↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/198

第93話 狂鳥の襲来

 行事用テントから三人娘の、きゃいきゃい燥《はしゃ》ぐ声が聞こえてくる。何事かしらとようすを見に来たフローラとグレイデルだが、どうやら製麺機が完成したっぽい。しかも何と、そば麺とうどん麺に中華麺の三種類だ。


 鍛冶職人らが麺の太さを調整する、ハンドル操作の説明をしている。糧食チームのみならず、最近は調理に参加しているお針子チームも、使い方を覚えようと真剣な眼差しでメモを取っていた。


 その職人たちだが、やつれて見えるのは気のせいであろうか。なんど試作を繰り返したか覚えておらず、いや思い出したくないのが本音なのかも。三人娘の要求する仕様が思いのほか高く、木工職人や石切職人も巻き込んで、ようやく完成の運びとなった次第。


「フローラさま、軍団の糧食事情が大きく変わりますよ」

「ほうほう、それはどんな風に? 桂林」

「そばとうどんは、事前に茹でておきます」

「うん」

「提供するときは、それを茹でザルに入れて、お湯でゆがくだけ」

「うんうん」

「丼に移して温めてあるつゆをかけて」

「うんうんうん」

「両手の指を数え折る前に出せるんです」

「お、おおう」


 待ち時間がほとんどないのよねと、明雫も樹里もきゃはっと笑う。

 三人娘によれば予め、天ぷらやお揚げに天かすといった、トッピングを選べるようにすると言う。加えて刻みネギも用意しておけば、自分好みでカスタマイズできるって寸法だ。


 手打ちだと全軍に提供できず、専らまかないになっていた麺料理。フローラとグレイデルもご相伴に預かったことは何度もあり、その美味しさはよく知っている。となればラーメンはどうするのか、そっちも気になるところ。


「ラーメンはどんな運用を? 明雫」

「スープの仕込みには時間がかかるものもあります、グレイデルさま」

「うん」

「毎日すべての種類は難しいので」

「うんうん」

「醤油、味噌、塩、とんこつ、ちゃんぽん、担々と、日替わりにしようかなって」


 それは名案ねと、ぽんと手を叩くフローラとグレイデル。実は二人とも、ラーメンは総じて好きだったりして。特に野菜ましましの味噌ラーメンと、担々麺は大のお気に入り。

 野営では麺料理を常設する、それが三人娘の運営方針らしい。ぜひおやりなさいと明雫の両肩を、グレイデルはがっしと掴む。通常の献立に麺料理の選択肢が増え、兵士たちもさぞや喜ぶことでしょうと。


 テントの前ではキリアが、製麺機いくらで売れるかしらと、そろばんを弾いているのはご愛敬。実家がパン屋とか製粉業を営んでいる糧食メンバーもおり、販売するなら買いますよと予約を入れてたりして。

 フローラが販売の許可を出すかどうかだが、そこはキリアのこと、口八丁手八丁で口説くのだろう。蕎麦粉と小麦粉の流通に加え相場を活性化させ、レシピが普及すれば経済効果は計り知れない。これは面白いことになるわねと、彼女は商人らしくほくそ笑むのである。


 ――その深夜。


 交代した歩哨の兵士たちが、行事用テントに集まっていた。いつもはテーブルにおにぎりが並んでいるのだけれど、今宵はちょいとようすが違う。三人娘から説明は受けていたので、好みでそばかうどんかを選び、兵士らは茹でザルでさっとゆがく。


「蕎麦つゆは茶色っぽいのに、うどんつゆはほぼ透明だな」

「薄味かと思ったら、うどんつゆもしっかり味がついてるぞ、こりゃあ美味い」

「二人とも、刻みネギ忘れてるぜ」


 おっといけないと、ネギをトッピングして彼らは悩む。他に生卵と天かすにお揚げも用意されているからで、つまり月見とたぬきにきつねである。


「全部のせオッケーと紙に書いてあるが、いいんだよな?」

「この筆跡は桂林殿だから、間違いないだろう」


 ならば遠慮無くと、兵士らはそそくさと丼へ盛る。

 おにぎりは従来通りで具材はランダム、当たりだ外れだと言い合いながら、それ自体も楽しむ兵士たち。麺をすすりおにぎりを頬張り、つゆを飲んでほっと息を吐く。夜間の歩哨をしていると、温かい汁物は胃袋に染み渡るのだ。


