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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第48話 しばらくカマキリは見たくない

 眼下に見えるおびただしい数のカマキリ男、いや女型もいるからカマキリ人間で良いのだろう。教会を守る兵士たちは硬い虫どもに、油を浴びせ火を付ける戦法を取ったようだ。

 立ち登っていた煙はそのためで、攻撃手段としては正しい。だがいかんせん多勢に無勢、教会と大聖堂への侵入を許してしまっている。援軍の到着を知らせるため、フローラはカマキリの群れに扇を向けた。


シャイニングアロー(輝ける矢)!」


 目映いばかりの光弾が幾筋も飛び出し、カマキリどもに突き刺さる。それは天使が持つ光属性のスペル(言霊)。着弾と同時に発生するエンゼルリングに触れた魔物を、一気に灰へと変えていく。最近になってフローラ、天使ちゃんと悪魔ちゃんのクピピ語を理解出来るようになったらしい。


 このとき敵も味方も上空を見上げ、フローラ軍の存在にようやく気が付く。ローレン王国の旗印、ヘルマン王国の旗印、ブロガル王国の旗印、それが聖堂騎士とルビア兵をどれだけ勇気づけたことか。


「弓兵と軽装兵は兵站を中心に方円陣形を! 騎馬隊と重装隊かかれ!!」


 教会の敷地内に降り立った軍団の、指揮を執るローレンの聖女。あちこちに犠牲となった、聖堂騎士とルビア兵が倒れている。兵站の男衆がまだ息のある者を陣形内へ運び、ゲオルク先生とシーフ二人が応急処置に当たる。


 怯えながらもレイピアを抜き、マリエラを守ろうとするメアリ。そんな彼女に落ち着けと、シュバイツが優しく微笑む。彼は護衛武官がいない二人を守って欲しいと、フローラからお願いされたのだ。


 フローラ軍が現れた途端カマキリどもは、両前脚をぶつけきんきん鳴らしながら集まってきた。やはり選帝侯を狙っていると、誰もが確信するに至る。騎馬兵がハルバードを振るい、重装兵が殴打武器で殴り、カマキリの頭を粉々にしていく。


 それでも数が多く、陣形を突破するカマキリが何体も。蝶のように舞い蜂のように刺すシュバイツが、頭を斜めに切り落として仕留める。クラウスに襲いかかる個体にダーシュが果敢に飛びかかり、複眼の目に噛みつき視界を奪う。


 仮面を付けたレディース・メイドにもカマキリが迫る。同じく仮面を付けたファス・メイドが、ケイトは火炎弾を、ミューレが氷結弾を。ジュリアに至っては茨の蔦で持ち上げ、くるりと回して頭を地面に叩き付ける。この三人娘、はっきり言って手が付けられない。


 お茶会の襲撃でケバブは出血と表現したが、そこは昆虫の魔物。流れるのは赤い血じゃなく黄色い液体で、鼻を突く異臭が周囲に漂う。わんこ聖獣いわくクソ不味いそうで、口直しに香草を効かせた腸詰めが欲しくなるんだとか。


「よく噛み付けるな、ダーシュ」

『放っとけシュバイツ、好きで牙を立ててるわけじゃない』

「うはは、ご褒美はハンバーグにしてもらおうぜ、どうだ」

『それいいな、とろりんチーズ乗せで』


 そんな中フローラに近付くカマキリは、霊鳥サームルクによってことごとく返り討ちにされていた。頭以外でも念動波が当たれば、五体ばらばらにしてしまうのだ。高位精霊による弱点関係なしの暴れっぷりに、後ろで魔力を温存しているグレイデルが遠い目をしている。


