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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第55話 食いしん坊の魂

 酒場のキッチンを借りて、三人娘によるショウサイフグの解体ショーが急遽始まることに。本当に食えるんかいなと店のマスターや女給はもちろん、自警団の面々も訝しそうに眺めていた。


 だがもし食べられるなら、港にとっても市場にとっても重要な資源となる。たまたま酒場に居合わせた市場組合長に呼ばれ、漁業ギルドと水産加工ギルドの組合長も見学に参加していた。ローレン王国の女王に仕えるメイドが、美味しいですよと言い切ったのだ。これは見届けなければと、それぞれの目は真剣である。


「基本的に食べられるのは身の部分、つまり筋肉と覚えて下さい。フグの種類によっては皮や精巣も食べられますが、判別出来ない時は手を出さない方が無難です」


 ケイトの説明にそうですそうなんですと、しょっ引かれた漁師が首を縦にぶんぶん振っている。聞けば先祖から受け継いだ食べ方を、この漁師は一家で細々と継承し消費して来たんだそうな。

 けれどヘルマン王国ではフグの販売を禁じており、身欠みかきにして露天販売していた所を自警団に通報されたらしい。ここで言うフグの身欠きとは、毒がある部分を取り除いた状態のこと。


「このショウサイフグは、筋肉と精巣なら食べられます。それ以外の内臓と皮はダメ、ヒレは皮の延長だからもちろんダメです」

「フロイライン・ケイト、種類によってランクとかはあるのかね?」

「最上級は皮も食べられるトラフグ、次いでマフグになりますね、漁業組合長」


 やっぱりトラフグが最高よねそうだよねと言いながら、ミューレとジュリアがすいすい捌いていく。このショウサイフグは、お値段が安くて庶民向けなのよねーと二人はにっこり。


「もちろん、全部位が食べられないフグもいます。そちらの漁師さんは見れば分かるようですね、でなきゃ生きてここに居るはずないですし。港にとっては貴重な人材ではないでしょうか、漁業組合長」

「そう言われてみれば確かに、だが問題は味だろう、フロイライン・ケイト」


 未だに半信半疑なギャラリーを尻目にケイトは、皿の模様が透けて見えるほどの薄造りにしていく。いわゆるてっさ盛りなんだが、魚を生食する文化がないこっちの人はびっくり。捌き終わったミューレとジュリアは、油を熱し唐揚げにするもよう。


「こいつは……市場組合長」

「美味いな漁業組合長、そっちの唐揚げはどうかね加工組合長」

「ほくほくして特有の旨みがあります、驚いたな」


 フローラご一行さまは精霊さんが見えるし、思念で意思の疎通も出来るようになっていた。大丈夫だよと言われ、ひゃっほうと飛び付くキリアと男子たち。マスターに女給と自警団の面々も、恐る恐る手を伸ばすがその美味しさにびっくり。


