表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第3部 法王領の光と闇
90/196

第90話 皇帝領ズルニ派の親分

 フローラ軍が国境でネーデル軍と別れ、皇帝領に入ったのは五日後のこと。回復魔法を使った兵士のリハビリと、矢の補充に保存食の備蓄が必要だったからだ。フローラとしては予定通りで、軍団は首都にある皇帝の主城を一路目指す。

 レインズ王も皇帝領へ同行することになり、先頭には各王の旗印と法王庁の旗印がたなびいている。当然ながら不戦のオレンジ旗は掲げておらず、るき満々のフローラ軍だ。もっとも八千の軍勢を潰された今、皇帝軍は鼻血も出ない状況だろうが。


「どうしたリーベルト、浮かぬ顔をして」

「俺どうして兵站所属なのかな、ゲオルク先生」


 森の街道を行軍する中、兵站の馬車に同乗したリーベルトが唇を尖らせた。両脇を騎乗で併走するシーフのジャンとヤレルが、それでふて腐れているのかと、ゲオルクと視線を交わし合う。馬車の手綱を握るキリアは何も言わず、御者台で隣に座るダーシュはもらったリンゴをしゃりしゃり頬張る。


 眠りから目覚めたフローラはアウグスタ城へ行き、ケイオス(執事長)から難民手形を発行してもらっていた。これでリーベルトはローレン王国の領民扱いとなり、正式なフローラ軍の一員となったわけだ。


「ヴォルフ伯は知っているだろう」

「ゲルハルトさまから紹介して頂きました。公爵令嬢グレイデルさまの、婚約者ですよね」

「そう、彼は少年時代、兵站部隊にいたんだ」

「ほんとですか?」

「よく聞けリーベルトよ、儀式で主君を持った騎士見習いともなれば、ただ強いだけじゃだめだ。軍団全体を把握する、管理能力が要求される」

「管理……能力」

「そう、食料と水は一日どれだけ必要か、合戦で矢はいくら準備すればいいか。兵站に配属したのは、それを肌で覚えて欲しいからだ。軍団を維持するのに誰がどんな仕事をしているか、よく見ておくんだよ」

「うん、分かったよゲオルク先生!」


 兵站に配属された理由を理解できたのか、ぱっと顔を輝かせるリーベルト。

 変にすれていない素直な男子に、キリアがふっと微笑んだような。こんなとき上手に導けるのは、やっぱり男同士なんだと分かっているからだろう。


「そう言えば最初は基礎体力を養うのに、アリーゼが面倒見るって話しだったな、ジャン」

「そうそう、でないと剣技も教えられないからってな、ヤレル」

「アリーゼさまって、ゲルハルトさまと結婚される方ですよね?」


 リーベルトの問いにそうだよと頷くシーフの二人だが、そこから先は何も言わないし言えるわけもない。ミーア派の暗殺者にして仕事人、アリーゼが考える基礎体力のボーダーが分からないのだから。

 野営地を全力で十周とジャンが、腕立て伏せと腹筋百回かなとヤレルが、足腰を鍛えるならヒンズースクワットだろうとゲオルクが、思念を飛ばし合う。それで済めばいいがなと、ダーシュが混ぜっ返しちゃった。


『ラーニエ隊の娼婦たち、ああ見えて身体能力はえらい高いからな』


 ダーシュだからこそ、筋肉の使い方や瞬発力がよく分かるのだ。特にブーメラン二刀流のアリーゼならば、推して知るべしと彼はリンゴを飲み込む。

 訓練が楽しみと上機嫌なリーベルトに、頑張れ骨は拾ってやると、生温かい目を向けるゲオルクにシーフの二人。ゲルハルト卿の従者になったんだから当然よと、キリアのばっさり切る思念が届いた。


「そうそう、リーベルト」

「はいキリア隊長」

「今後は訓練が終わったら、スワンのところへ行きなさい」

「パーラー・メイドの方ですよね、背が高くて綺麗な」


 現時点でリーベルトの身長が、スワンの胸辺りだろうか。背が高いのは間違っていないが、綺麗という形容動詞を彼は付けたのである。端正な顔立ちのスワンだけど、どっちかって言うと凜々しい姉御肌だ。

