第74話 ここで会ったが百年目
飛来した魔物は、ワクシャと呼ばれる人型の鳥であった。情報源は精霊さん達で、敬い方により人々を加護する鳥にも、厄災をもたらす魔物にもなるそうな。
大きさは人間と変わらず、猛禽類のようなクチバシと脚の鋭い爪で襲ってくる。火矢とブーメランで応戦するも、素早く避けられるため人面鳥より手強かった。
「いくよ、明雫、樹里」
桂林の「せーの」で三人娘と吟遊詩人ユニットによる、かんかかーんかん音頭が始まった。陽の精神攻撃が、ワクシャの回避行動を鈍らせる。よく狙え魂を込めろと、弓隊長デュナミスとアーロンの怒声が聞こえて来た。
両脚で兵士を掴み空中へ放り投げるのは人面鳥と同じ、軽装兵が腰帯剣で舞い降りるワクシャの脚に切り付ける。こんな時に切るのではなく突きを得意とする、メアリのレイピアは有効であった。急所に狙いを定めたひと突きに、くぎゃあと悲鳴を上げワクシャは灰と化していく。
「メアリお見事、マリエラ候を頼む!」
「もちろんですシュバイツ候!」
腕を上げたなと口角を上げ、自らはハルバードを振るうシュバイツ。先端が槍で直下に斧がある武器だ、突いては叩き切るの繰り返し。会談していたフローラと要人を守るべく、聖堂騎士と共に鳥を落とす。ラーニエも弓で、アリーゼはブーメランで、ケバブはトンカチではなくトライデントで対抗する。
フローラも攻撃手段が全く無いわけじゃない、天使ちゃんのシャイニングアローで射貫き、同時に発生するエンゼルリングが範囲内にいるワクシャを灰に変えて行く。だがどこから飛んで来るのだろう、この鳥は増える一方だった。
「うわ、しまった!」
「シュルツ!」
軽装隊長のシュルツが捕まってしまい、アムレット隊長が腰帯剣で脚を狙うが間に合わなかった。そこへブーメランが飛んできて片脚を切断し、ディアスと叫んだのはシェリーだった。任せろと体勢を崩し降下した鳥の心臓に、ディアスの長剣が突き刺さる。
「すまんディアス」
「終わったら風呂で一杯やりたいですね、シュルツ隊長」
それはいいなと笑い、剣を左手に持ち替えるシュルツ。右腕にダメージを負ったからで、笑い事ではないのだが。それでもしつこく舞い降りてくる鳥へ、シュルツは果敢に切り付ける。
幸いなことにかんかかーんかん音頭を嫌ってか、鳥どもは三人娘と吟遊詩人がいる行事用テントへ近付こうとしない。兵站糧食チームも音頭に合わせ手拍子で、一緒に歌い戦闘要員を鼓舞する。
ゲオルクを守りながらシーフの二人が、ディフェンスシールドをそろそろ張ろうかと顔を見合わせた。発動はフローラから一任されているが、使いどころは今なのか、二人は計りかねているのだ。
「人面鳥では第二波があった、このままで終わるはずがないだろう、ジャン」
「そうだなヤレル、早けりゃいいってもんじゃない」
メアリも同じことを考えているらしく、時折りシーフに視線を寄こしていた。体力と精神力の消耗が激しく、連続行使は出来ないからタイミングが難しい。
「グレイデル、この魔物はどこから来てると思う?」
「あまり考えたくはないのですが、フローラさまと同じく瞬間転移の使い手が、敵方にいるのではないかと」
「奇遇ね、私もそう思う。ちょっと転移の門を探してくるわ」
「おひとりで? ああ……聞くだけ野暮でしたわね」
そうそう、この人は言い出したら聞かないからと、グレイデルは諦めの境地。フローラは挑発的な笑みを浮かべ、音速飛行するべくゴーグルを着用した。
「シュバイツ、ここを死守してね!」
「お、おう……ってフローラどこへ」
