第60話 フローラ軍によるお仕置き
領民あってこその王侯貴族――。
正しき信仰あってこその王侯貴族――。
この信念をフローラは、天寿を全うするまで変えることはない。これから彼女は大陸全土に、その信義を問う大鉈を振るう事になるだろう。
今後フローラ軍が行なう武力闘争は、王侯貴族とは何ぞやを問う戦いになる。ビドル王国の廃国は、その序章にすぎないのだ。
そのビドル王国にも首都と呼ぶには小規模だが、王城は都市を形成している。オレンジ旗を降ろしたフローラ軍は、すんなりと都へ入る事が出来た。なんせ自警団が存在しないのだから、誰も東西南北の門を守っていないのだ。いくら法王領の隣国だからって、平和ボケしすぎではあるまいか。
「税を徴収する兵士を何人か見かけたが、軍団を見た途端に慌てふためいて逃げちまったな、フローラ」
「そうねシュバイツ、不戦の旗を掲げていないのだから、一介の兵士にとっては恐怖でしょう」
革袋に入ったエールを口に含みつつ、町並みを眺める女王馬車の四人。もっとも街路の人通りは少なく、あちこちゴミが落ちており、浮浪者とおぼしき者も多い。治世を行なう王と家臣がいかに怠慢か、ひと目で分かるというもの。
こりゃ市場は期待できないなと、クラウスが甘納豆を頬張った。キリアからドンパチ始める前に、市場へ寄って下さいと頼まれているからだ。
ローレン王国やヘルマン王国を含む大国は、都市に入る商人や旅人から税を徴収したりはしない。ツォルと呼ばれる通行税のことだが、お金持ちの国だからそんなせせこましい事はしないのだ。むしろ都市の経済を活性化させ売り買いを促進した方が、結果として税収は上がると分かっているから。
ところが貧乏な国ほど、あの手この手で税を負担させようとする。酷い場合は主要道路や川にかかる橋にまで、ツォルを払わせようとする。
クラウスは市場に期待できないと口にしたが、さもありなんと頷くフローラとシュバイツにグレイデルの三人。売られている商品の値段、その半分以上は税金じゃあるまいかと予測できちゃったのだ。
「あう、どうしましょうキリアさま」
「あはは、これはダメねケイト。フュルスティンにお願いして、後で瞬間転移の門を開いて頂きましょう」
そうですそうですそうしましょうと、首を縦にブンブン振る三人娘。
新鮮ではない萎びた野菜の数々、肉類も少々腐臭があり、こうなると卵の採卵日もいつなのか怪しい。それでも物価は高く、シーフの二人にケバブも、ヘレンツィアかカデナへ行って仕入れるべきと口を揃える。
シュバイツのブロガル王国や、マリエラのルビア王国と言わない辺り、海鮮料理が食べたいのだろう。はいはい分かってますがなと、目を糸のように細めるキリアと三人娘であった。
「グルゼー王をここへ連れてこい」
「ここ、こんな事をしてただで済むと思っているのか」
「それを決めるのは法王さまだ、お前ら衛兵じゃない」
ゲルハルトが正門の衛兵を脅し、もとい要求を突き付けている。領地規模からして城を守る衛兵と近衛兵は、百五十名かそこらであろう。大聖女さまに出張って頂く必要もないと、騎馬隊も重装兵も鼻息は荒い。
兵站部隊によって陣幕が張られ、弓兵と軽装兵が投石器を組み立て始めた。ちなみに使う弾は、岩じゃなく油の入った壺だ。城を燃やす気満々で、ビドルの衛兵たちがひええと青くなっている。
城が燃え尽きれば、跡地に分教会と聖堂が建立されるだろう。法王庁も手間が省けて助かるはずと、陣幕に入ったマリエラにラーニエがやっておしまいって顔してる。
押し問答をしている中、城内に忍び込んでいたダーシュが戻ってきた。跳躍力が高く、城を囲っている鉄柵を軽く飛び越えられるわんこ聖獣。大聖女さまから頼まれたわけじゃないんだが、聖獣としての霊力と直感がそうさせたみたいだ。
「フローラ、みんな、この城に正しき信仰はない」
「どういうこと? ダーシュ」
