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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第58話 吟遊詩人

 踊っていた人々が地面へ逆さに置かれた、鍔広つばひろの帽子に銅貨を入れている。そうかああやって路銀を稼ぎながら旅してるんだと、三人娘も財布を取り出し銅貨をちゃりんと。シーフ二人とキリアにケバブも投入したけど、わんこに戻ったダシューはお金なんて持ってないから知らんぷり。


「キリアさま、素敵な男性と踊ってましたね」

「あはは、ダーシュよケイト」

「……はい?」


 ケイトだけでなく、みんなが呆然としてしまう。普段からあの格好でいればいいのにと、やはりキリアと同じセリフを揃って口にする。対してわんこ聖獣は疲れるから嫌だと、断固拒否の構え。


「せめて食事中だけでも」

「俺にスプーンやフォークや箸を持てと? 勘弁してくれミューレ」

「みんなと同じ温かいご飯が食べられるわよ」

「犬も猫舌なんだよジュリア、それは人の姿になっても変わらない」

「まあ、意外と不便なのね」

「不便とか言うなケイト!」


 三人娘とわんこ聖獣が、放っとけうんにゃイケメンもったいないと、ぴーちくぱーちく。そんなやり取りに、思わず目を細めてしまう兵站隊長さん。踊ってる最中にダーシュから言われたのは、野菜と果実に木の実をよく食べろってアドバイスだった。

 伊達に長く生きてないわんこ聖獣は霊力が高く、手を取った瞬間にキリアが高血圧だと気付いたもよう。ゲオルクがキリアに処方している薬は、おそらく降圧剤なんだろうと理解する。症状が酷くなるとあっさりぽっくり逝っちゃうから、それはダーシュとしても寂しいわけで。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか」


 そんな買い出しチームに、吟遊詩人のひとりが話しかけて来た。女性四人組のユニットで、ギター・フルート・ヴァイオリン・ライアーハープの編成だ。キリアは声をかけてきたライアーハープの女性に、何かご用かしらと微笑みかける。


「ローレン軍は、法王領を目指していると伺いました。できればその、私たちを同行させて頂けないかと」


 聞けば次のビドル王国、法王領の隣国にも関わらず強盗殺人が多いんだそうな。俺たちがいた頃はそんな噂なかったよなと、首を捻るシーフの二人。ならば治安が悪化したのは近年に入ってからだろうと、顔を見合わせる買い出しチームの面々。


「いいわよ、私は兵站部隊のキリア、よろしくね」

「うわ、ありがとうございます。私はリズベット、ギターがセーラでヴァイオリンがイルマ、フルートがアンジーです」


 見たところ年齢は二十代中頃から後半の吟遊詩人ユニット、それぞれが自己紹介を行いよろしくと握手を交わし合う。


「私たちはもう少し朝市を回るから、ここで少し待ってて」

「はい、私どもも楽器を片付ける都合がございますので、どうぞごゆっくり」


 買い出しに戻った一行だが、ジャンがよろしかったのですかとキリアに尋ねる。フローラの了解を得ておらず、兵站隊長が独断で決めて良かったのかとヤレルもちょいと心配顔だ。


「女装王子と選帝侯になる姫君、そこに輪をかけて移動遊郭よジャン。今更四人増えたところで……ファス・メイドのあなた達も、そう思わない?」

「そうですねキリアさま、三度の食事にたいした影響はないです」


 ケイトがさらりと言ってのけ、ミューレにジュリアもうんうんと頷き合う。実は娼婦の皆さんも、ちゃっかり兵士の糧食を一緒に食べているのだ。

 確かに誤差の範囲だねと、ケバブにダーシュも思わず笑ってしまう。いやいや君たちだって、フローラ軍に居候してる身なんだが。


「酒宴では音楽を取り入れた方が良いと思ったの、出来れば夕食の時間帯にも。若い兵士が娼婦と踊るのも悪くないわ、フュルスティンもきっとお許しになるはず」


 お許しになるよう丸め込むのですねと、口には出さないが誰もがそう思った。だが旅は道連れ世は情け、キリアの提案も一理ある。ここは商人の口八丁にお任せしますと、みんなして丸投げだったりして。