シュバイツが言い終わる前にフローラはふわりと舞い上がり、どんと周囲に風圧をまき散らし音速で飛び立つ。選帝侯と法王を狙い、群がっていたワクシャがその衝撃で一気に吹き飛ばされる。このタイミングだとシーフ二人にメアリが、呼吸を合わせ三重のディフェンスシールドを野営地に展開した。
「今のも大聖女の御業なんでしょうね、パウロさま」
「スカートの中が丸見えだったがな、ラムゼイ」
くすくす笑う法王に、ああん? と眉間に皺を寄せるシュバイツ。腹いせなのかシールド内に残ったワクシャを、ばっさばっさと切り捨てていく。グレイデルとキリアがあちゃあ、スパッツ履かせておけばよかったと、顔に手を当てている。
今のうちにと怪我人が救護テントへ集められ、三人娘が負傷者に回復魔法をかけ始めた。いいからと意地を張るシュルツ隊長に、ディアスが良くないですと強引に連れて行く。
キリアの号令で糧食チームにより、鹿の燻製肉が配られ始めた。腹がへっては戦はできぬ、シールドの外にワクシャがごまんと張り付いているが、今のフローラ軍にはゆとりがあった。慣れと言ってしまえばそれまでだが、大聖女の軍団がこれしきのことでと、肝っ玉が太くなっている。
「あれが灰にならず身を焼いて食ったら、美味いのだろうか」
そんなことをぼそりと言う弓隊長デュナミスに、ご冗談をと苦笑する同じ弓隊長アーロンが、ぶどう酒の入った革袋を彼に手渡す。くそ不味いに一票と、重装隊長のアレスとコーギンが、渋面を作り鹿の燻製肉をがぶりとやる。ゲルハルトにヴォルフも眉を八の字にし、勘弁してくれと口を揃えた。
シールドが崩壊したら再び修羅場となるが、それでも負ける気がしないフローラ軍。仲間に死地を感じさせない漢ばっかり、だからこの軍団は強いんだと、ダーシュが燻製肉をわふわふ頬張る。
「大丈夫ですか、クラウスさま」
「どうして聖職者モードなんだ? ラーニエ」
「あらやだあたいったら、あははは。兵站から燻製肉とぶどう酒もらってきたよ、一緒に食おうぜ」
ティースタンドは何とか無事だったので、ミリアとリシュルが今のうちに食べて下さいと、追加で作った分も全部並べていく。そう言えば桜餅と大福餅をまだ口にしていないと、手を伸ばす法王と大司教に聖堂騎士たち。東方の生菓子にこれは美味と、目を細めるのである。
その頃フローラは音速飛行で、ワクシャの発生源に到達していた。
「転移の門みーっけ、さてどうしたものかしら」
無尽蔵とも言えるほど、ワクシャが飛び出してくる門の前。ふよふよ浮かぶフローラが、今ある手の内で対抗手段を考える。もちろん鳥どもが見過ごすはずもなく襲ってくるのだが、霊鳥サームルクが念動波でことごとく肉塊に変え叩き落としていた。
「くぴっぴくぴぴ」
「なあに? 悪魔ちゃん」
そう言えば悪魔ちゃんから闇のスキル、教わったことないなとフローラは思い出す。この状況を打開する手立てがあるなら、是非とも教えて欲しいとお願いしてみる。
「うんうん、分かったやってみる。開けダークプリズン!」
それは瞬間転移の門とは似て非なるもの、向こう側は真っ暗闇の異次元空間だった。転移で飛び出したワクシャが、その暗黒にどんどん吸い込まれていく。
よしこれで野営地を襲う鳥どもは打ち止めとなる、あとは術者ねとフローラは瞬間転移の門へ飛び込んだ。このあとさき考えないところが、やっぱりフローラである。
すれ違うワクシャを、霊鳥サームルクが殲滅していく。そして出た先は、人間界とは全く異なる場所であった。人が住む建築物とはまるで違う、昆虫が樹脂を分泌して作ったような、言うなればスズメバチの巣みたいなのが眼下に並んでいる。ワクシャはそこから湧いて、飛翔して来るのだ。
