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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第47話 ルビア教会の危機

 マリエラに付き従う側仕えの名はメアリ、カマキリ男を見て気絶しちゃったレディース・メイドだ。それで務まるのかって話しなんだが、姫君のご指名だから何か良いところがあるんだろう。


「携帯食として兵站から頂きました、マリエラさま」

「腸詰めと燻製肉は分かるけど、これは何かしら? メアリ」

「甘納豆と聞きましたが、お味の程はさっぱり」


 どれどれと頬張る二人の頬が、どんどん緩んでいく。フローラ軍は食生活が豊かだし、東方料理とやらがずるいと頷き合う。ティータイムに出てくるお菓子も宮廷料理ほど甘すぎず、ほっとする味だわとマリエラは甘納豆をひょいぱく。


「行軍が再開されれば王都の前を通過いたします、教会に……ジョシュア候にお会いしなくてよろしいのですか?」

「会いたいのはやまやまですが、それで軍団の足を止める訳にはまいりません。私が無事に法王庁へ辿り着く、それが父上の願いですから」


 しんみりしている所へ外のローレン衛兵が、シュ、シュバエルさまがお見えですと告げた。噛んだのは可笑しいからで、影武者の件が全軍に通達されていたから。


 当のシュバイツはと言えば、まんざらでもないようだ。女王テントでミリアとリシュルにお化粧してもらうのが、嬉しくてしょうがないらしい。

 癖にならなきゃいいけどとは、二度とドレスを破るなと厳重注意を下したキリアの談。そんなわけで彼は常に、乗馬用ドレスの着用を義務づけらてしまった。


「俺に用って……もといお呼びでしょうか、マリエラさま」

「うふふ、いいのよシュバエル。武家の出ならば、男性みたいな言葉遣いにもなるのでしょう、無理しなくていいわ」

「そう言ってもらえると助かる、実は舌を噛みそうで」


 メアリが椅子を引いたので、促されるまま席に着くシュバイツ。そして彼女が置いてくれたのは、真っ黒い飲み物であった。


珈琲コーヒーと言います、お好みで砂糖とミルクをお使い下さい」

「へえ、こいつは珍しいな。うんうん、甘いスイーツや脂っこい料理に合いそうだ」


 気に入ってもらえて何よりと、にっこり微笑むマリエラとメアリ。ルビア王国では南方から取り寄せた苗木を、試験的に栽培しているのだとか。国を発展させるために新たな産業を生み出す、ジョシュア候は立派な王ですねと珈琲をすするシュバイツ。


「ところで相談があるのですけど」

「何でしょう、マリエラさま」

「メアリに剣術の手ほどきをして頂けないかしら、フローラさまには私から話しを通しておきます」

「……へ?」


 カマキリ男を見て気絶しちゃう子に、とは思っても口には出さない女装男子。そこは皇族の血筋、言って良い事と悪いことの分別は持ち合わせている。


「こう見えてもメアリは独学で、青のルキアをマスターしておりますの。教会から正式に、認定を受けた才女なのです」

「そいつはすごいな、シーフでも青はかなり優秀だって聞いたけど」


 お屋敷でダーシュが吠えだした時、嫌な波動を感じたとメアリは話す。それと同時に窓がかたかた震え出し、ガラスが鮮血で染まったと。

 ジャンとヤレルも同じ事を言っていたと、シュバイツは頷く。あの後シーフの二人とダーシュが周辺を捜索し、悪しき儀式を行なった痕跡を発見していた。魔方陣の跡と鶏の首、鶏は儀式を開始するために用いた生け贄だろう。だが巨人の時と同じく、犯人の足跡を追う事はできなかった。


