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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第56話 娼婦と侮るなかれ

 ひとりの兵士が人面鳥に脚で掴まれ、空から放り投げられている。地面に落とされ骨折した負傷者が何人も出ており、ゲオルクが応急処置に追われていた。


「このままではいけません、メアリ」

「分かっております、マリエラさま。ディフェンスシールド(物理結界)!」


 青のルキアを持つメアリが、兵站部隊のエリアにドーム状の防御結界を展開。長くは持ちませんと叫ぶ彼女に、上出来と返す弓兵と騎馬兵たち。シールドの外に群がる人面鳥を狙い放題だからで、射貫き突き刺し魔物を灰へと変えていく。


 図体は重装兵ほどにでかいが、翼を焼かれ地面に落ちた人面鳥は鶏と変わらない。味方であれば結界の出入りは可能、持ってる間にと騎馬隊に重装兵が前に出た。ハルバードやランスで突き刺し、バトルハンマー(戦槌)バトルアックス(戦斧)でぶん殴る。


「お前まで結界の外へ出るとは驚いたが、中々やるではないかディアス」

「そりゃソードスミス(刀鍛冶)たるもの、自分の制作した武器を扱えなきゃ話しにならないだろ、ダーシュ」

「するとケバブも強いのか?」

「手合わせしたことはないが強いと思うぜ、あの腕力と体力だからな」


 翼にダメージを受け落ちてきた鶏、もとい人面鳥にディアスとダーシュが止めを刺していた。顔に書いてあるという慣用句があるけれど、人面鳥の弱点はまんま顔であった。そこに噛み付くダーシュと長剣を突き刺すディアス、どんどん灰に変えて行き次はどいつだと駆け回る。


 そんな中、予想以上に活躍しているのが娼婦たちであった。彼女たちのブーメランは、人面鳥の翼や脚にダメージを与え手元に戻ってくる。弓矢と違い矢が不要という点で、対空戦闘に於いては消耗品いらずの有効な武器と言えよう。

 特にひときわ目を引くのは、唯ひとりブーメランを二丁扱うアリーゼであった。ひとつを放っている間、もうひとつで近接戦闘をこなしている。獅子奮迅ししふんじんの働きをする彼女に、見事なもんだと誰もが目を丸くした。


「ゲルハルト卿! 後ろ!!」

「何!?」


 二羽とやりあっていたゲルハルトの後ろから、もう一羽が忍び寄り彼を掴もうとしていたのだ。その鉤爪の生えた両脚を、ブーメランがすっぱり切断していった。その悲鳴がまた「こけええぇ!」と鶏っぽく、当面の間フローラ軍でチキン料理はリクエストに上がって来ない予感が。


「助かったアリーゼ」

「んふふ、今夜は私を、指名してくださったらチャラですの」

「ばっ、お前さんこの状況でそれを言うか!」


 緊張の糸が吹っ飛んだのか、やり取りを聞いていた周囲の兵士たちから笑い声が聞こえてくる。仲間に死地を感じさせない漢がいれば、戦場の空気は変わるものだ。


 ちなみにラーニエ配下の娼婦たちは、性的サービスばかりを行なっているわけではない。聖職者なみの信仰心と知識を有し、戦闘訓練と個々の才能を引き出される。それがミーア派の暗殺集団であり、その辺の娼婦とは格が違う。

 アリーゼの場合はチェスが強く、法典をそらんじるほどの教養を持ち合わせていた。未だグレイデルに一勝もできないゲルハルトは、彼女を夜な夜なチェスの練習相手にしている訳で。


「私に勝てたら、ぱふぱふしても構いませんの」

「だからそれを言うなと、えいや!」


 眼前に迫り来る人面鳥を、ハルバードで一刀両断に切り伏せたゲルハルト。灰と化す鶏には目もくれず、調子が狂うとぼやきながら次の敵を探す騎馬隊長。


「ぱふぱふって何だ? ダーシュ」

「人生経験と恋愛経験を積んだら分かると思うぞ、ディアス」

「ふうん、哲学的な話しか」


 哲学ちゃうわと、舞い降りてきた鶏に飛びかかるわんこ聖獣。すると後ろで戦っていた娼婦シェリーがディアスの手を取り、こういうことよと自らの胸に押し当てた。旅装束に着替える前の薄着だったから、柔らかいのなんのって。


