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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第38話 武力行使が必要な時も

 この大陸に於いて保存食を作ろうとすれば、干す・燻製にする・腸詰めにする・塩漬けにする・油漬けにする・酢漬けにする・砂糖漬けにする・発酵させる、このどれかだ。

 民が冬を越すにも、船乗りが外洋へ出るにも、商隊が諸外国を巡るにも、保存食は欠かせない。特に日持ちしない生鮮食品は加工を施さねばならず、そこで必須になるのはやっぱり塩となる。


 ここはレバルーン王国、首都ヘイロンの市場。

 キリアとファス・メイド三人は、恒例行事となった食料の調達に来ていた。内陸なので海産物エリアはなく、川魚が細々と売られている程度。そのぶん農産物は豊富で山の幸も並び、物価も高いわけではない、が……。


「塩だけが妙に高いわね、ミューレ」

「国境警備兵も塩だけはって、こぼしてたもんね、ジュリア」


 クッキーを差し入れして情報を仕入れてくるのも、恒例行事となったファス・メイドの三人娘。ローレン王国をどう思っているか、それは軍人の態度を見れば一発で分かるからだ。お目付役であるシーフのジャンとヤレルを、毎度冷や冷やさせているけれど。


 話す内容は内政に関わることではなく、もっぱら世間話しで特に物価の話題。行軍物資の調達なんだろうと、国境を守る兵士らは警戒することなく教えてくれる。しかしそれこそが国の経済状態を把握するのに、最も有益な情報だったりするわけで。


「おじさんこの黒い塩、味見させて」


 ケイトが塩の量り売りをしている商店主に持ちかけ、許可をもらい三人娘はひと摘まみ口に入れた。その顔がどんどん曇っていき、何故かキリアがくすくす笑う。護衛に付いて来たジャンとヤレルも舐めてみて、二人とも眉間に皺を寄せちゃった。


「みんな、あそこに酒場があるわ、ちょっと寄って行きましょう」


 キリアから提案され、黙って頷くファス・メイドとシーフ。それは口直ししましょうって意味であり、五人は直ぐに意図を悟ったもよう。

 兵站隊長さんはけして昼間から、飲酒目的で誘ったわけじゃない。兵站部隊は川や湖から汲んだ水を、煮沸消毒してから軍団に配る。訪れる町中の井戸水が必ずしも衛生とは限らず、お酒の方がまだ安全なのだ。


「ひでえ味だったな、ジャン」

「何か混じってるんじゃないか? ヤレル」

「お料理にはちょっと、ねえケイト」

「美味しい塩だったらテーブルソルトに、買っても良いと思ったのにね、ジュリア」


 エール(麦酒)で口をゆすぐ五人に、キリアは物を見れば分かるでしょうにと苦笑した。海水塩は純白だけど、岩塩には色の付いてるものが多い。それは即ち海水にはない成分が、中に含まれているからだと。


 岩塩は何億年も前に海底が地殻変動で隆起し、閉じ込められた海水から生まれる。その過程で不純物が混じり、重金属を含んだものほど底に沈む。

 キリアは採掘場へ行けば分かるけど、上から不純物の少ないクリスタル岩塩、鉄分を含むピンク岩塩、色んな重金属が混じるブラック岩塩の層が出来るのよと話す。


「値段が高い順に、クリスタル岩塩、ピンク岩塩、ブラック岩塩だったでしょ」

「クリスタル以外は食用に向かないのですか? キリアさま」

「ピンクはお料理として普通に使えるわよケイト、鉄分を含んでいるから貧血気味の女性にはお勧めね。ブラックはそう……クセが強いから、使いどころがちょっと難しいかな。味を見て酷かったら、お風呂の入浴剤かしら」


