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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第46話 剣の錬成技術

 ルビア王国の執事は顔面蒼白となり一歩も動けず、メイドの中には恐ろしさのあまり気絶した者も。破壊した窓から侵入した魔物、一応は人型だが頭と両腕がカマキリなのだ。前脚と言える鎌で衛兵に切り付けたのだろう、その鎌先から血がしたたり落ちていた。


「せいっ!」


 ヴォルフが一気に懐へ飛び込み斜め上段から振り下ろす! その剣を鎌で受け弾くカマキリ男。ゲルハルトも加勢に入り、壮絶な打ち合いが始まった。要人を守るべく他の護衛は、フローラ達を集め前に壁を作る。

 そんな中で犠牲となったルビア衛兵に十字を切り、自らスカートの裾をびりびりと破いたシュバイツ。彼は亡骸の剣を掴み、カマキリ男へ突進して行った。


「こいつ恐ろしく硬いぞシュバエル!」

「まるで岩に切り付けとるようだ、気を付けろ!」

「まじかいな……もとい本当ですの?」


 シュバイツに暫定で付けた女性名がシュバエル、いや今はそれどころじゃない。

 ヴォルフとゲルハルトが言った通り、硬いのなんのって。隙を突き胸や腹に太刀を浴びせてはいるのだが、全く歯が立たないのだ。そうこうしている内にヴォルフの手にする、ディアスがひと月かけて制作した剣がぽっきり折れてしまった。


「げっ!」

「これをどうぞ、ヴォルフさま」


 それはケバブ、いつの間にか壊れた窓の外に立っていた。差し出されたツーハンドソードを、すまないと受け取りぶんと振るヴォルフ。


「外はどうなってる……どうなってますの? ケバブ」

「もう一体いて負傷者が何名か、今はダーシュが相手してるよ。見てる限り頭は柔らかいようだぜシュバエル、噛みつかれて出血してた」

「ほうほう頭か、そうかそうか」

「ふうん、頭を狙えばいいのか」

「ダーシュでかした……もとい良くやりましたわ」


 三人が一斉に頭を集中攻撃のフルボッコ、なるほど頭には物理攻撃が通る。カマキリ男が灰と化すのに、そう時間はかからなかった。外でもダーシュがもう一体の、頭に噛みつきまくり倒してしまう大活躍。


 フローラとグレイデルは、いつでも魔力弾を撃てるようにしていた。だが護衛たちの壁があって撃つに撃てず、出番が無かったとも言う。へにゃりと笑う二人だがこれから負傷者たちを、回復魔法で癒やさねばならない。ある意味そちらに魔力を温存できたのだから、終わりよければ全てよし。


「あのシュバエルというレディース・メイド、勇敢ですわねフローラさま。剣の腕も達者ですし、舞うように戦っておりました」

「あは、あはは、武家の出なのよマリエラさま。言葉遣いが荒いけど、そこは見逃してあげて」


 野営地に戻りほっと一息ついた、フローラとクラウスに護衛たち。

 あんな事があってはさすがに放っておけず、マリエラの同行を認めたローレンの聖女さま。見捨てておけませんねと、情に厚い仲間たちも同意したのである。

 加えてジョシュア候が狙われている以上、悪しき魔物信仰の勢力が、選帝侯を狙っているのは明らかだ。法王庁にこの事実を知らせ、聖堂騎士団を動かして貰わねばなるまい。


「私もあのような側仕えが欲しいですわ」


 そう言ってマリエラが、女装シュバイツに熱い視線を送っている。当の本人はドレスを破いちゃったもんだから、キリアに雷を落とされ、お針子チームからはブーイングの嵐なんだけど。

 次期皇帝の座を狙う分家の勢力もいるとすれば、シュバイツだって命を狙われる可能性はある。ならばフローラのレディース・メイドにしておく方が、撹乱戦術としては正しいのかも。