「間もなく首都サウロスだが、今のところ行軍の妨害は無いな」

「八千の軍勢を失ったんだ、何かあるとすれば魔物だろう」

「ひとつ目の巨人、あれは勘弁して欲しいもんだ」

「目と言えばみんな、俺がおかしいのかな? 月に黒点が見えるんだが」


 何だそりゃと、満月を見上げる兵士たち。だが確かに黒い点があり、徐々に大きくなっていくではないか。やがてばっさばっさと羽ばたきながら、魔物が月を背に接近していると慌てだす。歩哨に立つ時はいつも首にかけている、警笛を吹き鳴らす兵士たち。うち数名が銅鑼へ駆け寄り、総員戦闘用意の合図を轟かせた。


「ライオンの頭に鷲の体か、どんな魔物だろうな、ヴォルフ」

「でかいなシュバイツ……いやシュバエルの方がいいか?」


 女装の時はシュバエルで頼むと、望遠鏡を覗きながら笑みを浮かべるドレス姿の男子。破ったらただでは済みませんと、睨むお針子チームの目がちょっと怖い。フローラのおねだりを聞いてあげたのねと、グレイデルがによによしている。


「はーい、首脳陣と隊長たちは集まって」


 サキュバスが甘ったるい声で集合をかけ、何だろうと集うフローラたち。普段は風景に同化しているので、姿を見せた時はすっぽんぽん。衣服を身にまとって下さいとキリアが猛抗議し、あーはいはいとハイレグレオタードを展開する魔界の居候さん。

 どうもこの人はセネラデと一緒で、全裸には無頓着と言うか、羞恥心というものが無いのだろう。スペード型をした尻尾の先っちょで、そう怒りなさんなと、キリアの頭をぺちぺち叩く。


「あの魔物はね、アンズーって言うのよ、フローラ」

「どんなタイプなのかしら、サキュバス」

「本来は神々の使いなんだけど、悪しく敬えばただの狂った鳥ね。風の魔物で風属性魔法に、デュアルシールドを使うわよ」


 ここに来て初めて、魔法を使う魔物のご登場だ。しかも物理と魔法を無効化する、スキル持ちとは恐れ入る。隊長たちがどうやって戦えばと、顔色を変えサキュバスに詰め寄った。


 するとサキュバスはあら怖いと笑い、ふよふよと浮き上がった。そして彼女は傍で話を聞いていた、ゲオルクの肩にふわりと乗ったのだ。ぱっと見は肩車してるような感じだが、たぶん体重は彼にかかっていないのだろう。やれやれまたかと、ゲオルクがその太ももに手を添える。

 精気を吸えそうもない高齢者のはずなんだけれど、サキュバスはゲオルクを気に入ってるみたいだ。三人娘が調理をしていない時は、ほとんど救護テントに押しかけているらしい。


「人間にも属性はあるのよ。犠牲となった人間で四属性揃えば、シールドを使える魔物も召喚できるの。ただし回復魔法は神々の領分だから、堕落した魔物に使うことは出来ないわ。フローラはもう、頭の中に戦術が思い付いてるのではなくて?」

「そうねサキュバス、私とグレイデルでデュアルシールドの重ねがけ。私がディスペルでアンズーのシールドを無効化するから、そこへ飛び道具のメンバーで一斉攻撃」

「ご明察、ともかく疲弊させて、地面に降ろすの。そこからは騎馬隊と重装隊の出番よ、フローラはディスペルでとことん魔法の邪魔をすること」


 そうと決まれば話しは早いと、隊長たちが配下の元へ散っていく。

 フローラとグレイデルがシールドを展開し、弓隊とラーニエ隊が夜空を睨む。大きさはひとつ目の巨人ほどもあるだろうか。月明かりを遮り闇の影が、野営地を覆い尽くしていく。


