表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/194

第97話 間接民主制と衆愚政治

 ここは法王庁、パウロⅢ世の執務室。フローラとシュバイツが訪れており、ラムゼイ枢機卿も同席していた。キリアと三人娘も一緒に来ているが、買い出しのため後で合流することになっている。


「スペルはアクセスで良いのだな? フローラよ」

「はい法王さま、話したい相手の顔を思い浮かべながら、唱えて下さい」


 テーブルに置かれているのは、ぱかっと開く丸い手鏡だ。フローラがアクセスと唱え鏡面をタップすると、パウロに渡した手鏡がぷるぷると振動した。開くとそこにフローラが映っており、パウロもラムゼイもまさかと目を剥く。


「通信用の魔道具か、これを私とパウロさまに? フローラさま」

「物理と四属性魔法の通用しない魔物が現れたものですから、お二人が心配で」

「それはお気遣い痛み入る、ときにこれは誰でも使えるのでしょうか」

「それがですね、ラムゼイさま、緑以上のルキア持ちでないと動かせないのです。軍団でも試したのですが、扱えたのはシルビィだけでした」


 つまり聖女と高位聖職者の限定になるんだなと、パウロとラムゼイは顔を見合わせ頷き合う。鏡はフローラの不安を感じ取ったミドガルズオルムが、目を覚まし彼女へ製法を伝授したもの。こんなことが出来るのはフローラが、古代竜の魂を身に宿しているからだ。


 尚これで伝書鳩の拠点は、不要になるかと言えばさに非ず。鏡を操作できる者が少ない上に、公式文書は紋章印の押された書簡でなければいけない。精霊界出身の鳩さんはこれからも、郵便屋として大いに活躍することとなる。 


「ガラスではなく、金属の鏡面仕上げなのだな」

「はい法王さま、ガラスは割れますから。贈り物としては縁起が悪いでしょ」

「わはは、昔から割れると関係にひびが入る、そんな言い伝えがあるからな。フローラも縁起を担ぐことがあるとは、意外というか新鮮な驚きだ」


 目尻に皺を寄せるパウロへ、あら割りと気にする方ですよとフローラは笑う。

 余談だけど使えないのがよっぽど悔しかったらしく、ジャンとヤレルにメアリが、緑のルキアを取得しようと猛勉強し始めた。それに感化されたのかメイドたちと糧食チームにも、ルキアを覚えようって気運が高まっていたりして。シルビィがまずはぺらぺらの薄い本、赤のルキアからよと配布している。


 そこへ派遣している糧食隊員がワゴンを運び入れ、お茶と茶菓子の用意を始めた。壁際に控えていたアリーゼが待ってたわよと、彼女に紙束を手渡した。新作料理のレシピ集で、三人娘から頼まれたのだ。ラビス王国とネーデル王国の領事館へ派遣された隊員には、今頃キリアが届けているだろう。


 うわありがとうございますと、隊員の顔がぱっと輝いた。心待ちにしていたようで、今すぐ炊事場へ行って作りたそうな勢いだ。料理とお菓子の種類が増えるのですねと、控えているシスターたちもにっこにこ。


「今日はこのまま、とんぼ返りなのかね? シュバイツ候」

「できればゆっくりしたいんだけどな、ラムゼイ枢機卿。敵さんが今度は何をしてくるか、予断を許さない状況なんで」

「それは残念だ、ならばひとつだけ聞かせて欲しいことがある」

「何だい? 急に改まって」

「君たちは今後の王政が、どうあるべきと思っているのだろう」


 けっこうディープな問いで、法王の瞳が刃のように光ったのを、フローラは見逃さなかった。帝国のみならず大陸全土に関わる、法と秩序の問題だ。聖職者としては聞いておかねばならない、そんなところなんだろう。

 この件に関してフローラとシュバイツは、クラウスとマリエラも交え何度も話し合っている。まだ理想の域を出ていないが、実現可能だと気持ちは一致していた。


「私たちは間接民主制を導入したいと思っております、法王さま」

「領民の代表者からなる議会に、国の舵取りを任せるのかね? フローラよ」

「内政に関しては、それでよろしいかと。市民の代表による下院が法案を作り、貴族の代表からなる上院が審議する」


 それが国策に適う法案であれば、上院が国王に提出し裁可を仰ぐんだと、シュバイツがティーカップを手にした。もちろん王に拒否権はあるけれど、乱発すれば国民からそっぽを向かれるだろうと紅茶をすする。


「王は外交と軍事に専念し、お財布を握っていればよいのです」

「なるほどな、専横を極める君主にはならん仕組か、できそうかねフローラ」

「現時点では無理ですね、法王さま」

「嫌がる王侯貴族は多いだろうしな、難しいか」


 いいえそうではありませんと、フローラは首を横に振る。嫌がる奴は捻じ伏せればいいだけと、シュバイツが強気発言。では何が問題なのかねと、ラムゼイがチーズケーキにフォークを入れた。


「ローレン王国ならば実現可能ですが、問題は領民側の意識なのです。そうよねシュバイツ」

「農民が畑で野菜を無人販売しても、代金を置かず野菜を持っていく者はいない。道端に止めた荷馬車を、荷物だけでなく馬ごと盗むやつもいない。ローレン王国はさ、性善説が通じる国なんだよな、フローラ」


 他の国ではそうも行かないとシュバイツは腕を組み、全くその通りですとアリーゼが同意を示した。農民の無人販売が成立するのは、ローレン王国と法王領くらいなものでしょうと。そして悪事を働くのが山賊とか強盗団ならまだしも、一般市民がやらかすのですと彼女はため息をつく。


