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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第3部 法王領の光と闇
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第70話 離宮での攻防

 離宮に押し寄せて来た群れは、ただの狼ではなかった。目が赤く光り、頭には牛のような角が二本生えている。人間界に存在しない、魔物であることは明らかだ。ジャンとヤレルにメアリが、離宮ごと三重ディフェンスシールドを発動した。


 シールドに取り付く異形の狼に弓隊が矢を放ち、こちらに残った娼婦らもブーメランを投げる。騎馬隊もハルバードで、重装兵も殴打武器で、シールド越しの魔物を突き刺しぶん殴る。ダンス会場で何かあれば突入するはずだったが、もはやそれどころではなくなっていた。


「こいつら建物内へ入ろうとしているな、アレス」

「俺たちを見ていない、狙いはやはり選帝侯と法王なんだろう、コーギン」


 シールドが持ってる間に潰せるだけ潰せと、ゲルハルトが叫びながらハルバードを振るう。ディアスが長剣を、ケバブがバトルハンマーを、キリアも短剣を抜き応戦する。だが狼は角で頭突きをしてくるため、シールドの淡い光がどんどん薄れていく。


 一方こちらは中の舞踏会場。

 フローラ軍が戦闘を始めたことに、参加者は騒然となっていた。非戦闘員は壁際に寄りなと、ラーニエが声を上げている。三人娘が調理台に隠していた剣を、シュバイツとヴォルフ、そしてクラウスにどうぞと手渡す。

 メイドに扮した娼婦は、剣の扱いも達者な者から選ばれている。彼女らもワゴンから剣を取り出し、すらりと抜いて構えた。


「シールドが崩壊しそうです、フローラさま」

「行ってかけ直してきましょう、グレイデル」

「それは困るんだよな」

「おほほ、あなた方はここで死んでいただきますの」


 正門へ向かおうとした二人に立ちはだかる、数組の紳士淑女。だが表情は増悪に満ちており、その声は地獄の底から這い上がってくるようだ。やがてその体は見る見る膨れ上がり、衣服を破り頭は狼へと変貌していく。


ワーウルフ(狼人間)なのか!」


 驚愕する法王にそうだと薄ら笑いを浮かべ、ワーウルフは彼へテーブルを投げ付けた。乗っていたお料理が散乱し、皿やカトラリーが床に散乱する。このテーブルは野営で使われるものと違い、結構な重量物でそうとうな豪腕と見た。

 法王を守ろうと前に出た娼婦たちが、ええっ! と青くなる。けれど彼女たちは下敷きにならず、テーブルは空中に静止した、もちろんフローラである。


 軍団を空へ舞い上がらせる大聖女だ、お返しとばかりに投げたワーウルフへ叩き付けた。それを拳で粉砕し、おのれとフローラへ飛びかかる。そこで霊鳥サームルクが念動波を発動し、ワーウルフをすっ飛ばし肉塊へと変えた。が……。


「おい、自己再生してるぞヴォルフ」

「そんな……まさか、どうやったら倒せるんだシュバイツ」

「ふん、我々を葬ることなど不可能。ここがお前たちの墓場となる、覚悟してもらおうか」


 戦闘に於いてはシュバイツにヴォルフ、ラーニエと配下の娼婦が勝っていた。けれどいくら切り付けても再生してしまい、打つ手がなくじり貧の状態。そんな中でラーニエが腹に、ワーウルフの蹴りを貰ってしまった。


「ぐふっ」

「大丈夫かシルビィ!」


 床に崩れ落ちたラーニエへ駆け寄るクラウス。他人の心配より自分の心配をしたらどうかと、せせら笑うワーウルフが拳を振り上げた。ラーニエに覆いかぶさり、クラウスは彼女を守ろうとする。


