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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第3部 法王領の光と闇
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第78話 兵士たちの休息(1)

 桂林の社交界デビューと兵士たちの骨休めで、フローラ軍は一旦帰国していた。瞬間転移で千の軍団を一気に運べる、大聖女の御業がそれを可能にしているわけで。アウグスタ城の正門前に降り、鋭気を養ってねとフローラは兵士らを解散させた。


 執事団もメイドたちも話しには聞いていたが、実物のワイバーンを見て腰を抜かしたのは言うまでもない。背に跨がるグレイデルが練習を兼ね、アウグスタ城の周囲をわっさわっさと飛び回っている。


 吟遊詩人ユニットは楽師扱いで歓迎され、大広間で自由に演奏していた。お城に音楽が響き渡るのは舞踏会くらいなので、使用人たちがどことなくうきうきしている。


 フローラはラーニエ隊を客人扱いで、アウグスタ城へ迎えることに決めていた。娼婦だよ分不相応ではと及び腰のラーニエに、黙らっしゃいと一喝したのはアンナだったりして。

 ローレン王国で一番偉いメイド長は、貴族と領民の線引きを嫌う。活躍は聞いております、ようこそいらっしゃいましたと。ただし城内で娼婦の仕事はしなくていいですからねと、ぶっとい釘は刺していた。


「はい済んだわよ、アンナ、ケイオス。私の精霊が見えるかしら?」

「見えます見えますフローラさま、アンナさまはどうですか」

「もちろんですケイオス、まさか精霊さまをこの目で拝めるなんて」


 もういつ死んでも構わないなんて言っちゃうアンナに、フローラがまだ早いわよと両手で胸の前に×印を作った。この二人も目視と会話は出来た方が良い、そう考え執務室に呼びスペルを使ったフローラである。精霊さん達からよろしくねーと思念が届き、メイド長アンナも執事長ケイオスも石像と化す一歩手前だが。


「キリアが精力的に動いてるみたいですわね、フローラさま」

「あの人は根っからの商人だから、すごく生き生きしてるわ、アンナ」


 キリアはグラーマン商会本店から、漁業ギルドと海産物加工ギルド、そして味噌醤油工房へ何度も足を運んでいた。三人娘による調理実演会も開き、帝国になかった味を普及させようと邁進している。


「新たな食文化の到来ですね、アンナさま」

「その発信地がここヘレンツィアになりそうね、ケイオス」


 ミリアとリシュルの淹れてくれた紅茶を楽しみつつ、三人は論功行賞と国内情勢を話し合う。二十年前の戦争で断絶した貴族の領地は、全て女王預かりとなっていた。今回の行軍で武勲を上げた兵士らへ、与える知行地には事欠かない。


「お話しを伺う限り、魔物信仰の騒動で廃国が相当出そうですね、フローラさま」

「帝国のみならず、ローレン王国の地図も書き換わるわよ、ケイオス」

「割譲と併合で領土が拡大するわけですか」


 シュバイツを皇帝に担ぎ上げ、お国替えする話しは二人にしてある。ちなみにマリエラも、ルビア王国のお国替えに賛同していた。ハモンドのグリジア王国も帝国に参加するから、クラウスのヘルマン王国と合わせ大国連合の出来上がり。


「ところでその、非常に申し上げにくいのですが」

「なあに? アンナ」

「本当によろしいのでしょうか」


 フローラから真意を聞きたいアンナの視線は窓の外、メアリに剣の手ほどきをするシュバイツに向けられていた。要はまあ何と言うか、シュバイツの女装趣味はここでも変わらないわけで。


「あれを取ったらシュバイツがシュバイツでなくなるよな、青龍」

「うんうん、立派な個性よね、玄武」

「傍から見れば女性以上に女性らしいがな、白虎」

「でも戦になったら武器を何でも扱える猛将だし、割りと思慮深いわよね、朱雀」

「くぴぴくぴぴ」

「くぴぴっぴー」


 精霊さん達のシュバイツに対する評価は、忖度無しで中々に的を射ていた。

 それもこれも全部ひっくるめて、私はシュバイツが好きなのよとフローラは照れ笑い。豪快な父ミハエルとも、穏やかで茶目っ気のある伯父クラウスとも、全くカテゴリの違う男性。むしろ彼だからこそ、フローラのお眼鏡に適ったのかも知れない。


