第93話 狂鳥の襲来
行事用テントから三人娘の、きゃいきゃい燥ぐ声が聞こえてくる。何事かしらとようすを見に来たフローラとグレイデルだが、どうやら製麺機が完成したっぽい。しかも何と、そば麺とうどん麺に中華麺の三種類だ。
鍛冶職人らが麺の太さを調整する、ハンドル操作の説明をしている。糧食チームのみならず、最近は調理に参加しているお針子チームも、使い方を覚えようと真剣な眼差しでメモを取っていた。
その職人たちだが、やつれて見えるのは気のせいであろうか。なんど試作を繰り返したか覚えておらず、いや思い出したくないのが本音なのかも。三人娘の要求する仕様が思いのほか高く、木工職人や石切職人も巻き込んで、ようやく完成の運びとなった次第。
「フローラさま、軍団の糧食事情が大きく変わりますよ」
「ほうほう、それはどんな風に? 桂林」
「そばとうどんは、事前に茹でておきます」
「うん」
「提供するときは、それを茹でザルに入れて、お湯でゆがくだけ」
「うんうん」
「丼に移して温めてあるつゆをかけて」
「うんうんうん」
「両手の指を数え折る前に出せるんです」
「お、おおう」
待ち時間がほとんどないのよねと、明雫も樹里もきゃはっと笑う。
三人娘によれば予め、天ぷらやお揚げに天かすといった、トッピングを選べるようにすると言う。加えて刻みネギも用意しておけば、自分好みでカスタマイズできるって寸法だ。
手打ちだと全軍に提供できず、専らまかないになっていた麺料理。フローラとグレイデルもご相伴に預かったことは何度もあり、その美味しさはよく知っている。となればラーメンはどうするのか、そっちも気になるところ。
「ラーメンはどんな運用を? 明雫」
「スープの仕込みには時間がかかるものもあります、グレイデルさま」
「うん」
「毎日すべての種類は難しいので」
「うんうん」
「醤油、味噌、塩、とんこつ、ちゃんぽん、担々と、日替わりにしようかなって」
それは名案ねと、ぽんと手を叩くフローラとグレイデル。実は二人とも、ラーメンは総じて好きだったりして。特に野菜ましましの味噌ラーメンと、担々麺は大のお気に入り。
野営では麺料理を常設する、それが三人娘の運営方針らしい。ぜひおやりなさいと明雫の両肩を、グレイデルはがっしと掴む。通常の献立に麺料理の選択肢が増え、兵士たちもさぞや喜ぶことでしょうと。
テントの前ではキリアが、製麺機いくらで売れるかしらと、そろばんを弾いているのはご愛敬。実家がパン屋とか製粉業を営んでいる糧食メンバーもおり、販売するなら買いますよと予約を入れてたりして。
フローラが販売の許可を出すかどうかだが、そこはキリアのこと、口八丁手八丁で口説くのだろう。蕎麦粉と小麦粉の流通に加え相場を活性化させ、レシピが普及すれば経済効果は計り知れない。これは面白いことになるわねと、彼女は商人らしくほくそ笑むのである。
――その深夜。
交代した歩哨の兵士たちが、行事用テントに集まっていた。いつもはテーブルにおにぎりが並んでいるのだけれど、今宵はちょいとようすが違う。三人娘から説明は受けていたので、好みでそばかうどんかを選び、兵士らは茹でザルでさっとゆがく。
「蕎麦つゆは茶色っぽいのに、うどんつゆはほぼ透明だな」
「薄味かと思ったら、うどんつゆもしっかり味がついてるぞ、こりゃあ美味い」
「二人とも、刻みネギ忘れてるぜ」
おっといけないと、ネギをトッピングして彼らは悩む。他に生卵と天かすにお揚げも用意されているからで、つまり月見とたぬきにきつねである。
「全部のせオッケーと紙に書いてあるが、いいんだよな?」