「わはは、死ね。え? うぎゃああ!!」


 奴の腕にフォークがぐっさり刺さっていたのだが、どんなに切り付けられても悲鳴なんて上げなかったはず。しかもこのワーウルフ、灰化し始めたではないか。

 わんこ聖獣モードになったダーシュを蹴ろうとした、別のワーウルフにも足へフォークが突き刺さる。見渡せばフローラの周囲に、いくつものフォークが浮き上がっていた。


「こいつら銀が弱点よ、戦闘員はフォークも手にして!」


 フローラに情報を与えたのは、精霊さん達であった。なるほどそんな弱点がと片手に剣、片手にフォークを握りしめる仲間たち。すかさずグレイデルが駆け寄り、ラーニエにヒールをかける。


 この世界に於いて毒殺を試みるなら、ヒ素を使うのが常套手段。ただし高純度にする技術はまだなく、不純物として硫黄成分が混じる。銀はこの硫黄に反応し、色が変わる性質を持つ。だから王侯貴族は毒殺から身を守るため、カトラリーを含め食器に銀製を用いるのだ。


 手掴みで料理を食べたがらない人向けに、フォークを用意して正解だったと三人娘は頷き合う。そして彼女らは調理台に置かれた、中華鍋とおたまを手にする、もちろんやるのはあれだ。


「かんかかん」

「かんかかん」

「かんかかーんかん」


 炒飯バージョンの歌へ吟遊詩人が伴奏を入れ、リズミカルな四拍子の曲が会場に響き渡った。実際に炒飯おむすびが、テーブルに並んでおりましたゆえ。

 陽の精神攻撃が味方を奮い立たせ、逆にワーウルフの動きを鈍らせる。かかれと大聖女が号令を発し、一気に畳みかける仲間たち。


 そしてこちらは離宮の外、既にシールドは破られていた。

 ところが舞踏会場から聞こえて来る、かんかかーんかん音頭で、異形の狼も神経に不調をきたしたもよう。もはやその辺の野犬と変わらず形勢は逆転し、どんどん灰に変えていくフローラ軍であった。


「この歌を聴くと、腹がぐぅと鳴るよアリーゼ」

「全くですわゲルハルト、罪な曲ですこと」


 それは兵士たちもみんな同じ、携帯食は支給されているが、夕食は舞踏会が終わってからになっていた。しかもメニューは寿司と決まっており楽しみで、おらおら邪魔だと狼どもを蹴散らしていく。


「これはどういう状況なのでしょう、フローラさま」

「それはね、ゲルハルト卿……」


 眉を八の字にして、はにゃんと笑うフローラとグレイデル。狼の殲滅が完了し中の様子を見に来て、リアクションに困る隊長たち。

 ラーニエがクラウスの胸に顔を埋め、わんわん泣いているからだ。彼女が泣いたところなんて、誰も見たことがない。三人娘と娼婦たち、マリエラさえも、ほろりともらい泣きしている。


「あなたは馬鹿です、大馬鹿者です。大国の王ですよ選帝侯ですよ、私を庇ってどうするのですか」

「どうしてだろうな、シルビィ。気が付いたら体が動いていたんだ、そう怒るな」


 ああ成る程そういうことかと、ゲルハルトも隊長たちも合点がいったようだ。体を張ってでも愛する者を守る、それも騎士道だよなと、シュバイツとヴォルフが頷き合っていた。


「お集まりの諸侯よ、今のが悪しき魔物信仰に落ちた成れの果てだ。帝国は魔物に支配されかかっておる、それぞれ母国の王に伝えるのじゃ。そして対抗手段を持っているのは、大聖女が率いるローレン王国軍のみだと肝に銘じよ」


 法王がお開きの挨拶を行ない、馬車に乗り込んでいく白だった王侯貴族たち。そうすると残った馬車の紋章を見れば、どの国が黒か分かるというもの。法王がどんな裁定を下すのか、推して知るべし。

 高位聖職者もいる舞踏会で狼藉を働き、しかも魔物信仰の力を用いた。王位剥奪と一族郎党も込みで、極刑は免れないだろう。フローラ軍は皇帝領へ行く前に、そっちの成敗が先になるかも。当然オレンジ旗は立てず、戦争前提で乗り込む事になる。