 まあ彼は女装が日常の標準装備、そこは何の問題も無い。ボイスチェンジ(変声)を解かなければ、このまま押し通せるだろう。

 けれどブロガル王国の王子さまはどちらにと、マリエラは聞いてくるに違いない。護衛を増やすつもりだった嘘も方便が、ここにきて何だかややこしくなってしまった。


「フローラさま」

「分かっているわ、グレイデル」


 そうなるとシュバイツの影武者が必要になるわけで、フローラもグレイデルも頭を抱えてしまう。そんな二人の瞳はケバブと何やら話し込んでいる、ディアスに向けられていた。言葉遣いも礼儀作法も、そこそこできてるソードスミス(刀鍛冶)に。


 ご褒美にもらったサイコロステーキをわふわふ頬張りながら、聞き耳を立てているダーシュ。ディアスを影武者にしたら、もっとややこしくなりそうだ。だがこの軍団はご飯が美味いし毎日が楽しい、いいぞもっとやれとほくそ笑むわんこ聖獣である。


「魔物が硬すぎたんだよディアス、ヴォルフ殿の剣が折れたのはたまたまだ」

「言い換えればヴォルフ殿の豪腕に、耐えられない剣だったってことだケバブ。俺は情けないし悔しいし、どうしたらいいんだ」

「折れたやつを打ち直せよ、剣の強度と切れ味はな、素材だけじゃないんだぞ」


 いま何てと目をぱちくりのディアスに、ああしまったという顔のケバブ。

 鋼とはそもそも鉄に炭素を加え、鍛える過程で強く結びつけたもの。この世界で刃物は全鋼と呼ばれる、単一素材で製作されている。切れ味を追求すれば折れやすくなり、強度を追求すればナマクラになる。そのバランスを取るのが難しく、刀鍛冶を悩ませるのだ。


「クッキーを二枚、間にジャムを挟んで食べると美味いよな」

「まさか……全鋼じゃないのか!」


 炭素量の少ない心鉄を、炭素量の多い硬い皮鉄で包み込む二重構造。これこそが折れず曲がらずよく切れる、ケバブが代々受け継いできた剣の錬成法だ。きっかけはジャムサンドクッキーなんだとか、なるほど職人の遊び心がうかがえるというもの。

 だがケバブのご先祖さまは戦争で使われる事を嫌い、包丁や農業用の刃物にしか用いなかった。名工として名を残すより平和利用を望んだ、それで門外不出としたのだろう。


「俺を弟子にしてくれ、ケバブ」

「……はあ?」


 ヴォルフはいま安物の代用剣を腰に下げている、このままって訳にはいかない。鍛冶職人としての矜持きょうじが、打ち直せというケバブの言葉に突き動かされていた。金銭の問題ではなく、職人としての意地がそうさせているのだ。


「二人とも、熱心に何の話しかしら」

「フュルスティンちょうど良いところへ、今日はこのまま野営するのですよね」

「負傷者に回復魔法はかけたけど、すぐ行軍させるのはちょっとね。出発は明後日にしたわ、ケバブ」

「ではそこの川で作業したいのですが、よろしいでしょうか」

「いいわよ、私も気分転換に竿を出そうかしら」

「それはいいですね、ディアスお前も付き合え」


 川の畔でフローラとグレイデルから、影武者の件を聞かされたディアス。どうして自分がと石像化した彼の肩を、がんばれとぱしぱし叩いたケバブ。

 鍛冶職人同士で話しも合うから、二人をかりそめの王子と従者にすべく女王さまがごり押し。ダーシュが予想した通り、ますますややこしくなりそうな気が。


「その棒は何だい? ケバブ」

「磁石だよディアスさま、これで川の砂から砂鉄を集めるんだ」


 ケバブから『さま』付けで呼ばれ、すっごく居心地の悪そうなディアス。だが自分の知らない技術を、ケバブは教えてくれるもよう。色々と怪しい影武者の件を、承諾したのもそれがあったからだ。