 そうなんだと、はにゃんと笑う三人娘に、うへぇという顔をするシーフの二人。純白な海水塩を生産出来る国が、いかに強いかこれで分かるというもの。

 金山を有し上質な塩を握っている、それこそが帝国に於ける大国。キリアはエールのグラスを手に取り、内陸の国は経済状況によって塩が金貨に匹敵する場合もあると話す。


 そこへカウンターに座るキリア達へ、マスターがどうぞとビーフジャーキーを乗せた皿をことりと置いた。使っているのはピンク岩塩ですと、念を押すあたりは話しを聞いていたっぽい。

 レバルーン王国はローレン王国に、悪感情を抱いていなかった。軍団が領内を通るならば物資調達で、外貨を落としてくれると期待しているようだ。お役に立てることがあればと、マスターは気さくに話しかけてくる。


「このエール美味しいわね、マスター。樽でまとめ買いしたいのだけど、どこへ相談に行けばいいかしら」

「エール醸造ギルド(組合)は市場のすぐ近くです、地図を書きますから少々お待ちを」


 尋ねたキリアに微笑み、マスターは奥の事務所へ引っ込んだ。酒場の店主としてフローラ軍に斡旋をすれば、お店は各ギルドと今後の取引がし易くなる。そこはやっぱり商売人、地図にぶどう酒醸造ギルドとミード(蜂蜜酒)醸造ギルドの位置なんかも書き込んでいく。


「見ろよジャン、あそこのテーブル。陣取ってるご婦人たちはどう見ても夜の商売だな」

「塩は高いがこうして見ると、国は上手く回ってるみたいだな、ヤレル」


 周囲を見渡せば客で賑わっており、この酒場は盛況なようである。昼間でも飲み助が集まるならば、夜間の仕事に携わる市民が多いってことだ。

 夜の商売って何だろうと、顔を見合わせ首を捻るファス・メイド。三人には無縁の仕事よと、話しをぶった切るキリアの目がちょっと怖い。


 そこへ地図を書いたマスターが戻り、兵站隊長はそれを受け取り口角を上げた。お酒に関わる拠点が、細かく記載されていたからだ。彼女はマスターへ代金とは別に、ローレン銀貨を一枚握らせる。酒場からの紹介と、ギルドには話しておくわと商人の顔で。


 ――そして夜となり、ここは野営地のお風呂テント。


 川か湖のあるところで野営すれば、熱いお風呂に入れるフローラ軍。女王さまかグレイデル、もしくはケイトが、汲んだ水を温められるからだ。

 フローラがお風呂に入りたいなと扇をケトルに向けたら、中の水が瞬時に沸騰したことで判明。ちなみにケイトの場合は触媒が調理器具になるらしく、中華鍋を使うと一番効率が良いらしい。


 ゆえに火を起こす必要はなく兵站チームが、木材で作った浴槽を組み立てるだけ。兵站糧食チームの女性メンバーが厳重に警戒する中、今はフローラ達が入浴中だ。この場合は敵味方など関係なく、近付く者は問答無用で攻撃対象になるっぽい。


