第73話 ズルニ派の指導者
ラムゼイ大司教も従軍司祭の資格を持ってるよと、ラーニエから教えて貰った三人娘。それは良いのだが、護衛の聖堂騎士を含む聖職者はそうも行かない。ティースタンドを別にしなければならず、朝からわたわたしていた。
「上段は桜餅と大福餅にしよう、桂林」
「聖職者でも口に出来るしね、明雫。中段はどうしようかしら」
「肉まんを含めない中華まんでどうかしら、ピザまん、あんまん、カレーまん。問題は下段よね」
「定番はサンドイッチだけど、野菜コロッケパンと焼きそばパンはどうかしら」
樹里の提案にそれいいねと、揃って彼女に人差し指を向ける桂林と明雫。ならばティースタンドを分ける必要もなく、帝国にないものばかりだから喜ばれそう。合わせるお茶は緑茶か烏龍茶ねとわいきゃい。
大司教ラムゼイは敵か味方か、いや今までは間違いなく敵だった相手だ。
けれど三人娘にとってお料理は別、フローラが捕虜の扱いで軍団と同じ食事を与えたように、食べ物で差別なんかはしない。一番嫌いな言葉は毒殺で、三人娘らしいっちゃあらしい。
こちらはマリエラ姫のテント、もう国王だからマリエラ候と呼んだ方が正しいのかもしれないが。そこへ珍しくラーニエこと、シルビィがお邪魔していた。側仕えのメアリがどうしたんだろうと思いつつも、お茶とおちゃけの準備を始めている。
「マリエラさまに、お話ししておきたいことがございまして」
「どうしたの聖職者モードで、何だか調子が狂うわ」
それを仰いますかと、口をへの字に曲げるシルビィ。だってと口に手を当て、くすくす笑うマリエラだが、シルビィは至って真面目な顔してる。
「教会がカマキリに襲われたあの日、私は任務で配下を率い、首都の外に出ておりました」
「どんな任務だったの?」
「計られたのです、虚偽の暗殺依頼でした」
大農場を経営する男爵が、使用人を無給で奴隷のように働かせている。男爵一族を亡き者にし、使用人を解放して欲しい、そんな依頼だったとシルビィは話す。ところがいざ行ってみれば、男爵一家と使用人は仲が良く、和気藹々であったと。
「これは何かあると首都へ引き返したのですが、もう後の祭りでした。私が配下と参戦していれば、司教もジョシュア候もお救いできたのではと思うと」
シルビィの瞳から、ひと筋の涙がこぼれ落ちた。よっぽど悔しかったのだろう、だから彼女は配下から娼婦を選び、半ば強引にフローラ軍へ参加したのだとマリエラは悟る。
「マリエラさまには、何とお詫びしてよいやら」
「たらればは止めましょう、シルビィ。弱点を知らないまま戦えば、勝ち目はなかったのです」
マリエラは思わずシルビィの隣に席を移し、彼女の手を取っていた。フローラ軍が加勢に行かなければ、全滅しても不思議ではなかったのだ。シルビィは計られたと言うが、戦う仲間として今ここにいる。悲しい出来事ではあったけれど、これも何かのお導きとマリエラは信じていた。
「話してくれてありがとう、シルビィ。もう水に流しましょう、私はあなたを友人と思っているのよ」
メアリがマリエラに紅茶を、すんと鼻を鳴らしたシルビィにぶどう酒のジョッキをことりと置く。口に含んだシルビィにとって、それはちょっぴり塩っぱいぶどう酒だった。涙の混じったぶどう酒は、きっと良い思い出になるだろう。
「隊長、来ました。法王と大司教の旗印、間違いありません」
「護衛は? ヴォルフ」
「聖堂騎士が二十騎です、思ったより少ないですね」
「ならばズルニ派の奇襲は無さそうだな、フローラさまに知らせてくれ」
会談が始まる兵站エリアを中心に、フローラ軍は予定通り方円陣形を組む。前衛の騎馬隊と重装隊は大地を注視し、軽装隊は非戦闘員をガードし、弓隊とラーニエ隊は空を睨む。残念ながらフローラとグレイデルの繭はまだ孵っておらず、やはり三人娘が頼りとなる状況だった。
「わはは、こいつ舞踏会の招待状をもらったのに、何を食べさせられるか不安で、自分の領地に引き籠もったのじゃ」
「パウロさま、それは言わない約束では」
「聖職者が貰ったお土産、巻き寿司といなり寿司の話しを聞いて、気が変わったのであろう? ラムゼイ」
「それは……まあ」
意外な事に二人の指導者は仲が良さそうで、フローラとシュバイツ、マリエラとクラウスが、ぽかんとしてしまう。てっきり犬猿の間柄ではと、誰もが思い込んでいたからだ。
なお護衛の聖堂騎士はお料理をシャッフルする、毒味を要求しなくなっていた。料理人の交換で法王庁の炊事場から、今エイミーを預かっている。こちらから料理人を出す条件は有事の際に、聖堂騎士をフローラの指揮下に置くことだった。大聖女の台所番に毒味を要求なんて、失礼だと考えを改めたのだろう。
ティースタンドの中段が温かい料理なので、冷めないうちに食すのがお約束。お二人さんは中華まんを頬張り目を見開く、これはまた美味いなと。帝国には無い味だもんねと、行事用テントで三人娘がむふんと笑っている。
「ほれラムゼイよ、思うことを話せ。ここの料理人は無くなれば追加を持ってくる、食いっぱぐれることはない」
法王に急かされ、大司教ラムゼイは烏龍茶をずずっとすする。食前の祈りを正しく捧げたのだから、信仰心は確かだとフローラ達は耳を傾ける。彼が何を話したいのか、聞く必要があると。
