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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第52話 ノーカン

 ――ここはエレメンタル宮殿の中庭。


「冴えない顔してるわね、フローラ」

「そ、そんなことないわよ、ティターニア」


 グレイデルと三人娘に獣人化しない魔法と、精霊が見える魔法をかけたフローラ。そこまでは良かったのだが、彼女はいまひとつ気が晴れないでいた。理由はヨハネスとシモンズにレイラが、暗殺組織アデブの事を今まで隠していたからだ。


 その気持ちはグレイデルも同じで、赤のラーニエと聞き顔色を変えた聖職者三人に、半眼を向けたのは言うまでもない。二人は精霊女王と精霊王に勧められるまま、桃源郷の桃をもりもり頬張る。腹の虫が治まらない時は、食べるのが一番ってね。


「何世紀にも渡る教会にとっての暗部であり恥部、そりゃ話しにくいだろうね」

「オベロンの言う通りだわ、相手が神の巫女なら尚更。許してあげなさいフローラ、グレイデルも」


 つまり帝国にはズルニ派の支配する教会があって、そこはもう神の家とは呼べないねとジョロキアを頬張る精霊王。危険物ゆえ大丈夫かなと思ったフローラだけど、精霊には全く問題ないっぽい。よく平気で食べられるものだと、驚き半分に呆れ半分。


「でも良かったじゃない、これでズルニ派の教会と連んでる国が分かる。フローラはこれから、それらの国々を滅ぼすことになるでしょう」

「滅ぼしていいの? ティターニア」

「改心しない魂を救うことは出来ない、あなたも分かっているはずよ」


 平気でさらりと言ってのける精霊女王に、千年王国って何なのかしらとぼやく大聖女。私もそこがいまひとつ分かりませんと、グレイデルも眉を八の字にする。

 するとオベロンが人差し指でテーブルに、魔法で円を描きこの一周を千年に例えてと言う。彼は更に円の中へ、十字を引いて四分割した。


「信仰と善にあふれた時期。悪がちょっと増える時期。悪が更に増える時期。そして悪が善を上回る時期。それが千年周期なのさ、フローラ、グレイデル。

 知識や技術を得るにつれ人間は、神や精霊の存在を信じなくなる。そのとき神々は、人間界に天罰を下すんだ。地震や洪水に干ばつと、天変地異を起こしてね」


 その天罰が下る前に人々を導く、救世主がローレンの聖女だと、オベロンはジョロキアをぱくり。それで三個目だからねと、ティターニアの教育的指導が入る。


「神々が人類を滅亡させるの? ティターニア」

「天秤が法側にがっちり傾いてるのが神々よ、信仰心を失った人類なんて興味ないもの。でも一回くらいチャンスを与えたらどうかって、力側の魔王と破壊神が進言したの。そこで決まった折衝案が神の巫女、ローレンの聖女なわけ」


 なんちゅう迷惑な話しと、頭を抱えてしまうフローラとグレイデル。その気持ち分かるよと、オベロンが老酒を口に含む。僕は人間界に見切りを付け精霊界へ来て、ティターニアに出会ったのだからと。


「それは何年前の話しなのでしょう、オベロンさま」

「もう覚えてないよグレイデル、少なくとも人間界に帝国なんてものが出来る前、遙か昔の事さ。あの頃の僕は何やってたっけな……そうそう羊飼いだ、戦争ばかりやってる人間に嫌気が差したんだよね」


 ちょうどそこへ、蒸籠を乗せたワゴンを押して三人娘が来ましたよっと。グルメな幽霊さんの正体が分かり、お話しも出来て嬉しいようだ。

 ちまき・各種中華まん・大根餅・焼売も豚焼売と海老焼売。これは美味しそうと、同席したお付きの精霊さん達が目をキラキラさせちゃってる。

 だがそこで、フローラとグレイデルは中華まんに目を奪われた。黄色はカレーまん、白で赤い食紅の印があればあんまん、印が無ければ肉まん。でも全体が真っ赤な、中華まんなんて初めてなのだ。