「礼拝堂が偶像崇拝になっている、山羊の頭を持つ魔物を祀っていたぞ」
グリジア王国の元宰相ガバナスが、直ぐに思い浮かんだフローラとグレイデル。あそこの礼拝堂もバフォメットと呼ばれる、山羊頭の魔物を祀っていたからだ。話だけは聞いていたクラウスとシュバイツも、マリエラにラーニエも、目つきが変わった。
陣幕と兵站部隊にディフェンスシールドを展開したシーフの二人も、ふうんと顔を見合わせる。こうなると皇帝陛下は、もはや関係なくなるからだ。信仰心の無い君主は、法王によって裁かれるのだから。すると大聖女さまが扇を広げ、空へふよふよと舞い上がった。
「我がローレン軍の兵士たちよ! 開戦前の口上は不要、悪しき魔物信仰の城を灰燼に帰すのです!!」
精霊さん達の力を借り、愛する軍団へ大音声を放ったフローラ。それは相手が騎士道精神の通用しない外道であり、潰してしまえって宣言に他ならない。正門で衛兵とにらみ合う騎馬隊と重装兵が、大聖女の鼓舞に合点承知と応じ武器を握り直す。
途端にあれがローレンの魔女かと見上げる、城の衛兵たちが増悪を露わにした。
いま確かに魔女と言った、言ったよなと、重装隊長のアレスとコーギンが目を吊り上げる。それは騎馬隊も同様で、ゲルハルトにヴォルフが成る程ねと目を眇めた。
帝国外であるグリジア王国の現ハモンド王は、フローラと初対面の時に魔女と口にした。だが今では雷を操り春を呼ぶ聖女だと、間違った認識を改め親愛なる友としている。
それがこの王城はどうだ、法王領の隣国でありながら、ローレンの聖女を魔女と呼んだ。即ちこの城にいる者は全員、悪しき信仰に染まっていると、確定したようなものである。
「総員、かかれ!」
大聖女の合図で開戦の銅鑼が打ち鳴らされ、投石器から火の付いた油壺が射出された。試射をしておらず着弾地点は大雑把になるが、城に当たりさえすればそれで構わない。国境の砦であるブラム城と違い、この王城は城壁が燃える素材だからだ。重装兵が正門をぶっ壊し、騎馬隊が中庭へなだれ込んでいく。
武器と盾がぶつかり合う中、火の手が上がった王城のあちこちから、でかいコウモリが多数飛び出してきた。衣服を身に付けたままで、どう見ても王族に執事やメイドだろう。そのコウモリどもが、口から不協和音を放ち出した。曇りガラスを爪で引っ掻いたような、嫌な音にフローラ軍の動きが鈍る。
「あたい、この手の音は苦手なんだよマリエラ姫」
「平気な人なんていませんわ、ラーニエ」
耳を塞ぐ二人に同じく、顔をしかめ耐えようとする、クラウスにシュバイツとグレイデル。上空のフローラも、耳に手を当て踏ん張っていた。これが陰の精神攻撃なんだと、耐性のあるわんこ聖獣が吠える。
そのフローラにコウモリどもが、寄って集って襲いかかった。だが霊鳥サームルクが黙っているはずもなく、念動波が悪しきコウモリを肉塊に変え地面に叩き落としていく。
片や地表では膝を突く兵士も出始め形勢は逆転、フローラ軍は防戦一方になってしまった。そこへ後方から勇ましい軍隊行進曲が! 吟遊詩人ユニットによる演奏で、陰を打ち消す陽の音色が鳴り響く。
我に返った娼婦たちがブーメランを、空のコウモリに狙いを定め投げ始めた。動きが止まっていた投石器も、再び王城へ油壺を射出し始める。
「クラウス、行かないか?」
「そうだなシュバイツ、陣幕でじっとしてると体が鈍る。ラーニエ、ここを任せていいかね」
「あら、あたいも行きたいんだけど」
この三人はと、はにゃんと笑う控えていたメイドたち。
当然ながらケバブとディアスも、シールドを飛び出し戦闘に参加。そのシールドに阻まれ地団駄踏んでいる敵兵は、中華鍋を手にする三人娘が撃退。そしてフローラ軍は攻城戦を前提としていない、柔な王城を燃やし破壊し尽くしたのだ。
尚グルゼー王とその血筋どもは、霊鳥サームルクの念動波により全てミンチにされていた。触らぬ神に祟りなしを、地で行った大聖女さまである。だがここで重要なのは、魔界から召喚したのではなく、人間が魔物に変身したって事実だ。ヨハネス司教がこれは一大事と、法王領へ早馬を出していた。