「これは私の直感なんだけど、みんな聞いてくれるかしら」

「どんなお話しですか? キリアさま」

「あくまでも勘だけどね、ミューレ。フュルスティンは戴冠式を終え社交界デビューしたら、その足でローレン王国には戻らないような気がするわ」

「戻らずに、いったいどちらへ?」

「ずばり、ミハエル候がいらっしゃる戦場よジュリア。瞬間転移の座標を覚えるついでに、軍団を率いてズルニ派の拠点を叩くおつもりではないかしら」


 この会話は、全て思念で行なわれている。壁に耳あり障子に目あり、人に聞かれては困る内容で、みんなも合わせているのだ。

 あのお方の性分ならあり得るわよと、キリアは試食用のイチゴを口に放り込む。品種改良が進んでいないらしく、かなり酸っぱいけどそのままごっくん。わんこ聖獣のアドバイスで、我が身を気にかけるようになったっぽい。


「そうなったら、ダーシュはどうする?」

「悪いなキリア、俺は新たな千年王国を見届けたくなった。だからどこまでも付いて行くぞ、ブリジットさまの墓守に戻るのはその後でいい」

「そう言うと思ったわ、ケバブは?」

「俺の主人が大聖女さまにベタ惚れだからな、従者としては付き従うしか」

「そこはジュリアと一緒にいたいって、素直に言いなさいよ」


 キリアから突っ込まれ、みんなからやいのやいの言われ、頬を朱に染めるケバブとジュリア。縁は縁を呼びフローラ軍は、これから更に長い行軍へ出るかもしれない。旅の仲間が増え、軍団は本当の天軍になるのかも。初代皇帝のヤコブが勇士を集め挙兵し、大陸を平定して今の帝国を築き上げたように。


 ――その夕方、ここは野営地の女王テント。


「ねえキリア、音楽が聞こえて来るけど」

「吟遊詩人ユニットですわ、フュルスティン。どうも次のビドル王国は治安が悪いようで、不安だから法王領まで同行させて欲しいそうです」


 フローラとグレイデルが目覚めたと聞き、早速テントを訪れたキリア。さてどう口説いたもんかと、商人の知恵よろしく頭をフル回転させる。


「いーんじゃないかしら、ねえグレイデル」

「そうですわね、フローラさま。兵士たちも喜ぶでしょうし、断る理由もございませんわ」

「なら決まりね、専用のテントを用意してあげてキリア」


 おやまあ、丸め込む必要なんて無かったよ。


「私が独断で同行を認めたのですが、そのお咎めは?」

「キリアの人を見る目は確かだわ、あなたが有用と判断したならオッケーよ」


 ただし演奏中は警備をもっと厳重にと、そこは忘れない大聖女さま。細かいことを気にしない豪放磊落ごうほうらいらくと、自然体の飾らぬ天真爛漫てんしんらんまんさが同居するフローラ。やっぱりこの人は本物だなと、キリアは改めて確信するのだった。


「ところで大事なお話が」

「なあに? グレイデル」

「成人するまでにですね」

「うん」

「王侯貴族の女子はと言いますと」

「うんうん」

「楽器を何かひとつマスターしないといけないのです」

「さてシュバイツとヴォルフは目覚めたかしら」


 逃げだそうとするフローラの手を、がっしと掴むグレイデル。


「その手を離してあなたは気にならないの?」

「いえいえ私たちより目覚めが遅いのは、フローラさまもよくご存じのはず」

「うぐっ」


 さすがの脱走常習犯も、ここに来て年貢の納め時。そう言えばグレイデルさまはどんな楽器をと、控えていたミリアとリシュルが興味津々で尋ねた。


「私はチェンバロなの、でも運べないしブラム城にも無かったから」


 チェンバロとはグランドピアノの原型みたいなもので、兵站部隊が行軍で運べるような代物ではない。どうもグレイデルはこの機に乗じ、フローラに吟遊詩人から楽器演奏の手ほどきを受けさせようとしてるっぽい。


