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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第44話 シーフの本領

 いつもは笑顔を絶やさないジャンとヤレルが、両手を地面に当て真剣な表情をしていた。遺跡や地下迷宮の探索では、二人ともこんな顔になるのだろう。

 事の発端は兵站部隊の隊列にいたダーシュが、吠えながら先頭まで走り騎馬隊を止めた事に始まる。首脳陣がみんな集まり、シーフ二人の見解を待っていた。


「仕掛けてあるな、ヤレル」

「危なかったなジャン、ダーシュがいなかったら先頭の騎馬隊がやられる所だった」

「どういうことかね? ヤレル」

「罠があります、ゲルハルト卿」


 もしやあれかと、隊長たちが顔を見合わせる。フローラがサラマンダーにお願いして設置する、鳴子に近いものと直ぐに気付いたのだ。

 解除しますからお待ちくださいと、ジャンは鞄から一冊の本を取り出した。彼は胸の前で十字を切ると、その本に額を当て集中し始める。


「あの本は何だろう、グレイデル」

「立派な革表紙からして、特別なものでしょうねフローラさま」


 すると傍にいたヨハネス司教が、青のルキアですよと教えてくれた。ルキアは聖職者が用いる秘術の経典で、赤・白・青・緑・紫の順でランクがある。精霊と交信を行ない助力を得るための、重要なキーワードが秘められていると話す。


「シーフは聖職者と同等の神学を学びます、青ならかなり優秀ですな」

「そうなのですか? 司教さま」

「一冊あたり舞台脚本に等しい量の文字列を、丸暗記する必要があるのです、フュルスティン。もちろん覚えるだけではなく信仰心が伴っていないと、使いこなす事は出来ません」


 高位聖職者が完全回復魔法を使えるのは、最難関の紫を取得しているからですとヨハネスは言う。ちなみに私は緑ですと、彼はへにゃりと笑った。しかも魔法行使に伴う精神力と体力の消耗は激しく、老齢の域に入ったヨハネスではおいそれと使えないらしい。


「あの若さだから出来るのですよ。コンビを組んでいるのはひとりがへばっても、相棒がカバーしてくれるからでしょうね」

「シーフの養成学校は、もしかして卒業が大変なのでしょうか?」

「その通りです、グレイデル殿。戦闘能力と探索技術に怪我の応急処置、そして経典のルキア。初級の赤すら取得できない者は、永遠に卒業できません」


 信仰心があれば誰でも入学できるけど、そう簡単に卒業できないのがシーフ養成学校なんだとか。諦めて中途退学する者も多いらしく、卒業生はある意味でエリート。法王領に於ける最高学府は聖都神学校だが、シーフ養成学校の方が卒業の難易度は高いかもとヨハネスは苦笑する。


ディスペル(解呪)!」


 ジャンが口にしたのはかつてフローラが、グリジア王国の大臣と私兵に使ったものだ。かけられている魔法を解除するスペル(言霊)で、地面から魔方陣が浮き上がり、ガラスを割ったような音と共に消えていった。


「これで大丈夫、行軍を再開できます」


 そう言って額の汗を拭うジャン、やはり体にかかる負担は大きいようだ。御業を行使すれば、相応の代償が必要となる。ローレンの聖女が睡魔に襲われるのと、理屈は似ているのかも知れない。


「キリア、後でジャンに精の付くものを」

「お任せ下さい、フュルスティン」


 兵站隊長さんは隊列に戻りしな、メイド用の馬車をここんと叩いて行った。三人娘がジャンさまステキと、窓から顔を出していたからだ。話しを聞いていたようなのでファス・メイドに、キリアは下駄を預けたのだろう。はてさてこの三人、ジャンに何を食べさせるのやら。


「ふんぬぬぬ」

「うひいいい」

「くふううう」

「大丈夫か? 三人とも」


 転がして来た樽を、持ち上げることが出来ない三人娘。見かねたケバブが言ってくれればやるのにと、エール(麦酒)が満タンに入ったそれを樽台に乗せてあげた。ところがぎっちょん逆ですと、ぷんすかぴーの娘たち。あいやそいつはすまないと、回して樽の向きを変える。