 ふうんとかへえとか、そんな思念が飛び交う。スワンに恋したのかとジャンが、でも蟒蛇うわばみだぜとヤレルが、時々ぶははと笑うがなってゲオルクが、それは言わないであげてとキリアが。


「あなたはスワンから宮廷作法と、執事教育を受ける事になってるの」

「うひっ!」

「うひじゃありません。騎士たるもの公式の場では王侯貴族と渡り合うことになります。時には腹芸も必要、その点に於いてスワンは良き先生になるわ」


 好きな人と一緒にいられる口実ができたじゃないかとは、言わないゲオルクとシーフの二人。後ろの馬車にいるケバブとディアスにシェリーが、四人と一匹の思念を聞いていたから、にやにやしてますがな。


 そのころ女王馬車では、フローラとシュバイツ、グレイデルにクラウスが、帝国地図を広げていた。法王領へ向かうときフローラ軍は、ネーデル王国の南端を一度通過している。縦に細長い国で北端が、皇帝領と国境を接しているのだ。


「中小国家がいくつか廃国になる以上は併合や割譲、お国替えによる整理は必至になるだろう。今のうちに青写真を作っておく必要があるぞ、シュバイツ」

「あそこがいい、こっちがいいと、言い出す王侯貴族がいっぱい出そうだな。頭が痛いよクラウス」


 プハルツのラビス王国は、国境を接していない飛び石の領地だ。レインズのネーデル王国に至っては、傘を広げたような形の国になってしまう。数十年計画になるだろうが、帝国に於ける国境線の引き直しは避けて通れない道だ。


「うむむむ」

「どうかしたのか? フローラ」

「お国替えでマリエラさまが、海に面した領地を要求しそうよ、シュバイツ」


 そうだろうなとシュバイツは、フローラが剥いてくれたナシを受け取る。あれだけ海鮮料理に慣れ親しんだら、もう戻れないだろうと笑いながら。ところがクラウスはそれだけじゃないぞと、真顔で人差し指を立てた。


「海水塩を自前で生産出来ることになる。あっさりお国替えに乗ったのは、それがあるからだろう。将来的には海岸線の領地を巡り、各国で争奪戦が起きることも覚悟せねばならん」


 あっちゃあと頭を抱えてしまうフローラとシュバイツに、まずは皇帝ですとグレイデルが釘を刺した。でないとこの二人、いつまで経っても結婚できない。たぶん皇帝はもう、生きていないのだろう。皇帝位の剥奪と皇帝領の廃国を法王が宣言する、これが大前提になるのだから。


 それにしてもとグレイデルは、窓の外に目をやり眉を曇らせる。村をいくつか通過したけれど、人の営みが全く感じられないからだ。オレンジ旗を掲げてないのもあるだろうが、生命を感じられず静かすぎて気味が悪いですとこぼす。


「失礼いたします、フローラさま」

「何かあったの? ヴォルフ」


 女王馬車の窓をこんこん叩いたヴォルフが言うには、街道の先に五十名ほどの集団がいるんだそうな。町人でも村人でもなく、皇帝軍でもないと彼は言う。どっちかって言うと山賊のような身なりで、武器を所持していると告げる。


「何の用向きか聞いてきてくれるかしら、気を付けてね」

「分かりました、ご心配なく」


 馬を前脚旋回ぜんしせんかいさせ駆け足で先頭へ戻るヴォルフに、グレイデルの精霊さん達がすいっと付いていった。何かあれば魔人化しちゃうだろうし、青龍が触媒の要らない特技で蹴散らすこともあり得る。フローラが窓から手を出し、後方の軍列に警戒態勢のハンドサインを送った。


「皇帝領ズルニ派の頭目、ザンギと申します、お見知りおきを。ラムゼイさまから協力するようにと仰せつかりました、ローレンの聖女よ」

「それは大義、よろしくお願いしますね、ザンギ」


 騎馬隊にロングボウ(大弓)と矢筒に剣を預け、フローラの前でひざまずいたザンギが、彼女を見上げ眩しそうな目をした。実はこの男こそ奇襲をかけようとして、大聖女の賛美歌を聞き、決行を断念するに至った人物なのだ。彼の配下も同様で、素直に武器を騎馬隊に預けていた。