「範囲魔法やっちゃっていいかしら、グレイデル」

「どうぞどうぞ、あそこで密集してるカマキリはお手頃かと」

フレイムアナコンダ(炎に輝く蛇)!」


 クラウスに迫ろうとする団体さんに、燃えさかる大蛇が襲いかかる。虫だから火炎魔法もよく効くようで、カマキリを次々飲み込んでいく。


「よし、だいぶ数が減った、ここは重装隊の俺たちに任せてくれ!」

「騎馬隊の諸君は建物の中へ!」


 請け負ったアレス隊長とコーギン隊長におうと返し、大聖堂へ突入する騎馬隊の騎士たち。私たちも行きましょうと、フローラにグレイデルも後に続く。


「そんな……」


 祭壇に辿り着いたヴォルフが言葉を失い、そして誰もが凄惨な光景に唇を噛む。床に倒れ伏す聖堂騎士とルビア兵、その中にルビア王国の紋章を象ったマントが。

 ヴォルフが駆け寄り抱き起こすと、まだ息はあるが致命傷であった。回復魔法は間に合わず、彼はフローラとグレイデルに対し首を横に振る。


「お労しや、ジョシュア候」

「あな……たは」

「ローレン王国の君主、フローラです」

「ローレンの聖女……が……来て下さったのか」


 彼は震える手で一通の書簡を、フローラに向けた。開いてみればそれはジョシュアに何かあった場合、マリエラを次期君主へ推薦するもの。司教の紋章印とサインがあり、法王さまへ届けて欲しいという願いだ。


「司教さまは?」

「執務室で……殉職……された。お願いだ娘を……よろしく…………頼む」


 それきりジョシュアは事切れ、涙が止まらないフローラとグレイデル。なぜこんなことが起きるなぜ許されると、ヴォルフが床に拳を叩き付けた。ゲルハルトも憮然とした表情で天井を仰ぎ、騎士たちは血糊があちこちに残る床へ視線を落とす。


「いいえ許さないわ、これは正しき信仰に対する挑戦状よ。私たちは悪しき信仰の教団を必ず叩き潰す、この場でその誓いを立てましょう」


 フローラとグレイデルが胸の前で十字を切り、騎士たちも倣い決意を新たにする。この世界に存在しない魔物を呼び出し、殺戮を行うなど断じて許さないと。


 その後フローラとグレイデルは回復魔法を使いまくり、案の定眠りに落ちてしまった。ジョシュア候と司教は国葬となるため、フローラとクラウスは立場上、参列しなければならない。葬儀の場を再び襲撃される可能性もあり、フローラ軍は当面の間、教会の敷地内で野営することが決まった。


「お父さまぁ」


 棺にしがみつき、さめざめと泣くマリエラ。そんな彼女の後ろに立ち、肩へ手を置くシュバイツ。こんな時どんな言葉をかけてあげたらと、女装男子は思い悩んでいるようだ。


『慰めは何の役にも立たない。こんな時は思いを素直に言葉へ変換しろ、その方が刺さるものだ』


 ダーシュのアドバイスに、そうだなと無言で頷くシュバイツ。


「俺の祖父さんは尊敬できる人だった。亡くなった時は悲しかったけど、その時に思ったんだ」

「何を思ったの? シュバエル」

「祖父さんは俺にどう生きて欲しかっただろう、どんな人生を歩んで欲しかっただろうって。生きてる間に出来なかった己の願望を、孫に押し付けるような人じゃなかった。あの時から俺は自分がどう生きるべきか、真剣に考えるようになったんだ」

「自分の……生き方」

「泣くなとは言わない。でも大切な人の死は、自分自身を見つめ直すきっかけを与えてくれる。ジョシュア候はマリエラさまに何を望んでいたか、考えてみるといい」


 置いた手で肩をぽんぽん叩き、シュバイツはその場を離れる。壁際に控えていたメアリが、ありがとうと頭を垂れた。


「お役に立てたかどうか、後は頼んだよメアリ」


 頷いたメアリはマリエラに寄り添い、シュバイツは霊安室を後にした。ダーシュが上出来と思念を送って寄こしたが、そうかなと眉尻を下げる女装男子であった。


 こちらは女王テント、目覚めたフローラが物憂げな顔をしていた。こんな時は本人が口を開くまで待つようにと、グレイデルがミリアとリシュルに耳打ちしている。


「ねえグレイデル」

「なんでしょう?」

「あんな数のカマキリを召喚するのに、人間の生け贄はどれだけ必要なのかしら」

「シモンズ司祭とレイラ司祭が等価、つまり一体につき一人ではないかと話しておりましたが」

「大量誘拐事件とか、大量殺人事件とか、今まで聞いてないわよね」

「言われてみれば、確かに」


 そこへシュバイツが何の話しだいと、テントに入ってきた。赤い小旗が出ていなければ、自由に入って良いと認めている。お付きのレディース・メイドが衛兵に、入室のお伺いを立てたら逆に変だからだ。


