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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第53話 恋の花はどこにだって咲く

 国境をひとつ越え、ここはネーデル王国の野営地。

 国境警備兵の態度が友好的だったことから、この国はフローラ軍に悪感情を抱いてないみたいだ。教会もミーア派だと聞くし市場へ行くのが楽しみと、行事用テントで三人娘がわいきゃい。


「ほれ、くいっといきなジャン、ヤレルも」

「お、おう、いくかジャン」

「ああ、匂いは普通だなヤレル」


 救護用テントでシーフの二人が、ラーニエから粉末にしたマカを勧められていた。瓶に入るそれを小っちゃいスプーンで口に放り込み、ぶどう酒で流し込むジャンとヤレル。ゲオルクによればこのスプーン一杯が適量らしく、毎日続ければ精力増強だけでなく更年期障害にも良いのだとか。


 ちなみにマカはアブラナ科の植物で、根っこが薬用として用いられる。成分が軒並み精力剤で、ミネラルとしてカルシウムや鉄に亜鉛も含まれる。鰻や牡蠣にレバーもいいが、乾燥して保存できる点に於いては優れもの。


「夜に目が冴えて、眠れなくなったらどうしてくれる」

「そん時はあたいらのテントにくればいいさ、ジャン」


 ラーニエの配下が構えるテント群、事実上は移動遊郭である。従軍娼婦の営業をフローラが公認したことから、夜な夜な若い兵士が集まり盛況のようで。


「営業するのに、フュルスティンをどうやって口説いた? ラーニエ」

「口説いたとか、人聞きの悪いこと言わないでおくれよヤレル」


 彼女はビーフジャーキーを割いて二人に手渡すと、自らも頬張りぶどう酒をくいっと。この人は本当に高位聖職者なんだろうかと、未だに信じられないジャンとヤレルである。


「王国の姫さまともなれば、男のあしらい方を教育される。もちろんそん中には、あっちの方も含まれる、分かるだろ?」


 それは分かると、うんうん頷くシーフの二人。

 ところがお稽古事は脱走の常習犯で、そっちのお勉強は成人するまで皆無だったフローラ。ガヴァネス(教育係)であるグレイデルもレディース・メイドも、箱入り娘で未経験者だから先生にはなれない。

 ここに来て知識の欠如が顕在化してしまい、心底呆れてしまったラーニエ。彼女は娼婦の説明をする前に、フローラへ性教育を施す必要が生じたわけだ。


「だからあたいがね、男女の睦み事がどんなものか伝授することになったのさ。言っとくけど教えるのは、娼婦のテクニックじゃないからね」

「当たり前だろっ! それで最初はどんな話しを?」

「男性は腹を立てる事があるけれど、こっちも立つんだよって所から。鎮めるにはどうしたらいいか、それを話したらすんなり営業の許可が出たってわけさ、ジャン」

「こいつは驚いた」

「何がだい、ヤレル」

「至ってまともな授業だ」


 あんたねえと、胸の前で拳を握り半眼となるラーニエ。いやいや待たれよと、胸の前で両手をぶんぶん振るヤレル。何やってんだかと、マカを粉末にしているゲオルクが苦笑する。


「話しの流れで行くと、ファス・メイドの三人にも教えるのか?」

「当たり前じゃないかジャン。あの子たちも一応は貴族だと聞いた、夢見るお子ちゃまのままって訳にはいかないだろう」


 何か問題でもと問い返すラーニエに、歯切れの悪いシーフの二人。

 口には出さないがさっさと口説けば良いものをと、ゲオルクが行事用テントに視線を向けた。近くの町へ買い出しに行くようで、キリアと三人娘が準備を始めている。俺らもそろそろ行くかと、ジャンとヤレルは腰を上げた。


「ところでラーニエ、シモンズ司祭とレイラ司祭が、最近ぎくしゃくしてるように見えるんだが」


 買い出しチームが出発したのを見届けたゲオルクは、そう言ってラーニエに食うかとシリアルバーを差し出した。カボチャやヒマワリの種、雑穀や木の実なんかを水飴で押し固めたもの。ゲオルクが行軍中に思い付いた、聖職者向けの携帯食だ。受け取り後で頂くよと、ラーニエは微笑みポケットに仕舞う。