 同行をすんなり賛成したのはこれが目的だったのねと、キリアは思わず吹き出しそうになる。グレイデルさまも策士ねとは、もちろん口に出して言わない。楽器なら経験のある職人に作らせますよと、フローラの逃げ道を塞いじゃう。


「ギター、フルート、ヴァイオリン、ライアーハープ、どれがよろしいですか?」

「ああん、キリアのいじわるぅ」


 かくしてフローラは四つある楽器のどれかを、マスターしなきゃいけないことに。ただしこれ、精神系の魔法を使いこなす序曲になったりして。

 そもそもフローラとグレイデルは、回復魔法をばんばん使える軍団のとっておき。戦闘の代役としてシュバイツとヴォルフを、魔人化することで回復に使う魔力を温存できる。自分で全部やろうとせず、仲間を信用して任せるのも上に立つ者の手腕だ。


「失礼いたします、夕食のテーブルセッティングを始めてもよろしいでしょうか」


 テント入り口の巻き布からひょこっと顔を出したジュリアに、お願いするわと微笑むミリアとリシュル。そのテーブルへ突っ伏す大聖女さまに、何かあったのかしらと首を捻るジュリアであった。


「ねえリズ、ずいぶんと豪華な夕食よね」

「これは驚いたわ、アンジー」


 正式にはリズベットだが仲間内では、リズと愛称で呼ばれている吟遊詩人のリーダーさん。手渡されたワンプレートに乗るお料理を見て、これが軍団の糧食なんてと呆けてしまう。

 豚の生姜焼きにカボチャコロッケと、ほうれん草のおひたしに根野菜がごろごろ入ったお味噌汁。しかもライスと味噌汁は、お代わり自由と聞いて尚更びっくり。

 ちなみにメインは鶏料理の予定だったんだけど、人面鳥のせいで豚に変更となりましたはい。兵士の皆さんがしばらくは、チキンを見たくないと仰るもんで。


「これがローレン王国軍の糧食なんだ、下手な酒場よりも上等よね? リズ」

「お昼にもらったハンバーガーも美味しかったけどね、セーラ。まさかここまでとは思わなかったわ」


 安宿に泊まり慣れているせいか、お世辞にも美味しいとは言えないオートミールや味の薄い豆スープが当たり前だった彼女たち。何これ美味しすぎると、思わず両足をぱたぱたさせてしまう。


「満喫してるようだね、音楽家の皆さん」

「あなたは確か……ラーニエさん」

「呼び捨てでいいよ、リズベット。これから演奏してくれるんだろ? 景気のいい曲をお願いしたいんだが」

「もちろんです、飛んで跳ねて踊れる曲、お任せ下さい」

「楽しみにしてるから、それと食後のデザートはもらってないようだね。食べ終わったら行事用テントに行きな、今夜はフルーツヨーグルトらしい」


 なんですってー!? と目の色を変える吟遊詩人の面々。安宿でそんなものは出てこない、ここは楽園かとつい有頂天になってしまう。これからは旅の仲間、よろしくねと手を振り去って行くラーニエである。


「あの人、移動遊郭の経営者よね、リズ」

「そうみたいだけど、なんだか違うような気がするわイルマ」

「どんな風に違うと思うの?」

「何て言うんだろう、限りなく聖職者に近い世俗って言うのかな」


 はいリズベットそれ当たり。

 ラーニエは従軍司祭の資格を持つ修道女長で尚且つ、暗殺集団である娼婦たちのまとめ役。ライアーハープの奏者、霊的な勘が鋭いようで。

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