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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第3部 法王領の光と闇
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第76話 法を敬うといえども

 翌朝の野営地、一番早起きな兵站糧食チームが、朝食の仕込みに入っていた。夜に寝るのも一番遅いのだが、そのぶん休憩時間が長く取られている。野営中なら午後のお昼寝が付く、兵站の特別なチームと言える。


 今朝はスクランブルエッグとカリッカリに焼いたベーコン、ボイルした腸詰めにビーンズサラダ。白パンの焼ける匂いが何とも香ばしく、これにトマトスープが付いてワンプレートに乗る。もちろんパンは取り放題で、準備に勤しむ行事用テントが活気に満ちていた。


 三人娘が中々起きてこないのは、やはり昨夜ヒールを使いまくった影響だろう。魔王閣下の加護で睡魔には襲われないが、やはり相応の眠りは必要になるようだ。

 それでも献立をいつも通りに組み立て、兵士たちの腹を満たそうと糧食チームは腕を振るう。ケチャップに塩胡椒とマスタード、ジャムにバターも準備万端、女王テントには一味唐辛子と七味唐辛子も忘れない。


「コーケコッコ、ギャワ!」


 朝一番の鳴き声を発しようとしたワイバーンに、ダーシュが要らんわとジャンピング蹴りをかましていた。何すんじゃワレという顔で憤慨するでっかい鶏に、半眼を向けるわんこ聖獣の図。

 放っておいても兵士たちは、朝食の時間になれば起きてくる。目覚ましは不要でむしろ迷惑だと、ダーシュのお説教が始まった。ワイバーンに説教が通じるかは、甚だ怪しいものだが。


「お早うございます、ゲオルク先生」

「お早うジャン、ヤレルは?」

「まかないスープをもらいにいきました」


 そうかと頷き、がらがらとうがいをするゲオルク。

 フローラ軍は兵士に、豚の毛で作ったハブラシを支給している。歯磨きに使うのは塩で、こんな贅沢が出来るのは海水塩を自前で生産している、海有り国の特権かもしれない。岩塩も産出しない内陸だと、塩は超が付く貴重品ですゆえ。


「今朝はタマネギの溶き玉スープですよ、ゲオルク先生」

「おお、いつもすまんなヤレル」


 木をくり抜いたカップから、スープの優しい香りがする。ヤレルは二人の前にカップを置き、自らもずずっとすすりほうと息を吐く。

 糧食チームは食事の提供が始まってから、交代で食事を摂る体制を組んでいる。それまでお腹が空かないよう、深鍋に何かしらのスープを作るのがお約束。それがまかないスープで、三人は目覚めのスープが飲みたくて早起きしてるフシがある。


「おそらくフローラさまが、グリジア王国のハモンド王を連れてくるだろう」

「ガバナスの尋問が始まるな、ジャン」

「悪しき魔物信仰が何を目指しているのか、これで分かるな、ヤレル」


 そのために法王と大司教も法王庁へ戻らず、フローラ軍の野営地に逗留している。どのみちロクなもんじゃないだろうと、ゲオルクは熱々のスープをふうふう言ってすすった。

 地平線から太陽が顔を覗かせ、朝日を眺める三人の視界の端に、ワイバーンとやり合っているわんこ聖獣が映った。何やってるんだろうと、つい笑ってしまう、ジャンとヤレルにゲオルクであった。


「最後に会ったのは宮殿からブラム城へ出陣する時だったな、ガバナスよ」

「生きておったのか、ハモンド」

「ローレンの大聖女に導かれてな」

「けっ、何が大聖女だ」 


 礼拝堂テントで対峙する、ハモンドとガバナス。法王と大司教に隊長たちが取り囲む中、いよいよ尋問が始まった。クラウスとマリエラも、固唾を呑んで成り行きを見守っている。


「結局あなたとそのお仲間は、何がしたいわけ?」

「新たな千年王国だ」

「……はあ?」


 フローラの問いに帰ってきた、予想外の言葉に誰もが呆気に取られてしまう。どの口が言うのでしょうと、グレイデルとシルビィが顔を見合わせる。それでも我慢強く大聖女は、ガバナスから情報を引き出して行く。


