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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第51話 暗殺者の本懐

 ローレン王国とヘルマン王国にもアデブは存在するけれど、信仰を保つ派だとラーニエは話しエールをお代わりする。もっともローレン王国は聖女の国だから、極悪人が少なく暗殺依頼は滅多にないと笑う。そう考えるとアウグスタ城に侵入したのは、余所から来たアデブですねとキリアが眉をひそめた。


「そうそう、そこなんだよ聞きたかったのは。リストにある選帝侯は極悪人だから暗殺対象だと、上から指令が降りてきている」

「リストって? ラーニエ」

「ローレンの聖女にクラウス候、そして……亡くなったジョシュア候」


 何だとと、自警団員の面々がいきり立つ。そんな彼らをキリアが、落ち着け座りなさいと一喝した。シーフの二人がそれでと、ラーニエに話しの続きを促す。


「もちろんあたいらは正しき信仰の徒、そんな指令はガン無視するよ。こっちにだってね、仕事を選ぶ権利ってもんがあるんだ。

 そもそも次期皇帝を決めるのが選帝侯だろ、特にローレンの聖女が極悪人とか冗談も甚だしい。いったい帝国で、いま何が起きてるんだい?」


 この人物なら話しても良いかと、フローラはキリアと視線を交わし合う。グリジア王となったハモンドがそうであるように、共闘できる仲間は多ければ多いほどいい。帝国全域に組織を持つアデブから情報を引き出せれば、悪しき教団の動向が掴めるかもしれない。


「これから話すことは皆さん他言無用、マスターと女給のあなた達もね。下手に口外したら、命がいくつあっても足りなくなるわよ」


 どこの自警団も酒場を拠点としているから、店の関係者は重大案件だと押し並べて口は固い。大聖女さまの念押しに、うひっと顔を引きつらせたマスターと女給たち。揃って首を縦にぶんぶん振り、もちろんですと応じた。


「悪しき魔物を崇拝する教団が、帝国を牛耳ろうとしているわ。まだ推測の域を出ないけど次期皇帝を、自分たちにとって都合の良い人物に据えようとしている」

「それでまともな選帝侯が邪魔だってのかい、世も末だね」

「そう考えるとリストに無い三人の選帝侯が、敵であるとはっきりしたわ。貴重な情報をありがとう、ラーニエ」


 その瞬間お店にいる誰もが、背筋にぞっとするものを感じていた。フローラが無意識のうちに、コアシャン(威圧)を放ったからだ。当の本人はすました顔で、エールをちびちびやっているが。


 余談だがこの世界でエール(麦酒)は、アルコール度数を低く醸造している。麦から発酵させるため栄養価が高く、どちらかと言えば飲むご飯と言えよう。小っちゃい子供でもエールだけは、家族が飲むのを許していたりして。


 純粋に酔っ払いたいならば、ミード(蜂蜜酒)かぶどう酒、もしくは蒸留酒になる。煮沸消毒されてるか分からない、水を口にするのはちょー危険。ならばアルコール飲料の方が安全、そんな考え方なのだ。当然ながら生水を処理した飲料水は、どこへ行っても有料となるのが常識。


「殺しのための殺しは請け負わない、正しき信仰を根底に置くミーア派。金のためなら何でもやる、信仰などくそっくらえのズルニ派。それが暗殺組織アデブの一枚岩ではない理由さ」


 そう言ってラーニエは、生ハムを口に放り込みエールで流し込む。


「それだけ水と油なら、袂を分かつとかしないのかしら、ラーニエ」

「現ミーア派の指導者、ムハマドさまならやるかも知れん。まあ、あたいらはいつか淘汰される存在。暗殺集団が内部でドンパチやろうと、帝国には芥子粒ほどの影響もないだろう」


 鋭い視線を浴びせるフローラと、痛くも痒くもなさそうなラーニエ。やがてローレンの大聖女は、達観してるのねと頬を緩めた。


 どんな大義名分を振りかざそうと、騎士や戦士の本分は人殺し。だからこそ正しき信仰を堅持し、罪の裁定を神と精霊に委ね祈りを捧げるのだ。自ら手に掛けた屍を踏み越え、修羅の道を進む先にあるのは新たなる千年王国への渇望に他ならない。


 ミーア派はそれを分かった上で、手を血で染めているのねと、生ハムを頬張るフローラ。世界が平和になれば、騎士や戦士の多くは職を失うだろう、淘汰されるとはそう言う事だ。あたいらみたいなのは次の千年王国に必要ないのさと、エールのお代わりを要求するラーニエ。 


「自警団の皆さん、赤のラーニエを捕らえようとは思わないで」

「罪人を放置しろと? ローレンの聖女よ」

「法典といえども、民間人の揉め事には完璧じゃないわ。私は仕事人を、必要悪と認定します。教会にも話しは通しておきますから、ラーニエもそのつもりで」

「ふうん……そいつはどうも」


 ここは私のおごりだから遠慮なく、飲んで食べてと大盤振る舞いの大聖女さま。そう言えば三人娘はと、キリアが店内を見渡す。すると彼女たちはきゃいきゃいはしゃぎつつ、キッチンから出て来たじゃあーりませんか。


 エレメンタル宮殿で提供するお料理は、ご飯じゃなく酒の肴となる。それでキッチン見学をしていたと、あっけらかんのケイトとミューレにジュリア。

 帝国がひっくり返るような話しをしていたと言うに、この子たちは大物になるなと苦笑するキリア。派遣した商隊がそろそろミン王国に到着する頃、きっと家族は安心するだろうと、目を細める兵站隊長さんである。