「ジャン、黒だった馬車、御者の姿が見あたらないのは」

「狼の群れに混じってたんだろうな、ヤレル」

「それにしてもよく気付いたな、二人とも」


 同じ野営テーブルを囲み尋ねるゲオルクに、そりゃ法王領出身ですからと握りを摘まむシーフの二人。同じく相席のディアスとシェリー、ケバブもよりどりみどりのお寿司を頬張る。事件のせいで早い閉会となり、お料理がいっぱい余り、今夜は食べ放題なのだ。

 ちなみにハモンドはヨハネスに市内を案内してもらうため、法王庁の客間で寝泊まりしていた。帝国外の王だしもしもの事があれば、グリジア王国が傾くとフローラが勧めたのである。


「皆さん、ちょっとこれを試してみて」

「それは何ですか? キリア隊長」

「んふふ、噂のイカとタコよ、ケバブ」


 例のデビルフィッシュですかと、覗き込むテーブルの面々。精霊さんとお友達の三人娘が握ったなら、大丈夫なんだろうと手を伸ばす。こりゃ乙な味と、評判は上々のようで。


「フローラさまとグレイデルさまは、もうお休みで? キリア隊長」

「はいゲオルク先生、怪我人の回復にずいぶんと魔力を使いましたから」


 どのみち反逆国の特定に矢の補充もあるわと言いながら、キリアは追加のガリをことりと置いた。三日はこの地に留まり、野営を継続する事になるでしょうと。


「そうそう、キリア隊長。小耳に挟んだのですが、ローレン王国軍の本軍が、帰国の途についたそうですね」

「そうですゲオルク先生、間違いありません。法王庁に書簡が届き、フローラさまが確認しました」


 これでいよいよ魂集めが出来なくなるなとジャンが。だからこそ自らを魔物化したのではとヤレルが。これは予断を許さないなと、揃ってガリを頬張る。


「暗殺集団のズルニ派って、悪しき魔物信仰と繋がってるんだろうか、ケバブ」

「可能性はあるけど断定は出来ないぞ、ディアス。今まで魔物とズルニ派、一緒に出て来た事はないからな」


 言われてみれば確かにと、シーフの二人も相槌を打つ。金を求める者と、帝国を牛耳りたい者とでは、思想が違うからなとゲオルクが緑茶をずずっとすする。しかし選帝侯三人の暗殺指令はズルニ派から出たわけで、どうなってるんだろうと首を傾げるテーブルの面々。

 そこへマリエラと側仕えのメアリが、ご一緒してよろしいかしらとやって来た。クラウスとラーニエのいるテーブルへ行きにくいらしく、もちろん隊長たちも気を利かせ同席を避けていた。シュバイツとヴォルフは女王テントで、愛する人の寝顔を見ながら食事をしているわけで。


「あくまで私の予測なのですが、暗殺指令の出所は皇帝領なのかも」

「どうしてそう思われますの? マリエラさま」

「選帝侯の暗殺ですもの、見合った依頼金を払えるのは大国ですわ、キリア。多分もう崩御されている皇帝の紋章印を、敵対する選帝侯が勝手に使いズルニ派を動かしたとしたら……」


 それはあり得るかもと、誰もが膝を打つ。マリエラとメアリの湯飲みを置くキリアも、その線が強そうねと眉間に皺を寄せた。


「皇帝の紋章印と選帝侯三人の紋章印があれば、大もうけのチャンスとズルニ派は動くでしょう」

「つまりズルニ派は、魔物信仰の連中から、いいように使われていると」

「そう考えるのが妥当ですわね、ゲオルク先生。私たちは一度ズルニ派の指導者に、会う必要があるかも」


 そうなれば法王と修道女長の口添えが必要であり、みんな二人しか座っていないテーブルへ視線を向ける。ラーニエは相変わらずジョッキを手放さないが、あんな風に笑っている顔も始めて見た。雨降って地固まるですわねと、マリエラは蒸しアナゴの握りを頬張るのだった。

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