 敵さんが真っ先に仕掛けてきたのは、竜巻のトルネードだった。暴風が魔法シールドにダメージを与え、更に鉤爪の生えた脚も物理シールドの、耐久をがしがし削っていくのが分かる。


「ドゥワアー!」

「鳥のくせに咆哮はライオンかい紛らわしい、なあデュナミス隊長」

「激しく同意だな、ラーニエ。そっちは準備いいか? アーロン」

「いつでも行けるぞ」

「フローラさま! やっちゃって!!」


 ラーニエの合図に、よっしゃと扇を手のひらでくるくる回すフローラ。顔を狙うべく、弓隊が矢を番え引き絞る。翼を狙うべく、ラーニエ隊もブーメランを構えた。


「ディスペル!」

「ゴガ? ゴガガ」


 シールドが消えた途端にアンズーへ、矢とブーメランが殺到する。

 それだけではない、三人娘が地属性の力で岩を放り投げていた。あれだけ図体がでかいと、てきとーに放ってもどこかに当たるのだ。そんな三人の足下に、軽装隊がえっさほいさと、リレーで手頃な岩を集めている。


「グルルルル、ドゥワ……」

「ディスペル!」

「ゴガガガガ……」

「ディスペル!」


 魔法を発動するスペルと、それを妨害するスペルの応酬。妨害できるのはフローラの方が、魔力に於いてランクが数段格上だから。四属性の上位精霊と二霊聖、そして霊鳥と古代竜の加護を、舐めちゃいけません。


 やがて耐えきれなくなったのか、アンズーが地上に降下してきた。顔は針鼠のように矢が刺さり、翼はブーメランで切り刻まれぼろぼろ。やっと俺たちの出番だなと、騎馬隊に重装隊が盾と武器を構え隊列を組む。


 恋人を魔人化すれば、手っ取り早いのかも知れない。だが敵の首都を目前にして、軍団が聖女や魔人の眠りで足止めを食うのは、正直避けたいところ。

 力を発揮して欲しいのはここじゃない、フローラ軍はそのためにある。そんな思いと誇りが、兵士たちにはあるのだ。かかれとゲルハルトが、潰せとアレスにコーギンが、配下に檄を飛ばし怒涛のように群がっていく。


 “百獣の王ライオンでも、蟻の大群には命を落とす”


「灰化するのにえらい時間がかかったな、シュバエル」

「思うんだがな、ヴォルフ」

「おう」

「鶏の解体方法でやってれば、もっと早かったんじゃないかと」


 言われてみれば確かにと、隊長たちもぽんと手を打つ。首の骨が硬くて頭を落とせず、胸が厚くて心臓に槍が届かず、そこからしっちゃかめっちゃか。通常武器で腹を割けなかったから、致命傷にならず灰化に時間を要したのだ。


「もも、手羽、胸、ささみ、ぼんじりってさ、切り分けていけばいいんだよ」

「もはや料理だな、シュバエル」

「あはは、そうかも知れないな、ヴォルフ」

「何にしても次はもっと早く処理しないと、複数体で来られたら効率が悪いな、ゲルハルト卿」

「対人戦のみならず、対魔物戦の軍事教練も必要ですな、クラウス候」


 空いてる行事用テントで反省会を開く首脳陣と隊長たちへ、お夜食ですと糧食チームが丼を並べていった。本当は明日の朝に出すはずだった、鶏そぼろ丼と白菜スープである。鶏そぼろの茶色と卵そぼろの黄色に桜でんぶのピンク、そこに三つ葉があしらわれ見た目も美しい。


 目が冴えてしまい体を動かしたから、兵士たちは小腹が空いていた。麺類の登場で朝は何とでもなるからと、三人娘が大盤振る舞いのフローラ軍である。まず目指すは離宮よと、鶏そぼろ丼を七味唐辛子で、真っ赤にする大聖女さまであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。