 シュバイツと同様ラーニエの正体を隠さなきゃいけないのは、マリエラ姫とお付きであるメアリとなる。それ自体は従来通りで対象者がひとり増えるだけだから、フローラは箝口令と共に全軍へ通達していた。ゲオルクも知った時はびっくりで、未だに半信半疑ではあるのだが。


「あの二人は心配ご無用だよゲオルク先生」

「それはどういう意味かね」

「好き合ってるなら、なるようになるもんさ」

「お互い聖職者なのに?」


 そうだねと笑いシルビィことラーニエは、革袋のぶどう酒を口に含んだ。

 聖職者とは神の下部しもべであり、結婚出来ない立場なのは周知の事実。ラーニエはどう考えているのだろうと、ゲオルクはシリアルバーを頬張り話しの続きを待つ。


「でも地域教会の牧師に関しては、結婚が許されてるだろ。理由は後継者がいないと教会が存続できず、町や村の住民が困るからだ。本当に好きで結婚を考えたなら、牧師になればいいんだよ。帝国を見渡せば我が町にも教会が欲しいって地域は、いくらでもあるんだから」

「成る程そうか、お前さんは柔軟な考え方をするんだな」

「聖職者の恋愛を咎めるほど、神さまも野暮じゃないさゲオルク先生」


 なるようになった時は祝福してあげればいい、そう言ってラーニエはマカの入る瓶を手に席を立つ。移動遊郭に常備するのだろう、また頼むよと手をひらひらさせ、彼女はテントを出て行った。


 その頃ここは女王テント、シュバエルことシュバイツが、変な空気で居心地悪そうにしていた。何がどうと問われれば、答えようがないのだけれど。だがフローラもグレイデルも、ミリアにリシュルも、近頃ようすがおかしいと感じていた。


「最近なんかあったのか? フローラ」

「別に何もないわよ、シュバエル」

「そんなことないだろう、雰囲気がおかしいぞ」

「ならそうね、単刀直入に聞くわ」

「お、おう」

「私の傍にいて、立つ事はあるのかしら」

「……ごめん何を言ってるのかさっぱり分からない」


 赤ちゃんがどこからやって来るか、ラーニエから植え付けられたフローラ。今まで具体的には知らないけれど、何かいいことするんだろうって程度だった。

 ヴォルフがグレイデルと買い出しへ行くとき、草むらに押し倒してもって言ったのは何となく。そこからどんな発展をするのかまでは、てんで分からなかった大聖女さまである。結局あの時ヴォルフはグレイデルの手を握り、正式にプロポーズをしたのだ。彼の名誉のためにも言っておこう、けしてえちえちなことはしていない。


 まあそれは置いといてフローラは、大人と子供の狭間にあるミドルティーン。普通はああそうなんだと記憶に留めるだけだが、男の生態を実際に見たい欲求に支配されちゃってます。女装男子のシュバエル、格好の餌食にされそうな気が。


「私の場合は? シュバエル」

「だからグレイデル、何を言ってるのかさっぱり」

「朝の定期は別にして、欲情すると股間にテントを張るのでしょ?」

「ぶふぉっ!」


 出された紅茶を盛大に吹き出し、それ淑女のセリフかよとハンカチで口を押さえるシュバエル。巨人に向かって突撃する胆力もあるけど、こんな仕草は女性らしいから紛らわしいと、ミリアもリシュルも胡乱な目を向ける。


「正直に言うぜグレイデル、怒るなよ」

「うん」

「その胸は反則だ」

「うんう……はい?」

「ヴォルフが羨ましいぜ」


 つまり見境なく立つのかと、女子たちから追求されるシュバイツ。いやこれは本能だからしょうがないと、彼は何が悪いと開き直ってしまう。そこで自分を抑えられるのが聖人君子で、抑えられないのが単なるケダモノだと弁明を展開する。それで男を軽蔑するのは、根本的に間違ってる君たちと。