「衆愚政治に陥るだろうな、ラムゼイよ」

「確かに性善説が通用しない国々では、機能しませんねパウロさま」


 信仰心と道徳心を失った者が世にはびこる、それが終末なのだと法王もラムゼイも肩を落とした。例え議会制を導入しても、代表らは国民を向いて政治を行わない。自らの保身と派閥のために暗躍し、議会の意思決定を停滞させる。

 それが衆愚政治であり誰も望まない法案、実現可能か怪しい法案、特定の者を利する法案、そんなもんがまかり通ってしまうだろう。選挙では美辞麗句を並べもっともらしいことを言い、金の力で票を買い利己のために議会を牛耳る。


「歴史を見れば明らかだ、極論だけど恐怖政治だろうと独裁政治だろうと、認めたくはないが現状はその方がマシさ」


 これから俺たちがやろうとしているのは、信仰心を取り戻す戦いだとシュバイツは言う。悪しき三人の選帝侯を粛正するのは、その序章に過ぎないのだと。


「シュバイツは皇帝となり、力の象徴であるべき。そして法王さまは、信仰を堅持する法の象徴です」

「すると大聖女であるフローラは、どんな立ち位置となるのかね」

「私は法と力のバランスを保つ、世界の天秤となります、法王さま」


 法で秩序を構築するのも、力で秩序を構築するのも、民衆を支配することに変わりはない。大聖女が希求するのはどちらにも偏らず、信仰に満ちあふれる新たな千年王国なのだ。法典を尊び必要とあらば武力行使も辞さない、均衡が大聖女の象徴となるのだろう。


「キリアさま、枝豆がこんなにいっぱい」

「これは買いね明雫、酒飲みが喜んじゃうだろうけど」

「キリアさま、ニンニクがごろごろです」

「樹里、買っておしまいなさい」

「あいあいさー!」


 桂林はと言えば食肉エリアを物色しており、豚の赤身肉を大量に仕入れるもよう。

 はて今夜は何が出るんだろうと、護衛の男衆は予想するのが日課となっていた。出てからのお楽しみだから聞かないし、三人娘も敢えて話さないのがお約束。


「むはあ、ニンニクが効いた肉餃子、白米がすすむわねスワン」

「副菜のキムチとニラの卵とじも、良い仕事してますねラーニエさま」

「半ラーメンが付いた餃子定食、美味い美味い」


 餃子と言えば酢醤油とラー油だが、三人娘は岩塩もお勧めですと話していた。ならばと呑兵衛の二人は、餃子を岩塩にちょんちょん付けてぱくり。ああこれ酒の肴だわと、意見の一致をみるのである。


「あれ……サキュバス食べないのかい?」

「餃子とキムチは、二人にあげるわ」

「もしかして嫌いとか」

「嫌いと言うより生理的に受け付けないのよ、ラーニエ」


 箸で餃子を摘み、ほれほれと突き出すラーニエ。同じくキムチを摘まんでずずいと向けるスワン。あんたらねと顔をしかめながら、ふよふよと逃げる魔族のサキュバス姉さん。


「ニンニクを食べるのって、精霊と人間くらいなのよスワン」

「そうなの? サキュバス」

「太古の昔から人間は魔除けとして、ニンニクを玄関や室内にぶら下げる習慣があるでしょう」


 言われてみれば確かにと、ラーニエとスワンは箸で摘まんだそれを口に運ぶ。土を掘り返し根菜類を食べる豚や猪でさえ、ニンニクは忌み嫌い口にしようとしない。考えてみればダーシュのご飯も、三人娘は中毒を起こすからと、ネギ類は一切使わないと二人は思い出す。


「魔王クラスになれば克服するけど、ニンニクは基本的に体が受け付けないのよ」

「そこにすり下ろしニンニクの瓶があるけど、サキュバス」

「私に喧嘩売ってる? ラーニエ。視界に収めたくもないわ匂いも嫌なの放っといてちょうだい」


 ニンニク醤油で食す餃子もまた美味しいのだが、それもサキュバスはだめっぽい。だが彼女が大魔王ルシフェルから与えられた任務は、人間界のお料理を覚えて来ることだ。それじゃお話にならないでしょうと、再び箸で肉餃子を摘まむお二人さん。


「うりうり」

「せめてひとくちだけでも、サキュバス」

「あーれー」


 ふよふよと逃げ回るサキュバスと、餃子を手に追いかけ回すラーニエとスワン。あの三人は何をやってるんだろうと呆れる、ジャンとヤレルにゲオルク、そしてケバブにディアスとリーベルト。


「本当に苦手なのかな、ヤレル」

「霊的な弱点とか? ジャン」

「いやそんなことないよ、二人とも」

「ほう、どういう事かねケバブ」

「彼女は桂林と明雫に樹里の策略で、知らず知らずのうちに食べてますよ、ゲオルク先生。苦手意識が数千年単位で、擦り込まれてるだけじゃないかな」


 お料理に忍ばせニンニクを、魔族に食べさせてるのかと、思わず笑っちゃう救護テントの面々。そう言えば麻婆豆腐は食べてましたねとディアスが、ニンニクの匂いがだめなんでしょうねとリーベルトが、半ラーメンをちゅるちゅるすする。


「ゲオルク助けて! 二人がいじめるのぉ」


 涙目のサキュバスがゲオルクの背中に隠れ、あの二人なんとかしてと庇護を求めてきた。風景と同化すれば逃げられるはずだが、何故か彼女はゲオルクを頼ったのだ。これは純粋に彼を慕っているのか、はたまた裏がある計略の一環なのか、誰も知るよしはなかった。


 そのころ女王テントを、ズルニ派の親分ザンギが報告に訪れていた。自警団及び聖堂騎士団との調整はうまくいったらしく、いよいよ首都サウロスへ侵攻となる。好む好まないに関わらず、戦いの幕は切って落とされようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