「正しき信仰が失われ終末が訪れた時、神々が起こす天変地異で人類は滅亡する。その認識で合ってるわよ、それがどうして魔物信仰になっちゃうわけ?」

「我々は選ばれ天変地異を免れ、新たな千年王国を築くのだ」


 はっきり言って意味不明だし理解不能。あなたは分かるかしらと、フローラはシルビィに思念を飛ばす。すると彼女はノアの方船はこぶね伝説かしらと、法典にある一節を返して寄こした。


「神々は人間界の堕落を見て、終末が来たと判断しました。これを洪水で一度滅ぼすとノアに告げ、方舟の建設を命じ生き延びよと仰ったのです」

「でもそれは、ノアが正しい信仰を堅持していたからよね」

「もちろんですフローラさま、堕落した者を神が選ぶはずもありません」

「その辺をガバナスと仲間どもは、自分に都合よく捻れた解釈をしてるわけか。魔物の力を使ってでも生き延びれば、自分は新たな千年王国の支配者になれると」

「法を敬うといえども悪しく敬えば、それは外道の所業です」


 ボタンの掛け違えと言えばそれまでだが、誤った思想に凝り固まった者は死ぬまで自らの考えを変えることはない。自分が正しいと信じて疑わないのだから、更生のしようがないのだ。


 その後ガバナスに対し、主立った幹部の名前を問い質したが、彼は頑として口を割らなかった。敵対する選帝侯三人は確定しているのだから、もうよかろうと法王は尋問を打ち切る。あとは法王庁で裁判にかけられ、ガバナスは火刑を免れないだろう。


「ローレンの大聖女にお礼が言いたい」

「急に改まってどうされたのですか? ラムゼイさま」

「あなたがいなかったら、ミーア派とズルニ派で教会戦争が勃発していたかもしれない。パウロさまにとっても私にとっても、難しい局面だったのです。それをまるっと収めてくれたローレンの大聖女に、全ての神と精霊のご加護があらんことを」


 新ローレン大金貨にどれほどのプレミアが付くか、オークションの結果をお楽しみに。そう言って笑いラムゼイは、パウロと共にガバナスを護送し法王庁へ戻って行った。記念硬貨だから発行枚数は百枚程度、物好きな金持ちがこぞって値を吊り上げるだろう。


「全ての神と精霊のご加護があらんことを……か」


 そう呟いてへにゃりと笑うフローラ。

 だって魔王閣下のご加護まで頂いちゃったのだ、古文書によれば二百の悪魔軍団を配下に持つとされている。力が必要な時は遠慮なく言えと、ルシフェルはフローラに明言した。魔物の軍勢と戦うのに、これほど頼りになる友軍はないだろう。


「本当にやるのですね、フローラさま」

「そうよグレイデル、ほらみんなも乗った乗った」


 ゴーグルを手渡されたグレイデルに三人娘とその婚約者、そしてシュバイツにヴォルフとキリアが、顔を引きつかせながら荷馬車へ乗り込む。途中で下車するハモンドが、大丈夫なのかとおっかなびっくり。

 俺も行くぜとダーシュが飛び乗り、もうひとつの荷馬車にはお土産を積み込んでいる。三人娘によればミン王国にはぶどう酒がないそうで、一番喜ばれるからと樽を満載していた。


「それじゃ座標を覚えに、ミン王国へしゅっぱーつ」

「お手柔らかに頼むぜ、フローラ」

「音速飛行にお手柔らかもへったくれもないわよ、シュバイツ」

「お、おう……うぼあ!」


 霊鳥サームルクが防御シールドを展開してくれてはいるが、体にのしかかる重力がすごい。法王領の首都が、あっという間に小さくなっていく。音速を超えることも出来るみたいだけど、やってみようかしらとのたまう大聖女さま。御者台で隣に座るシュバイツが、口をぱくぱくさせている。


