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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第54話 瞬間転移でひとっ飛び

 朝焼けの空に兵站の荷馬車が五台、上空にぷかぷかと浮いていた。ヘルマン王国を出てから長いこと、海の幸を口にしていないフローラ軍。そろそろ兵士たちが食べたがる頃だし、シモンズとレイラを祝福する宴席も設けなきゃいけない。


 そんなわけでグレイデルと買い出しチームを乗せ、テレポーテーション(瞬間転移)しようとしているところ。先頭の荷馬車にみんなが乗って、三人娘がきゃいきゃいはしゃぐ。

 護衛にシーフ二人じゃ心もとないからと、ヴォルフとシュバイツにケバブも同行。まあこの三人は、思い人の傍にいたいってことね。察したフローラは参加を認め、この面子で出発と相成りました。


「大丈夫なのですよね、フュルスティン」

「ヴォルフとグレイデルを連れてブラム城にも行ったし、大丈夫よキリア、大船に乗ったつもりでいて」


 ところでローレン王国の首都ヘレンツィアではなく、ヘルマン王国の首都カデナで良いのねと念を押すフローラ。するとケイトが言うに、南方系の魚とでっかい伊勢海老が欲しいらしい。ヘレンツィアで水揚げされるのは北方系の魚介類だから、今回はカデナに行きたいんだそうな。

 お目出度い席に伊勢海老は映えるよねと、ミューレにジュリアがきゃはっと笑みをこぼす。自分たちも披露宴では三人娘に腕を振るって欲しいのか、ヴォルフもグレイデルもほうほうと真顔で聞いている。


「シュバエル、あなたはレディース・メイドなんだから、こっちに来て」

「え?」


 前の御者台に座るフローラが、隣の席をぽんぽん叩いた。言われるがまま荷台から移り、少々気恥ずかしそうに座るシュバイツ。

 彼が男子であることは、ラーニエにすぐばれてしまった。それだけではなく誰が誰の思い人かさえ、彼女には丸わかりなんだそうで。その情報を敢えてフローラに流したのは、恋の花をいっぱい咲かせたいラーニエが持つ性質かもしれない。


「それじゃ出発するわね、開け転移の門!」


 虚空に光輝く輪が出現し、五台の馬車はそれをくぐり抜けていく。すると出た先はヘルマン王国の空、眼下に首都カデナが見える。こいつはすごいと、シーフの二人は顔を見合わせた。ぶっちゃけこれが可能ならば千の軍勢を、敵国の上空へ一気に運べるって話しになるからだ。

 ただし転移できるのは、フローラが訪れた事のある場所だけ。ミハエル候が戦っている戦場へ行けないのが、何とも歯がゆいところ。いずれフローラは座標を覚えるため、大陸中を音速飛行の旅に出ることとなるだろう。


「法王領へ向かったはずの皆さんが、どうして今ヘルマン王国に」

「そこはローレンの聖女、深く考えない方がよろしくてよ」


 カデナで市場に最も近い、南門に舞い降りた五台の荷馬車。ローレン王国軍のマークが入っているから、門を守る自警団の面々が目を白黒させている。だがグレイデルから受け取った入国証は、クラウス候の紋章入りで本物だから疑いようがない。すんなり首都に入れた、大聖女さまご一行である。


「たまには御者台に座って、馬を操作するのも良いものね、グレイデル」

「王国の君主がやることではありませんけどね、フローラさま」


 シュバイツと肩を並べたかったのでしょ、とは口が裂けても言わないグレイデル。当の女装男子とフィアンセのヴォルフ、そしてシーフ二人は、周囲を警戒してそれどころじゃないっぽいけど。いつもと変わらないのは、携帯食の甘納豆をもりもり頬張るケバブだけ。


「伊勢海老すごい量ですね、店主さん」

「水温の変化でな、豊漁なんだよフロイライン(お嬢さん)・ケイト」

「水温の変化?」


 前回の野営でも大量買い付けしたから、三人娘は市場ですっかり名前を覚えられていた。甲殻類エリアの店主が言うに、数十年おきに海水温は変化するものらしい。


「エルニーニョとラニーニャって言ったかな、今まで獲れていた魚がぱったり水揚げされなくなるんだ。魚にとって水温のちょっとした変化は、人間だと春と夏ほどの違いがあるからな」