「ところでミーア派の指導者、ムハマドに繋ぎを取りたいのだけど」

「ローレンの聖女が暗殺集団の指導者に会ってどうする」

「帝国はいま歴史の転換点にあるわ、一緒に見届ける気はないかしらってね」


 今度はラーニエが、フローラに刺すような視線を向けた。それは言い換えると、聖女に協力しろってことだ。だから見逃すのよとフローラは、ゴーグルを外し頭目にその顔を見せた。新たな千年王国を一緒に築かない? と笑顔で。


「お前ら、ローレンの聖女はミーア派をこき使う……もとい死に場所を与えてくれるそうだ。これより我々は天軍の末席に加わることとなる、喜べ遠慮なく飲んで食え」


 それがラーニエの、フローラに対する返事だったのだろう。

 皇軍でも官軍でもなく、神々と精霊の加護を受けた聖なる天軍。これ以上の大義名分がどこにあろうかと、嬉々としてジョッキをぶつけ合う仕事人の面々であった。


 ――その後ここは、ルビア教会に野営するフローラ軍の女王テント。


「あなたも法王領へ行くってどういうことかしら? ラーニエ」

「赤のラーニエが会いたいと言えば、ムハマドさまは応じてくれよう」

「ごめん、何を言ってるのかよく分からない」

「だからねローレンの聖女、ミーア派の指導者は法王領にいらっしゃるんだよ」


 成り行き上、同席したジャンとヤレル。法王領に暗殺組織の本拠地があるのかと、二人とも動揺を隠せないみたいだ。灯台下暗しとはよく言ったものねと、グレイデルがラーニエに甘納豆を勧める。こりゃどうもと、頭目さんは手に取り口へひょいっと放り込む。


「後学のために聞きたいのだけど」

「答えられない案件には黙秘権を行使するよ、キリア隊長」

「もちろんそれで構わないわ。民間人から仕事の依頼は、どうやって受けるのか、差し支えなければ」


 しばし考え込んだラーニエは、そうですねと声色を急に変えた。いやもしかするともしかして、こちらが地なのではあるまいか。聖女さまが素顔を見せてくれたのだから、私もお見せしましょうと仮面を外す。


 誰もが息を呑んだ――。

 年の頃は三十半ばだろうか、だが驚いたのは額にある菱形の赤いバナディだ。女性の高位聖職者に許される装飾で、赤色が最高位とされている。これにはさすがのレディース・メイドも、役者を忘れお茶を淹れる手が止まってしまう。


「ルビア教会の修道女長を務めております、シルビィと申します。マリエラ姫とお付きのメアリには面が割れておりますの、同行中は仮面の着用をお許し頂けますでしょうか、聖女さま」

「私のことは名前でいいわよ、シルビィ。赤のラーニエって、そのバナディから来てるのね」


 その通りですと頷く彼女は、暗殺組織の成り立ちから話してくれた。法典で処罰できない民間の揉め事を、教会が秘密裏に処理する組織として立ち上げたのは千年前だそうな。

 当初は正しき信仰の元に行なわれたが、やがて金に目が眩んだ異端者が現れ、組織を二分してしまう。それが今のアデブですと、シルビィはティーカップを手にした。


「ミーア派が仕事の依頼を受けるのは、完全に隔離された教会の懺悔室。報酬もそこで受け取り、依頼達成に適した仕事人が集められます」

「教会が公表できない事案だから、異端であるズルニ派とはずぶずぶの関係に? だから聖堂騎士団を使って討伐する事もできない」

「話しが早くて助かりますわ、フローラさま。ムハマドさまはこの関係を断ち切るために、大改革を行なおうとしていらっしゃいます」


 ぜひ会って下さいませと、ラーニエことシルビィは紅茶を口に含んだ。

 この人物は酒場で酒や肉を口にしていたのだから、従軍司祭の資格も持っているのだろう。ルキアはと尋ねたジャンに、緑ですよと返すシルビィ。この若さで修道女長なのだ、力量は推して知るべし。


「つまりアデブの活動状況は、各国にある教会でミーア派とズルニ派双方、筒抜けってことですね」

「その通りです、グレイデルさま。ズルニ派の出した聖女暗殺指令に、ミーア派が態度を硬化させました。今はどこの教会も、極度の緊張状態にあるはず。ですから私も法王領へ赴き、ムハマドさまに会わねばなりません」


 教会と言っても大組織、好ましくはないが派閥は出来てしまう。しかもあろうことか法衣をまとい、聖職者のふりをする金銭目的の殺人鬼が混じっている。

 これはズルニ派を早々に処分しなかった、当時の法王庁に責任があるだろう。けれど過ぎたことを、数百年前の過失を、ここで論じても埒は明かない。大事なのはこれからどうするか、教会の綱紀粛正こうきしゅくせいをどうするかだ。


「フュルスティン、クラウス候とマリエラ姫がおいでになりました」


 来客を告げる衛兵の声に、そそくさと仮面を付け直す赤のラーニエ。

 それを見届けたフローラはお通ししてと返し、言葉には出さないがテント内のメンバーにアイコンタクトを送る。ラーニエの正体は内密にって意味であり、みんな黙って頷いた。


「法王領まで同行することになったラーニエだ、部下も五十名ほど一緒に行くが仲良くしてやってくれ。旅は道連れ世は情けってな、そんな訳でよろしく頼むぜクラウス候、マリエラ姫」


 口調がラーニエにすっかり戻った、修道女長のシルビィ。この人こそ本物の役者だわと、思わず感心してしまうミリアとリシュル。

 フローラ軍にまたひとり居候、もとい変わった人が加わりましたよっと。これも神のお導きなのかどうか、それは分からない。でも旅をする仲間は多いほど楽しい、法王領まで国境越えはあと三回だ。

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