「ダーシュ、俺の左手はいま哲学に触れた」

「まだ言うか、今夜はシェリーを指名したらどうだ、触り逃げは良くないぞ」

「移動遊郭か、俺も行ってみようかな」


 ローレン軍は職業軍人の集団だから俸給が出るわけで、蓄財したい者には良いかもしれない。だがソードスミスという手に職のあるディアスは、武器の修理や新規作成で別収入があるのだ。お金には全く困っておらず、遊郭に落とすのはアリかもしれない。金は天下の回り物、世の中に循環させてこそ生きるもの。


「みんな結界内に戻れ!!」

「どうしたダーシュ!」

「第二波が来たぞゲルハルト、さっきより数が多い!」

「何だと!?」


 陣に戻り体制を立て直すフローラ軍だが、結界がそろそろ破られそうだ。しかも矢が尽きかけており、弓を手放し短剣を抜く兵も出始めている。どれだけの魂を犠牲にしたのかと、弓隊長のデュナミスもアーロンも歯噛みして空を睨む。


「マリエラ姫に正体がバレると困るから、使いたくなかったんだけどね」

「私もやろうか? ラーニエ」

「その歳で使ったら寿命を縮めるよ、ヨハネス司教」

「ここで全滅したら意味が無いし、大聖女さまに合わせる顔がない。それに二人でやったらマリエラ姫に、気取けどられにくいと思うんだが」


 ならやりますかと二人は頷き合い、ディフェンスシールドを展開する。緑のルキアによる重ね掛けではあるが、敵の数があまりにも多すぎる。飴玉に群がる蟻が如く、シールドに鉤爪を立てる人面鳥で空が見えないほど。結界の淡い光がどんどん薄れて行き、もはやこれまでかと誰もが思ったその時だった。


「私の大事な軍団に、何してくれちゃってるのかしら」


 精霊さんの力を借りたのであろう、フローラの大音声が空から降ってきたのだ。


「天空にまします風の神に願いたてまつる、我が名はフローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルク。人間界に存在してはならぬ、魔物の群れに天罰を下し給え」


 長い魔法詠唱が来たら大技だと、重装兵がラージシールド(大盾)を構え皆がその影に入る。仲間の事は考えてくれるだろうけど、怒らせたら怖いからなと誰かがぼそりと呟いた。


「目障りよ消えろ! トルネード(風神)!!」


 突風が吹き荒れ結界に張り付いていた人面鳥を引っ剥がし、更に竜巻となって上空へ舞い上げていく。風による物理のため結界内は影響が出ず、大聖女さまは味方のことをちゃんと考えてあげたっぽい。


 見上げれば五台の荷馬車が、ゆっくりと降りて来ていた。ジャンとヤレルが荷馬車に結界を張り、三人娘がケバブに打ってもらった出刃包丁を触媒に魔力弾を撃っている。この出刃包丁、一応は彼女たちの護身用で短剣扱い。いくら魔力効率が良くたって、中華鍋を持ち歩く訳にはいきませんので。

