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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第40話 うつけ者か覇者か

 ブロガル王国の君主は、エドルフ・フォン・カイザー。皇帝の血筋にあたり前回の選定候会議では、一応候補に上がった人物だ。あくまでも一応であり、選帝侯たちが選ぶ基準は信仰心と人徳である。


「伯父上から見てどうなのですか?」

「皇帝の器じゃないよ、フローラ」


 まあローレン軍とドンパチやっちゃう、浅はかな君主だ。馬車に揺られながら、その辺はお察しとクラウスは笑う。ですよねと、グレイデルも眉尻を下げた。

 不戦のオレンジ旗は出さず軍団は、首都に入り王城へ向かっていた。市民は恐怖におののき家の扉を閉ざし、大通りには人どころか猫や犬の姿すら見当たらない。

 フローラ軍が都へ入るのに、これといった抵抗はなかった。防衛する兵士が戦う前から逃げたのだろう、何となく国王に対する忠誠心が垣間見える。


「人はいないけど市場には食材がいっぱい、接収してもいいのかしら」

「それをやったらローレン王国は、市民から恨まれるぞフローラ」


 あいやそうでしたと、頭に手をやり舌をちょろっと出す女王陛下。接収とは公権力が、個人の所有物を取り上げるって意味だ。今まで通り食料は買い上げましょうと、グレイデルが甘納豆をひょいぱく。


 ウェディングドレスのために、体型を維持しようって発想はグレイデルにないみたい。服を小さく仕立て直す事は可能だが、大きくする事は物理的に不可能。キリアの心配も、なるほど頷けるというもの。ふたつのたわわな果実が、これ以上育ったらまずいかも。


「王城が見えました、フュルスティン。衛兵が右往左往しておりますが、いかがいたしましょう」

「重装兵を前に出してヴォルフ、正門の鉄柵を破壊してもいいわよ」


 そうこなくっちゃという顔で、ヴォルフが後方へ伝えるべく馬を走らせた。

 王城とは言うものの、異民族と国境を接する砦のブラム城とは、趣が全く異なる。城を中心とした城壁は存在せず、敷地を華美な鉄柵で囲うのみ。城と言うよりは宮殿に近く、他国から攻められる事を想定していない。平和ボケの極みとも言え、攻め落とすのは簡単だ。


 フローラの主城であるアウグスタ城も、外周に城壁を持たない城である。ただし湖に囲まれ、通じる道はわざと狭くしており軍勢の侵攻を阻む。強引に進めば細くなった隊列に、投石器が狙いを定めている湖畔の要害と言えよう。立地も含めた築城の理念が、根本的に違うのだ。


「そこの者止まれ! ローレン王国の旗印と知っての狼藉か!!」

「滅相もございません、どうか、どうか女王さまにお目通りを!」


 先頭が騒がしくなり、馬車の窓から顔を出すフローラ。市民らしき者が騎馬隊と問答しており、武器は持っておらず丸腰だ。ここへ連れてきなさいと、彼女は騎馬兵に命じ馬車を降りた。


「名前を聞こうかしら」

「自警団長、ムドラと申します」

「話しを聞くわ、私に何を言いたいのかしら」

「お願いです、市民に手荒なことはしないで頂きたく」


 同じく馬車を降りたグレイデルとクラウスが、表情は変えないけど成る程と心中を推し量る。他国の君主行列を妨害すれば、その場で切り捨てられようと文句は言えない。だがグリジア王国もそうであったように、自警団が守るのは市民なのだ。

 この男は自らの命を引き換えにしてでも、市民を守ろうとしている。そんな者こそ君主に相応しいと、ひざまずく自警団長にフローラは思う。領民あってこその王侯貴族、その上に胡座をかいていては、いつか王族は滅ぶのだと。