「ならもっかい聞くわシュバエル、私の傍にいて立つ事はあるのかしら」

「そりゃあるよフローラ、君は俺にとって理想の女性だ」

「ふうん」


 あれ? 女王さまちょっと嬉しそう。

 彼女はやっておしまいと指を鳴らし、ミリアとリシュルがシュバエルを両脇からがっちり押さえ込む。その気になれば吹っ飛ばせるシュバエルだが、女子に対してそんな事はできない騎士道精神が邪魔をする。


「好きな人だったら直ぐに反応するって、ラーニエは言ってたわよね、グレイデル」

「どう触れたらよろしいのでしょうね、フローラさま。私も後学のために、つんつんしてよろしいでしょうか」

「いや、止め、お前ら、ぉえwgんてょrg」


 女王テントから絶叫が、聞こえたような聞こえなかったような。大人と子供の狭間にあるミドルティーン、こんな時は非情である。グレイデルの胸に言及した時点で、彼は逃げるタイミングを自ら失ったのだ。


「それは災難だったね、シュバエル」

「他人事みたいに言うなよケバブ、男としての貞操を失った気分だ」

「糧食チームから味付け煮卵もらったけど、食べるかい?」


 くれくれと、摘まんで頬張る女装男子。お前も食うかと差し出され、もちろんくわえるわんこ聖獣。中は半熟でとろっとろ、白身には味が染みててご飯が欲しくなる一品でござる。


「それで、放物線を描きレモンパイを放出したので?」

「お前を今ここで、ぶん殴っていいか」

「ローレン女王とお付きのレディース・メイド、更に公爵令嬢からつんつんだろ。男冥利に尽きるじゃないか、何が不満なのかよく分からない」


 そんな風に考えられるケバブが羨ましいと、シュバエルは味付け煮卵をもそもそと頬張る。俺の全てを見せてもいい相手はたったひとり、あいつ何も分かっちゃいないと口をへの字に曲げる。


「つまりそれって……」

「そうだよケバブ、好きになったからこそ、レディース・メイドを引き受けたんだ」

「それはまた、最難関の攻略になりそうだね」

「そう言うお前だってどうなんだ、ジュリアが好きなんだろ」

「本人を前にすると何も言えなくなるんだよ、なんでかな」


 聞き耳だけを立て、黙って味付け煮卵を頬張るダーシュ。好きだよって、スペル(言霊)を発すればいいだけなのに、人間は面倒くさいもんだと。

 あっちもそうだと、わんこ聖獣は野営地の外れにあるポプラの木に目を向けた。シモンズとレイラが根元に座り、何やら話し込んでいる。そこは聴覚が鋭いダーシュのこと、やり取りはすっかり聞こえていた。


「私は孤児院育ちで、生涯を神に捧げようと誓っておりました。それなのに今は、心が乱れております」

「すまない、墓まで持って行くつもりだったんだが」

「それって裏を返せば、私を好いて下さっていると?」


 しまったという顔のシモンズに、お願いですから本心を聞かせて下さいと迫るレイラ。その欲求は私の体を求めているのか、愛を求めているのか、はっきり聞かせて下さいましと真剣そのもの。


「正直に言おう、両方なんだ」


 それは正直に言い過ぎだと、ダーシュは思わず笑ってしまう。だが清々しいし男らしくもある。オブラートに包んだような愛の告白ほど、嘘くさくて白々しいものはないだろう。レイラだって夢見る少女ではない、シモンズの想いはちゃんと刺さったようだ。


「分かりました、わたし子供を五人は産みたいです」

「それはまた、賑やかになりそうだな」

「孤児だったから、温もりのある大家族に憧れていたの」

「ならば話しは早い方がいい、ヨハネス司教に懺悔と報告に行こうか、レイラ」

「はい」


 法王領まで国境越えはあとふたつ。

 野営地で結婚式という前代未聞の慶事が、執り行われる事となるフローラ軍。けれど千の軍勢から祝福されるってのもまた一興、何はともあれお目出度い。

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