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第28話 和平条約の締結

 首都カヌマンの西門前で、野営を始めたフローラ軍。脅威は失われたと知らされ、兵士はみんな拍子抜けしていた。


 キリアとポワレは自警団員の案内で、市場組合を訪れていた。組合の受付嬢にこれで市場にある食料を買い取りたいのと、大銀貨をカウンターに数枚並べていく。

 受付嬢の顔がぱっと輝いたのを、商人キリアは見逃さなかった。市場に食料が無い訳じゃなく、物価が高すぎるのだ。しかもグリジアの貨幣価値は低く、ローレンの貨幣であれば同じ大銀貨でも三倍に相当する価値がある。


「小麦を筆頭に穀物類は全種類、野菜と肉も買い取ります。協力して頂けるなら、大銀貨のレートは組合にお任せしますが」

「わ、わわわ、少々お待ちください」


 にっこり微笑むキリアに、受付嬢は大慌てで事務所へすっ飛んでいった。

 市場で物が売れると売り上げの一部が、組合に納められる仕組みになっている。つまり物が売れなきゃ組合の運営に支障が出るわけで、だから受付嬢の表情が変わったのだ。


 両替商に持って行くと、必ず手数料を取られる。外国人であればいいようにぼったくられるので、だからキリアは組合に預けたのだ。レートを任せると言ったのは両替商と交渉し、多少は差額で儲けてもいいよって意味。やがて組合長がやって来て、万事お任せ下さいと満面の笑みを浮かべ引き受けるのだった。


「市場の各商店主が、野営してる西門へ運んでくれる事になりましたわね。さすがはキリアさま、交渉がお上手ですこと」

「伊達に大陸巡りはしてませんからね、ポワレ。両替商での両替は、極力しないのが鉄則。現地の組合とか大商人に話しを持ちかけるのが、上手いやり方なのよ」


 その頃、こちらはグリジア教会。

 フローラとグレイデルにヴォルフとゲルハルトが、ハモンドと一人娘エカテリーナが、自警団長セデラとグリジア教会の司教モラレスが、一堂に会し顔合わせをしていた。最初の議題は、誰を次のグリジア王にするかだ。


「ハモンドさましかおりません、そしてエカテリーナさまは王位継承権第一位となります。暫定ではありますが、法王さまが承認し確定となりましょう」

「しかしモラレス司教、わしは政治に疎くてな。娘に花嫁修業はさせているが、政治に関する教育は全くしておらん」


 それでは困りますと、セデラが腕を組む。税率を元の水準へ引き下げ、物価を安定させ、疎かになっている公共事業を再開、やってもらいたいことは山ほどあると。


「中でも首都の南側地域では、一部の区画がスラム街となっております。衛生上も治安上も、よろしくありません」

「そうは言うがセデラ団長、宝物庫が空っぽなんじゃぞ。資金と人材がおらねば、どうにもならん」


 ちょっといいかしらと、そこでフローラが口を開いた。頭の上を蝶々が舞っており気になるが、口に出せないセデラとモラレス司教にエカテリーナ姫。


「和平条約をここで締結して頂けるなら、当座の資金をお貸ししますよ、利子は取りません。それと執事を何名か、こちらに派遣しましょうか」


 ローレン王国に、大臣という役職は存在しない。国や領地を切り盛りしているのは各城にいる、執事長を筆頭とした執事たちなのだ。

 それは名案かもとグレイデルにゲルハルトが、私たちの城からも出しましょうと頷き合う。次の議題であった和平条約を、条件付きで絡めて来たとヴォルフがにんまりしている。もちろん口に出しては言わないが、たいしたもんだと感心しきり。


「断る理由がございませんな、ハモンド王」

「そうですなモラレス司教、お言葉に甘えると致しましょう」


 こうして和平条約は成立し、長きに渡るローレン王国とグリジア王国の戦いは、終止符が打たれたのである。フローラとハモンドがそれぞれ協定書に紋章印を押し、サインして握手を交わす。

 立ち会ったモラレス司教が、感極まったのかハンカチで目を拭う。教会としても戦争終結は、遠い昔からの誓願だったからだ。


「ところで大臣らの尋問は終わったのですか? モラレス司教」


「私兵と同じく、呪詛をかけられておりましてな。残念ながら何も聞き出せないのです、ローレンの聖女よ。これでは裁判を開始しても、罪状を決められず困窮しておりまして」


「牢屋に案内してくれないかしら」

「……へ?」


 鉄格子の向こうにフローラが現れ、石像と化す大臣たちと私兵の面々。双頭のドラゴンが手にする扇に象られているのだ、そりゃ無理もないだろう。誰かがローレンの魔女と呟き、案内した聖堂騎士が無礼だと怒鳴りつけた。


「みんな目を閉じて、気持ちを楽にしなさい」

「な、何をするつもりだ、俺たちを呪い殺す気か」


 逆よと言ってフローラは、扇を囚人たちへ向けた。


「呪詛を解いてあげるから、宰相ガバナスの事を正直に話しなさい。もしかしたら新王ハモンド殿から、恩赦による減刑があるかもしれないわ。ディスペル(解呪)


 囚人たちの体から、人の顔をした黒い霧が立ち昇る。まるで悪霊ではないかと聖堂騎士らが、聖水を取り出し振りまいて消滅させるのだった。


「あーあ、空がどんより曇ってる、私はどうして装甲馬車に乗ってるのかしら」

「お戯れをフローラさま、雪が膝上まで積もると行軍できなくなります。

 雪中行軍は危険で、凍傷にかかる兵も出てきますでしょう。せめてブラム城には辿り着かないと、身動きが取れなくなってしまいますよ」


 キリアが首都カヌマンの市場で食料を多めに集めたから、そっちの方は心配ない。困るのは雪が積もり吹雪でホワイトアウトすると、街道が見えなくなり軍団が迷子になっちゃうこと。現地の町や村の住人なら迷わないだろうが、土地勘が無いフローラ軍にとっては大問題である。


「宰相ガバナスは王族やその側近を生け贄にし、魔物を召喚していたのですね、フローラさま」

「尋問で大臣たちが証言したわ、グレイデル。邪悪な魔物信仰、帝国内にも入り込んでる気がしてならない」

「ローレン教会とグリジア教会、両方とも法王庁へ書簡を送るでしょう。信仰に関わる案件です、法王さまも黙ってはいないはず。ところでガバナスは、どこへ逃げたのでしょうね」

「証言によると、グリジア国内ではないみたい。受け入れる国があるって事よね、逆を言えばその国も信仰は怪しいわけだけど」


 そう言えば誕生日を迎え成人したら、法王領に行かなきゃとフローラは干し肉を囓った。戴冠式を受ければ、晴れてフローラはローレン王国の女王となる。だがその戴冠式に邪魔が入らないか、二人は嫌な予感がしていた。


 そしてフローラ軍は雪がちらつき出した頃、無事にブラム城へ到着。もっとも深夜にはドカ雪に変わり、翌朝には膝上まで積もってしまったのだが。

 これでは雪が溶けるまで当面の間、軍団は動くことが出来ない。巣ごもりがごとくブラム城で暮らすようねと、はにゃんと笑うフローラとグレイデルであった。


                         第一部 辺境伯令嬢(了)

 第一部、最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 ここまでで書籍一冊分、約142,000文字です。フローラがグリジア王国をなんとかする、それが第一部の目標でしたからホッとしております。

 今後は主要登場人物のおさらいを挟み、第二部を開始いたします。フローラがこれからどうなって行くのか、どうぞお楽しみに。

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