「凌辱行為や略奪行為は兵に禁じているわ、安心して。私たちが首都に入ったのは、エドルフ王を問い正すためよ。王城で戦闘はあるかもだけど、市民に危害は加えません」


 その言葉を聞きムドラは、すんと鼻を鳴らし胸の前で十字を切った。同時に人気ひとけの無い大通りの、あちこちから自警団員が姿を現す。武器は所持しておらず、ただただ市民の安全をと、胸の前で手を組み必死に訴えてくる。

 そんな彼らにローレン女王は、あなた達も付き合いなさいと目を細めて誘う。私の問いにエドルフ王がどう答えるのか、諸君らにも聞く権利があるでしょうと。


 鉄柵など重装兵の手にかかれば、もはや草刈り作業に等しい。壊して丸めてその辺にぽいだ。やっぱりゴリラだと、シーフの二人が腕を組み笑みをこぼす。それは本人たちに言わないであげてと、はにゃんと笑うフローラとグレイデル。


 王城を取り囲んだフローラ軍は、正門と衛兵の詰め所を破壊して王の出方を待つ。このまま突入しても構わないのだが、どちらに義があるのかはっきりさせたい。後世に汚点を残さないためにも、双方の口上は必要だ。

 戦意を失い逃げ惑う衛兵の首根っこを掴み、重装隊長のアレスが引き寄せた。お前たちの君主をここへ呼べと、噛みつかんばかりの勢いで迫る。


「え、え、謁見の間にいらして頂ければ」

「お前は自分が何を言っているのか、分かっていないようだな。謁見とは身分の高い者にお目通りをする場だ履き違えるな! ローレンの聖女にひざまずくのはエドルフ王の方だろさっさと連れてこい!!」


 衛兵の尻を蹴っ飛ばし走り出すのを見届け、バトルアックス(戦斧)をぶんとひと振りのアレス。頭をかち割ってやることも出来ただろうが、思考回路まで脳筋のゴリラではない。そこは歴戦の古参兵、口上前の殺生は控えている。

 やがて執事に付き添われた王が、城の中から出て来た。クラウスと仮面を付けたフローラの前に歩み寄り、それを隊長たちがぐるりと取り囲む。


「国境では盛大な歓迎をありがとう、エドルフ候」

「ま、待ってくれ、私は何も知らない。部下が勝手にやった事なんだ」

「……はあ?」


 空いた口が塞がらないフローラと、呆れて物が言えないクラウスと隊長たち。成り行きを見守っていた自警団の面々も、これが我々の王なのかと肩を落とす。

 二千もの軍勢を、王の許可無く動かせる訳がない。そんなの子供にだって分かること。自分のやらかした事を、他人のせいにするなど情けないにも程がある。更に部下を犠牲にすれば済むと思っている、その腐った根性も腹立たしい。


「諦めろ親父おやじ、さっさと教会へ行って裁きを受けてこい」


 気が付けばひとりの若者が、隊長たちの後ろに立っていた。年の頃は十七歳くらいだろうか、端正な面立ちをしている。しかしなぜか女性用のケープコートをまとっており、この国にはそんな習慣があるのかと誰もが訝しむ。


「シュバイツ、お前は実の父親を愚弄するのか!」

「世の中には尊敬できる親と、どうしようもない毒親がいる、あんたは後者だ。いっそのこと、ここで討ち死にしてもらった方が世のため人のため」


 確かにここで口上を述べ戦闘が始まれば、隊長たちは迷うことなくエドルフ王を切り捨てるだろう。だが話を聞く限り親子のようで、息子にそこまで言われてしまうとは哀れなものである。


「俺が代わりに口上を述べてやるよ。親父を教会に突き出してくれ、損害の賠償には応じる。ローレン王国とヘルマン王国には迷惑をかけた、すまない」


 武器を収めよと、フローラの下知が全軍に通達された。

 血を流さないで済むのなら、それに越したことはない。徹底的に叩き潰せばすっきりするが、果たして正しかったのだろうかと、人は後になって振り返るもの。それを甘いと思うかどうか、当のフローラ自身も分からなかった。