 こっちが栓のある方だったかと、にへらと笑う太っちょさん。乗せてしまえば足踏みで、角度を自由に変えられる構造の樽台。栓がある方を上にしてコックを取り付け角度を戻し、中身をジョッキへ注げるようにする仕組み。つまり置く時の向きがあるわけで、ただ乗せれば良いってもんじゃないんだこれがまた。


「でもすごい力持ちよね、ケバブは」

「親父が鍛冶職人を兼ねたきこりだったんだよ、ジュリア。山で切った丸太を兄貴と担いで、麓まで運ぶんだ。まあきこりは押し並べて、力持ちってことさ」


 だからあれだけの武器を背負っても、平気なんだと納得顔の三人娘。そこでケバブは何かを思い出したのか、急に真顔となってジュリアの肩をぽんぽん叩いた。


「何でしょうか」

「祖母さんから聞いたおとぎ話だから、真偽の程は確かじゃないけど」

「うん」

「谷川へでっかい岩が転がり落ちてさ、水が堰き止められちゃって」

「うんうん」

「村人が困ってたら通りがかりの羊飼いが、魔法で岩を動かしたそうなんだ」

「うんうんうん」

「そん時のスペルが確か、ソーンウィップ(茨の鞭)だったような」

「……へ?」


 魔法はイメージすることが重要、フュルスティンもグレイデルさまもそう教えてくれた。実際に攻撃魔法を三人は、生活魔法として調理に応用してるわよねって。

 ケイトは加熱を、ミューレは冷却を、でもジュリアは自分の特技が分からないでいた。風属性なら冷凍マグロだって、あっさり解体できるのにと。


「ソーンウィップ!」


 ジュリアが構えた中華鍋から蔦が四本伸び、三本は地面に降りて三点支持。残り一本が樽にぐるぐる絡みつき、ひょいっと持ち上げちゃった。興味津々で見学していた糧食チームが、うわ何て便利なと拍手喝采。


「祖母ちゃんのおとぎ話し、本当だったんだな」

「教えてくれてありがとう! ケバブ」


 そこへお友達のベータより思念が届く「生活魔法で使うなら、スペルを唱えなくてもいいんじゃぞ」って。それじゃ詠唱する意義とは、いったい何ぞやと遠い目をするジュリア。それを精霊さんに聞いちゃいけません、グレイデルみたいに怒られちゃうから。精霊さんには精霊さんの、こだわりがあるってことで。


 重量物を無視できる使い手が、ここへ新たに誕生。ジュリアはまだ知らない、それがでっかい岩を敵にぶんぶん放り投げられる、歩く人間投石器になるってことを。魔法を応用した遠距離の物理攻撃、それって何気にすごいかも。


「ケイトから何の瓶をもらったんだい? ジャン」

「ニラとニンニクの醤油漬けだよ、ヤレル」

「そりゃまた……目が冴えて夜に眠れなくなりそうなものを」

「お前も食っていいぞ、俺には量が多すぎる」


 待ってましたと言わんばかりに、瓶の口へフォークを入れる相棒。程よく漬かった醤油漬けに、これ酒にもご飯にも合いそうだなと目を細めた。


「思った通りダーシュは、犬ならざる存在だったなヤレル」

「元が犬だったせいか魔法の波動を感知する、霊力がずば抜けて高そうだ。あの距離で気付くんだからな、正直言って驚いたよ」


 どんな経緯で聖獣化したか、それは分からない。だが今のフローラ軍には最高の守護者だと、シーフの二人はニラとニンニクをもりもり頬張り頷き合う。ダーシュがいれば罠や結界を、被害が出る前に発見できる。これはローレンの聖女を守る、軍団としての大きなアドバンテージ(優位性)だと。


