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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第37話 通せんぼと交渉

 キリアとファス・メイドの四人は、首都カデナの市場巡りをしていた。この都市も海に近く海産物は豊富で、キジハタやキダイといった南方系の魚がちらほらと。ヘルマン王国はローレン王国よりも、南に位置してるからだねと、ファス・メイド達が頷き合っている。


「物価はヘレンツィアと変わらないかな、ケイト」

「市場そのものに活気があって、賑やかなのは好きだわミューレ」

「二人とも見て見て、あんな大きなイセエビが」


 ジュリアが瞳を輝かせるその先には、見事なサイズのイセエビが並んでいる。剣の長さだよねうわまだ生きてると、わいきゃい燥はしゃぐ三人娘。

 そんな彼女らに頬を緩めるキリアが、さて何を買うのかしらと見守っていた。ミューレは氷を作れるし魚の冷凍もできるから、内陸への行軍に持って行けるのだ。


「買い物に来ている市民の表情がみんな明るいよね、ジュリア」

「善政を敷いてるってことなのかな、ミューレ」


 海に面した国が持つ強みなのよと、キリアが塩の量り売りをする店を指差した。摂り過ぎは体に毒だけど、塩は人間が生きていく上で必要なもの。海水塩を生産できる国は国営事業とし、外貨を稼ぐ柱のひとつになっていると話す。


「岩塩も産出できない内陸の国だと、生産国から購入するしかないのですね、キリアさま」

「うふふ、そういう事よケイト。塩の交易を止められたら、相手国は領民の生命線を切られるのと一緒」


 大国には大国である理由があるのよと、キリアは笑うが目は笑っちゃいない。国家運営と経済の裏側を見せられたようで、うひっと顔を引きつらせる三人娘。大陸に於いて塩を自前で生産し使える国は、基本的に豊かだわとキリアは付け加えた。


「あれってビンチョウマグロよね、ケイト」

「……漬け丼が食べたくなっちゃったわ、ジュリア」


 赤身は漬けでトロはお寿司よねと、ミューレが輪をかけて盛り上げちゃう。マグロを生で? とキリアがびっくり仰天。青魚の生食は大抵お腹を壊すからで、信じられないようす。


「何日か冷凍すれば大丈夫ですキリアさま、このビンチョウマグロを全部買いましょう。あとそっちのキジハタとシマアジにカンパチも」

「わ、分かったわミューレ」


 他にも干したアワビやホタテの貝柱など、乾物も買い漁った三人娘。明日は行軍を再開だ、キリアも肉や根菜類の確保に奔走する。グリジア王国の時と同じように、市場ギルド(組合)を上手く乗せた兵站隊長さん。どの商店主もにっこにこで、大量買い付けの四人に愛想を振りまくのである。


 ――そして数日後、街道を進むフローラ軍。


「間もなく国境ね、伯父上」

「領内通行の打診に返事をよこさなかった、ムラル王国だなフローラ」


 馬車に揺られながら、その通りですと頷くフローラとグレイデル。領地規模で言えばヴォルフが治めるアルメン地方と、たいして変わらない本当に小さな国だ。

 ただし山脈と山脈の間に位置しており、ムラル王国を通らないと、えらい遠回りをさせられる事になる。山脈越えの強行は兵站部隊の負担が大きく、フローラ軍としては避けたいところ。


 やがて馬車が止まり窓から顔を出せば、先頭の騎馬隊とムラル王国の国境警備兵が揉めているもよう。三人は馬車を降りて、バリケードが置かれた国境線へと足を運ぶ。


「ヘルマン王国のクラウスだ、どうして道を開けぬのか聞こう」

「どど、どうしてクラウス候がローレン軍の隊列に」


 警備隊長らしき兵が慌てだし、早馬の駆けて行く姿が見えた。

 隊長は王からの返事が来るまで、待って欲しいの一点張りだ。これではらちが明かないから、時間は早いけど野営の準備を始めたフローラ軍である。


「重装兵の豪腕を持ってすれば、あんなバリケードなんか粉々に」

「ですからそこを端折ると、もっと面倒くさい事に」


 ぶーたれるフローラとたしなめるグレイデルに、相変わらずだなと笑うクラウス。女王陛下の性分は、よく分かってらっしゃるようで。ただし無鉄砲というわけではなく、チェスを指すように先々の展開を読む性質も知っている。