 後処理を終えたフローラ軍は、首都を離れ次の国境を目指す。そんな女王の馬車には、何故かお客さんがひとり増えていたりして。フローラが膝の上に置いた革袋に、手を突っ込み甘納豆を頬張るシュバイツである。


「どういうつもりなのかしら、シュバイツ」

「固いこと言うなよフローラ、俺も法王領に行って戴冠式を見たいんだ」


 こやつはと半眼を向けるフローラだが、本人は全く意に介していないもよう。グレイデルとクラウスも対処に困っているようで、顔を見合わせ肩をすくめている。

 ブロガル教会の司教から頼まれ、法王領への同行をフローラは断れなかったのだ。シュバイツ・フォン・カイザー、両親とも皇帝の血筋で血統は申し分ない。司教がお願いするくらいだから、信仰心と人物は大丈夫なんだろうけど。


「君は他国へ人質に出されなかったのだな」

「人質に値しないよう振る舞ってきたんだ、クラウス。女物の服を着るのもそのためさ、自分じゃけっこう気に入ってるけどな」


 誰に対してもため口で、女装趣味を否定しない。これではどの国も、人質として受け入れたくはないだろう。だが司教が推すくらいだ、父親の王位を剥奪し、シュバイツを次期国王にしたい思惑が透けて見える。この人物がうつけ者か覇者か、選帝侯としてフローラとクラウスは見極める必要があった。


「もういっちょ頼む、手加減無しでいいぜヴォルフ」

「いいでしょう、本気でいきますよシュバイツ殿」

「呼び捨てでいいぞ、稽古に爵位や階級なんか邪魔だ」


 野営の準備を始める中シュバイツが、ヴォルフに剣の手合わせを申し込んでいた。その太刀筋に、クラウスもゲルハルトもほうと声を上げる。いっぱしの使い手で、ヴォルフと互角に打ち合っているからだ。

 女物の服を着ていなければ格好いいのにと、三人娘がくすくす笑っている。そして彼女たちは夕食の仕込みをしながら、後ろにちらりと視線を向けた。

 シュバイツの側仕えとして、ケバブという従者がおまけで付いて来たのだ。これがまた太っちょさんで、それで従者が務まるのかと、ジャンとヤレルから馬鹿にされている。


「何かいいところがあるから、従者なのよねケイト」

「そう思いたいところだけど、戦場で役に立つのかしらね、ジュリア」

「でもいっぱい食べてくれるから、ご飯の作り甲斐があるわよね」


 そう言ってミューレが、大鍋をぐるぐるかき混ぜる。鍋がでっかいから使う杓文字も槍の長さ、兵站糧食チームが下処理した材料をどんどん放り込んで行く。

 通りかかった町がたまたま謝肉祭を行なっており、キリアが肉を大量にゲットしたのだ。いま作っているのは肉肉肉のスタミナ丼、この子たち丼のレシピをいくつ持っているのやら。


「美味い美味い、お代わり!」


 女王陛下のテントで隊長たちに混じり、もりもり食べるシュバイツ。一応席順は決まっているのだが、彼は末席に座るヴォルフの隣を選んだ。地位や爵位の序列を、シュバイツは気にしない性格らしい。


「ほっぺたにご飯粒が付いてるわよ、シュバイツ」

「そうかフローラ、教えてくれてありがとな」


 だがこんな美味い戦場メシが食える軍団なんて、帝国のどこを探したってないだろうとわしわし頬張る。指摘されたにも関わらず、頬のご飯粒を取ろうとしない。いやむしろ顔の米粒が、更に増えたような。

 口は悪いし女装趣味があるしであっけらかん、しかし剣の腕前は見事だし皇族であることを鼻にもかけない。裏表が無い面白い男子だなと、フローラは興味を持ち始めていた。

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― 新着の感想 ―
シュバイツキモいなぁ。デリカシーがないという意味じゃなくて神(作者)の用意したお見合い相手なのが透けて見える感じなのが絶妙にキモい。急に現れて急に接近してパートナー感かましてくるインスタント婚約者相当…
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