「そうだな、もし彷徨える魂を留めておく方法があれば」

「あっ! シュバエルそれ当たりかも」

「心当たりがあるみたいだね、フローラさま」


 古代竜ミドガルズオルムは自分の魂が、囚われていたと聞かせてくれたのだ。方法はあるに違いなく、では魂をどこからと三人は額を寄せ合う。そこへあのうと、ミリアとリシュルが手を挙げた。


「もしそうなら、内乱で戦死者が出ているわけです。魂は集め放題じゃないでしょうか、ねえリシュル」

「ミリアの言う通りです、この教会の犠牲者も聖水でお清めしないと、魂を悪用されかねません」


 そりゃ大変だと、シュバイツが聖職者テントへ駆け出して行った。今は厳重に警備しているし、霊力の高いダーシュもいる。先手を打っておかないと、殉職した者たちが浮かばれない。


「フローラさま、そうなるとミハエル候が率いるローレン王国の本軍って」

「魂を集める片棒を担がされてる事になるわ、グレイデル。衛兵! ヴォルフを呼んでちょうだい」


 フローラから暗号文を受け取ったヴォルフは、急ぎ馬宿へ向かった。早馬を出してもらえる施設で、行商人が荷馬車を馬ごと預けて泊まれる宿屋でもある。

 ミハエル候に事の真相を知らせるためであり、フローラは敵の実態が掴めるまで停戦を促したいのだ。もちろんカマキリの弱点も忘れない。グレイデルの母パーメイラもローレンの聖女だから、眠りに就いたらがっちり守るよう書き加えている。


「お屋敷では護衛の数から、カマキリ二体で足りると踏んだのでしょう。しかし弱点を見破られ、矛先を教会におわすジョシュア候へ変えた。そう考えるのが妥当だと思います、フローラさま」

「巨人の召喚者とカマキリの召喚者、同一人物だと思われますか? ヨハネス司教」

「巨人の場合、等価交換ではありますまい、相当な生け贄を同時に扱う必要があるはず。召喚者にもランクがあるのでしょうな、私は別人だと考えます。街道に罠を仕掛ける、それが低ランクの術者ではないかと」


 グリジア王国から消えた元宰相ガバナスも、ネビロスという厄介な骨使いを召喚した。呪いを解かれた大臣たちの自供で、それはとうに把握している。一体どれだけの魂を犠牲にするのかと、フローラは歯噛みする。


「悪しき教団は人間界を自ら破滅に追い込んだとして、その先に何があると言うのでしょうか、ヨハネス司教」

「分かりませんグレイデル殿、ただ……」


 選帝侯とは次期皇帝を誰にするか決める諸侯のこと、法王と外様の大国でメンバーは構成されている。総勢は七名で法王・フローラ・クラウス・君主と認められればマリエラ、残り三名の命も危ないですとヨハネスは言う。


「その三名が悪しき教団側だったとしたら?」

「確かに、可能性は捨てきれませんねフローラさま」

「教団にとって、都合の良い人物を次期皇帝にしたい。何となく透けて見えて来ましたね、フローラさま」

「……腐ってるわね」


 目が半眼となるフローラの手元を見て、顔を強張らせるグレイデルとヨハネス。銀製のティースプーンが洗濯物を絞るがごとく、ネジ巻き状になっていたからだ。気付いた本人があら失礼と、スプーンを元の形状に戻していく。真ローレンの聖女はある意味で、鍛冶職人になれるかも。

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