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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第2部 ローレンの聖女
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第36話 選帝侯とは

 倒れたテーブルや椅子を戻しながら、ジャンがキリア隊長もすごいですねと言い出した。昔取った杵柄きねづかよと、当の本人は面映おもはゆそうにしているが。またまたご謙遜をと目を細め、ヤレルが足の折れた椅子を持ち上げた。


「賊を二人は切り捨てましたよね」

「商隊を組んで諸外国を巡れば、山賊や盗賊に遭遇するのは日常茶飯事よ。傭兵並みの戦闘能力がないと、商隊を守れませんからね、ヤレル」


 でも明日は筋肉痛になりそうと、冗談ではなく本音を口にする兵站隊長さん。手伝うゲオルク先生が、後で湿布薬を出しましょうと微笑んだ。


「それにしても君たち、よく賊に気付いたな」

「風もないのに草むらが揺れてましたからね、ゲオルク先生。ジャンと二人で食事をしながら、注視してたんです」


 動物の場合もあるけれど、揺れる範囲が広すぎたからと二人は話す。さすがシーフだなと、感心してしまうキリアとゲオルク。地面に落ちた食器を拾いつつ、言い方は悪いけれどとゲオルクは真顔になった。


「行軍中はフュルスティンもグレイデルさまも、ファス・メイドの三人も旅装束でしょう。ある意味でメイド三人は、影武者になりますね」


 戦争するための行軍ではないから、ゲオルクの言う通りみんな旅装束なのだ。それはミリアにリシュルも同じで、複数人が魔法を使えば誰が女王陛下か分からなくなるだろう。フローラは公式の場にまだ出たことがなく、顔を知らないのだから当然っちゃ当然なんだが。


「ジャン、ヤレル、野営中はそれとなくファス・メイドの三人を、カバーしてくれないかしら」

「お安いご用です、キリア隊長。俺たちに美味い戦場メシを与えて下さる、重要人物ですからね、なあヤレル」

「そうだなジャン、天使さまと呼んでもいいくらいだ」


 三人娘はみんなから愛されているなと、顔を見合わせくすりと笑うキリアとゲオルク。後ろでは隊長たちによる尋問が続いており、暗殺組織アデブからの刺客であることは判明した。だが幹部から指示を受けただけで、雇い主が誰かはやっぱり闇の中。


「ヘルマン王国の領内でも襲撃を受けるとは、気が抜けんなヴォルフ」

「クラウス王に知らせねばなりませんね、隊長。捕縛した連中を、引き渡す都合もありますし」


 騎馬隊として行軍しているからヴォルフは、ゲルハルトを再び隊長と呼ぶようになっていた。上官だから当たり前だが、その辺のけじめは軍人として弁えている。

 捕まえた連中はヘルマン王国の教会で、法典に則り裁かれることとなるだろう。護送する手間が増えたなと、他の隊長たちがしかめっ面をしていた。


「伝書鳩を飛ばしたわよ、ゲルハルト卿。叔父上に護送隊を出してくれるよう、お願いしといたから」

「助かります、フローラさま」


 この人物がローレン王国の女王かと、縄でぐるぐる巻きにされた刺客どもが口惜しそうな顔をする。戦闘中は暗くてよく見えなかったが、彼女の手にする扇には双頭のドラゴンが象られているのだ。

 女王が誰か分からず手当たり次第に、使い手を亡き者にしようとした。結果として仲間が分散し、個別撃破されたのが敗因と言える。


「ひとつ尋ねてもいいかしら」

「何を聞きたい、知ってることは全部話した」

「あなた方は神と精霊の存在を、信じているのかしら」


 フローラの問いに「そんなもの」と、吐き捨てるように言う刺客たち。聖職者の面々が眉間にしわを寄せるが、彼女は眉ひとつ動かさず宙に浮く。


「国家君主の暗殺はたとえ未遂でも縛り首、それが大陸の法典よ。初対面だけど二度と会うことはなさそうね、さようなら」


 そう言い残し、フローラはふよふよとテントへ戻って行く。兵站糧食チームがぱたぱたと、夕食再開のために動き回っている。そう言えばまだ途中だったなと、隊長たちも食い足りないと女王陛下のテントへ入った。