「それにしても、見たことのない魔方陣だったな、ジャン」

「呪詛系であるのは間違いない、解除するとき背筋がぞっとしたぜ」

「それでも、わくわくしただろ」

「まあな、それが遺跡や地下迷宮に挑戦する、シーフの醍醐味ってもんだろ?」


 違いないと、ヤレルは口角を上げた。一歩間違えればあの世行き、そんな経験は山ほどある。騎士や戦士とはちょっと違う、冒険者としての開拓精神だ。フローラは直感で二人を仲間にしたが、これも何かのお導きかも知れない。


「紫のルキア、会得したくなったな」

「おいおいまじかよジャン、あんな分厚い経典。いやその前に緑があるだろう」

「全て暗記して使いこなせたら特級シーフで高位聖職者、卒業生の中でも一人しかいないが」

「それが今の法王さまじゃないか、頭だいじょうぶか? もはや伝説に等しいぞ」


 紫のルキアを使いこなせないと、法王にはなれない。聖都神学校とシーフ養成学校から法王庁の神官となり、精霊と最も仲良くなれる聖職者が法王に選ばれるのだ。

 実力と言ったら語弊があるけれど、それが大陸の法典を司る権威である。シーフ出身は聖堂騎士団の、幹部になるのがお決まりだった。ゆえに聖職者のトップに登り詰めた、現法王は正に伝説級と言えよう。


 人間は死ぬまで修行さと、ジャンは革袋のぶどう酒を口に含んだ。結婚して家庭を持ちたいから、聖職者になるつもりはない。だが登れる山が目の前にあるなら、てっぺんまで踏破してやりたいじゃないかと笑う。


「まずは緑のルキアか、薄い本だった赤のルキアが懐かしいぜ」


 そう言ってジャンの革袋をひったくり、ぶどう酒を口に流し込むヤレル。幼馴染みで気がついたら、ジャンと一緒にシーフ養成学校へ入学していた。腐れ縁もここまでくれば、腐敗が進んでどうでも良くなるとニンニクを摘まんでぽりぽり。


「暗記力はヤレルの方が上だろう、俺は追いつくのに必死だったんだぜ。それに腐敗と発酵は違う、ケイトがそう言ってた」

「そういあ最近、ケイトと仲いいよな」

「おやおやお前さんだって、ミューレを意識してないか?」

「待たれよ腐った友よ、ケバブもジュリアを見る目が熱いぞ」

「だからヤレル、腐敗と発酵は違うと」


 あの二人は何の話しをしているのやらと、おやつを頬張るわんこ聖獣。小声で話していても彼の耳には筒抜けで、カップルが三組成立しそうなのは分かった、うんうん誠にめでたいと。


「ダーシュのおやつ、美味そうだねジュリア」

「豚のレバーペーストなの、パンに塗って食べても美味しいのよ。ケバブも味見してみる?」


 くれくれと全く遠慮の無いつまみぐい魔人に、はいはいと木皿に盛ってあげるジュリア。もう恒例になってしまい、誰も咎めないというこの不思議。


 ありがとさんと受け取り頬張るケバブを、ダーシュはふうんと見やる。

 学問を通じて摂理を会得する者と、自然に触れ摂理を会得する者、方法は違うが自らを高めようとする点では同じ。この太っちょはただの力持ちじゃないなと、ダーシュは見抜いていた。


「おお、いたいた、見せてもらったツーハンドソードを返すよケバブ」

「何か参考になったかい、ディアス」


 ディアスは兵站部隊のソードスミス(刀鍛冶)で、ヴォルフの剣をひと月かけて制作した人物だ。ケバブが管理している武器に興味を抱いたらしく、見せてくれと最近よく借りに来る。

 ツーハンドソードとはその名が示す通り、盾を持たず両手で振るう大型剣のこと。攻撃こそが最大の防御を地で行く武器だが、相応に腕力が求められ扱いは難しい。


「本当にお前がこれを打ったのか?」

「そりゃ親父が鍛冶職人だったからな、普段作ってたのは農業用の刃物だけど」

「ただのはがねではないよな、いったいどんな素材を」


 代々受け継がれる秘伝だから教えられませんと、けんもほろろの太っちょさん。

 なるほど金属と向き合い自然の摂理を追求する者、ケバブから感じ取った職人気質に合点がいくダーシュであった。

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