「ねえケイト、これの具材って何なの?」

「よくぞ聞いて下さいました、フュルスティン。具はジョロキアをふんだんに使った麻婆茄子、コンセプトはファイアー! です」


 ファイアーですかさいですかと、どん引きの聖女と大聖女。

 でもちょっと問題がありましてと、ミューレが胸の前で両手の人差し指をちょんちょん。精霊界で黒胡椒と唐辛子は一日三個ルール、お料理として出した場合はどうなるのでしょうかと。


「どうするんだい? ティターニア」

「くぅ、それを私に聞くのねオベロン」


 お付きの精霊さん達が身を乗り出して、精霊女王の答えを待っている。いやいやそんな深刻に考えなくてもと、赤いのは避けてノーマルの肉まんに手を伸ばすフローラと、あんまんをチョイスするグレイデル。


「人間界にはノーカンって言葉があるのよ、ティターニア」

「ふむふむそのココロは? フローラ」

「ノーカウント、お料理で使われた分なんて、食べる方は知りようがないもの」

「そ、そうよね、ノーカン……ノーカン……良い響きのスペル(言霊)だわ」


 皆の者お料理に関してはノーカンを発動しますと、高らかに宣言する精霊女王さまの図。わーいと精霊たちが、一斉に赤いのへ手を伸ばしてはむはむ。キッチンでいっぱい蒸してますから、お代わりは遠慮なくと三人娘がにっこにこ。


「猫にまたたびって、こういうこと言うのかしらね、グレイデル」

「言い得て妙ですわね、フローラさま。精霊は辛いものに、酔いしれる体質なのかも知れません。うぼぁ!」

「ど、どうしたのグレイデル」

「カカ、カレーまんが」


 甘い物を食べたら次は塩っぱいもの、グレイデルはカレーまんに行ったのだ。フローラが噛み口を覗き込めば、なんとルウが真っ赤っか。そりゃカレーですもの、三人娘がここでお子ちゃま向けの甘口にするはずもなく。

 コンセプトはマグマですと、ジュリアがどや顔で春巻きを置いていく。これも中の具材を聞かないと、ちょいと危ないような悪寒が。ふとヒュドラを見れば、アモンがファイアーを、マモンがマグマを、黙々と食べてますがな。


 そんなこんなで炒飯に使う胡椒もノーカン、焼売や餃子に使うラー油もノーカン。豆板醤やチリソースもノーカンで、精霊界の住人にとっては大満足の酒宴でございましたとさ。三人娘は精霊界でも大人気、フローラの意思はそっちのけで、酒宴は定期的に開催することがけってーい。


「音速飛行で敵の教会と城に近付き、ライディーン(雷神)ミーティア(流星)を落とすだけ、簡単じゃない」

「そうそう、しかも君は立ち塞がる勢力に対抗できる、千の軍勢を持ってる」

「二人とも、あっさり言ってくれちゃって」

「迷った時はいつでもここへ来なさい、愚痴や悩みはいくらでも聞いてあげるから」

「うんそうする、ありがとうティターニア、オベロン」


 精霊女王と精霊王が当初に描いた目的は、胡椒と唐辛子の栽培を復活させることだったはず。けれど今はフローラを、純粋に応援する立場へと変わっていた。霊鳥サームルクと古代竜ミドガルズオルムに好かれたローレンの聖女、その行く末に興味を抱いたとも言う。


 ――場所は変わってここは、野営地の礼拝テント。


 ルビア教会を出て、明日から行軍を再開だ。テントの外では後片付けですったもんだする、兵士たちの声が聞こえ活気があり人の生が感じられる。それに比べてと、赤のラーニエは聖職者三人に胡乱な目を向けた。


「あんたら、どよんとしてるね」

「それもこれも、みんな君のせいだろうに」

「いつかは聖女に話さなきゃいけないことだろ、ヨハネス司教。むしろここまで黙っていたとは、呆れてものが言えないね。シモンズとレイラも、何か申し開きはあるかい?」


 いえありませんと、ベンチに座り小さくなってる従軍司祭の二人。

 人払いをしたから今ここに聖堂騎士はおらず、中にいるのは聖職者の三人と仁王立ちのラーニエのみ。女性聖職者は司教以上になれないが、教会に於ける修道女長は司教と同格。ただし赤のバナディとなれば全国区、実質的には大司教に近いお偉いさんである。