「あそこで信仰心があると認めたらフュルスティンは、どうするつもりだったんだろうな、ジャン」

「司教さまに減刑を嘆願したかもしれないな、ヤレル。戦争での捕虜は人道的に扱うし、殺戮のための殺戮を嫌うお方だ」


 そういうお人だよなと、二人はスプーンをわしわし動かし、回鍋肉丼を胃袋へ流し込む。そしてオニオンスープをすすり、ほっと息を吐く。

 だがこれで暗殺組織が、信仰心を持たない集団であることは明確になった。法王庁としても見過ごせるはずはなく、帝国全土の聖堂騎士団が討伐に動き出すだろう。


「よりによってローレンの聖女に刃を向けるとはな、ヤレル。頭のネジが飛んでるとしか思えん」

「教会を敵に回す事の、重大さを分かってないんだろう。だが百人規模の刺客を放つとは、組織の全容解明が急務ではないか?」


 だが今のフローラ軍にそんな余裕はない。法王領で戴冠式を終え、ローレン王国へ無事に戻る。今はそれに集中しようと、頷き合う二人であった。


 ――数日後、ここはヘルマン王国の首都カデナ。


 軍団が首都に入れば市民が混乱するからと、クラウス王にお願いされ北門で野営の準備を始めたフローラ軍。そこへ騎馬隊に護衛され、四頭立ての馬車がご到着。旗印は向き合う二頭のペガサス(天馬)で、ヘルマン王の紋章だ。


「伯父上、お久しゅうございます」

「おおフローラ、しばらく見ないうちにずいぶんと大きく……あんまり変わらんな」

「ひどいわひどいわ!」


 クラウスはユーモアのつもりで言ったのだが、フローラの乙女心をちょっぴり傷つけたっぽい。まあそう怒るなと両手を伸ばし、姪っ子のほっぺたをみゅーんと左右に引っ張る伯父さまの図。


「ご健勝で何よりです、クラウス候」

「グレイデル殿も達者なようだな、婚約したと聞いたが」

「ええまあ……はい」


 紹介しろと言われ、ヴォルフを呼びに行くグレイデル。レディース・メイドとファス・メイドが頷き合い、すすいとお茶の準備を始める。

 クラウスはお前もちょっと付き合えと、ゲルハルトを手招きしていた。こちらも旧知の間柄、話しをしたいようだ。


「まずは成人おめでとうフローラ、ミハエルもきっと喜んでいるだろう。ここにいないのは残念だが戴冠式ではもちろん、私が後見人を務めさせてもらうぞ」

「感謝いたします、伯父上。どうぞ召し上がれ、東方料理ですよ」


 湯気を立てた点心がずらずら並び、目を丸くするクラウス。後ろに控えている護衛の騎士も、何だこれはと呆けちゃってる。お毒味しましょうかと尋ねたレディース・メイドだけど、クラウスは要らん要らんと笑い肉まんから行きました。


「……これは美味いな、帝国にはない味だ」


 でしょうと、フローラもグレイデルも満面の笑みを浮かべる。ヴォルフが大根餅もお勧めですと、いやいや焼売も捨てがたいとゲルハルトが、しばし歓談の場となるティータイム。ファス・メイドの三人娘は褒められて嬉しいのだが、顔には出さず役者に徹している。


「ところで真面目な話しになるのだが、各地に放った間者スパイの報告によると帝国の様子がおかしい。君らは気付いているかね?」

「悪しき魔物信仰と暗殺組織でしょうか、伯父上」

「それもあるが、もっと根本的な問題だ、フローラ」


 他民族からの侵攻を防ぐ辺境伯爵に、内紛の鎮圧命令を出す時点でおかしいとクラウスはお茶をすする。そしてヘルマン王国には、皇帝陛下から鎮圧の軍勢を出せというご下命が来ていないと。