「大丈夫か? フローラ」
「魔力はほとんど使ってないから平気よ、シュバイツ。それよりもあなた、またドレスを破ったのね? キリアとお針子チームに怒られるわよ」
「破ったんじゃないよ、破壊した鉄柵に引っかかって裂けたんだ。でもどうだ、色っぽいだろ」
しなを作る女装男子に、この人はと胡乱な目を向ける女王さま。彼の正体を知らない男性が見たら、そりゃ目を奪われるかも知れない。しかしフローラとしては、嬉しくないし複雑な心境のようで。
「あのね」
「おう」
「それを見せるのは」
「おうおう」
「私だけにしてくれないかしら」
「おう……え?」
後始末でみんな忙しい中、二人の会話を耳にしたのはダーシュだけであった。焦げた匂いと瓦礫の山、そんな中に佇む二人だけが、ピンク色に見えたわんこ聖獣。犬にだって表情はある、何をにやついてんだろうと、通りかかったディアスが首を捻っていた。
「これが軍艦ってやつか? ジュリア」
「美味しいでしょうケバブ、それがネギトロでこっちがあん肝よ」
磯の香りが相まってたまらないと、もりもり頬張る太っちょケバブ。シーフの二人も行事用テントから離れがたいらしく、並んでいる握りと軍艦をひょいぱく。
立食パーティー形式にしたフローラ軍の夕食、魚の生食にびびっていた吟遊詩人のメンバーが、何これ美味しいと声を上げている。娼婦の皆さんもカルチャーショックを受けたらしく、黙々と頬張り手が止まらないもよう。
軍団と居候たちのおかげで、魔力を温存できた大聖女さま。彼女は買い出しメンバーをヘレンツィアとカデナ、両方に連れて行ったのだ。つまり北方と南方の海鮮が揃うわけで、本日の野営は寿司三昧の祝勝パーティーと相成った次第。
しかもヘレンツィアではキリアのグラーマン商会が、海苔と鰹節に昆布の量産を成功させていたのだ。そんなわけで初となる海苔を使った巻き寿司も振る舞われ、兵士らは美味い美味いとどんちゃん騒ぎ。
「クラウス候」
「分かっているよマリエラ殿、ルビア王国は海なし国だからな」
「ローレン王国もヘルマン王国も、海があってずるいですわ」
そんなこと言われてもと、眉尻を下げカンパチの握りを頬張るクラウス。話題を逸らせるネタは無いかと、周囲に視線を向ける。もちろん寿司ネタじゃなく、若い女性の気を引くような材料を探して。
「マリエラ殿、あれをご覧なさい」
「まあ、あれはいったい……」
それは煮アナゴ丸ごと一本の、シャリが小さく見えてお飾りになってる握り寿司。作ったのはもちろん三人娘で、フローラがそれをシュバイツの口に運んでいるのだ。
「あらあらまあまあ、仲がよろしいことで。私きゅんきゅんしちゃいますわ、クラウス候」
「君に婚約者はいないのかね?」
「ごらんの通りレッドヘットですから、全くお声がかかりませんの」
人を外見で判断するような輩を、殊更に嫌う女装男子。それはクラウスも同じで、こんな可愛らしい娘さんなのにと、今度はハマチの握りに手を伸ばす。
ちなみにフローラとグレイデルのために握られたお寿司は、ネタとシャリの間にワサビがどっちゃり。口にしたシュバイツが目を白黒させているのは、見なかったことにするフローラの伯父上であった。
第二部 ローレンの聖女(了)
第二部までお付き合い頂き、ありがとうございました。
ここまでで第二部は約140,000文字、単行本一冊の分量となります。旅の仲間が増えちゃって、フローラ軍もずいぶんと様変わりしました。
けれど大聖女さまの軍団は、更に行軍を続けます。おっとその前にフローラの、戴冠式と社交界デビューが控えておりますね。
これから第三部を開始いたします。フローラがこれからどうなって行くのか、軍団と居候たちはどんな活躍を見せてくれるのか、是非お楽しみに。