「ふひぃ」

「変な声出さないで下さい、フローラさま」

「いいじゃないグレイデル。今ここにはキリアとレイラに、メイドしかいないんだから」


 行軍中は寝る時を除き、蝶々を背中に隠しているフローラ。今は頭に畳んだフェイスタオルを乗せ、その上を蝶々が舞っている女王陛下の図。

 君主の威厳とはいったい何ぞやと、遠い目をするミリアとリシュル。対して三人娘はグレイデルが持つ、ふたつの見事な果実から目が離せないもよう。


「グレイデルさまって……」

「なあに? ジュリア」

「着痩せするタイプなんですね」

「ばっ!」


 ヴォルフには見せたのとフローラが混ぜっ返し、んなわけないでしょうと全力で反論するグレイデル。そんなこんなで、お風呂テントは女子トークでわいきゃい。

 けれどキリアは真剣に、グレイデルのボディラインを注視していた。ウェディングドレスの注文を受けているからで、採寸した後に体型が変わると困っちゃうのだ。


「次はいよいよブロガル王国ね、グレイデル」

「領内通行の打診に返事をくれなかった国ですわ、フローラさま」

「伯父上が言った通り、金品で済むならそれに越したことはないのだけど」


 そんな二人にレイラが私の単なる勘なんですけどと、湯船から上がり縁に腰を下ろした。ブロガル王国は皇帝の血筋、何を考えているか推し量る必要がありますと。


「具体的には? レイラ司祭」

「フュルスティンが選帝侯ということです、キリアさま。ブロガル国王は自分の子息を次期皇帝に推薦して欲しいと、領内通行の条件にしてくる予感がして」


 そう考えると民のために塩を要求したムラル国の王は、まだマシですねとミリアとリシュルが頷き合う。私欲でそんな意地悪するんですか酷いわと、三人娘が唇をとがらせた。


「それで武力衝突が起きたらどうなるの? 法王庁はどんな判断を下すのかしら」

「国主として認めるのが戴冠式です、フュルスティン。法王さまが執り行う儀式を皇帝の血筋が妨害するわけですから、正義はローレン王国にあります」


 さらりと言ってのけるレイラが、髪の水気を絞った。それってつまり聖職者が、戦闘行為を容認するってことだ。しかもヨハネス司教にシモンズ司祭も同意見だと、彼女は言うのである。政治には関与しないが国主を決めるのは聖職者、そこに踏み入るのは断じて許しませんと。

 フローラとグレイデルはもちろん、魔法を使えるようになった三人娘が、ふうんと半眼になる。レイラの予想通りなら一戦交えるようねと、キリアが唇を引き結んだ。


 ――そして数日後、フローラ軍はブロガル王国の国境線に到着していた。


 ざっと見て二千の軍勢が待ち構えており、仮面を被ったフローラと、クラウスが騎乗で敵将官と対峙する。要求はレイラが危惧した通りで、女王陛下が合図のハンドサインを後方へ送った。

 フローラ軍が一斉に動き出し、陣形を整えていく。アルメン地方の奪還を経験し、敵の数が倍であろうとも、全く臆することのないフローラ軍の兵士たち。お前ら墓穴はいくつ必要だと声を上げ、それぞれが武器を構え弓を番える。


「きき、貴公ら、本気なのか」

「国境線に軍勢を配置して脅してるのはそっちじゃない、ねえ伯父上」

「いかにも、ローレン王国の女王と、ヘルマンの国主に対して失礼極まりない。雌雄を決しようではないか、ブロガル軍の将よ」


 本当にドンパチやるとは思っていなかったのか、指揮官が顔面蒼白となる。んなもん知ったこっちゃないと、自軍へ戻るフローラとクラウス。

 レバルーン王国の国境警備兵も、第三者として成り行きを見守っている。この戦いも教会の年代記作家クロニクルライターが、史実と忖度そんたくなしに記録として残すだろう。正義がどちらにあったかを、判断するのは後世の歴史学者だ。


「あなたたち、それは?」

「はいキリアさま、私たち魔法を行使するのに、中華鍋が一番合ってる事に気が付いたんです」


 胸の前で中華鍋を構えるケイトがそう答えむふんと笑い、ミューレとジュリアもうんうんと頷く。ジャンとヤレルで守り切れるかしらと心配していたキリアだが、どうやら取り越し苦労のようだ。

 ならミリアとリシュルねと、彼女は兵站糧食チームに目線を送る。彼女らは短剣を抜きレディース・メイドを守るべく、二人の前に壁を作る。メイドはみんな仮面を付けているから、誰が女王かは分からない。顔の上半分を覆う仮面はレイラからの進言であったが、これは妙案で確かに女王の識別は困難だ。


 さあ合戦だ思う存分に暴れなさいと、ローレンの聖女は空に掲げた扇をくるくる回し、兵士たちを鼓舞する。かかれと号令を発した彼女に呼応し、戦闘開始の銅鑼どらが打ち鳴らされた。

 国境線に雪崩れ込むフローラ軍は、まるで意思を持つ一頭の竜が如し。戦闘は無いと楽観視していたブロガル軍は、総崩れとなるのであった。

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