「これで握り寿司は? ケイト」

「もちろんできますよ、フュルスティン」

「釣り人に嫌われてる、クサフグはどうなのかしら」

「筋肉は食べられます、グレイデルさま」


 あのクサフグまで食用になるのかと、関係者は茫然自失。

 結果として漁師は各組合長の嘆願により、販売の罪を許されることとなった。今後は漁師を兼ねるフグ調理師として、指導に当たる事が決まりめでたしめでたし。


「内臓はしっかりきっちり焼却して、灰にしてくださいねマスター」

「分かったよフロイライン・ジュリア。ところでそれは卵巣だろ、さっき猛毒って聞いたが持って帰るつもりか?」

「んっふっふー、一年塩漬けして二年ぬか漬けにすると、毒が分解されて食べられるんです。これがまたお酒によく合う珍味で、私の父が大好きなんですよね」


 店内に「何だってー!」という声が響き渡ったのは言うまでもない。私たちの地域では普通に作られていますと、平然と言ってのけるケイトにミューレとジュリア。

 くだんの漁師もそれは全くの想定外、三人娘はこの地に伝説を残したかも。食いしん坊の魂は、ふぐの毒さえ捻じ伏せるってね。


「出来上がるのは三年後か、そのころ俺はどうなってるかなジュリア」

「ケバブはあんまり変わってないと思うけど? でもそれって私に対する予約なのかしら」

「猛毒であるフグの卵巣、どんな味か試したい」

「だから三年かけて毒抜きするんだってば! しょうがないわね、ケバブ専用の樽を用意して作るわよ、三年後だからね三年後」


 買い出し荷物で満載の荷馬車五台は、地面を離れふよふよと空に舞い上がる。ふうんジュリアったらケバブのために作ってあげるんだと、ケイトもミューレもむふんと笑う。

 他国の王子に仕える者と婚姻は可能なんだろうかと、ヴォルフがキリアに小声でごにょごにょ。そうねと御者台に目をやるキリア、もちろん視線の先ではフローラとシュバイツが肩を並べている。


「国家間の婚姻は、それぞれの国王が認めれば可能よ。ジャンとヤレルも法王庁が認めれば、と言うか認めるでしょうね」

「シーフの二人は長男じゃないから、婿入りって形になるか。するとケバブの場合はシュバイツが、法王さまから君主に認められればすんなりいきますね」

「逆よヴォルフ、シュバイツが君主になったらややこしくなるわ」


 それケバブとジュリアに関係するんですかと、ヴォルフが目をぱちくり。そこへ聞き耳を立てていた、グレイデルも話しに加わってきた。


「国王の従者である以上、いずれは爵位と領地を賜るでしょうヴォルフ」

「そうか婿にもらうんじゃなく、ジュリアを嫁に出さなきゃいけなくなるわけか」


 それ以前にシュバイツが君主になったら、フローラとの婚姻が難しくなるとグレイデルは人差し指を立てた。二人がくっ付いたとして誰がローレン王国を、誰がブロガル王国を統治するのか、法王庁も巻き込み帝国中が大騒ぎになると。


「法王さまがシュバイツを君主と認めなかったら、言い方は悪いけど話しは単純なのよ。ローレン王国で婿にもらっても、反対する国は無いでしょう。そうしたら従者としてケバブも付いてくるから、ジュリアとの結婚もすんなりいくわ」

「だがブロガル教会の司教は、シュバイツを君主に推薦する書簡、ヨハネス司教に預けてるよな」


 そこなのよと、グレイデルは眉を八の字にした。いま御者台に座るカップルは、実は前途多難で結ばれない恋かもしれないと。暗澹あんのんとした気分になる二人の前で、キリアがそうだ選定候会議だわと急に呟いた。


「女装趣味さえなければシュバイツは、次期皇帝になれる器だと私は思うの」

「あのキリア隊長、何を言ってるのかさっぱり」

「皇帝になればお国替えを、法王庁と選帝侯会議に議題提起できますわ、グレイデルさま」

「つまりローレン王国に国境を接する国と、ブロガル王国のお国替えか?」

「んふふ、そう言う事よヴォルフ。辺境のローレン王国が、聖女と帝のおわす大きな皇帝領となります」


 その発想はどこから出てくるのですかと、開いた口が塞がらないヴォルフとグレイデル。だが東方との文化交流と交易が活発になるだろうし、その玄関口はアルメン地方を統治するヴォルフ伯爵ですとキリアは勢い込む。


「選帝侯会議でシュバイツを次期皇帝に担ぎ上げる、そのためには敵対する選帝侯三名とズルニ派教会を潰す。そういう事になりますわね、お二人とも」

「壮大な計画すぎて、頭に思い浮かばないわキリア隊長」

「クラウス候とマリエラ姫はこちら側ですよグレイデルさま、票はフローラさまが握っており実現可能です」


 三人がそんな相談をしてるなんて、夢にも思っていない御者台のフローラとシュバイツ。中々転移の門を開かないと思ったら大聖女さま、膝の上で林檎の皮を剥いておりました。八つ切りにして種の部分を取り除き、皮に切れ目を入れ反対側から剥けばウサギさん。


