんてことなんだが。そんなわけで指名されたキリアと三人娘が契約を結び、騎乗して空中から戦況を報告しているのだ。もう一頭はラーニエが契約しており、別件で今は陣地に待機している。
「桂林です、ザンギ一党と蜂起した自警団に聖堂騎士団が、南門で交戦を開始しました」
「おっけー、押されるようだったら魔力弾で支援してあげて」
「んふ、撃ってよろしいのですね、お任せ下さい!」
撃ちたかったんだなと苦笑し、シュバイツが食べ終えたハンバーガーの紙包みを丸めた。三人娘はみんな中華鍋を背負い、ワイバーンに騎乗している。もうその時点で殺るき満々だったんだなと、彼は城壁の内側へ降下していく桂林に目を細めた。
「グレイデル、ラーニエ、準備はいいかしら」
「いつでも行けますよ、フローラさま」
「あたいも準備は出来てるぜ」
グレイデルとラーニエの騎乗するワイバーンのゴンドラには、左腕に黄色い腕章を付けたゲッペルス隊が乗り込んでいた。腕章は敵味方を分ける識別で、これからザンギの加勢に向かうわけだ。
「必ずや南門を開けてご覧に入れましょう、フローラさま」
「頼みましたよ、ゲッペルス隊の皆さんに、神と精霊のご加護があらんことを」
フローラに見送られ、ディフェンスシールドを展開した二頭のワイバーンが舞い上がる。もちろん数往復して、手持ち無沙汰の騎馬隊や重装兵も送り込むつもり。
開戦前の早朝にフローラは、身体強化の補助魔法であるビーナスバッファーを、全兵士に施している。もちろんワイバーンにも適用されるから、敵からすれば心胆を寒からしむ生き物であろう。
「私たちも行こうか、シュバイツ」
「おう、やっと出番だな」
「こちらの指揮を頼みます、伯父上」
「ああ、二人とも気を付けてな」
フローラはシュバイツと手を繋ぎ、天高く飛翔した。そして隼のように急降下し、城壁の上に降り立ったのである。グレイデルとラーニエのワイバーンに気を取られていた敵兵たちが、空から降ってきた二人に「げえっ!」と声を上げる。
「あらあなた方、一度は捕虜になった皆さんね」
「あわ、あわわわ」
「言ったはずよ、白旗は認めないと」
「口上ではずいぶん偉そうだったな、指揮官さんよ」
「ええい、たかが二人だ殺せえ!」
「フレイムアナコンダ!」
練度の上がったフローラから、燃えさかる蛇が二体現れた。一体は時計回りに、もう一体は反時計回りに疾走し、敵兵を燃やし尽くしていく。至近距離だったため炎の範囲から外れた、指揮官と数名の兵士が残る。それをシュバイツのロングソードが、声を上げる余裕も与えずばっさり切り捨てていた。
「本当に白旗を認めないのか? フローラ」
「残酷だと思うかしら、シュバイツ」
「いいや、皇帝陛下の安否確認が俺たちの目的だ。事ここに至って陛下は姿を現わさず、こいつらは皇子グレゴの指示に従ってる」
「そうね、法王の名代として来てるのに、筋を通さない時点で救いようがないの」
「法王庁で裁判にかけられれば、ここの兵士らは良くて終身労役、悪くて極刑に処されるだろう。いっそここで冥土に送った方が、武人の情けかもしれない。フローラは気に病むことないさ」
法王の代理であるフローラに刃を向けた時点で、敵兵の未来は閉ざされた。そう言ってシュバイツはロングソードを、ぶんと振り刀身に付いた血糊を払う。慈悲を乞うチャンスは、いくらでもあったろうにと憤りながら。
そこへゲッペルス隊を送り届けたグレイデルとラーニエが、城壁の上を通過していく。何故か二人ともくすくす笑っており、フローラもシュバイツも何かあったんだろうかと、顔を見合わせ首を捻る。
「桂林が、いえワイバーンがね、ラーニエ」
「面白いから見てみな、二人とも」
ほうほうと、城壁から内側を見下ろすフローラとシュバイツ。
「コケーココッコ! コカカ!!」