「大所帯では迷惑になりますし、腕の立つ兵士は父上の傍に置いておきたくて」

「それで護衛武官も連れず、主従の二人だけでフローラ軍に」


 その通りですと眉を八の字にするマリエラに、分かった引き受けようと珈琲を飲み干す女装男子。青のルキアを使える女剣士、育てる価値はありそうだねと。


 そしてこちらは行事用テントの前。ヴォルフがケバブとディアスから、打ち直した長剣を受け取っていた。ケバブにお願いされ、ジュリアがまな板にトマトをちょんと置く。


「トマトを切ってみて下さいヴォルフさま」


 ディアスに促され、ヴォルフは剣をすらりと抜いた。二重構造が持つ特有の、刀身に見られる白い波のような模様が美しい。その剣が赤く熟したトマトを、片手で押さえることなくすっぱりと切り分けた。切れ味の悪い刃物だと、トマトの皮をうまく切れず潰してしまうのだ。


「たいした切れ味だ、こんな剣が大陸に存在しようとは……」

「そこの岩に切り付けてみて下さい」

「いいのか? ケバブ」


 どうぞどうぞと頷くケバブとディアスに、ならば遠慮無くと全力で振り下ろすヴォルフ。キーンと共鳴音を発し、なんと剣は岩を切り裂いたではないか。


「刃こぼれがひとつもない、これは素晴らしい。対価にいくら払えばいい? ディアス、望むままに出そう」

「ヴォルフさまが思いっきり使い折れなかったら、それこそが最高の対価になるのです、どうぞお気遣いなく」


 ソードスミス(刀鍛冶)としての自信を取り戻したディアスに、ヴォルフは微笑みながら剣を鞘へ仕舞う。法王領に着いたら、酒場でいくらでも奢ってやると言いながら。


「お言葉ですがそれならファス・メイドに、好きな料理を何品でもリクエスト出来る方がいいですね」


 言われてみれば確かにと、ヴォルフにケバブが揃って頷きわははと笑う。下手な酒場の料理より、よっぽど楽しめそうだから。呼びましたかと三人娘が、こてんと首を傾げている。ならば女王さまからファス・メイドを貸してもらう、交渉をとごにょごにょ始める騎士とソードスミスの二人である。


「おおいたいた、ヴォルフも一緒でちょうど良かった」

「これはこれはレディース・メイドのシュバエルさま、何かご用でしょうか」


 からかうケバブの頭に「ていっ」とチョップをかます、女装男子の図。三人娘も糧食チームも、手を動かしながらくすくす笑っている。


「みんな、女性でも扱える長剣と言ったら何だと思う?」


 そりゃレイピアだろうと三人は口を揃え、やっぱりそうだよなとシュバイツも腕を組む。

 レイピアとは突きに特化した細身の剣で、革鎧やチェーンメイルを着用した兵士は敵がレイピアだと嫌がる。その気になれば鎧すら貫くからで、細いからこそ折れない柔軟さを求められる。数ある武器の中でも、制作が難しい剣だ。ゆえに戦場では実用性の低い武器だったが、ケバブとディアスがいれば話しは変わってくる。


「一本打ってくれないか、ケバブ」

「お安いご用だけど、自分で使うのかい?」

「マリエラさまの側仕え、メアリに剣術の指南をすることになったんだ。報酬は言い値で構わないそうだ、頼めるか」


 複数の聖堂騎士を師匠に持つシュバイツだ、基礎からちゃんと教えるだろう。いいですよとふたつ返事のケバブに、新しい剣を打てる喜びが隠せないディアスである。


 その頃フローラとグレイデルは、聖職者用テントでヨハネス司教から話しを聞いていた。彼は紙にx軸とy軸の線を引き、左上のマスに天使、右上のマスに悪魔とペンを走らせる。


「天使が法の象徴、悪魔が力の象徴です、フローラさま」

「左下と右下はどうなるのですか? ヨハネス司教」


 すると彼は左下に邪神、右下に外道と書き込んだ。天使と悪魔は敬い方さえ間違わなければ、人間に手を貸してくれる存在。対して邪神が司る法とはそもそも、人間界を破壊しようとする象徴。外道は力によって破壊しようとする象徴ですとヨハネスは話す。