 御者台で扇を手に持つ仁王立ちの大聖女さまは、瞳が虹色のアースアイに変化していた。スカートの中が丸見えなんだけど、それすらも神々しく映るこの不思議。


フレイムアナコンダ(炎に輝く蛇)!」


 なんとフローラ、竜巻の中に燃えさかる蛇をぶち込んだのである。巻き上げられた鶏どもを焼き尽くし、一網打尽で灰に変えていく。

 そして竜巻から逃れた残党を、切り裂いていくふたつの影。それはフローラから魔人化されたシュバイツと、グレイデルから魔人化されたヴォルフであった。


「三日は眠りに就くんだっけ? ヴォルフ」

「起きた時の筋肉痛と関節痛は覚悟しとけよ、シュバイツ」

「うはは、あんまり嬉しくないな」

「でも楽しいだろ」

「おう、空中戦って面白いな。空を駆けて戦える、これぞ天軍の騎士ってやつか」


 空中を自在に駆け巡り、二人は鶏を切り裂き滅して行く。そしてこちらは地上、荷馬車から飛び出したケバブが異彩を放っていた。


「どっせい!」


 特大のバトルハンマーで、鶏を次々ぺしゃんこにしているのだ。空中の人面鳥をジュリアがソーンウィップ(茨の鞭)で捕らえ、それをケバブが潰すという連携になっている。

 ケイトとミューレが放つ魔力弾も、一発で灰に変えるからすごい。だがジュリアの放つ茨は枝分かれして、複数の鶏を同時に捕まえ地面に叩き付けるところがえぐい。それをケバブがぶっ叩き、止めを刺しているわけで。


「ジュリア」

「なあに、ケバブ」

「無性に鶏の唐揚げが食べたくなった」

「私に作って欲しいわけ?」

「ジュリアの唐揚げが食べたい」


 結界が張られた荷馬車の中で、キリア隊長とファス・メイドを守るシーフの二人が呆れてしまう。当分の間チキン料理はご勘弁なのに、ケバブはまるで気にしてないからだ。

 陣地の結界からも兵士らが飛び出し掃討に当たる。もはや戦場はただの養鶏場、娼婦がブーメランで落とした鶏をぼっこぼこにしていく。


「ジュリアを指名したってことはさ、ケイト」

「愛の告白よね、ミューレ」

「ふ、ふ、二人とも何を言って」


 ちゃんと返事してあげなさいよと、ケイトとミューレに肘で突かれたジュリア。全くもうと眉を八の字にしながら、彼女は塩味と醤油味どっちがいいかしらと尋ねてみる。


「ニンニクを効かせた醤油味で」

「ご飯も欲しいわけよね?」

「神話伝承盛りの、タワーで頼む。味噌汁は豆腐がいいな、それにお新香があればもっと嬉しい」


 つまり鶏の唐揚げデカ盛り定食の要求で、承りましたと唇の両端を上げるジュリアが楽しそう。ケイトとミューレに二人はどうするのと尋ねられ、ジャンとヤレルは海鮮丼でと返す。私もそれがいいわと、ちゃっかり便乗するキリアがお茶目さん。

 シュバイツとヴォルフ、三人娘と娼婦の活躍で、残党は一掃され野営地に平穏が戻る。魔力を温存していたフローラとグレイデルが、負傷者に回復魔法をかけて回っていた。


 ――その夜。


「フローラさまとグレイデル殿はベッドの中か? キリア隊長」

「よく眠っておられますよ、ゲルハルト卿。シュバエルとヴォルフもね」


 そうかと頷き、他の隊長らと海鮮丼をかき込むゲルハルト。

 女王テントに集まれないため、空いている行事用テントで夕食を摂る首脳陣たち。少なくともフローラが目覚めるまでは、この地で野営を継続する事になるからの問いであった。


「矢の補充も必要です、なあアーロン」

「それが最優先だな、デュナミス。重装隊からのご意見は?」

「鉤爪でラージシールドがぼろぼろなんだ、コーギンはどうだ」

「みんな盾の補修は必要だなアレス、軽装隊のスモールシールドもそうであろう」


 その通りですと、シュルツもアムレットも揃って頷く。ならば行軍は四人が目覚めるまで延期、その間に武器防具を手入れしようと隊長たちの意見はまとまった。


「ところでご指名の件はどうなった? ゲルハルト卿」

「ぶふぉっ!」


 味噌汁を吹き出しそうになり、クラウス候を恨めしそうに見るゲルハルト。奥さまに先立たれているのですから、良いではありませんかと真顔のマリエラ姫。隊長たちも別に恥ずかしい事ではないでしょうと、によによしながら海鮮丼を頬張る。


「わしはずっと戦場にいた。亡き妻と一緒にいる時間より、戦いに明け暮れた時間の方が長い。出産にすら立ち会えなかったわしを、妻はどんな気持ちで帰りを待っていたか」


 そうこぼすゲルハルトに、精霊さん達が集まって来た。まるで良い子良い子するように彼の体を撫で、来世で必ずまた会えるよと思念を送る。その手は今まで、ワサビを摘まんで食べてたんだけどね。つんとくる辛さ、これもまた人生の味。

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