「グリジア教会はミーア派だったから、国家間で無事に和平条約が締結できた。でもアウグスタ城にズルニ派が侵入した時点で、話すべきだったとあたいは思うよ、ヨハネス司教」

「そう言われてしまえば、返す言葉もない」

「まあ過ぎたるは及ばざるし。帝国地図にズルニ派の拠点を書いて、聖女にお見せするんだね。これから始まるのは、国家を巻き込んだ教会戦争。あんた達も腹をくくりな、聖職者とは何かが問われている」


 ところでとラーニエは、革袋のぶどう酒を口に含んだ。オイゲン司祭とは従軍司祭の資格を取る時、同期だったんだよと彼女は笑う。


「大往生だったのかい?」

「あんな安らかな眠りは、そうそうないよなレイラ」

「大聖女さまとダンスした、思い出を胸に天へ召されました。私もあんな風に往生したいわシモンズ」


 そうかなら良かったと、ラーニエは祭壇に向かい胸の前で十字を切る。あたいがあんたと来世で巡り会うときは、どんな関係になるか楽しみだと呟きながら。


「さてと、ゲオルク先生のところへ行くかね」

「従軍外傷医と、何を始めるつもりなんだラーニエ」

「軍団にあれだけ若いのがいるんだ、滋養強壮剤でも作ろうかと思ってね、ヨハネス司教。キリア隊長にお願いして、マカを手に入れてもらったんだ」


 いやそれはちょっとと、慌て出す聖職者の三人。あまり公にはできないけれど、軍団には通常、従軍娼婦がいるもの。フローラ軍には存在せず、大聖女も聖女もその点に於いてはすぽーんと抜けているのだ。そこへ精力剤なんか投下しようものなら、軍団の風紀が乱れてしまうと三人は口を揃えた。


「シモンズ、あんたレイラを押し倒したいって衝動に駆られた事はないかい?」

「ばっ!」


 おや否定はしないんだと、によによのラーニエ。レイラは陸に揚げられた魚のように口をぱくぱくさせ、ヨハネスが何てことを聞くんだと憤慨する。するとラーニエの目が怪しく光り、分かってないねと人差し指を立てた。


「男も女もいく瞬間が無防備になる、暗殺の基本だよあんたたち。あたいが何で五十名の手下を連れてきたか、理解してないみたいだね」

「手下ってまさか……娼婦を装った暗殺者?」

「装ったは違うねヨハネス司教、娼婦が本業なんだから。健康で健全な若者ほど溜まるもの、程よく抜いてやらなきゃ可哀想だ。あんたらも抜いてやろうか? あたいは男も女もいける両刀使いだぜ」


 祭壇の前でよくそんな事が言えるなと、呆然とするヨハネスとシモンズにレイラ。

 けれど人が性欲を失ったら、人類は簡単に滅亡する。これも修道女長に代々伝わる神聖な秘術さと、ラーニエはまたぶどう酒を口に含んだ。


「今の自分を見れば前世が分かる。あたいの前世は多分、王侯貴族の子息に性の手ほどきをしてあげる、神殿娼婦だったんだろうね。それが今世では天軍に参加してるときたもんだ、ならばあたいの出来る事をやるまでさ」


 そして彼女はこうのたまう、私の誘惑に乗らなかった唯一の男がオイゲン司祭だったと。生きてる間に落とせなかったことが、よっぽど悔しいみたいだ。あたいが死んだらあの世で付き合ってくれるかいと、ラーニエは祭壇に向かってぶどう酒を掲げた。


 そんな彼女の後ろで、シモンズがレイラに問い詰められていた。私を押し倒したいと思う時があるのですね、女として意識しているのですねと。焦りまくるシモンズにかける言葉が見つからず、この二人に神と精霊のご加護があらんことをと祈るヨハネスであった。

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