「あらあら、ごちそうさま」

「何だか当てられちゃいましたね、アンナさま」


 精霊さまから好かれている、ならば間違いはないだろうと、ケイオスもアンナも納得したようだ。ミリアとリシュルが微笑んで、紅茶をそれぞれに注ぎ足す。一緒にお風呂へ入る仲なのは、薄々バレているが間違ってもそれは口にしない。


 その頃こちらは首都の市場。

 クラウス候が首都防衛にヘルマン王国軍から、千の軍勢を派遣してくれたので外敵からの守りは維持されている。市場の生鮮食料エリアには海の幸と山の幸、もちろん農産物もずらりと並び、買い物に訪れる市民で活況を呈していた。


「アウグスタ城の正門前を野営地にするとは、思いもしませんでしたキリアさま」

「あはは、みんな何か理由を付けて宴会したいのよ、樹里。今回は慰労会という名目で、シュバイツ候とヴォルフ伯が立案したみたいだけど」


 いったんは解散した兵士たちだが、用事を終えるとすぐ戻ってきて、野営テントを設置し始めたというオチ。どうも三人娘と兵站糧食チームのご飯が恋しいらしく、お屋敷の食事では物足りなくなったようだ。

 この食いしん坊たちめとシュバイツが、でも気持ちは分かるから慰労会しようぜと、ヴォルフに持ちかけたのは想像に難くない。


「ところでマリエラ候は分かるけど、クラウス候も城に逗留してるよな、ジャン」

「派遣したヘルマン王国軍を激励するのが名目だけど、ラーニエと一緒にいたいってのが本音じゃないかな、ヤレル」


 それは言わないであげてと、キリアがぷくくと笑う。三人娘もはにゃんと眉を八の字にし、ケバブとダーシュがさもありなんと頷き合う。軍団の誰もが夫婦と認めているのに、未だ同じテントで寝ないお二人さん。聖職者ってのもあるだろうが、見てるこっちの方がやきもきしちゃうのだ。


「そう言えば糧食チームから、料理人を派遣する話しが出ているそうですね、キリアさま」

「味噌醤油の醸造ができて、東方料理を作れますからね、ケバブ。シュバイツ候もクラウス候もマリエラ候も、スカウトしたいみたいよ」


 フローラが法王庁に味噌醤油の製造を解禁し、料理人を糧食チームから派遣している。ならばうちにも欲しいと、言い出すのは目に見えていた。その件はフローラに預けているキリア、派遣手当がいいから行きたいって、手を挙げた糧食メンバーが何人かいるのだ。


「くーださーいな!」

「へいいらっしゃい!」


 すっかり顔馴染みとなった鮮魚エリアの店主たちが、訪れた元気のいい三人娘に相好を崩す。今朝水揚げされた鮮魚を吟味していく、桂林と明雫に樹里へ期待の眼差しを向けている。魚の目利きは確かな三人娘だ、仕入れた魚を選んでもらえたら店主も鼻が高いわけでして。


 ブリにカンパチとヒラマサの青物御三家が、氷水の中で俺は美味いんだぜと自己主張している。白身魚はヒラメとカレイにマゴチとスズキ、ひときわ輝いているのはやっぱりマダイだ。他にも小型魚のカサゴやマアジにイワシ、エビや貝類も豊富でよりどりみどり。


 少なくともにぎり寿司は確定だなと、同行したジャンとヤレルにケバブがによによしている。作るものを決めてから買い出しに行くのと、現地の食材を見て作るものを決めるパターンがある。今は後者で三人娘が、鮮魚を見ながら作戦会議を始めた。