「千年周期に四段階あることを、ローレンの聖女はご存じでしょうか」
「正しい信仰が失われていき、最終段階で神々が人類に天罰を下す、でしょうか」
「その通りです」
それはかつてエレメンタル宮殿で、精霊王オベロンが教えてくれた。信仰が失われた時に神々は、天変地異で人間界を一度滅ぼし、世界を作り直すのだと。そこへ魔王と破壊神が一回くらいチャンスを与えたらどうだと、神々に進言し折衝案で生まれたのがローレンの聖女だ。
「私が子供の頃は畑の無人販売所から、代金を置かず野菜を盗む者などいなかった。荷馬車を盗む者も、強盗に入り殺人まで犯す者もな」
「信仰心だけではなく、最低限の道徳心まで失われた、そう仰りたいのですね」
フローラの問いに、黙って頷くズルニ派の指導者ラムゼイ。
ここにいる大国の王たちは善政を敷いているから、国内はそんな状況に陥ってはいない。だが帝国全体から見れば、心ない王の悪政に喘ぐ領民の犯罪化が、進んでいることは聞き及んでいた。性善説は通用せず、人を見たら泥棒と思え、そんなこす辛い状況になっていると。
「昔の外れ者は山賊や盗賊になる、それがお決まりだった。ところが今はどうだ、普通の顔をしてその辺を歩いている民間人の方が、山賊や盗賊よりもたちが悪い。もはや世も末だ、終末の時は近い」
「それほどまでに慧眼なあなたが、どうしてズルニ派の指導者を?」
「道から外れた者は、手当たり次第に民間人を食い物にする。法典は完璧ではなく、民間の揉め事まで網羅していない。ズルニ派はそんな外れ者を懐柔し食わせ従わせ、暴走しないよう押さえるのが役割なのだ」
食わせるには資金が必要で、汚い仕事も受ける。そこが手に職を持つミーア派の仕事人と、違うところだとラムゼイは焼きそばパンを頬張った。その顔がえ? という表情に。
「どうしたねラムゼイ」
「パウロさま、追加があるからって中段ばかり食べてる場合ではありません。下段も美味ですぞ!」
「なんと、それはまことか」
法王はカボチャコロッケパンにいきました、カボチャの甘みにウスターソースが持つ酸味とスパイシーさがまた良く合うのだ。行事用テントで三人娘がしたり顔、心得てるわねとフローラが内心でくすりと笑う。ずしんと重くなりそうだった場の雰囲気が和らぎ、給仕に付いたレディース・メイドが烏龍茶を注いでいく。
「選帝侯の暗殺指令は、撤回しました」
「それはまた、どんな風の吹き回しで、ラムゼイさま」
「理由はみっつあります、クラウス候」
ひとつ目はフローラ軍が通った国々の教会から届く、クロニクルライターの記述を読んだから。フローラが起こした数々の奇跡に、真の聖女だとラムゼイは確信したと。
ふたつ目は遠距離射撃による暗殺を試みたが、聖女の賛美歌に悪党が魂を揺さぶられ、決行を断念させたこと。ここまでくれば、もはや疑いようもない。
みっつ目は依頼人である皇帝と三人の選帝侯から、手付金すら支払われていないこと。自前で資金をかなりつぎ込んでおり、このままでは配下を食わせていけず、統率が難しくなること。
「配下を食わせて頂けるなら、ズルニ派はローレンの大聖女と足並みを揃えたい。あなたは悪事に手を染め身を持ち崩した者に、信仰心と道徳心を取り戻させてくれる。この話し、受けてもらえないだろうか」
私そんな大層なもんじゃないんだけどなと、フローラは頭に手をやりへにゃりと笑う。けれどハモンド王がそうであったように、昨日の敵は今日の友、本来であれば殺し合うはずだった相手でもだ。彼女は無意識のうちに、また仲間を増やしてしまうわけで。
「分かりました、お引き受けしましょう。当座の資金として……」
フローラの目配せに、意を汲み取ったミリアが女王テントへぱたぱたと駆けて行く。そして戻った彼女から受け取った鞄を開き、フローラはローレン大金貨をテーブルにごとりと置いた、重いのである。
「ローレン王国は新女王が誕生すると、記念大金貨を鋳造します。これは私の肖像が掘られたもので、まだ正式に発行されておりません」
「ローレン大金貨なら、純金ですよね」
「そうですよラムゼイさま、記念硬貨で流通が目的ではありませんから、他の金属は混ぜていません」
精霊界の入り口にある崖に行けば、金鉱はいくらでもある。大金貨の一枚くらい、お金に執着しないフローラからしてみれば、どうってことないのだ。教会主催でこれをオークションにかけてはと、彼女は持ちかけたのである。
「大貴族や大商人の中にはコレクターがいる。ラムゼイよ、これは面白いことになりそうだな」
「まだ発行されておらず、しかも純金、どれだけのプレミアが付くのやら。全く想像できませんね、パウロさま」
傍に控えていたグレイデルが、伝家の宝刀を出しましたねと、くぷぷと笑っている。成る程ただ資金を提供するのではなく、オークションで価値を上げるのかと、シュバイツにマリエラとクラウスも感心してしまう。
これでフローラは大陸全土の聖堂騎士団だけではなく、ズルニ派の暗殺集団をも掌握したことになる。法王領の光と闇が、大聖女の下へ結集するのだ。
「敵襲! 総員戦闘配備!!」
その声は空を睨んでいた、ラーニエが発したものだった。
最悪は空へ浮かび瞬間転移での脱出を、選択肢に入れていたフローラ。魔物による空中からの襲撃は、その思惑をへし折るもの。精霊さん達の繭は、まだ開いていない。