「早速だけどこの先に、野営地として相応しい場所はあるかしら。できれば川や湖の近くが良いのだけど」

「街道から少し逸れますが、川沿いの草地がございます。ところで、そこにいる生き物はいったい……」

「あはは、害はないから気にしないで」

「こけっ」


 では案内を頼みますと、にっこり微笑む大聖女さま。地図があると言っても大雑把で、野営できる開けた場所は、現地で行き当たりばったりなのだ。そんなとき土地勘のある者がいると、何かと都合が良いのである。


「これが野菜カレー、こっちがチキンカレー、そちらはキーマカレーね、ザンギ殿。このナンをちぎって、カレーに付けて食べるのよ」

「スワンと言ったか、こりゃまた不思議な料理だな」

「東方料理よ、今日はカレーの日だから」

「どれどれ……むお!」


 あまりの美味しさに、静かになっちゃうザンギと幹部たち。他にタンドリーチキンとサラダもあって、これが軍団の糧食なのかと信じられないようす。まあそうだろうねと目を細め、スワンはぶどう酒を注いで回る。


「来る途中いくつかの村を見たけど、人の気配がまるでないわね」

「そりゃそうだ、スワン。男は戦場に駆り出され、女は連れ去られ、村に残っているのは年寄りばかりさ」

「連れてかれた女性たちはどうなっているのかしら?」


 途端にザンギたちは渋面となり、カレーに視線を落とす。言いたくないなら聞かないけどと、スワンはにっこり微笑む。

 ズルニ派は悪事に手を染めてきた、人のことは言えた義理じゃない。多分フローラには話しにくい案件なんだろうが、それを聞き出すのもパーラー・メイドの仕事である。明雫が追加でーすと、焼きたてナンがてんこ盛りの皿を置いていった。


「いや、いずれ分かる事だ。戦費を捻出するため、奴隷商人に売られている。女たちは離宮に集められ、売られるのを待ってる状態さ」

「皇帝領教会の、司教は黙認なのですか?」

「黙認と言うより、片棒担ぎだった」

「……どうして過去形なのかしら」

「ここんとこ行方不明でな」


 ああそう言う事ねと、スワンは合点がいく。キリアが林ごと燃やしてやった悪しき術者が、その司教だったんだろうと。いま人身売買が停滞しているなら、リーベルトの家族救出が間に合うかもしれない。

 それにしても敵の首を取ったら家族を返すなどと、真っ赤な嘘ではないか。腹立たしいのは顔に出さず、スワンは役者に徹し笑みを絶やさない。


「首都の市場は活況でしょうか」

「活況なもんか、腐ったリンゴが平気で売られている。食品はどれもこれも傷んだものばかり、それでも市民は生きるため、仕方なく買ってるんだ。軍団の食料調達をするなら、期待しない方がいいぞ」


 あら残念ですわねと、スワンはザンギにぶどう酒を注ぐ。買い出しは瞬間転移で他の国々からと、彼女はフローラに報告する内容を整理していく。

 皇帝の居城がどうなっているかは、ザンギたちにも分からないようであった。ただ皇帝の姿は長いことお目にかかっておらず、公式の場に出るのは長男のグレゴだと口を揃えた。


「そうそう、今夜はお風呂に入れますからね」

「な……風呂だと!?」


 すっとんきょうな声を上げるザンギに、だからこその川近くで野営なんですとスワンが笑う。幹部たちも野営で風呂に入れる軍団なんて、聞いたことがないと目をぱちくり。


「皆さんちょっと臭います、服を用意しますから風呂上がりに着替えて下さいね。預かった服は洗濯しておきますから」

「お、おう……悪いな」


 酒と供に雰囲気を作り、話しにくいであろう情報を引き出す。それがパーラー・メイドであり、情報戦の尖兵と呼ばれる所以である。


 デザートのブルーベリーヨーグルトでーすと、桂林がザンギと幹部たちに並べていく。食後のデザートまであるんかいなと、驚いてしまうズルニ派の面々。吟遊詩人の奏でる軽快な音楽が、野営地を包み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