「この筆跡は桂林殿だから、間違いないだろう」
ならば遠慮無くと、兵士らはそそくさと丼へ盛る。
おにぎりは従来通りで具材はランダム、当たりだ外れだと言い合いながら、それ自体も楽しむ兵士たち。麺をすすりおにぎりを頬張り、つゆを飲んでほっと息を吐く。夜間の歩哨をしていると、温かい汁物は胃袋に染み渡るのだ。
「間もなく首都サウロスだが、今のところ行軍の妨害は無いな」
「八千の軍勢を失ったんだ、何かあるとすれば魔物だろう」
「ひとつ目の巨人、あれは勘弁して欲しいもんだ」
「目と言えばみんな、俺がおかしいのかな? 月に黒点が見えるんだが」
何だそりゃと、満月を見上げる兵士たち。だが確かに黒い点があり、徐々に大きくなっていくではないか。やがてばっさばっさと羽ばたきながら、魔物が月を背に接近していると慌てだす。歩哨に立つ時はいつも首にかけている、警笛を吹き鳴らす兵士たち。うち数名が銅鑼へ駆け寄り、総員戦闘用意の合図を轟かせた。
「ライオンの頭に鷲の体か、どんな魔物だろうな、ヴォルフ」
「でかいなシュバイツ……いやシュバエルの方がいいか?」
女装の時はシュバエルで頼むと、望遠鏡を覗きながら笑みを浮かべるドレス姿の男子。破ったらただでは済みませんと、睨むお針子チームの目がちょっと怖い。フローラのおねだりを聞いてあげたのねと、グレイデルがによによしている。
「はーい、首脳陣と隊長たちは集まって」
サキュバスが甘ったるい声で集合をかけ、何だろうと集うフローラたち。普段は風景に同化しているので、姿を見せた時はすっぽんぽん。衣服を身にまとって下さいとキリアが猛抗議し、あーはいはいとハイレグレオタードを展開する魔界の居候さん。
どうもこの人はセネラデと一緒で、全裸には無頓着と言うか、羞恥心というものが無いのだろう。スペード型をした尻尾の先っちょで、そう怒りなさんなと、キリアの頭をぺちぺち叩く。
「あの魔物はね、アンズーって言うのよ、フローラ」
「どんなタイプなのかしら、サキュバス」
「本来は神々の使いなんだけど、悪しく敬えばただの狂った鳥ね。風の魔物で風属性魔法に、デュアルシールドを使うわよ」
ここに来て初めて、魔法を使う魔物のご登場だ。しかも物理と魔法を無効化する、スキル持ちとは恐れ入る。隊長たちがどうやって戦えばと、顔色を変えサキュバスに詰め寄った。
するとサキュバスはあら怖いと笑い、ふよふよと浮き上がった。そして彼女は傍で話を聞いていた、ゲオルクの肩にふわりと乗ったのだ。ぱっと見は肩車してるような感じだが、たぶん体重は彼にかかっていないのだろう。やれやれまたかと、ゲオルクがその太ももに手を添える。
精気を吸えそうもない高齢者のはずなんだけれど、サキュバスはゲオルクを気に入ってるみたいだ。三人娘が調理をしていない時は、ほとんど救護テントに押しかけているらしい。
「人間にも属性はあるのよ。犠牲となった人間で四属性揃えば、シールドを使える魔物も召喚できるの。ただし回復魔法は神々の領分だから、堕落した魔物に使うことは出来ないわ。フローラはもう、頭の中に戦術が思い付いてるのではなくて?」
「そうねサキュバス、私とグレイデルでデュアルシールドの重ねがけ。私がディスペルでアンズーのシールドを無効化するから、そこへ飛び道具のメンバーで一斉攻撃」
「ご明察、ともかく疲弊させて、地面に降ろすの。そこからは騎馬隊と重装隊の出番よ、フローラはディスペルでとことん魔法の邪魔をすること」
そうと決まれば話しは早いと、隊長たちが配下の元へ散っていく。