「遅れてすみません、ミリア姉さま」

「三人とも、どこへ行っていたの?」

「警備兵の詰め所に、クッキーを差し入れして来ました」


 ファス・メイドの三人は、ヘルマン王国側とムラル王国側、両方の詰め所に差し入れしたと話す。女王陛下のテントでテーブルを囲む、フローラとグレイデルにクラウスが、ほほうと目を丸くした。ムラル王国側にまで届けるとは、度胸があるなと。


「ジャンさまとヤレルさまが一緒でしたから、慌てて付いて来たような感じでしたけど。でもムラル王国の警備兵、ローレン王国に敵愾心てきがいしんは無かったですよ」


 そう言いながらケイトが、火属性の力で火鉢に火を起こした。兵站へ水をもらいに行き戻ったリシュルから、ジュリアがケトルを受け取り火鉢に乗せる。

 帝国では火鉢を使う習慣がなく、これは三人娘が取り入れたもの。長方形の箱形でお湯を沸かしながら網焼きもできる、兵站部隊に作って貰った優れものだ。


「ムラル王国は山峡やまかいの国で、木炭が豊富に採掘されてるって話しよね、ジュリア」

「燃料として優秀なのに、あまり知られてないのがもったいないかな、ミューレ」


 それよりも警備兵の装備が貧相で安っぽかったとケイトが話し、そうそうと頷くミューレとジュリア。ただ差し入れに行ったわけではないのだなと、クラウスは驚きを隠せず舌を巻く。

 帝国で燃料と言えば薪であり、火鉢を使った木炭の利用法を、クラウスも初めて知ったのだ。湯沸かしにも調理にも、そして暖房にも使える。ミューレが話した通り、確かに知れ渡っていないなと。


「いま網に並べたのは何かね? フロイライン(お嬢さん)ミューレ」

「焼き団子と言いますクラウス候。焼き上がったら、みたらしと呼ばれるタレに浸けます、美味しいですよ」


 今までの行軍でクラウスは、この三人娘は食で帝国をひっくり返すかも、そんな気がしてならなかった。ローレンの聖女に付き従う、食物神の化身ではあるまいかと。


「ところでハミルトンとアンネリーゼは元気なのかしら、伯父上」

「まあ達者に暮らしているだろう、会いたいか? フローラ」


 そりゃもちろんと、みたらし団子を頬張りながら頷く女王陛下。

 クラウスには二人の子供がいて、長男がハミルトン、長女がアンネリーゼだ。今は行儀見習いで、他国へ奉公に出ている……と言えば聞こえは良いが、平たく言えば人質である。クラウスも他国の王族から、子息や子女を預かっている。

 大国同士がいがみ合わないようにするための、古臭い慣習でフローラはそれを嫌っていた。ちなみにローレン王国は戦争ドンパチを前提にした辺境伯爵の国、人質交換の対象からは外れていたりする。


「失礼いたします、ムラル王の執事と名乗る者が、面会を求めております」

「ずいぶんと早かったわね、ヴォルフ」

「近くの町で待機していたようです、フュルスティン」

「分かったわ、通してちょうだい」


 フローラはグレイデルと席を替わり、更にミリアとリシュルがその両脇に座る。女王が誰か秘匿するための工作であり、事前に申し合わせていたのだ。フローラ達は何も言わず、交渉はクラウスに丸投げとも言う。


