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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第3部 法王領の光と闇
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第68話 戴冠式

 ケイトがハーフアップにした髪を、螺鈿らでん細工のバレッタで留めていた。誕生日にフローラから賜ったもので、黒地に小花模様が可愛らしい。螺鈿とは貝殻の内側を用いた工芸品を指し、光の当たり具合により見える色が変化する。

 ジャンからの婚約指輪は別にして、装身具なんぞ生まれてこの方、貰ったことがないケイトは大喜び。帝国では超が付く高級品なのよとキリアから教えられ、うひっと顔を引きつらせたのはご愛敬。


 ケイトに限らずミューレとジュリアも、今後フローラから衣服や装身具を下賜かしされるだろう。ここで言う下賜とは、女王が側近に金品を贈るという意味。そろそろ貴族衣装の着こなしを教えましょうかと、ミリアとリシュルが頷き合っている。


「これは何かしら、ケイト」

「すあまと言いまして、東方の生菓子なんですフローラさま」


 マリエラも選帝侯だからフュルスティンなわけで、三人娘はフローラを名前で呼ぶようになっていた。まあアウグスタ城の上級使用人も名前呼びだから、ファス・メイドのお伺いにフローラはそうしてと快諾していた。身分の違いはあっても側近は友人と同じ、よそよそしいのは彼女も好まないのだろう。


「美味いし見た目も赤と白できれいだ、これはお茶会で武器になるなフローラ」

「そうねシュバイツ、王侯貴族の間で人気が出そう」


 グレイデルも優しい甘さとモチモチ食感に、思わず頬に手を当て目を細める。帝国には存在しないお菓子だから、贈答用でも威力を発揮すると絶賛。

 生菓子の種類はいっぱいあるようで、三人娘は色々と仕込んでるみたいだ。大聖女の切れる外交カードが、こうして更に増えて行くわけで。


 ところでティータイムの女王テントと言えば、女子がのんびり羽を伸ばす花園のはず。もはやシュバイツ、男としてカウントされてません。すっかり溶け込んじゃってるから、誰も気にしてないのだ。普段なら男性の前ではしない話題も、遠慮なしにぽんぽん飛び交う。


「ゲルハルト卿ってそんなにすごいの? グレイデル」

「私に聞かないで下さいフローラさま、見たこと無いのですから」

「どうなんだい、アリーゼ」

「シュバイツさま、怒りますよ」

「でも興味がありますよね、ミリア」

「うんうん、どんな風にご立派なのか気になるわよね、リシュル」


 うっきゃあと頬に両手を当てる三人娘。

 護衛武官として控えるアリーゼがしかめっ面になるも、いやそこんとこ詳しくと食い付く女子たち。これが乙女の花園の実態、アリーゼはミリアとリシュルによって席に座らされちゃった。しょうがないわねと言いながら、元娼婦の護衛武官はご立派の詳細をごにょごにょと。


「男女の睦み事には、相性というものがございます。長さや太さはお気になさいませんよう、フローラさま」

「ふむふむそれで、ご立派さまはアリーゼにとって相性が良かったのかしら」

「それはもう……って、なに言わせるんですか!」


 女王テントで話題になってるとは思いもしない、当のゲルハルトが空いてる行事用テントに隊長たちを集めていた。知らぬが仏とはよく言ったものだと、すっかり聞こえていたわんこ聖獣がにへらと笑う。


「襲ってきませんね、隊長」

「やはり戴冠式か舞踏会だろうな、ヴォルフ」 


 戴冠式では大聖堂の中に、警備で聖堂騎士団が配置される。そして建物の周囲を、フローラ軍がぐるりと固めるのだ。敵さんも馬鹿ではない、舞踏会に的を絞っているだろうと、ゲルハルトは見取り図を広げた。各隊長たちもそんな予感がしており、広げられた図面に視線を落とす。


 舞踏会は首都の外にある、湖畔に面した離宮で開催される。周囲に障害物は一切なく、カマキリでも人面鳥でも巨人でも、どいつが現れても厄介だ。

 そこへ兵站糧食チームからもらったジョッキを手にする、ラーニエが「煮詰まってるのかい?」とやって来た。彼女のティータイムはお茶と言うか、おちゃけなんだこれがまた。


「離宮の防衛計画でな、ラーニエ」

「会場の外よりも、中に神経を集中した方がいいかもだぜ、ゲルハルト卿」

「どういう意味だ」

「ビドル国の王族と使用人が、魔物に変身したじゃないか」


 あっと声を上げる隊長たち、その件に関してはすっかり失念していたのだ。

 近隣諸国の代表が首都に領事館を構え駐在しており、その貴族らが法王主催の舞踏会に招待されている。魔物が最初から会場に入ると思った方がいい、そう言ってラーニエはジョッキのエールを呷った。


「誰が白で誰が黒か分からない以上、会場に入るのは阻止できませんね、隊長」

「全くの盲点だったなヴォルフ」

「何かあったら軍団は会場に突入、その腹づもりでいるんだね。メイドに扮する娼婦たちへは、酒や料理のワゴンに武器を隠すよう命じてある」


 窓を割ろうが扉や壁を破壊しようが、魔物が相手ならお咎めはないさと、ラーニエは涼しい顔でジョッキを振る。法王庁の炊事場から派遣された娘が、気付いてジョッキを取り替えに来た。