 つまり魚介類は水温や潮流により、数十年周期で生息地を変える傾向にあるってこと。ゆえに水産物加工に携わる者は、その変化に合わせなきゃいけない。

 例えば五十年前にマイワシがよく獲れていた漁場で、スルメイカと入れ替わる魚種交代が起きたと店主は話す。マイワシに比べスルメイカは低温を好むからだそうで、ふむふむ成る程と頷く三人娘。


 マイワシを扱っていた加工業者はスルメイカに切り替えるべきなんだが、対応出来なければ失業者が出ると店主は笑う。笑っちゃいるがそれは他国のお客さん相手だからで、実際問題として切実なのが表情からうかがえる。


 ご先祖さまから数十年周期で魚種交代が起きると、口伝で語り継がれても子孫は忘れ去る。この港はマイワシの名産地だからとブランド化し、専門の加工場たくさん作ってしまう。獲れなくなった時の事を考えておらず、そこに水産業の落とし穴がある。


「青物エリアにも行ってみな、カツオとビンナガマグロも絶好調だぜ」


 荷馬車への積み込みは店の者にやらせておくからと、店主が請け負ってくれた。ならばお言葉に甘えてと、伊勢海老を確保した一行は青物エリアへ。


「こんないっぱい、ステキだわジュリア」

「カツオはたたきで刻みネギにポン酢で決まりよね、ミューレ」


 カツオという魚はサバほどではないが、鮮度落ちが早い。新鮮さが命の魚だから早く売り捌きたい店主が、大量買いしてくれる三人娘の来訪に、へいいらっしゃいと目を爛々と輝やかせている。

 いやこれ首都カデナの市民で消費しきれるのかと、率直な疑問を口にするシーフの二人。鮮度が落ちてしまったら、人間どころか嗅覚の鋭い犬や猫も嫌って食べないからだ。豊漁だからといって漁獲量に自主規制を設けなければ、競り落とされる価格は自ずと下がり漁師のためにもならないと。


「お兄さん達、痛いところを突いてくれるな」


 渋面を作る青物エリアの店主たちに、漁業関係者が一丸になって取り組む問題だろうと、正論をぶちかますジャンとヤレル。確かにそうよねと、商人キリアもうんうん頷いている。


「売れ残ったら……ねえケイト」

「油漬けにすればいいのにね、ミューレ」

「ちょちょ、ちょいと待ったお嬢さん達、それってどんな加工なんだい?」


 何の気なしで口にした言葉なんだが、聞こえた青物エリアの店主たちが集まって来ちゃったよ。まだ生きてるカツオを人差し指で、ちょんちょんしている大聖女さまに、キリアと三人娘が視線を向ける。ローレン王国では魚介類のレシピを解禁しているが、ヘルマン王国はどうしましょうって問いだ。


「伯父上の国だし、教えてもいいわよキリア」

「承知しましたフュルスティン、三人とも皆さんに教えて差し上げなさい」


 ここで三人娘が言う油漬けとは、カツオやマグロを使ったツナのこと。お料理によってフレーク状にもするが、三人娘は切り身のまんまで豪快に作る。塩と香辛料を使い油の中で火を通し、そのまま油の中で保存する加工食品である。


「空気に触れないよう油に浸しておけば、常温で二週間は持つのよね、ケイト」

「パンに挟んでもいいし、ご飯に乗っけても美味しいよね、ジュリア」


 缶詰にすれば保存期間はもっと延長されるのだけど、その技術が確立されるのはもうちょい先の話となる。ケバブと三人娘がタッグを組み、鍛冶職人を巻き込んでスチール缶が作成可能になってから。


 そんな保存食のレシピがあったとは、思いもしなかった店主たち。これはヘルマン王国の水産業に、ちょっとした革命が起きるかも。使った油は魚と香辛料の風味が付いてるから、炒め物やサラダに使うと良いですよと、付け加えるのも忘れない三人娘である。