フローラとグレイデルがシールドを展開し、弓隊とラーニエ隊が夜空を睨む。大きさはひとつ目の巨人ほどもあるだろうか。月明かりを遮り闇の影が、野営地を覆い尽くしていく。
敵さんが真っ先に仕掛けてきたのは、竜巻のトルネードだった。暴風が魔法シールドにダメージを与え、更に鉤爪の生えた脚も物理シールドの、耐久をがしがし削っていくのが分かる。
「ドゥワアー!」
「鳥のくせに咆哮はライオンかい紛らわしい、なあデュナミス隊長」
「激しく同意だな、ラーニエ。そっちは準備いいか? アーロン」
「いつでも行けるぞ」
「フローラさま! やっちゃって!!」
ラーニエの合図に、よっしゃと扇を手のひらでくるくる回すフローラ。顔を狙うべく、弓隊が矢を番え引き絞る。翼を狙うべく、ラーニエ隊もブーメランを構えた。
「ディスペル!」
「ゴガ? ゴガガ」
シールドが消えた途端にアンズーへ、矢とブーメランが殺到する。
それだけではない、三人娘が地属性の力で岩を放り投げていた。あれだけ図体がでかいと、てきとーに放ってもどこかに当たるのだ。そんな三人の足下に、軽装隊がえっさほいさと、リレーで手頃な岩を集めている。
「グルルルル、ドゥワ……」
「ディスペル!」
「ゴガガガガ……」
「ディスペル!」
魔法を発動するスペルと、それを妨害するスペルの応酬。妨害できるのはフローラの方が、魔力に於いてランクが数段格上だから。四属性の上位精霊と二霊聖、そして霊鳥と古代竜の加護を、舐めちゃいけません。
やがて耐えきれなくなったのか、アンズーが地上に降下してきた。顔は針鼠のように矢が刺さり、翼はブーメランで切り刻まれぼろぼろ。やっと俺たちの出番だなと、騎馬隊に重装隊が盾と武器を構え隊列を組む。
恋人を魔人化すれば、手っ取り早いのかも知れない。だが敵の首都を目前にして、軍団が聖女や魔人の眠りで足止めを食うのは、正直避けたいところ。
力を発揮して欲しいのはここじゃない、フローラ軍はそのためにある。そんな思いと誇りが、兵士たちにはあるのだ。かかれとゲルハルトが、潰せとアレスにコーギンが、配下に檄を飛ばし怒涛のように群がっていく。
“百獣の王ライオンでも、蟻の大群には命を落とす”
「灰化するのにえらい時間がかかったな、シュバエル」
「思うんだがな、ヴォルフ」
「おう」
「鶏の解体方法でやってれば、もっと早かったんじゃないかと」
言われてみれば確かにと、隊長たちもぽんと手を打つ。首の骨が硬くて頭を落とせず、胸が厚くて心臓に槍が届かず、そこからしっちゃかめっちゃか。通常武器で腹を割けなかったから、致命傷にならず灰化に時間を要したのだ。
「もも、手羽、胸、ささみ、ぼんじりってさ、切り分けていけばいいんだよ」
「もはや料理だな、シュバエル」
「あはは、そうかも知れないな、ヴォルフ」
「何にしても次はもっと早く処理しないと、複数体で来られたら効率が悪いな、ゲルハルト卿」
「対人戦のみならず、対魔物戦の軍事教練も必要ですな、クラウス候」
空いてる行事用テントで反省会を開く首脳陣と隊長たちへ、お夜食ですと糧食チームが丼を並べていった。本当は明日の朝に出すはずだった、鶏そぼろ丼と白菜スープである。鶏そぼろの茶色と卵そぼろの黄色に桜でんぶのピンク、そこに三つ葉があしらわれ見た目も美しい。
目が冴えてしまい体を動かしたから、兵士たちは小腹が空いていた。麺類の登場で朝は何とでもなるからと、三人娘が大盤振る舞いのフローラ軍である。まず目指すは離宮よと、鶏そぼろ丼を七味唐辛子で、真っ赤にする大聖女さまであった。