「刃物を打つならさ、こうやって川砂から磁石で集める、砂鉄の方が上質なんだ」

「それは知らなかった、今までは鉄鉱石から取り出していたんだが」


 岸辺の砂に磁石の棒を差し込み、砂鉄を木箱に集めるケバブ。これを錬成して鋼を鍛えていくんだなと、ディアスの目が真剣そのもの。


「教えるからには、俺は厳しいぜ」

「これからは師匠と呼ばせてもらうよ、ケバブ」

「だーかーら、俺たちは主従関係、マリエラ姫の前でぼろは出すなよ」


 そんな二人の後ろでは、フローラとグレイデルが爆釣していた。

 この川はニジマスの宝庫だったらしく、中には女子が両手を広げる位のサイズまでかかる。自称アングラー(釣り人)のゲオルク先生がタモ網ですくうのに忙しく、自分の竿を出す暇がないくらい。行事用テントから様子を見に来た三人娘が、どう調理しようかしらとわいきゃい。


「やっぱり塩焼きかしら、ジュリア」

「うんうん、でもバターやオイルを使ったソテーも捨てがたいわミューレ」


 焼いて身をほぐしご飯に混ぜるのもアリだわと、これまたケイトが胃袋に響くことを言ってくれやがります。いやいや焼いた皮も美味いですとゲオルクが乗っかり、ニジマス談義に花が咲く。


「ニジマスはレインボートラウトとも言うだろ、ディアスさま。この金属が何か分かるかな? 重要な素材だ」

「銀……白金……いやどちらとも違う、それは何なんだケバブ」


 太っちょさんがポケットから取り出した金属は、純白の塊で銀や白金とは質感がまるで異なる。これはクロムという金属で、空気に触れればいろんな色彩を放つとケバブは微笑んだ。


「宝石のルビーが赤いのも、同じくエメラルドが緑なのも、クロムが含まれているからなんだ。親父は鋼にクロムを混ぜて、錆びにくい刃物を生み出した。ステンレス鋼と呼んでたがな」


「ステンレス鋼?」

「ついでと言っちゃ何だがファス・メイドと糧食チームに、ステンレス鋼で包丁を打ってやろうと思ってね。ディアスさまの工房、貸してくれるかい?」

「も、もちろんだとも」


 そこへ後ろの方で何やら騒ぎが。

 フローラの竿が弧を描き、本人がずるずる引っ張られているのだ。そんな彼女の腰に腕を回し、踏ん張っているグレイデル。水面で跳ねた魚を見て、こりゃタモ網に入らないぞとゲオルクが焦りまくる。


「川の主さまってやつかしら、ケイト」

「あれなら焼いてほぐしてご飯に混ぜて、全軍に行き渡るわミューレ。やっておしまい、ジュリア」

「お任せあーれ、ソーンウィップ(茨の鞭)!」


 茨の蔦が特大のニジマスに絡みつき、岸まで運び無事ゲット。重装兵三人分はありそうなでかさに、脂が乗ってて美味そうだとゲオルクがにんまり。


「釣り糸が切れなかったのは、竿の性能だ。針が折れなかったのは、やっぱり素材なんだよディアスさま」

「すごいなケバブ、こんなに伸ばされてるのに折れないなんて」


 フローラが使っていた、釣り針に見入る二人。ぐにゃんと引き伸ばされているが、折れない粘り強さがある。しかも針先の鋭さは見事、アウグスタ城の職人やるなとケバブは口角を上げる。


「バナジウムとモリブデンの配合比率なんだろうな、城の職人に会ってみたくなったよ、ディアスさま」

「発想が遊びから来てるわけか、お見それしちゃうよ」

「そういうこと、さあヴォルフさまの剣を打ち直すぞ。あの馬鹿力、もとい豪腕に応えられる一品をな」


 頷き合うソードスミスの二人。

 軍団はニジマス料理で、大いに賑わいをみせていた。焼いてほぐした身と青菜を、ごま油で炒めた三人娘の炒飯が大人気。

 あのカンカカーンカンは祝詞のりとか何かですのと、言いつつも美味しそうに頬張るマリエラ。この人もフローラ軍の戦場メシに、どっぷり染まりそうな気がしないでもない。

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