その頃ここはエレメンタル宮殿、ティターニアとオベロンが水晶に見入っていた。無鉄砲だけど勇気がある大聖女から、二人は目が離せないっぽい。
「フローラったら、魔界に飛び込んじゃったわ」
「あはは、相変わらず面白い子だね、ティターニア」
「笑い事じゃないわオベロン、魔王の領域だもの」
「でも勝手に魔界へ生きた人間を運び、魔物に変えてる奴がいる。それを突き止めたら魔王も、怒りはしないと思うよ。危なくなったら僕らは、ちょこっと手助けしてやればいい」
「あなたのそういう脳天気なところ、私は割りと好きよ。でも魔王がどう動くかは未知数、何か保険が欲しいわね」
「ヒュドラ」
「はい、オベロンさま」
「最悪は君に出張ってもらいたい、頼めるか?」
「御意」
場面を戻してこちらは、魔界に入り込んだフローラ。
何と精霊さん達の繭が、ここで開いたのだ。飛び級の予測が大当たりで、青龍・白虎・朱雀・玄武に進化していた。魔素があるため省エネの小指サイズではなく、本来の大きさに膨れ上がった四精霊がフローラの周囲を固める。
「初めましてかしら、みんな」
「いやそれはないだろうフローラ、なあみんな」
「玄武の言う通り、今までと一緒よね、朱雀、白虎」
そう言う青龍の元が、風属性シルフィードのはず。そこでフローラは、元がサラマンダーであったろう火属性の朱雀に尋ねてみた。お祖母ちゃんが得意だった技を、いま使えるかしらと。
「使えるよ、どーんとやればいい」
「憧れてたんだ、火属性の爆裂範囲魔法」
相変わらずフローラに群がる、うざったい鳥どもに対し、彼女はゴーグルを上げ扇を開いた。エルヴィーラお祖母ちゃんの得意技、彼女はやってみたかったスペルを口にする。
「エグゾースト!」
意味は堪忍袋の緒が切れました、エルヴィーラお祖母ちゃんえぐい。
フローラと精霊さん達を中心として、炎の柱がごうと渦を巻き立ち登った。取り付いていたワクシャを飲み込み、悲鳴を上げる暇すら与えず焼き尽くす。それだけではなく柱は膨張していき、四方八方へ燃え広がり飛翔してくるワクシャを焼き鳥に変え一網打尽に。
「私の邪魔をするのは何者だ、名を名乗れ!」
マジックシールドでレジストしたらしき、翼竜に跨がる男が舞い上がってきた。だがフローラの魔力に完全抵抗しきれなかったのか、髪の毛がちりちりになっている。
「人に名を尋ねる時は、先に自分から名乗るものではなくて?」
「げっ! 四精霊を従えているのか」
爆煙が止み姿が見えたフローラへ、男は増悪に満ちた眼を向ける。それは自分にないものを持つ相手へ対する、妬み僻み恨み嫉みだ。
「我が名はガバナス、終末の使徒だ」
ガバナス……ガバナス……ああグリジア王国の元宰相かと、フローラは左手にぽんと拳を当てた。ここで会ったが百年目って慣用句は、こんな時に使うのねと。
「私はフローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルク。終末の使徒ってどう言う意味よ」
「きっさま! ローレンの魔女か!!」
「魔女でも何でもいいわ答えなさい!」
答える代わりに火の魔力弾が飛んできた、だがフローラの前に盾型のマジックシールドが展開して弾く。ここ魔界に於いて精霊さん達は、フローラを触媒にしなくても魔力を、直接行使できる場所なのだ。
新たに生まれたワクシャが湧いてきて、双方の空中戦が始まる。目を見張るのは進化した精霊さん達の、ちょっとあり得ない特技であった。