「おや、皆さん奇遇ですね」

「ディアス、シェリー、君たちも買い出しかい?」

「そうなんだよケバブ、内輪のお祝いでね」


 フローラから準男爵に叙されたディアスが、相方のシェリーを連れ気恥ずかしそうにやってきた。成人を迎えた男女は双方が合意すれば、教会へ行き宣誓することで婚姻が成立する。貴族のような面倒くさいしがらみはなく、二人は野営地の礼拝テントで夫婦となった。

 つまり今回の帰国でディアスは、初めて家族にシェリーを、俺の嫁ですと紹介したわけだ。姉さん女房を連れて来るわ貴族に叙されるわで、彼の実家が大騒ぎになったのは言うまでもない。


「残念だけど俺たち、慰労会は欠席になるかな」

「そいつは残念だな、ジャン」

「美味いものがいっぱい出そうなのにな、ヤレル」


 領地を持っていてもいなくても、貴族は首都ヘレンツィアにお屋敷を構える決まりになっている。ジャンとヤレルもフローラから賜っており、管理してくれる執事とメイドを雇わねばならなかった。ディアスはその頂いたお屋敷に、身内を集めささやかなパーティーをするんだとか。


「仕出しでお届けしますよ、ねえ桂林」

「うんうん、水くさいわよね、樹里」

「人数を教えて、ディアス」

「ほんとにいいのか? 明雫。桂林と樹里も」


 もちろんと頷く三人娘に、そりゃ助かると破顔するディアスとシェリー。ただし配達員は、ワイバーンに跨がるグレイデルとなる。実際に彼女は飛行の練習を兼ね、滞在中はアウグスタ城から市内へ、郵便やお届け物の配達を請け負っているのだ。


 家族も親戚もびっくりするわねとキリアが笑い、彼女は青果エリアを見てくるわと告げその場を離れた。野菜ジュースとスムージーを作るマシンが完成しつつあるからで、そっちの取り組みにも余念が無い。


「生い先は短いのに、やりたいことがいっぱいできちゃったわ」

「それは良いことだ、楽しめばいいだろう」

「あらダーシュ、付いてきたのね。何か食べたいものあるかしら」

「固めのリンゴかナシで」


 市場の中央広場にあるベンチで、ナシを頬張るキリアとダーシュ。買い物に来た市民からは、高貴なご婦人が犬の散歩をしているように映ったかも。一定間隔で吹き上がる噴水の前では、近所に住んでいるのだろう子供たちがはしゃいでいる。


「フローラさまは花と春に豊穣を司る女神の化身。グレイデルさまは友愛と調和を司る女神の化身。桂林と明雫に樹里は、食を司る女神の化身と言ったところかしら」

「ならばお前さんは、経済と流通を司る女神の化身だな」


 あらありがとうと、キリアはころころと笑いながらナシの皮をむく。ラーニエは恋愛と性愛を司る女神の化身だと、もらったナシをシャリシャリ頬張るダーシュが更に笑いを誘う。


「ほんと、フローラ軍は女神に守られているわね」

「居心地がいいから兵士たちは、城に戻って野営テントを張るわけだ」

「あれは何とかしないとね、依存しすぎだわ」


 アウグスタ城は湖畔にあるから毎日お風呂へ入れるし、それはしょうがないだろうとダーシュは苦笑する。しかも三食付きで武器防具の手入れや、衣服の修繕までやってもらえる。職業軍人からすれば至れり尽くせりなわけで、大目にみてやれとわんこ聖獣はナシを飲み込む。


「んふふ、移動遊郭もあるしね」

「あの存在は大きいな、キリア。若い兵士と結婚する娼婦が、今後は増えそうだ」

「それはそれでアリかしら、ローレン王国は自由恋愛の国だし」


 他愛もない会話で、時間がゆっくりと流れていく。そんな二人を見つけ、いたいたと駆け寄る三人娘と婚約者たち。薬草を買いに来たゲオルクともばったり会ったらしく、ベンチの周りが途端に賑やかとなるのであった。

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