 名前はエイミーで立場はキッチン・メイドに近く、聖職者ではないから何でも食べられる。お料理の基礎はできているので、糧食チームとはすぐに馴染んだようだ。


 ぱたぱたと戻って行くエイミーの背中を見送り、ゲルハルトはところでとラーニエに顔を向けた。聞きたいことがあるんだがと、テーブルに肘を突いて手を組む。


「暗殺集団ミーア派の指導者、ムハマドにはいつ会わせてもらえるのかね」


 はい? と目をぱちくりさせるラーニエ。

 そう言えばどうなってるんだと、他の隊長たちも口を揃える。すると彼女はあんたら鈍いねと、ころころ笑い出した。


「大聖女さまと国王さん達は、勘付いたようだから言わなかったんだよ。法王ことパウロⅢ世がムハマドなのさ、これは他言無用だからね」


 口外したら殺すよってオーラを放つラーニエと、石像になってしまう隊長たち。

 お茶会をした時に法王は、赤のラーニエを指名しテーブルに呼んだ。そしてローレン王国軍に従軍せよと、あのお爺ちゃんは彼女に命じたのである。

 フローラもシュバイツも、クラウスもマリエラも、その時点でお察しだったのだ。ミーア派の幹部を異動させ活動方針を決める事が出来る、ならばこの人がムハマドで間違いないのだろうと。


「では、ズルニ派の指導者は誰なのかね」

「あはは、それを知ったら命がいくつあっても、足りないよゲルハルト卿」

「構わん、我々は軍人で常に戦場へ身を投じている、今更だ」


 すると真顔になったラーニエはジョッキを置き、貸りるよとペンを手にする。彼女が図面にさらさらと書いたのは、重職にある聖職者の名前だった。それは大司教のラムゼイで、次期法王候補のひとり。


「小国と同等の領地を持っててな、今は法王領にいない。大聖女さまにはお伝えしたが、どうするかはあのお方次第だ」


 金で動く暗殺集団の指導者が大司教なのかと、暗澹たる気持ちに落ちてしまう隊長たち。そんな彼らにこれが法王領の光と闇さねと、再び空になったジョッキを振るラーニエだった。


 ――そして戴冠式の日がやって来た。


「新たな君主となる三人に祝福を。そして治める王国に、神と精霊のご加護があらんことを」


 サッシュと呼ばれるたすきを右肩からかけ、正装した三人が祭壇の前でひざまずいた。法王が自らの手でフローラ、シュバイツ、マリエラの頭に王冠を乗せていく。女性の場合はティアラなので、乗せるのではなく髪に挿すのだが。


「これで選帝侯が二人、皇族の王が一人、名実ともに確定しましたわねクラウス候」

「そうだな……ごほん」

「どうされましたの?」

「いや、この場で君をシルビィと呼ぶべきかラーニエと呼ぶべきか、一瞬悩んだ」

「足を踏んづけられるのと、お尻を抓られるのと、どっちがよろしいかしら」

「君にされるなら、両方でも構わんよ」

「あらまあ、マゾ体質なのですかそうですか」

「君だけの限定だよ、終わったら酒宴だ、大いに飲もうじゃないか」


 何やかんや言ってラーニエ、クラウスの傍にいることが多くなった。舞踏会で彼を守る使命感だけでは無さそうだと、人間モードのダーシュが聞き耳を立ててます。

 そんなわけで厳重な警戒の下、後見人と側近が見守る中、邪魔が入る事なく戴冠式は式次第通りに終了。軍団が何事も無くて良かったと、ほっと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。


 ――そして夜の野営地。


 こちらはチーズピザになります、聖職者の方でも大丈夫ですとケイトが。

 このバジルソースたっぷりなマルゲリータも、大丈夫なんですとミューレが。

 きのこたっぷりボスカイモーラ、こちらも大丈夫ですとジュリアが。


 歩くオーブンのケイトがいるから、三人娘がピザをどんどん量産している。招かれた聖堂騎士たちが、言葉を発することなく頬張ってますがな。他にも夏野菜をふんだんに使ったオルトラーナもあって、聖職者を虜にしちゃってます。


「これは何というピザかね、フローラ」

「四種類のチーズを使った、クアトロ・フォルマッジと言います、法王さま」

「美味いな、ぶどう酒が止まらなくなる」


 シスターも含め戴冠式に携わった聖職者のため、お料理はハッシュポテトやアップルパイなど、肉と魚に卵を使わないものばかり。企画したのはミューレで、キリアがグッジョブねと親指を立てている。

 ひと仕事終えて安堵した兵士らが杯をぶつけ合い、吟遊詩人が楽しげな曲を奏で、娼婦と踊っている者も何組か。そこへラーニエの手を引き輪に入る、クラウスの姿もあったりして。踊るより酒がいいのにってぼやきが、聞こえたような聞こえなかったような。


「パン生地に具材を乗せて焼くなど、帝国には今まで無かった料理だ。君の軍団は食に恵まれておるな」

「派遣した料理人がオーブンで焼くでしょうから、いつでも食べられますよ」


 むふんと笑い唐辛子ソースを、ピザにだぼだぼかける大聖女。テーブルを囲む本日の主役たちが、条件反射で頭皮の毛穴という毛穴が開いてしまう。精霊さんとお友達になれば、聖女はこうなるんですはい。三人娘も例外ではなく、激辛が平気になってるこの事実。


「フローラ、ひと口だけいいかな」

「いいけど……大丈夫?」

「シュバイツさま、お止めになったほうが」

「ひと口だよマリエラ、心配すんな。フローラが口にするなら俺も……うぼぁ!」


 ほら言わんこっちゃないと、マリエラが水差しを向ける。ハバネロやジョロキアを使ったソースは、こんなもんじゃないわよとフローラはもーぐもぐ。

 三人娘に言わせるとこれは五辛だそうで、段階は十辛まであるそうな。水差しの水をそのままがぶ飲みするシュバイツに、何やってんだかと眉を八の字にする法王とマリエラであった。

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