身体強化されたワイバーンの、走る脚の速いこと速いこと。まるでダチョウ並みだなと、シュバイツが思わず吹き出した。桂林もディフェンスシールドを展開しているから、敵兵は物理が効かず嘴で突かれ踏みつけられている。しかも彼女は逃げ惑う兵士を、ソーンウィップで捕らえ空中高く放り投げるというコンボ。
「手が付けられないって、こういうこと言うんだろうな」
「桂林ったら活き活きしてるわね」
「クロニクルライターはなんて書くだろう」
「翼竜に騎乗した聖女の大活躍、かしら」
後世の歴史学者がどう評価するだろうねと、二人ははにゃんと笑う。戦争の記録を書き残すのは、従軍司祭を兼ねるラーニエの仕事。彼女のことだから色々と、話を盛りそうな気がしないでもない。
やがて南門は攻略されザンギらによって開き、クラウスの号令で軍団がなだれ込んだ。他の三軍もお遊びを止め南門へ集結し突入、残存する敵兵力の掃討に当たった。明雫と樹里、キリアとグレイデルにラーニエも、市街戦に加わりコケッコと大暴れ。
フローラとシュバイツはそのままぐるりと一周し、城壁上にいる敵兵をフレイムアナコンダと剣技で一掃していった。こうして首都サウロスは、一日も待たずフローラ軍によって制圧されたのだ。
「首都が陥落しただと! グラハムよ」
「はい皇子、連合軍は時を待たずして、このエンペス城に到達するでしょう。もはやこれまでですな」
「ちょっと待て、余に魔物を貸してくれ」
「これまでと言ったはずですが」
ここはエンペス城の皇帝執務室。グラハムは悪しき選帝侯のひとりで、皇子グレゴを見る目は冷ややかであった。
戴冠式で法王から皇帝冠を授かってこそ、帝国では皇帝と認められる。フローラとクラウスにマリエラの暗殺が、ことごとく失敗した以上グレゴに皇帝の芽は潰えていた。
グラハムにとって意のままに動く傀儡政権を、樹立する計画は挫頓したのである。皇子と皇帝領はもう無用の長物でしかなく、彼は潮時とばかりに席を立つ。袖にすがりつく情けないグレゴを振り払い、彼は瞬間転移の門へ入り姿を消したのだ。
「皇子! ローレン王国軍が城を包囲し始めました!!」
「和睦の準備を、近衛隊長」
「は? 法王の名代が白旗を認めないと、宣言したではありませんか」
「まさか本気ではあるまい、余は死ぬのは嫌だ」
甘いなと、近衛隊長は自決を覚悟した。例え嫡子であっても、皇帝の紋章印を勝手に使えば死罪を免れない。だからローレン女王は白旗を認めないと宣言したわけで、攻城戦を始める前、離宮を攻める前、チャンスはいくらでもあったのだ。近衛隊長は直参として何度も諫めたのだが、グレゴは皇帝の座に目が眩み耳を貸さなかった。
「ごめんつかまつる!」
「なな、剣を抜いて余を害すると言うか、近衛隊長!」
「私も直ぐに参ります、冥土で代々の陛下へ一緒に詫びましょうぞ」
「待て! 待て! 余は死にとうない!!」
「往生際が悪いですぞ、ご覚悟めされよ」
悪しき魔物信仰の徒に踊らされたと釈明すれば、情状酌量の余地はあったかもしれない。だがフローラに刃を向けた以上はもう遅い、三代続いた王朝の血筋は自らの臣下により、ここで途絶えることになる。
「皇帝の紋章印をはめていたわけですね、クラウス候」
「そう、遺体の右手人差し指にな、マリエラ候。皇帝陛下が病死した後、グレゴは選帝侯会議を経ずして皇帝になろうとした。悪しき魔物信仰の徒が、その野心に付け込んだわけだ」
戦いが終われば死者に敵も味方もなく、フローラは丁重に埋葬するよう軍団に命じていた。ラーニエことシルビィが紡ぐ、死者への祈りが聞こえて来る。
皇帝の崩御が明るみになった以上、いよいよ選帝侯会議の開催だ。正念場だとクラウスとマリエラは頷き合い、解禁されたぶどう酒の杯をこんとぶつけ合うのだった。