「……うっそ」

「本当だフローラ、調べたところ諸外国にそんな命令は出ていない。軍事的にローレン王国を丸裸にする、そんな意図が見え隠れする」


 やっぱりなと、顔を見合わせるフローラとグレイデル、そしてヴォルフとゲルハルトも。これは仕組まれたことであり、皇帝陛下の周辺がやっぱり怪しいと頷き合う。だが皇帝領へ放った間者が、ひとりも戻って来ないとクラウスは歯噛みする。


「グリジア王国の件を書簡で読んだ時、もしや皇帝陛下も同じではないかと脳裏を過った。フローラよ、君は戴冠式でローレン王国の女王となる。それと同時に次期皇帝を選出する、正式な選帝侯ともなるのだ。それがフュルスティンと呼ばれる所以ゆえんだからな」

「お言葉ですが伯父上、私は誰が皇帝になろうと全く興味がありません。出来れば辺境伯の爵位を返上し、帝国から離脱したいくらいなのですが」


 これだからと、こめかみに人差し指を当てるクラウス。はにゃんと笑うグレイデルと、自分もフュルスティンに同感ですと首を縦にぶんぶん振るヴォルフ。だがゲルハルトは、そう簡単ではないぞと腕を組んだ。


「皇帝は単純な世襲制ではない。長男がお馬鹿であれば次男、それもダメなら三男。直系に相応しい男子がいなければ分家から、そうであろう? クラウス候」

「ゲルハルト卿の言う通りだな。新しく選出された皇帝がローレンの聖女を快く思わない人物であれば、帝国全体がローレン王国の敵になる」


 いやそれはないでしょうと、ヴォルフの腰が椅子から浮き上がった。だからこそ選帝侯会議で人徳のある皇帝を選ぶんだと、クラウスは落ち着けと言わんばかりに片手をひらひらさせる。


「今この状況で帝国を離脱するのは、得策ではないぞフローラ。皇帝の血を引く国王がごまんといる。帝国を離脱するしないに関わらず、次期皇帝を見定めるんだ」

「私が選ぶの? 伯父上」

「皇帝の血筋と関わりのない大国の王と女王、そして法王さまが選帝侯だ。君が狙われる理由に、それもあるんじゃないかと私は考えている。かく言う自分も選帝侯だからな、いつ命を狙われてもおかしくはない」


 悪しき魔物信仰と暗殺組織に加え、次期皇帝の選出問題まで顕在化してしまう。面倒くさいと言いかけたフローラの膝を、グレイデルがテーブル下からぐーで叩く。その面倒くさいを端折ると、もっと面倒くさい事になると。


 ローレン王国の防衛に千の軍団、弟ミハエルに千の軍団を助っ人に、クラウス候は派遣すると断言した。皇帝陛下に無断で兵力を国外へ動かす事になるが、知ったこっちゃないと彼は口角を上げる。


「法による秩序か武力による秩序か、帝国はその分岐点に来ている。私はそう考えているんだフローラ、君が思うように帝国をひっくり返してくれないか」

「伯父上は私に、何を望んでいらっしゃるの?」

「言葉そのまんまだ、フローラよ。私が生きている間に、棺桶へ入るまでに、帝国の行く末を見せてくれ。もちろんローレンの聖女としてだ」


 ずいぶんと無茶なお願いだなと、フローラは思う。けれど思慮深い伯父上のこと、今のは紛れもなく本心だなとティーカップを両手で包み込む。


「今夜の戦場メシはカツカレーなんだけど、一緒に食べない? 伯父上」

「カツ……カレー?」


 美味しいですよと、空気を読むレディース・メイドにファス・メイドが、口を揃えて弾幕を張る。女王陛下はクラウス王ともっと語り合いたい、そう読み取ったからこその援護射撃である。


 そこまで考えてはいないけれど、ヴォルフもゲルハルトも、あれは美味しいですと無自覚の弾幕を重ねがけ。それが可笑しくてグレイデルは顔をそむけ、必死に笑いを堪えていた。

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