「そーれ音速超え!」


 荷馬車の周囲が空力加熱で真っ赤に染まり、ひょええと荷台で身を寄せ合う面々。グリジア王国まで、あっと言う間に到着したのである。膝が震えているハモンドを宮殿で降ろし、東方へ進路を向ける炎の尾を引く荷馬車。地上から見上げた者がいたならば、神から遣わされた戦車に思えたことだろう。


「海岸線が見えてきたわ、どの辺り? 桂林」

「半月状の湾が見えますでしょうフローラさま、あの一帯が私たちの故郷なのです」

「農業と漁業が盛んとは聞いたけど、豊かそうな土地柄ね。取りあえず桂林の実家でいいかしら」


 それで構いませんと、明雫に樹里が頷く。三人とも家名はそうで、この辺の地主貴族はみんな親戚なんだそうな。荷馬車がゆっくりと降下していき、宋桂林の実家前に着陸する。門番たちが驚いて腰を抜かしたが、三人娘を見てまさかと地面に膝を突いた。


「お嬢さま、桂林お嬢さまなのですね!? もしやそちらは、明雫さまと樹里さまでは?」

「そうです、長らく心配をかけました。私の主君をお連れしています、父上と母上に先触れをお願いできますか」


 門番のひとりが屋敷へ駆け出し、もうひとりが馬屋へ走る。馬屋へ行ったのは明雫と樹里の実家へ、知らせの早馬を出すためだ。心得た家来を持つ地主貴族だなと、フローラとシュバイツが視線を交し合う。家来を見れば主人が分かるというもの、この地方を治める宋家一族は、きっと名門なのだろうと。


 案内され朱塗りの門をくぐりお屋敷を見れば、切妻屋根で両端には鬼飾り。帝国にはない建築様式だが、これはこれで風情がある。軒下にある極彩色で彩られた龍の彫り物を、ジャンとヤレルがほええと見上げている。


「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」

「たいしたおもてなしも出来ませんが、どうぞごゆるりとお過ごし下さいませ」


 遠路はるばるでもないんだけどとこぼす、ケバブが音速超えの飛行でまだ目が回ってるみたいだ。テーブルを挟んで座る桂林の両親は、今すぐにでも壁に控えている娘を抱きしめたい感情を、堪えているのが見て取れた。別に抱きしめたっていいのにねと、フローラとグレイデルがへにゃりと笑う。


「ローレン王国の女王付きとして、三人をお預かりしております。上級使用人とするべく指導中ですので、なにとぞご承知おき下さい」


 キリアの説明に、顔を見合わせた桂林の両親は戸惑う。側室でも貴族に嫁ぐことが出来れば、儲けものだし娘も幸せになれると思っていたからだ。それが女性君主の側仕えならば、出世もいいところで思考が追い付かないようす。


 そこへ女中がぞろぞろとお膳を手にやって来た、お昼時なのでご馳走してくれるらしい。そこに並ぶ小鉢に視線を落としたシュバイツが、これは何でしょうと女中に尋ねる。


「イカの塩辛といいます、美味しいですよシュバイツ候。こちらの小鉢は茹でダコの酢味噌和えになります」


 イカとタコきたこれと、話だけは聞いていたフローラたちが、食前の祈りを捧げ箸を取る。いえいえその前に乾杯をと、給仕を始めた三人娘がころころ笑う。


「イカの塩辛、美味いなヴォルフ」

「この清酒にも白米にも合うな、シュバイツ」

「タコも美味いな、ジャン」

「これは帝国に広めるべきだろう、ヤレル。それは何だい? ケバブ」

「さっき聞いたら明太子って言ってたぜ、ジャン。これも白米によく合うな、美味い美味い」


 田舎料理ですがと恐縮する桂林の父と母に、とんでもないご馳走ですと口を揃える男衆。フローラがちらりと視線を向けた先にいるのはキリアで、彼女の瞳が爛々と輝いているよ。これは商売になると、頭の中でそろばんを弾いてるに違いない。

 外から慌ただしい声と馬の鳴き声が聞こえて来た、どうやら明雫と樹里の両親が到着したようだ。さて関係者がそろったところで三人娘の婚約発表ねと、フローラは目を細めるのだった。

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