「それで面会の目的は何かね? ムラル王の要望があるなら聞かせてもらおうか」


 クラウスに促されるも、執事は緊張しているのか顔も体も強張っている。

 彼はケイトがぬるめに淹れてくれた、お茶を口に含んで実はと口を開いた。ティーカップを持つ手が震えているのを、もちろんみんなは見逃さない。


「つつ……」

「つ?」

「通行税を頂きたく」


 翌朝バリケードが取り除かれ、ムラル王国領に入ったフローラ軍。馬車の中でフローラとグレイデル、そしてクラウスが大笑いしていた。


「金貨三十枚とかふっかけて来ると思ったら、ねえ伯父上」

「まさか塩が欲しいとはな、フローラ」


 しかし保存食を作る上でも塩は必須、切迫していたのでしょうねと、グレイデルが甘納豆を頬張った。まあ金品で済む話しならそれに越したことはないと、クラウスは革袋のぶどう酒を口に含んだ。

 塩を欲しがったのは領民のために他ならず、そう考えればムラルの王は君主として正しい。塩は首都カデナから隊列を組み送り届ける事で、交渉はあっさり成立したのだ。


「そう言えば伯父上、付帯条件に木炭の交易自由化を要求したわよね」

「私もな、火鉢を国内に広めたいのだ。木を切り倒して薪を作るよりも安上がり、ムラル王国は外貨を獲得できるから双方に利益がある」


 成る程なと頷く、フローラとグレイデル。後で火鉢の図面をもらえないかと、クラウスがフローラにおねだりしました。いいわよキリアに頼んどいてあげると、微笑む女王陛下である。


 そんな中、後ろを付いてくるメイド達の馬車でちょっとした騒ぎが。

 大陸はキリッシュ語で統一されているけれど、ミン王国は独自の文字を用いるらしい。子供たちが最初に覚えるのはその文字で、だからファス・メイド三人はこっちで読み書きが出来なかったのだ。


「私はこちらでケイトと名付けられましたが、母国では桂林けいりんなんです」


 ミューレが私は明雫みんれいですと。

 ジュリアが私は樹里じゅりですと。


 商隊を派遣して頂く以上、キリアさまにはお伝えしていたのですがと、三人はちょっと恥ずかしそう。いえいえ響きが良くて可愛らしいわと、ミリアもリシュルも三人の本名に親近感を抱いたもよう。その名前で通さないのとお姉さま二人に尋ねられ、顔を見合わせる三人娘。


「今更変えると皆さん混乱しそうですし、ねえジュリア」

「それは避けたいところよね、ミューレ」


 好きな殿方に巡り会えたら教えてもいいかなと、ケイトがちょっぴり頬を朱に染めた。ふうんと頷くお姉さま方の、細められた目が弧を描いている。


「そう言えばジャンとヤレル、どことなく三人を気にかけてるわよねミリア」

「キリア隊長から頼まれているのかもよ、リシュル」


 あのシーフはどうなのと身を乗り出す二人に、そんなこと突然聞かれてもと、胸の前で両手をぷるぷる振る三人娘。全否定はしないんだとミリアにリシュルの、唇の両端が上がる。


 空いてる座席に置かれた革袋の黒胡椒に、集まってもーぐもぐのコロナとシータにベータ。精霊には思春期というものが存在せず、好きなら好き、キスしたいならしたい、そのスペル(言霊)を発動すれば良いって考え方をする。人間の男女はどうしてそこで、迷い躊躇ちゅうちょしてしまうのかが理解出来ないっぽい。


『スペルを口にすればいいのにね、コロナ』

『デモ一人アブレルゾ、シータ。ベータハドウ思ウ』

『数を揃えてお見合いとかどうじゃ?』


 ならばあと一人かと、黒胡椒をひょいぱくのコロナ。この精霊さん達、変な方向に走らなきゃいいけど。そうしてフローラ軍は山間やまあいの街道を、西に向け行軍するのであった。

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