「天使と悪魔は善行を尊ぶ存在ですが、邪神と外道は悪行を楽しむ存在。悪しき魔物信仰はx軸の下、邪神と外道を祀っているのでしょうな」

「天使と悪魔を除く精霊は上のマス、どちらに位置するのですか?」

「y軸の真ん中ですよ、法にも力にも偏らず中立の立ち位置とされています」


 確かに陽気で厳格さはないなと、フローラもグレイデルもはにゃんと笑う。ヨハネスはそしてと、x軸とy軸が交わるど真ん中を丸で囲んだ。


「ここが人間です、フローラさま。人は心の有りようによって、善人にも悪人にも変わる。新たな千年王国を築くとは具体的に、人々をx軸の上に持って行くこと」

「それ物凄く難易度が高いような」

「いいえ、ローレンの聖女ならば成し遂げる、私はそう信じております」


 テントを出たフローラの顔を見て、グレイデルはおや? と目をしばたかせた。すっきりした表情をしているからで、ヨハネスとの会話に何かあったのだろうかと。


「私ね、グレイデル」

「はい」

「中立で行こうと思う。法典は遵守するけど、武力が必要な時は容赦なく行使する」

「答えを見つけたのですね、ご自身がどうあるべきか」


 うんと頷くその瞳が、一瞬だけ虹色のアースアイに輝いた。

 自ら進むべき道を選んだローレンの聖女。彼女は法と力の均衡を保ち、天秤の針を真ん中にすると決めたのだ。精霊さん達がそれでいーんじゃあるまいかと異口同音、グレイデルも目を細める。


 リハビリをしていた騎馬兵もすっかり回復し、フローラ軍は行軍を再開し西へ進み始めた。国境をあと三つ越えれば、いよいよ法王領である。

 だが妨害はますます激しくなる事が予想され、兵士の誰もが気を抜かず周囲への警戒を怠らない。老兵と新兵の寄せ集めだったのが、いつの間にか精鋭部隊へと進化していた。


 軍団が王都の傍を通過しようとしたその時、何やら周囲が騒がしくなり行軍の足が止まる。どうかしたのと窓から顔を出すグレイデルに、騎馬隊のひとりが王都から煙が立ち昇っておりますと告げた。

 どうした事だと馬車から降りるフローラ達と同じく、マリエラとメアリも降りてきて眉を曇らせた。クラウスが王都ではあのような催し物があるのかと尋ね、いいえございませんと首を横に振るマリエラ。


「失礼致します、フュルスティン」

「どうかしたの、ヴォルフ」

「ルビアの騎馬兵が一騎、こちらに向かってきております。遠目で見ても、怪我をしているようですが」

「通してあげて」

「はっ!」


 旗が左右に三回振られ、騎馬隊が街道の両端に別れて寄り道を開ける。そこへ駆け込んできたルビア兵は、左肩をざっくり切られていた。後方から各隊長も集まり、グレイデルがヒールをかけて治療する。


「マリエラ姫、よくぞご無事で」

「王都で何があったというのですか」

「魔物が教会へ攻めてきたのです、聖職者が結界を張りましたが破られてしまい」

「何ですって!!」


 どんな魔物なんだと問うゲルハルトに、カマキリ人間ですと答えたルビア騎兵。隊長たちの目が半眼となり、ふんと鼻を鳴らす。弱点は知っている、ひねり潰してやろうかって顔なのだ。


「フローラさま、加勢いたしましょう。騎馬隊だけでも先行を」

「いいえゲルハルト卿、それでは間に合いません」


 フローラが言い終わった途端、何と全員が宙に浮き上がった! 馬も馬車も一切合切まとめてだ。首都ヘレンツィアへ帰還する際メイド長アンナを気遣い、馬車を浮かせたローレンの聖女に片鱗はあった。だが千の軍勢を全て浮かせるなど、誰が予想できただろうか。


「あろうことか教会に手を出すとは、そのような蛮行をけして許してはなりません! 正義は我々にあり、これよりルビア軍と共闘します。ローレンの勇士たちに、神と精霊のご加護があらんことを!!」


 くるくる回す扇とげきで軍団を鼓舞するフローラに、応と声を揃える兵士たち。彼女が進撃開始と扇を振り、軍団が一気に空を駆け始めた。兵士も馬も、足は動かしていないのだけど。下から見上げた者がいたとしたら、それは神々の天軍に思えたことだろう。

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