「はいどうぞ、シュバエル」

「へえ、器用なもんだなフローラ。うん、しゃりしゃりして美味しい」

「ファス・メイドの飾り切りには敵わないけどね」

「キュウリで松飾りとか作っちゃうもんな、あれは職人技だよ。ところでそれ、見事な短剣だな」

「精霊女王に魔法をかけてもらった、エビルスレイヤー(破邪の剣)って言うの」

「それを果物ナイフ代わりに使うのか」

「あら、刃物は使ってあげた方が喜ぶと思わない?」


 蝶よ花よと育てられた令嬢とは、ちょっと違う男勝りな魔法少女。それでいて全てを包み込むような瞳に、シュバイツは吸い込まれそうな感覚を覚える。

 おっといけない転移の門を開かなきゃと、膝の上に置いたハンカチを剥いた皮ごと畳む大聖女さま。この皮は後でアップルティーに使おうねと、彼女はにっこり微笑むのである。


 ――時は少し遡り、ここは野営地。


 猛烈に吠えだしたわんこ聖獣に、思念で会話が可能となった騎馬隊長が問う。


「どうしたと言うのだ、ダーシュ」

「北の空を見ろゲルハルト、魔物の群れが来るぞ」

「何だと!? 総員戦闘用意!!」


 まるで雨雲のように迫ってくる黒い塊に、望遠鏡を向けた軽装隊長シュルツが何だあれはと声を上げた。その望遠鏡をひったくるようにして確認する、同じくアムレット隊長がおいおいと顔を引きつらせた。


 頭がなく腹に顔を持つ人面鳥の群れ、どう戦うと隊長たちが喧々諤々《けんけんがくがく》となる。そこへロングボウ(大弓)を手にしたラーニエが、落ち着きなさいとやって来た。見れば朝を迎え消したかがり火を、彼女の配下が再び火を点けているではないか。


「あたいたちが今やるべきことは聖女がお戻りになるまで、クラウス候とマリエラ姫をお守りすること。そして軍団の被害を、最小限に抑えることだ」

「策はあるのかね、ラーニエ殿」

「弓隊の出番だよゲルハルト卿。デュナミス隊長、アーロン隊長、矢の先端に布を巻いて油に浸し火を点けて放つんだ」


 それでかがり火を再び灯したのかと、ラーニエの意図を察した隊長たち。

 重装兵はクラウスとマリエラに非戦闘員を囲み壁を作り、軽装兵は矢に布を巻き油に浸け、受け取った弓兵は火を点け空に構える。騎馬隊はハルバードを手に騎乗し、いつでも来いと空を睨む。


「アデブの暗殺者がロングボウを扱えるとはね、お手並み拝見といきますよラーニエ殿」

「あたいはどっちかって言うと、武器の中では弓が好きなんだよデュナミス隊長。あとあたいの配下も、普通じゃないからね」


 見れば従軍娼婦のみなさん、ブーメランを手にしてたりして。くの字に曲がったその武器は、外周に鋭利な刃を焼き付けてある。投げて自分の手元に戻ってくるよう扱うには、相当な修練が必要となる飛去来器だ。

 もちろん近接戦闘でも使える武器で、まじかいなと兵士らが目をぱちくり。そりゃ夜な夜な相手してくれる娼婦が逃げ惑うことなく、暗殺者として戦闘モードに入ってるんだから無理もない。


「頼もしいな、ラーニエ殿」

「ほら来たよデュナミス隊長、号令を」

「弓隊の諸君! 放てえ!!」


 次々と舞い降りる人面鳥に、弓隊の火矢が突き刺さって行く。聖女を欠いたフローラ軍と空飛ぶ魔物との、戦いの火蓋が切って落とされた。

 作中でクサフグも食べられると書きましたが、実際に食べられます。ただし知識の無い方は、間違っても手を出しませんように。山に入り訳の分からないキノコを、採ってきて食べるのと一緒なんで。いとも簡単に、あぼーん(お亡くなり)しちゃいますから。


 フグはですね、フグ調理師免許のあるお店で食べましょう。

 あと作中にある卵巣を三年かけて毒抜きするのは、石川県の郷土料理です。ちなみに製造販売が許されているのは、日本全国でもこの石川県のみ。能登半島地震で亡くなられた方には、心よりお悔やみ申し上げます。


 日本人として出来る事は、ひとり年間1500円でいいから、石川県の産物を購入してあげること。これは福島県も同じで、それが地域への最大支援になりますので。

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