 そして買い付けた魚を、一気に冷凍していくミューレ。教会魔法を使える娘なんて、そうそういないため店主たち目の色を変えちゃった。

 日持ちするよう教会にお願いして冷凍すれば、その分お布施で小売単価が上がってしまう。魔法で冷凍ができるミューレ、店主たちから垂涎の的になってますよ。


「お嬢ちゃん、うちの嫁に来ないか」

「……はい?」

「悪いな店主、この子はローレン王国のレディース・メイド候補だ」


 ミューレの前に立ち、縁談を突っぱねるヤレル。うんうんと頷くジャンとケバブがおかしくて、ぷくくと笑い顔を見合わせるフローラとグレイデルにキリアである。


「あれれ、ケイトはどこ行ったんだろうジュリア」

「あ、あそこにいるよミューレ」 


 見ればケイト、白身魚のエリアで店主と交渉を始めていた。彼女が狙っているのはチダイ。見た目はマダイにそっくりなんだけど、エラの縁が血のように赤いことからチダイと呼ばれている。


「やっぱりお目出度い席ではタイの尾頭おかしら付きがないとね、ミューレ」

「お刺身と湯引きに炙りの三種盛りかな、ケイト」


 タイ科の魚は押し並べて、皮も美味しいからねとジュリアが笑みをこぼす。マダイじゃなくていいの? と尋ねるキリアに答えてくれたのは店主であった。


「マダイはいま産卵直後で、痩せてるし味が落ちるんですよ。チダイは産卵が秋だから、こっちが旬でお勧めなんです」

「ふむふむ、ケイト」

「はいキリアさま」

「どーんと買っておしまい」

「あいあいさー!」


 それだけではなくイサキや、マゴチも物色していく三人娘。これもまた旬で、美味しいお魚さん。ミューレだけでは間に合わず、フローラとグレイデルも手を貸し購入した魚を瞬間冷凍。

 一家に一台……もとい嫁に欲しい店主たち。でもローレン王国の君主と公爵令嬢だから、それは恐れ多いわけでして。シュバイツとヴォルフが「ああん?」と睨み付けているのを、ケバブがによによ眺めている。


「ヤレルさま、さっきの縁談話に割って入ったのは、本当に私がレディース・メイド候補だからですか?」

「言葉そのまんまだったんだがな、ミューレ」


 ここは市場に隣接する酒場。

 カフェテラス形式で外にもテーブルセットがあるから、エールをちびちやりながら休憩中の大聖女ご一行さま。購入した魚介類は全て店主たちが、荷馬車へ積み込んでくれる事になりましたゆえの待ち時間。


「私が誰を結婚相手に選ぼうと、ヤレルさまには関係ありませんよね?」

「確かにそうだ、出過ぎた真似をしてすまん」


 いやそうじゃないだろうと、誰もがジョッキを手に吐息を吐く。ミューレは分かった上でヤレルを問い質している、言い換えれば私の事をどう思っているんですかと。

 ヤレルは自分が嫌だったから、そう素直に言えば刺さるのに惜しい。人の恋路というものはまことに、ままならないものである。


「ほら来い、こってり油を絞ってやる」

「信じて下さい、これは毒の部位が分かれば食べられる、美味しい魚なんです!」


 フローラ達の目の前を、自警団にしょっ引かれる男がひとり。身なりから漁師のようだが、どうしたんだろうと顔を見合わせるフローラ達。自警団が押収したとおぼしき水を張った桶には、まだ生きてる魚が何匹か泳いでいる。


 すると三人娘が動いた! それショウサイフグですよねって。買います買いますおいくらでしょうと、詰め所に向かう自警団員たちの足を止めてしまったのだ。

 ホッケを漢字で入れようとしたら、環境依存文字だからダメですと蹴られちゃいました(苦笑)。魚に花と書くんですけどね。

 カクヨムだとオッケーなんですが、そこはサイトの構造が違うからなんでしょう。お寿司のネタとして使われる魚漢字に、使用できないものがあるっぽいです。なので魚の名前は全て、カタカナで統一しました。

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